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農文協トップ主張 2000年6月号

「新防除運動」と地域の情報活用

病気も害虫もおさまる「減農薬空間」づくりにむけて

目次
◆米ヌカで、病害防除まで広がった「減農薬空間」づくり
◆地域ぐるみで昆虫たちの「連鎖」をとりもどす
◆防除は土つくりを含む総合技術
◆地域の循環的資材が、地域の生物の連鎖を強める
◆各地で始まった「新防除運動」
◆新しい防除を支える情報とは
◆情報の流れを変えて創造的な労働を実現する

米ヌカで、病害防除まで広がった「減農薬空間」づくり

 通路に米ヌカをまくと、キュウリの葉や果実をおかす灰色カビ病が抑えられる。今月号のカラー口絵で紹介した滋賀県八日市市の農家の防除法を見て、ビックリされた方も多いのではないだろうか。

 米ヌカをまいたハウスでは、キュウリの花びらに灰色カビ病菌とはちがう、真っ白いカビが生え、そうなると花びらが乾いて灰カビにやられることはない。なぜそうなるかはまだわかっていないが、通路で繁殖した多様な微生物が関与していることは確かだ。米ヌカ利用で、ハウスの中が有用微生物に富んだ「減農薬空間」に変わるのである(本号58頁)。

 害虫防除ではすでに、田んぼのアゼにハーブを植えてカメムシが寄ってくるのを避けたり、田畑やその周囲に天敵温存植物(バンカープランツ)を植えたりなど、土着天敵を生かす空間的な防除がさまざまに取り組まれている。そして病気でも、土着の拮抗微生物を生かす、新しい空間的な防除法が見つかってきたのである。

 福島県いわき市の薄上秀男さんが、「昔は世の中が菌で満ち満ちていた」と大変興味深い指摘をしている(本号78頁)。

 「微生物をマクロな視点で観察すると、生育中の農作物に寄生し病害を引き起こす活物寄生菌と、米ヌカや油カスなど死物に繁殖する死物寄生菌がいる。死物寄生菌は、生きている植物はおびやかさない。そればかりでなく、反対に活物寄生菌(病菌)の攻撃から農作物をガードしてくれる特性がある。これが菌体防除法の原理の一つである。

 昔は各地で法事が多く、神仏へのお供えがあった。これが従属栄養微生物(有機物をエサとする死物寄生菌)のエサとなり、発生の拠点となった。さらに、農村には味噌、しょう油をはじめ、納豆や漬け物類、お酒や食酢などの発酵食品が多かった。田畑には堆厩肥をはじめ、下肥、米ヌカなど発酵材料が多く、有機質肥料の施用が多かったので、日本古来の死物寄生菌で従属栄養微生物である麹菌や納豆菌、乳酸菌、酢酸菌などの微生物の増殖が極めて活発で、日本国中が善玉菌で満ち満ちていた」

 農村には豊かな発酵の世界があり、それが「減農薬空間」をつくっていたということである。

地域ぐるみで昆虫たちの「連鎖」をとりもどす

 この「減農薬空間」を地域ぐるみでとりもどそうという試みも広がっている。埼玉県本庄市では露地ナス生産者50戸が一斉に「天敵温存型防除体系」による減農薬栽培に取り組んでいる(本号98頁)。定植時にアドマイヤー粒剤を植穴処理することで害虫を低密度に抑え、この間に土着天敵を増やし、その後はダニ類のみ薬剤で対応するが、やはり天敵への悪影響が少ない薬剤を選択する。殺ダニ剤も発生密度が低ければ間隔をあけることができ、現状では月1回の散布で高品質のナスができるという。

 この防除体系に切り替えて、とにかく天敵が増えてきた。各種の寄生蜂、ミナミキイロアザミウマのほかアブラムシやコナガなどを食べてくれるヒメハナカメムシ、テントウムシ類にクモ類、さらにゴミムシやアマガエルといった大型の天敵もいる。これらの天敵相は次作まで引き継がれ、秋作のホウレンソウが無農薬でできるようになった。過去2年間悩まされてきた、モモアカアブラムシが媒介するウイルス病(萎縮症)もウソのように消えた。「今年はずいぶんとテントウムシがいて、孫に見せると大喜びなんだ」という年輩農家、収穫した無農薬のホウレンソウからナナホシテントウが顔を覗かせる。

 地域の農家の虫を見る目は大きく変わってきた。今まではナスに被害を与える害虫ばかりに目が奪われていたが、そこにはお互いに「食う食われる」関係のなかで、密度を制御しあっている昆虫の世界があったのだ。「虫のことは虫にまかせる、そして虫にまかせられるように人が手助けをしてあげる。天敵温存型防除体系は、虫たちの尊い連鎖の存在を私たちにみせてくれました」と、この取り組みにかかわってきた前本庄農業改良普及センターの畠山修一さんはいう。「地域ぐるみで天敵温存を」と、この地域では、昨年秋、農道にシロクローバーの種子をまいた。今ごろはきれいな花のまわりにたくさんの虫たちが舞っていることだろう。

 土着天敵を生かす防除が、個々の圃場から地域へ広がるとき、虫たちがつくる「連鎖」は複雑になり、「減農薬空間」は一層安定してくるのである。

防除は土つくりを含む総合技術

 この空間にはもちろん、土も含まれている。土があっての昆虫たちの連鎖だ。

 害虫を防ぐには天敵を増やしたい。しかし、その天敵がある特定の害虫のみを食べるものなら、その害虫がいなくなると天敵も生きていけなくなり、その害虫が急に増えたときに、天敵が出遅れてその間に被害を与えることになる。だから、害虫がいなくてもほかの虫を食べて生きることができる広食性の天敵が多様にいる状況をつくることが大切だ。そのためには、広食性天敵のエサになる「ただの虫」がいなければならない。そしてただの虫が増えるには、微生物の多い土が必要だ。土の微生物や腐植を食べる虫(土壌動物)、その虫を食べる虫というように、微生物―ただの虫という連鎖が、天敵―害虫という連鎖を土台で支えているのである。

 そんな空間なら害虫だけでなく病気もでにくくなる。ササラダニやトビムシなどの土壌動物は土をつくるとともに、土壌病原菌を食べてくれる(注1)。

 さらに、昆虫の表皮やエビ、カニなどの殻をつくっているキチン質は、植物細胞を活性化させて病気に対する自己防御機能を高める。また、キチン質が豊富な土壌では放線菌が増え、これが分泌するキチナーゼはフザリウムなどの病原菌を抑制する。こうした、キチン質の働きを解明した鳥取大学の平野茂博氏は、「現代では農薬の繁用で昆虫が減り、それらの接触の機会と死骸キチン質の土壌還元が少なくなった。その結果、土壌が荒廃し、農林水産業に被害をもたらしている」と警告している(注2)。地球上で年間に推定1千億トンに及ぶキチン質の生合成と生分解が繰り広げられているという。土着菌、土着天敵を生かす防除は、キチン質の循環、つまり昆虫の循環をとりもどす取り組みでもある。

 有用微生物や土壌昆虫がもつ病害抑制力と、微生物―昆虫へとつながる天敵空間によって、病気も害虫もでにくい「減農薬空間」がつくられる。切り離されてきた病害防除と害虫防除とが、一つになる。

地域の循環的資材が、地域の生物の連鎖を強める

 この減農薬空間づくりで大きなはたらきをしているのが、米ヌカや家畜糞尿など地域の自給的な資材や作物・植物である。土着の微生物や昆虫には、地域の資材がよく似合う。土着の微生物や昆虫の力で地域の資材が循環し、そんな循環的な資材によって微生物や昆虫が地域で循環する。そうした循環のなかで病気も害虫も減るのである。

 冒頭に米ヌカで灰色カビ病が減るという話を紹介したが、米ヌカボカシ(微量要素入り)を使っている大分県緒方町の西文正さんは、米ヌカボカシの通路への撒布で、トマトの灰色カビ病だけでなく、菌核病やウドンコ病、青枯病も減り、さらにアブラムシやダニの被害まで少なくなったという。西さんのハウスに入るとなんだか麹の香りがする。そして通路にはトマトの葉が無造作に捨てられている。「大丈夫です。みんな見た目が悪いとか、捨てた葉から病気がまん延するのではないかと心配しますが、通路には乳酸菌とか放線菌とかいい菌がいっぱいいますから、腐らずにうまく発酵してくれます」と西さん。繁殖牛の敷料にも米ヌカボカシをふり、エサにも混ぜているが、「おかげで、白痢を8年間出したことがないし、ハエもわきませんよ」という(本号68頁)。

 一方、家畜糞尿を発酵させた液肥に、病害虫を抑える効果があることも明らかになってきた。家畜糞を嫌気的な発酵槽で発酵分解してつくられる「バイオガス液肥」は、土壌病原菌であるフザリウムやリゾクトニアに抗菌作用があり、またこれをミカンに噴霧するとミカンの各種の害虫を抑え、さらにイネのウンカやモンガレ病にも効果があるという(本号316頁)。

 帯広畜産大学の中野益男氏は、曝気処理した牛の尿やデンプン廃液がジャガイモの粉状ソウカ病やソウカ病を抑える効果があることを確認している(本号306頁)。液肥の施用で生まれる微生物の拮抗作用によって、間接的に病原菌を抑えるというのが中野氏の考えだ。そこで活躍する微生物は、地元の畑と病原菌にかかわってきた地元の微生物である。だから、畑のある地元の空気で尿やデンプン廃液を曝気すること、地元の堆肥を発酵のスターター役に使うことが大事だと中野氏はいう。発酵の過程で土着菌を取り込むのである。

 地域の資材と地域の生物によって、地域に固有の「減農薬空間」ができる。病原菌も害虫も地元の生き物であり、これらも含んだ連鎖が強まれば、病原菌も害虫もおさまるところにおさまるということであろう。

各地で始まった「新防除運動」

 今、防除は明瞭に新しい段階を迎えている。

 「現代農業」ではこれまで、農家の実践に学び、防除の改善にむけた提案を行なってきた。希釈倍率や散布法の改善など、農薬を使いこなすことによって無駄な農薬散布をなくすことがまず重視された。福岡県から始まった虫見板を武器とするイネの減農薬運動は、農家が自ら自分の田んぼの害虫や昆虫の生息状況を観察することによって、画一的防除から脱却する大きな取り組みであった。その後、木酢などの農薬以外の民間資材の活用にも着目した。こうした経過を経て到達したのが、土着天敵や土着微生物の活用であり、これを生かす豊かな生命空間づくりである。これを地域的に取り組む「新防除運動」が各地で始まったのである。この新防除運動は、これまでの蓄積を生かして進められる。

 農薬の使いこなしは、天敵への影響が少ない農薬を選択するという課題としてますます重要になってきた。

 害虫・昆虫相の観察は、作物だけでなく周囲の植物まで含めて、新防除運動に欠かせない技術になった。

 資材活用は、米ヌカなど地元の資材を活用し、土つくりまでを包含する総合的な技術として、その地域的な方法を創造する段階を迎えた。

 これに栽培法も加わって新防除運動が展開する。これまでバラバラになっていた、害虫・病気・雑草防除と施肥・土つくり、栽培法、さらに周囲まで含めた圃場環境整備が統合された防除法を地域地域で確立していく。そのために必要になるのが、新しい質の情報だ。

新しい防除を支える情報とは

 防除=農薬散布ということであれば、病害虫の発生状況についての情報と、効く農薬についての情報があればなんとかなるが、新しい空間的な防除法には、これでは間にあわない。土着天敵を生かす防除に限っても、いろんな情報が必要になる。農家の取り組みから、考えてみよう。

 岡山県笠岡市の岡田忠さんは今、土着天敵を徹底して生かす防除の工夫に夢中だ(本号87頁)。岡田さんが露地ナスを始めたのは3年前。農薬散布に追われることをある程度覚悟していたのだが、実際に栽培してみると、虫がでないのである。風よけにとナス畑のまわりにソルゴーを播いて畑を囲ったのがよかったのかもしれない。そんな岡田さんのところへ、「仕事が忙しくて農薬をかけなかったら、きれいなナスができた人がいるらしい」という話を聞きつけてやってきたのが、長年天敵利用の研究を続けてきた岡山農試の永井一哉氏である。岡田さんの畑を調べてみると、ナスの葉や、周囲のソルゴーとその付近にはヒメハナカメムシやクサカゲロウなどの天敵がたくさんいた。天敵の働きぶりに驚いた岡田さんは、それ以来、がぜん意欲的に、天敵を生かす防除体系に取り組み始めた。「虫が出たら、まず待つこと」、そして、それでも果実に被害がでそうなときは「天敵に影響のない薬剤」で防除することだ。この岡田さんがこの間、活用した「情報」を整理してみよう。

 一つは害虫や天敵を見分けることである。同じアザミウマでもナスに害を与えず、むしろ天敵のエサになる「ウマ」がいる。同じ仲間だが、防除からみると天と地のちがいだ。これを見きわめずに農薬をかけると、ムダになるばかりか天敵のエサを減らすのでかえって害になる。形態的にも似ていて、これを見きわめるには、それなりの情報が必要だ。

 畑にくる天敵が、なにをエサにし、どこにすみ、いつの時期に活動するか、そんな生態的な情報も欠かせない。また、それぞれの作物や雑草にどんな害虫や天敵が多いかも問題になる。ソルゴーにはナスに害を与えない「ムギクビレアブラムシ」が多くいて、これをエサとする天敵が増え、それがナスのワタアブラムシを食べてくれる。雑草のイヌホウズキにはニジュウホシヤテントウが好んで寄ってきて、これがあればナスには向かっていかない。だから、イヌホウズキは絶対に絶やしてはいけない。逆に防除のついでにと周囲の雑草に農薬をかけたり、雑草を刈ったりすることが、天敵を減らし害虫の被害を増やしていることも少なくない。

 そして農薬である。害虫への効果だけでなく、その農薬が天敵に与える影響を知らなければ、農薬を選び、使うことができない。岡田さんの場合は、天敵への影響が少ないアドマイヤー粒剤の植床施用で初期を過ごし、今のところ「待つ」作戦ではどうしても対処できないチャノホコリダニには天敵ヒメハナカメムシに影響の少ないアプロードを使い、去年地域全体に多発したメクラガメには残効の短いDDVP剤を、天敵を考慮して2列おきに間をおいて散布している。一斉防除では、天敵の逃げ場がなくなるのではと考えたからだ。

 天敵を見分ける情報、作物や雑草とのかかわりを含めた天敵の生態的な情報、そして農薬情報。岡田さんは、永井氏や普及員のバックアップと、自分の観察・体験から、これらの情報を得て、自分の防除法を研究してきたのである。農家の経験・観察力・洞察力と、研究者・指導者の知見が結びつき、農家が情報を使いこなすことによって、農家の意欲的な「新防除運動」が展開していく。

情報の流れを変えて創造的な労働を実現する

 農業は、作物や家畜、自然に働きかけ、そしてそこから学ぶ営みである。作物・自然を観察し、対話・交流するなかで得られる生の「情報」と、自分や村人の経験、さらには外部の情報を重ねて、形として、技術として形成していく。自らを失うことなく他からの情報をとりいれて、農家の、地域の個性的な技術がつくられていくのである。こうした、農家の、地域にとっての情報の循環を強めることなしには、新防除運動は展開しない。新防除運動は、情報のあり方を変え、情報の流れを変える運動でもある。

 農文協が、「現代農業」や「農業技術大系」「農業総覧」のデータベースをつくったのも、そのためである。たとえば、CD-ROM版「病害虫・雑草の診断と防除」で、天敵のハナカメムシを検索すると、「病害虫防除・資材編」(全11巻)の記事を中心に52本がヒットする。これを見ると、各作物の害虫に対するハナカメムシの効果や生かし方、ハナカメムシに害がない農薬の種類、各種ハナカメムシ類の形態的・生態的特徴、さらにはこれを生かしたナス、トマトなど7品目についての総合防除体系まで、豊富な情報が得られる。一方、CD-ROM版「現代農業」で同じように検索すると38本の記事がヒットし、この土着天敵を生かす農家の取り組みが豊富に紹介されている。

 これらの情報を、田畑や作物から得た自分の情報と、そして「農薬を減らしたい」という思いによって編集し、自分の、地域の情報資産にしていく。その情報資産を絶えず豊かにしていくことによって、自然を相手にする農業の技術が、より安定した、地域的な個性的なものになっていく。外からの画一的な情報に身をまかせるのとは反対に、農家の、地域の情報循環を強めていくのである。

 防除はもともと自然とのかかわりにおいて最先端に位置する仕事である。防除は、自然に働きかけ自然に学ぶ個性的な労働である。個性的で創造的な労働を実現するためにこそ、地域の情報活用がある。

(農文協論説委員会)

参考文献
 注1 本誌1997年10月号カラー口絵および本文136頁
 注2 平野茂博「キチン質資材」 農業技術大系「土壌施肥編」第7巻2 資材156の18


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