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農文協トップ主張 2001年12月号

21世紀を開く 日本有機農業研究会の創立30周年を祝う

目次
◆人類史の大転換のスタート時に設立された日本有機農研
◆農民が都市民の意識変革をすすめる―「結成趣意書」より
◆産直、農業の6次産業化から「農都両棲」へ
◆「提携」の運動をリードする思想―「歴史的生命」と農耕の思想

人類史の大転換のスタート時に設立された日本有機農研

 日本有機農業研究会は、昭和46年(1971年)10月17日に一楽照雄氏(農林中央金庫元常務理事・当時(財)協同組合研究所理事長)の提唱によって創立された。今年で30年。日本有機農業研究会(以下日本有機農研と略す)の創立30周年を心から祝う。

 日本有機農研の創立は、人類史の根本的転換点、1970年代の初めであった。18世紀後半から19世紀にかけて始まった産業革命は、大量生産・大量販売・国際化・画一化によって人類の生活を飛躍的に豊かにした。しかし21世紀の終わりの1970年代に入って、このままの生産力の発展では、環境問題の多発によって人類の生存が脅かされることが明らかになった。

 日本有機農研創立の翌年、1972年6月、ストックホルムで開かれた国連人間環境会議で、114カ国の出席のもと、国連で初めて環境問題が議論された。そして、「人間環境を保護し、改善させることは……全ての政府の義務である」とする「人間環境宣言」が採択された。その時期に日本有機農研は創立されたのである。

◇ ◇ ◇

 人類は生産力の発展によって豊かになるという人類史の時代が終わって、生産力の発展の仕方が問われる時代に入った。マルクスによれば、生産力の発展は、人間と人間の関係=生産関係=階級関係の矛盾をもたらす。人間の歴史は、階級闘争の歴史である。その階級闘争の歴史の時代、生産関係の矛盾を克服する歴史の時代が終わって、生産力(自然と人間の関係)の発展の仕方を変える時代に入った。「階級なき社会」の実現をめざす時代が終わって、「人間と自然の調和する社会」の実現をめざす時代に入ったのである。奇しくもこの大きな人類史の転換のスタートの時期に、日本有機農研は創立された。

農民が都市民の意識変革をすすめる―「結成趣意書」より

 日本有機農研の設立総会に、一楽照雄氏の起案による「結成趣意書」が提案され、満場一致で可決された。その「結成趣意書」に基づいて日本有機農研は30年にわたる活動を日本全国で展開してきた。その「結成趣意書」こそ 人類の新しい課題を示した画期的な文書である。

 「食生活での習慣は近年著しく変化し、加工食品の消費が増えているが、食物と健康との関係や食品の選択について一般消費者の知識と能力は、きわめて不十分にしか啓発されていない。農業者が消費者にその覚醒を呼びかけることが何よりも必要である。」(結成趣意書)

 人類史上初めて、農民が都市民の意識変革をすすめる運動が開始された。それが日本有機農研の運動の画期的な意味である。

 人類史は都市が農村をリードしてきた歴史である。生活について考えれば、文化生活は都市文化生活であり、「農村に文化生活を」といえば農村生活を都市化することであった。それが人類の進歩であり発展であった。ところが、時代は「自然と人間の調和する生活」を要求している。「自然と人間の調和する生活」の場は、農山漁村にあった。「自然と人間の調和する生活」を、それぞれの地域がそれぞれ異なる自然を活かし、それぞれの地域の住民の歴史(伝統)が、それぞれの地域の個性的な生活をつくってきた。地域「自然」と地域住民の「歴史」(伝統)が、それぞれの地域の個性豊かな「暮らし」を形成してきたのである。

 生産と生活が一体になった暮らしを創ってきた農山漁村こそは、自然と人間の調和した空間である。人間の自然への働きかけが加わった「歴史的生命空間」である。社会を「歴史的生命空間」として把握してこそ「自然と人間の調和する社会」を形成することが可能なのである。そして「歴史的生命空間」の創造的担い手は農山漁民であった。

 日本有機農研の「結成趣意書」は都市民の食意識の変革を農民のリードによってすすめることを宣言している。つまり、人間の暮らしの変革を農民がリードすることを宣言しているのである。有機農業運動は有機農産物を売ればよいのではなくて、「消費者にその覚醒を=食意識の変革を=呼びかけることが何よりも必要である」と宣言している。

 人類史が「階級闘争」を基本とする時代から、自然と人間が調和する「暮らしを創る」時代へと歴史的転換したスタートの時点において、日本有機農研は、暮らしの根幹である「食意識」の変革を「農民主導」で推進することを宣言してスタートしたのである。「都市空間」主導ではなく「農村空間」主導の暮らしの意識変革をめざしたところに、日本有機農研「結成趣意書」の画期的意味がある。 「提携の思想」=「自給の社会化」

 それだけではない。日本有機農研の運動は、生産者と消費者の人間関係の有機的関係を形成する運動として、つまり農民と都市民の提携活動としてすすめられた。

 1978年2月25日、第4回大会でこれまでの日本有機農研の活動を総括した「提携の十カ条」が確認されている。その第1条「生産者と消費者の提携の本質は、物の売り買い関係ではなく、人と人との友好的付き合い関係である。すなわち両者は対等の立場で、互いに相手を理解し、相助け合う関係である。それは生産者、消費者としての生活の見直しに基づかねばならない。」(提携の十カ条)

 数多ある世界各国の有機農業運動の中で、日本の有機農業運動の際立った特徴はまさにこの「提携」にある。「有機農産物」という「自然」を仲立ちにして「生産者、消費者としての生活の見直し」をしなければならない。つまり、大量生産・大量販売に基づく画一的な利便な生活を見直し、自然の多様性を活かした個性的な生活を創らねばならない。

 第2条は「生産者は消費者と相談し、その土地で可能な限りは消費者の希望する物を、希望するだけ生産する計画を立てる」(前掲書)。そして続く、第3条では「消費者はその希望に基づいて生産された物は、その全量を引き取り、食生活をできるだけ全面的にこれに依存させる」(前掲書)。なんのことはない。これは農家が食べものの自給生産を、消費者に代わって行なうということである。つまり「自給の社会化」なのである。自分の土地で、自分の食べものをつくる。それを「社会化」したのが、日本有機農研の「提携の思想」である。

 「消費者の食意識の変革」と「生産者・消費者の提携」は、地域地域の「自給的生活」を、都市(消費者)と農村(生産者)の提携によって都市と農村の両方に実現する巨大な「文化運動」である。大量生産・大量販売・国際化・画一化による人類の生活を豊かにする路線に対して、自然と人間の調和による、多品目・少量生産・地域化・個性化による人類の生活を豊かにする路線を「文化運動」として明確にしたのが、日本有機農研の運動であった。

産直、農業の6次産業化から「農都両棲」へ

 人間の生活は、これまでお金で計られてきた、100万円の家計費は、50万円の家計費より豊かであると考えられてきた。すべて所得の大小によって生活の豊かさが計られてきた。しかし、農家の方なら誰でもわかるように、「自給生産」の比率が高い農家は家計費は少ない。「母ちゃん」も働きにでて、何でも買って賄っている農家の家計費は多い。この場合家計費の少ない、自給生産物を自分で加工・調理している手間ひまかけた食生活のほうが、「買い物」中心のお金をかけた食生活よりも豊かである。

 「自給」を中心にする食事は、それぞれの地域の特色がある。地域だけではない。それぞれの家によって異なる味がある。食生活―暮らしが個性的なのである。大量生産・大量販売・国際化・画一化の豊かさの次に求められる豊かさは、まさに個性的な豊かさである。すべての産業が商品の個性化の方向をめざして走り出している。道具類が電子化することによって、個性的商品を「大量」に生産できるようになった。「商品」の個性化の先頭を走っているのが「産直」農家である。「産直」に象徴される、多品目・少量生産・地域化・個性化した農産物は「提携」(産直)による販売に委ねられ、「自給の社会化」を、多様な形で実現している。その先端を切り開いてきたのが、日本有機農研の運動である。

 「産直」は生産・加工・販売と農家の6次産業化はすすみ、加工は食品だけでなく、農家の手による工芸品に至って発展し、さらに「援農」という形で、すぐれた景観を楽しみ、「援農」で休日を楽しむ「観光」業まで加わり、さらに、「民宿」から、農村での「別荘」の建設まで進んでいる。

 高齢化のなかで、老後は農村の「別荘」に寝起きして、自家菜園を営み、都市のマンションは子どもに譲って、1室だけは自分の室として残し、美術館めぐりやスポーツ・芝居見物など、都会に豊かなものは、確保した自分の部屋に寝泊まりして十分に享受する。「農都両棲」の暮らしを楽しむ、新しいライフ・スタイルが現れている。

 日本人の暮らしで、最も貧困なのは「住」の部分である。都会のマンションは狭い。庭もない。都会人の誰もが庭付きの1戸建ての住居をもつことは不可能である。しかし、交通利便、農村と都市が世界一接近している日本においては豊かな住居は、農都両棲の「住生活」によって世界一のものにすることが出来る。

 自家用車を含めて交通至便。それに加えてパソコンネットワークの整備。事務的業務は農村でも出来るようになった。

 「提携」の運動の発展は人類の新しいライフ・スタイル、農都両棲の時代を実現する。全国民が農村に別荘をもつ「住」生活が実現出来るのである。農村の過疎はなくなり、自然と人間の調和した社会が日本に出来上がる。

「提携」の運動をリードする思想―「歴史的生命」と農耕の思想

 生きているということは働くということである。働くということは、歴史的現実の世界に於いて物をつくることでなければならない。物をつくるということは、自然とかかわることである。太陽をあび、空気を吸い、水を飲まなくては生きてゆけない。

 自然=土が食物を生み、食物が身体を生み、身体が心を生み、心が人間を生む。人間は自然なのであり、自然が人間なのである。自然と人間の「絶対矛盾の自己同一」としての把握が「歴史的生命」なのである。「歴史的生命」が自然的世界を歴史的世界に変革した。

 人間は歴史的世界の要素として歴史的現実に働きかけて生きている。歴史的世界とは、働きかけ働きかけられる世界である。作られたものから作るものへと動きゆく世界である。「絶対矛盾の自己同一」として自己を構成してゆくところに人間の理性が成立する。

 具体的な真理は、具体的生命の立場から考えられるものでなければならない。そこに哲学というものがある。

 我々は世界の外から世界を考えるのでなく、考える私も世界の中にあるのである。

◇ ◇ ◇

 客観的に見るのではない。客観的・科学的思考ではなく、自然と人間を一体のものとしてとらえる主客統一の考え方を基本とする時代がきた。「自然と人間が調和する思想」「自給の思想」は主客統一の思想である。この思想の創造者は農家であった。農家は自然に働きかける。農家が自然に働きかけるということは、工業労働と違った、自然から働きかけられるという、もう1つの面をもつ。イネに働きかけることはイネに働きかけられることである。「イネが肥料をくれ」といっているから肥料をかけるのであり、果樹がこの枝を切ってくれといっているから剪定するのである。こういう主客統一の農耕労働によって、農業の主体である農民がつくられる。

 環境は生命の外であると共に内である。生命は外に環境をもつと共に内に環境をもつ。

 歴史的生命は、歴史的身体的に「制作する」ことによって実在する。農耕ということなくして、「歴史的生命」というものはない。そして、農耕には伝統がある。伝統なくして農耕はない。

 日本有機農研の運動は「身土不二」の新しい思想を大衆的に形成した、人類史の新しい時代の新しい文化運動である。新しい時代を迎えるには、「政治運動」や「経済運動」に先行して「文化運動」が展開されなければならない。「政治運動」や「経済運動」の根源に「文化運動」がなければならない。「生活意識」の変革。「自然と人間の関係の変革」「人間と人間の関係の変革」、それが、日本有機農研の運動の基本にすわっていた。日本有機農研こそ、21世紀を開く運動の先駆者である。

◇ ◇ ◇

 環境が主体をつくり、主体が環境をつくる。つくられたものからつくるものへ。農村=歴史的生命空間は、主体と環境の相互限定の世界である。その相互限定は、単なる相互限定ではない。その中に自己同一性をもち、世代から世代へと発展してゆく。そこに個性というものがある。「歴史的生命」は個性的であり、「歴史的生命空間」である農村こそ、個性の豊かさを発展させる「先進空間」である。

 人口・食料・資源・環境問題という、人類がこれまで体験したことのない困難を克服する「指導空間」が、「歴史的生命空間」「農山漁村空間」なのである。

(農文協論説委員会)


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