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農文協トップ主張 2002年3月号

地域内農工商連携と経済循環で
グローバル経済に対抗する

目次
◆マネー資本主義対イスラム
◆食のグローバリゼーションとスローフード運動
◆市民企業の地ビールから農工商連合の「食のむら」構想へ
◆中央集権の薩長連合から地方主権の農商工連合へ

 不況のなかで、地域内農工商連携による産直・加工の動きが広がっている。農文協から刊行中の『地域資源活用食品加工総覧』(全12巻)は、この動きを支援するために企画されたものだ。「食」を軸とした農工商連携―それは、環境と平和、そして経済そのものを脅かす、グローバリゼーションとマネー資本主義への対抗思潮でもある。

マネー資本主義対イスラム

 現代は、歴史上もっともグローバル(世界単一市場的)な時代である。だが現代は、もっとも地域主義的な時代でもある。なぜならグローバリズム(世界市場一元主義)は、各国、各地域のアイデンティティを喪失させるが、その反作用として、各国、各地域は自己のアイデンティティの回復を求めるからだ。

 ソ連崩壊後の世界単一市場を覆うのは利が利を生むマネー資本主義である。世界で流通するドルは300兆ドルと推定されるが、地球上すべての国のGDP合計は、その約1割30兆ドルに過ぎず、実際の輸出入の決済に必要なドルは8兆ドルとされている。通貨本来の機能は物を交換する手段であることと、物の価値を判断するものさしだが、いまや利殖の機能がケタはずれに肥大化し、マネーがマネーを増やす手段として利用され、マネーを多く所有する者の絶対的優位が強まっている。

 経済評論家の内橋克人氏はつぎのように言う。

 「世界をおおう金融システムに乗って、自己増殖するマネーが、人間労働の成果や自然を含む資源を、貧しい国から富める国へと移す道具にもなっていた。資本にとっての『徹底自由』を世界同一の基準として確立しようというところにグローバリズムの本質があったことも忘れてはならない」(朝日新聞2001年1月14日「浪費なき成長へ転換を」)

 本誌前号の主張「自然とともに平和をつくる」では、「世界一富める国」アメリカの豊かさは、世界一の石油資源浪費に支えられたものであり、その豊かさを維持するために温暖化防止のための「京都議定書」に同意せず、聖地メッカを擁するサウジアラビアに軍隊を駐留させ、全世界のイスラム教徒の反感を買っている、と書いた。それだけではなくアメリカは、炭酸ガスの排出総量を減らすという問題を置き去りにして、国や企業が「炭酸ガスを排出する権利」を売買できる制度をめざしている。いわば「空気の商品化」であり、度し難い「市場原理主義」である。

 こうしたアメリカ1国中心のグローバルなマネー資本主義に対し、イスラムの教えは労働の対価以外の報酬、つまり利子を受け取ることを禁じている。市場原理主義が猛々しくなるほどにイスラム社会ではそのアイデンティティ回復のためにイスラム原理主義が勢いづく。先述の記事で内橋氏は、「イスラムが資本主義にとってかわるとお思いですか?」という質問に、喜捨の考えと利が利を生むマネー資本主義へのアンチテーゼを基本にもつイスラムは、「とってかわるのではなく、市場経済をより健全なものにする上で価値の高い対抗思潮だと思います」と答えている。

 かつてはソ連をはじめとする社会主義圏が市場原理主義への対抗思潮の役割を果たし、資本主義は共産圏への対抗上、8時間労働制や年金、医療、福祉などの社会政策を、渋々ながらも導入せざるを得なかった。だがイスラム以外、そうした対抗思潮がなくなって「マネー資本主義が自由に燃えさかったのが90年代でした」と内橋氏は言う。

 しかし、そのアメリカもITバブルが崩壊し、GDPは増えず、失業率も上昇している。

 「適正な消費ではなく、アメリカ1国の壮大な浪費を前提に成り立つグローバル経済のゆがんだ循環が、持続不能に陥り始めた。これがいま進行していることの最大の意味でしょう」と内橋氏。「今後は健全な資本主義に戻るのでしょうか?」という質問には、つぎのように答える。

 「戻るというより進む。ある意味ではもっと抑制された市場経済へと進化すると思う。逆にいえば資本主義そのものをより人間化する方向に進むのではないか。巨大なマネーの襲撃から地域と社会を防御するいかなる制度も障壁とみなして排除しようとする、グローバリズムの終えんです」

食のグローバリゼーションとスローフード運動

 グローバリゼーション、マネー資本主義への対抗思潮はイスラムだけではない。1986年、ファストフード世界最大手、マクドナルドのイタリア・ローマへの進出問題をきっかけに始まったスローフード運動は、「食のグローバリゼーション」への対抗思潮である。

 89年に誕生したスローフード協会の会員は、この10余年で31カ国、7万人の会員を誇るまでに成長。ファストフードとグローバリゼーションの総本山、アメリカでも会員6000人と、近々米国最大の「食のNPO(非営利法人)」になる勢いだという。

 スローフード運動とは何か?

 7年来のスローフード協会員であり、後述するスローフード賞の審査員でもある作家・島村菜津さんは、「現代農業」2月増刊『自然とともに平和をつくる』で、つぎのように述べている。

 「スローフードな食卓。だが、それは、ただゆっくり食べようというだけの単純なことではない。何か、消化するのに時間がかかるような伝統食のことをそう呼ぶのでもない。そして、会長のカルロ・ペトリーニによれば、『ファストフード反対運動とも厳密には違う。強いて言うなら、我々が反対しているのは、ファストフードを支える考え方、世界中、いつでもどこでも同じ味という世界観だ』という。その土地その土地の郷土料理、家庭にはお袋の味(親父の味でも一向、差し支えないのだが)が残る、多様な味の世界を守ろうというのが、スローフード運動の核心である」

 協会が現在力を注いでいるのは、食の世界の絶滅品種を救おうという「ノアの箱舟運動」と、世界中で多様な味をまもる人びとに捧げる「世界スローフード賞」。昨年秋には、ポルトガルの港ポルトで第2回選考会が開催された。

 「(そこでは)このグローバル経済の中で、食の均一化は、むしろ発展途上国で劇的に進行していることを思い知らされもした。たとえば、インドからは、均一化は種から始まると『自由の種』という組合を作り、F1の種や遺伝子組み換えに反対し、各農家をまわり、できれば無農薬、無化学肥料を説いてまわった女性たちがいた。今や1000世帯、34農村を巻き込む一大組織に成長し、600種の農作物を生産。驚くなかれ、米だけで250種という」

 その女性たちの中心になっているのは、かつて「多国籍企業が農業を全面的に支配する時代がくれば、農民の種子は農民にとっての自由のためのたたかいにおいて絶対必要な道具となる」(1993年現代農業緊急増刊『アメリカは自由貿易に反対する』)と主張していたヴァンダナ・シヴァさんである。

 島村さんが、協会の陰の功労者であり、ローマに本部のある世界食糧農業機構(FAO)で、長年、途上国の飢餓問題に取り組んできたフェデリコ・エスティヴァン氏に、「遺伝子組み換えや工業化された農が、世界を飢餓から救う」という理屈をどう思うか尋ねたとき、返ってきた答えはつぎのようなものだったという。

 「画一的な高度に管理された農業は、何か予期しない事態が起こったときに、一気になぎ倒される危険性がある。よく知られているのは、18世紀末、アイルランドのケースだ。あの国では当時、アメリカからもたらされたジャガイモが主食で、食の8割を占めるほど、そればかり食べていた。ところが、これが害虫の被害に遭い、じつに250万人が餓え死にした。そのとき、アイルランド人を餓えから救ったのは、南米から探してきた害虫に強いジャガイモだった。40年代にも、米国の大旱魃でトウモロコシが全滅した。そのときも、暑さに強い品種のトウモロコシを探してきたのは、確かインドだった。つまり、先進国の画一的農業は、非常事態のたび、途上国の多様で原初的な農に救われたわけだ。これは一考に価する史実だと思わんかね」

 島村さんは、「長い目で見て、その地が豊かになるには、決して身勝手な理論を押しつけず、その土地独自の食文化を守り、尊重するしかないのだと思う。決して、グローバリゼーションを悪だと言うのではない。ただ、スローフード運動が夢想するのは、多様なものが平和に共存できる社会なのである」と、述べている。

 とはいえスローフード運動は、肩肘張った堅苦しいものではない。協会の本部のある北イタリアの田舎町・バルの村祭りでは、参加者は紐のついた8枚綴りのチケットを首にぶら下げて散策しながら、町のあちこちに設けられた臨時のレストランで町の人の話を聞きつつワインやチーズやソーセージのフルコースを楽しむものだし、昨年12月に開かれたニッポン東京スローフード協会の催しも、合鴨水稲同時作の古野隆雄さんの本号128ページの報告にあるように、じつに楽しく、そして「美味しい」ものだった。

 スローフード運動とは、食のグローバリゼーションによる大量生産と大量流通、効率と利潤重視の「ファストに傾き過ぎた歪み」を、何を、どこで、誰と、どう食べるかという日常のことから、楽しく、美味しく正し、食と農の多様性をまもり、新たにつくり出していく運動なのだ。

市民企業の地ビールから農工商連合の「食のむら」構想へ

 経済の混迷がつづく。かつて大型店の進出にゆれた地方都市の商店街は、こんどは大型店の中心地からの撤退による商圏の激変に苦しめられている。大型店の撤退により、用地を貸していた地権者のなかには、あてにしていた賃料が入ってこなくなるどころか、多大な保証金の返還を求められ、苦境に陥っている人も少なくない。

 「青くなっていたのは自分だったかもしれない」と語るのは、岩手県一関市の蔵元、世嬉の一酒造の3代目ご当主、佐藤晄僖さん。1982年に世嬉の一は、酒造工場を近隣の紫波町に移転、バブルへと向かう時世のなか、一関市に残った6つの蔵のある2000坪の敷地に、蔵を壊してホテルや大型店の用地として貸してほしいという申し出があった。だが佐藤さんは、その話を断り、蔵を改修して86年5月には酒造道具を展示する博物館と地元の旬の食材を使った和風レストラン「せきのいち」をオープンした。蔵の改修が終わったとき、近所の人に「世嬉の一さんがきれいになったら、うちも気持ちがいい」と声をかけられ、「蔵の所有はうちだけど、景観は地域みんなのものなんだなあ」と思ったという佐藤さん、「本当に蔵を壊さなくてよかった」と、ふり返る。

 その佐藤さんは、96年には「食」という共通項をもち、全国大手の企業とはちがったステージの生き方をめざす一関市の異業種交流仲間と協同組合をつくり、地ビール「いわて蔵ビール」を誕生させる。世嬉の一、養豚からハム・ソーセージ製造の一関ミート、菓子製造販売の松栄堂、もち製造販売の百味本舗、酒類販売のニューよこやの仲間で150万から250万円ずつ、計1000万円を出資してつくった「協同組合いわて蔵ビール」は、農水省の「地場の農産物の原料化」を目指す「先端支援事業」の補助金を受けて、全国の地ビールのなかでもめずらしい「麦芽から地元産」の地ビールをつくる市民企業である。

 「大手企業とはちがったステージ」とはどういうことか、佐藤さんは『食品加工総覧』第1巻で、こう述べている。

 「一関ミートがつくるハム・ソーセージは合成保存料などが添加されていないために、流通日数が1週間と短く限られる。一方、いわて蔵ビールの製品も、風味を大切にする観点から酵母が生のまま入っている生もので、賞味期限が短く(約1カ月)また冷蔵流通が必要である。扱いが面倒な難点はあるが、その合理性よりも健康や新鮮さに力点を置いている。結果として、大手メーカーの扱いにくい商品となっており、大手メーカーとは異なる舞台での商売を目指しているのである。価格や量で勝負する世界は、結局は資本力や情報ネットワークの勝負の世界であり、大手企業同士の世界である。突き詰めていけば外国の安い労働力や原料とつながり、地域の経済とは別の次元の話となってしまう。つまり、地場の小企業の舞台ではないと思う」

 地ビールメーカーは現在全国に300社ほどあるが、そのほとんどの原料は輸入麦芽である。その最大の原因は小規模の地ビール醸造に適した麦芽製造工場がないこと。年間100万キロリットルの大手に対して地ビールは数百から数千キロリットルで、適正規模の機械や工場がない。そこで佐藤さんたちに協力してくれた県農林部とJAの職員は、イネの催芽機やシイタケの乾燥機を組み合わせた麦芽製造機を工夫し、作業も使っていない蚕の飼育場を使うことで、この問題をクリアした。

 佐藤さんは、いままでのような地域外へ一方通行的にお金が流れる仕組みではなく、小さくても地域内で還流する「地域内経済小循環」の重要性を力説する。

 「(地ビールや麦芽の売上げ)金額は世嬉の一の業績を急に押し上げるほどでもないし、農家やJAが家を建てたり高級車を購入するほどの金額でもない。農家にとっては孫の小遣い程度のお金である。しかし、個人でも地方経済でも、ちょっとしたお金がささやかな活気を与えてくれる例が各地に見られる。たとえば、一関市に20カ所以上あるロードサイドの農家直売所は、スーパーなどに比べればささやかな売上げだろうが、そこにかかわるお年寄りたちは『自分の作物が喜ばれて買われて、実に嬉しい』と、みな元気でにこやかである。今後はこうした仕組みをいろいろな立場ごとにつくる努力が、特に地方において一層必要になると思う」

 佐藤さんたちのつぎなる夢は「食のむら」構想。農業・商業・工業が一体となって自然、新鮮、元気を体感できるエリアを一関につくろうというのである。これは佐藤さんがずっと思い描いていた「酒のイーハトーブ」構想――たとえば、酒米の田んぼに囲まれた白壁の土蔵があり、そこでは生産者だけでなく消費者も酒の醸造などの酒文化を体験できる。ここで技術者も養成する――に、異業種の仲間も同じような夢を描いていたことがわかって動き出したこと。一関ミートは田園風景のなかにハム工房やレストランを、百味本舗は米をテーマに一関地方のハレ食のもちにまつわる生活文化や風習を紹介する場を、梅のお菓子で知られる松栄堂は梅林に囲まれた菓子工場を思い描いていた。

 99年、県や市、商工会議所、農協なども参加して食のむら推進委員会が組織された。なぜ「食のむら」か?

 委員会は、つぎのように述べている。

 「地域固有の文化に立脚した食品産業を展開することは、他地域に対しては特有の情報を発信することとなり、それは人々との交流を通じてあるいは異なる産業との交流を通じて、新しい産業や文化の発展へとつながる可能性を有している。それは、地域の固有文化を深化し、より豊かな生活文化の向上に役立つ産業となることを意味する。それは『食のむら』を地域固有の存在であると同時に、全国的にも通用する存在とならしめることとなる。このようなことは、単に地域や社会全体に益することのみならず、経済活動体としての個別企業にとっても益することとなる」

中央集権の薩長連合から地方主権の農商工連合へ

 『食品加工総覧』第9巻に事例として紹介されている鹿児島県の九面屋の社長・鳥丸正勝さんもまた、「地域内経済循環」をめざす企業人である。九面屋は大学、試験場、農協・農家とのネットワークを築きながら、鹿児島の代表的作物・サツマイモを使った菓子の製造・販売に取り組んでいる老舗。鳥丸さんは江戸時代に発刊された「甘藷百珍」を今に再生しようと、精力的に「平成百珍」に挑戦してきた。

 その鳥丸さんは今、種子島に古くから伝わる在来の品種「あんのういも」を使った菓子の開発に力を注ぐ。昔から料理用に島民が愛用してきたこのイモの特徴を活かし、添加する砂糖が少ない、これまでにないお菓子を生み出したいという。ライト(砂糖が少ない)からロウ(さらに少量)へ、そしてめざすは素材から引き出される甘みだけのレス(砂糖を使わない)の菓子である。

 「食は材にあり」――地元の「材」とそれを活かしてきた伝統技術に学び、新しい価値を創造する。「知的遺産として残されてきた伝統技術と、新しく開発されつつある先端技術を融合する?中間技術?を確立し、地域の誇れる地場技術を創出していきたい」という鳥丸さん。そうした技術と地域のネットワークによって「地域内経済循環」を可能な限り追求し、地方の自立を図ることが地方の企業人のこれからの生き方だと、鳥丸さんは考える。

 かつて、薩摩は長州とともに討幕と近代的中央集権国家建設の中心的な役割を担った。「これからは、地方主権(地方分権ではない)の時代」と鳥丸さん。薩長連合ならぬ、地域での農工商連携が新しい時代を築く。

 冒頭に引用した記事の中で内橋氏は、「浪費なき成長」のためには市民参加型の資本主義に変わらざるを得ず、それは「競争セクター」と「共生セクター」が並び立つ「多元的経済社会」である、と説く。世嬉の一酒造や九面屋のように、すでに地域では「食」を機軸にした農工商連携によって、「共生セクター」への自立が始まっている。

(農文協論説委員会)


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