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農文協トップ主張 2002年8月号

この夏、10万人の子どもが
“農業技術書”を読む
新しい農業書をぜひあなたも

目次
◆ビルの屋上でのイネつくりは発見の連続
◆田んぼの草取り虫・カブトエビ
◆生きものを活用する新しい農業の潮流
◆カビトエビを描いた本
◆農文協の児童書は最高の農業技術書


 カブトエビという生きものをご存じだろうか。

 体長1センチほどで、分類学的には節足動物門、甲殻類、鰓脚目に属する。「生きた化石」と呼ばれるカブトガニとよく間違えられるが、同じ甲殻類でもあちらは海の生物。カブトエビはずっと小さくて、ミジンコの仲間だ。農薬などの影響で一時姿を見なくなったが、近年、田植え後の田んぼでよく見られるようになった。 

 田んぼの除草効果があるというカブトエビ――この小さな生きものが、いま注目を集めている。

ビルの屋上でのイネつくりは発見の連続

 私たちは、この生きものに東京・赤坂にある農文協のビルの屋上で出会った。

 去年、わが編集部は農文協の屋上でイネつくりに挑戦した。コンクリートブロックを並べて角材で固定して枠をつくり、ブルーシートで包んだ約3平方メートルの簡易ミニ田んぼ、プランター、発泡スチロール箱、そしてたくさんのバケツが私たちのささやかな圃場である。きらら397、ほしのゆめ、コシヒカリ、日本晴、ヒノヒカリ、黒色米などなど、さまざまな品種の種もみを集め、市販の園芸用の土と3人の農家の方からいただいた田んぼの土で育て、生育を比較した。植え込み本数や容器の大きさを変える実験も試みた。

 今年度から、全国の小中学校で「総合的な学習の時間」がはじまった。体験不足の子どもたちに「生きる力」を育むためのこの時間を活かして、イネつくりに取り組む学校がふえた。小中学校では土曜日が毎週休みになったので、週末には地域の親子が稲作体験をはじめたところもある。そんななかで、イネという作物や稲作の醍醐味を子どもたちにもっともっと味わえるような絵本をつくろう。そのために1年間、実際に自分たちでイネを育て、写真を撮ろう、というのがこの企画であった。

 この屋上でのイネつくりは私たちにとって発見の連続であった。

 たとえば、イネの葉はいつどれだけ伸びるのか。4時間おきにマジックで印をつけてみたら、20時間の間に7センチも伸びた葉があった。葉は昼も夜も休まずに伸び続けるが、午前8時から12時までの4時間が最高に伸びることもわかった。

 1株の葉の面積はいったいどれだけあるのか。バケツの1本植えで54本に分げつしたコシヒカリの葉を、1枚ずつ、スプレー糊をふきつけた模造紙にできるだけすきまのないようにはりつけてみた。その面積はなんと2867平方センチメートルとバケツの上面の4倍にもなることがわかった。7月のバケツイネは、イネを植えなかった場合にくらべて、2〜4倍も水が減っていた。

 屋上でのイネつくりは、私たち大人自身にとっての「総合的な学習の時間」だった。

 こうしてできた全5巻の絵本『写真でわかる ぼくらのイネつくり』は、これまでの農文協の農業書や農業専門書にも書いていないような新しい知見を盛り込んだ、なんだかすごい「農業絵本」になってしまった。


田んぼの草取り虫・カブトエビ

 そこでカブトエビである。

 バケツ田んぼへの「田植え」がおわって5日目の朝のことだった。福岡県の藤瀬新策さんからいただいた田んぼの土を入れたバケツの中で何やら動くものが見えた。1センチくらいの黒っぽいものが無数の足を動かして泳いでいる。カブトエビだ。そういえば、それまでもそのバケツはずっとにごっていたが、それはカブトエビが動き回って土をかきまわしていたからなのだ。

 このカブトエビは「田んぼの草取り虫」と呼ばれ、その除草効果が注目されている。その効果は、愛媛大学の日鷹一雅さんによれば、(1)幼植物の掘り起こし効果、(2)摂食効果、(3)濁水効果の3つにあるという(注1)。つまり、田植え後の田んぼをカブトエビがたえず動き回って泥をかきまわすので、草がはえにくく、たとえはえてきても食べられてしまう。また、カブトエビの動きのせいで水がにごるので、雑草の発芽や光合成が阻害されるというわけである。藤瀬さんの田んぼにはこのカブトエビが1平方センチメートル当たり50〜100匹もいるという。なぜこんなにもふえたのか。宇根豊さんの分析はこうだ。

 藤瀬さんの田んぼではこの8年くらい除草剤を使っていない。さらにイネとキャベツを30年近くも輪作している。冬キャベツを栽培するには高い畝をたて、キャベツ収穫後は外葉をすきこむ。畝立てすることで土を深く耕すことになり、同時に土がよく乾くことになる。カブトエビの卵は冬に土がよく乾燥する田んぼのほうが孵化率が高い。多量の有機質を供給し深耕した土はカブトエビが増殖しやすく、また、泥もにごりやすい。

 さらに、宇根さんは藤瀬さんが代かきしたあとの水を捨てずに残していることに注目する。

 「代かきをすると卵の何割かは水に浮き、紫外線の刺激のせいだろうか、次々と孵化してくる。カブトエビだけではない。ミジンコも豊年エビも貝エビも孵化してくる。とくにミジンコは、カブトエビのエサになるうえ、やがて遅れて生まれてくるオタマジャクシやヤゴやゲンゴロウなどのエサにもなってくれる。つまり代かき水は、人間でいえば『初乳』みたいなものなのだ。」(注2)

 カブトエビが増殖するのは田畑輪換して深耕している田んぼとはかぎらない。堆肥をどっさり入れた田んぼや、土着菌ぼかしと米ぬかを入れた半不耕起栽培のトロトロ土の田んぼでも、大増殖している。農法は違っても、田んぼの土の力を引き出すことで、結果として、田んぼを多くの生きものにすみやすい環境に変えている。そして増殖したカブトエビが生きものにやさしい農法をやりやすくさせてくれるのである。


生きものを活用する新しい農業の潮流

 1年の多くの期間、水をたたえる田んぼはもともと生きものたちの宝庫だった。

 田植えがすんだ田んぼでは土の中で休眠していたミジンコやカブトエビやヤゴが生まれてくる。繁殖のために飛んでくるガムシやゲンゴロウの仲間、ミズカマキリなどの水生昆虫たち。場所によってはタガメも姿を見せる。そして、水面には無数のアメンボの仲間。

 イネの株につくヒメトビウンカやツマグロヨコバイ、イネミズゾウムシなどの害虫をねらって、天敵のクモの仲間も集まってくる(注3)

 しかし、農薬・化学肥料に過度に依存した農業は、これまでイネ以外の生きものを排除する方向で発達してきた。稲作の早期化にしたがって中干しが早まったことや、圃場整備によって水路がコンクリート化したことも水生生物がすみにくい環境にした。

 生きものがすみにくい田んぼには子どもも寄り付かなくなった。かつて田舎にすむ子どもが、家から帰って遊びに行くところは里山であり、田んぼだったのではなかろうか。いま田んぼの周りで子どもたちの姿をみることはまれである。それは子どもたちの関心がファミコンに代表される室内遊びに奪われたせいもあるが、田んぼそのものが、子どもたちにとって魅力的な場所ではなくなったことがあるのではないか。

 子どもたちが育っていくうえで第一に必要なのは、学校でも教師でもない。身近なところに、自然と人間が折り合いをつけながら生きてきた「場」があることがなにより欠かせないのであり、そのような場があれば子どもたちはおのずから育っていくのである。

 田んぼはもちろん、イネを育てるための装置であって、虫や鳥を育てたり、子どもの遊び場を提供するためにできたのではない。

 実際、農業が近代化すればするほど、田んぼという装置は害虫や雑草といわれる動植物をはじめとして他の生物を排除し、排除することで生産の効率をあげてきた。

 そのような近代化農法が極限まで行き着くなかで、新しい農業の潮流が生まれてきた。イネが育つ土や水、微生物といった環境のつながりをとらえ、生きものを活用する農法である。イネを健全に育てるためにも田んぼの生物多様性を保つことが大事にされるようになった。イネを健全に育てるために〈結果として〉生物多様性がたもたれ、そのことが〈結果として〉子どもの成長にとっても優れた「場」を提供してくれる――そこが大事なのである。


カビトエビを描いた本

 そんなイネとともに生きものが育つ「場」として、田んぼを考えさせてくれる本が出た。

 その名は『カブトエビの寒い夏』(谷本雄治・文、岡本順・絵、農文協刊)。

 『カブトエビの寒い夏』の舞台は仙台市近郊の農村。農家の息子の小学5年生耕平が主人公だ。クラスで生きもの博士といわれる耕平は自分の家の田んぼで不思議な生きものを見つけた。カブトエビだ。それはじつは農薬をできるだけ使わないイネつくりを目指してきた父親が、山形県の南陽市に出かけていってカブトエビの一種であるヨーロッパカブトエビがすんでいる田んぼの土をわけてもらい、4年前から田んぼにばらまいてきたのが、ようやく孵化したのだった。耕平はカブトエビとの出会いをきっかけに、自分の家の田んぼや農業に関心をもっていく。その年はまれに見る冷夏で――と、物語は続いていくのだが、ここにはカブトエビの生態や農業とのかかわりが、実際にカブトエビを飼育した著者の知見をもとに細やかに書き込まれている。

 耕平の家ではおじいちゃんが3頭の牛を飼っており、堆肥をつくっていること。カブトエビの成虫は中干しで死滅するが、卵を産み落とし、卵は乾燥した土のなかでも生き残ること。それどころか、この卵はおそろしく丈夫にできていて、ある人が机の引き出しの入れっぱなしだった卵を15年ぶりに見つけて水に入れたら孵化した例もあること――。

 子どもは最初から農業に関心をもつわけではない。耕平のように、生きものへの関心から田んぼという環境へ、そして稲作へと関心が広がるなかで成長していく。この耕平の成長を支えたものこそ、おじいさんが飼っている3頭の牛が生み出す堆肥を入れ続けた肥えた土であり、その土が多様な生物を養う場なのである。


農文協の児童書は最高の農業技術書

 『ぼくらのイネつくり』と『カブトエビの寒い夏』は児童書、つまり子ども向けの本だ。そして児童書であるがゆえに、生きものの生命力を生かす新しい農業の優れた技術書にもなっている。

 従来の農業技術書は同じ稲作を描く場合でも、収量や品質のよいものをとるための生育の見方と技術を実用的に示すのがねらいであった。だが、農業絵本や児童書にそんな必要はない。イネとは何か、田んぼとは、カブトエビとは、という存在そのものの追求とそこでの発見がストレートに描かれることになる。その魅力には、子ども大人の区別はない。

 今、稲作では、作物や生きものの見方を深め、田んぼという多様な生きものが共存する「場」をつくる新しい技術の潮流が生まれている。農家の暮らしと経営を守り、地域を元気にしていくうえでも、「環境にやさしい」農業が求められ、それには作物や生きものの豊かな見方が必要なのである。そのような新しい農業にとって、農文協の農業絵本や児童書は、大変価値がある農業書なのである。

 農文協が発行している「そだててあそぼう」という絵本シリーズ(現在第9集45巻まで刊行)は約60万部にのぼる隠れたベストセラーになっている。「そだててあそぼう」は、子ども向けだといって、作物や農業技術について記述のレベルを下げていない。むしろ、かなり「高度な本」である。だからかえって、実際に作物を育てている子どもにはかけがえのない参考書にもなるようだ。

 たとえばシリーズ第1巻の『トマトの絵本』には、トマトの葉と花がつくようすが描かれている。トマトの葉と花が90度ずつずれてつき、そしてその順序は最初につぼみがついたあと、葉が3枚出ると花がつく、つまり葉、葉、葉、花の4拍子のリズムになっており、したがってトマトの実がみんな同じほうを向いてついている(注4)。

 『トウモロコシの絵本』には、トウモロコシのもじゃもじゃの毛の役割が描かれている。トウモロコシのめす穂は小さな花の集まりで、その花が1本ずつオニカワの外に絹糸とよばれる細い毛を伸ばしている。その先は柱頭になっていて、ここに花粉がつくと、花粉管が絹糸をとおって花まで伸びていき、実ができる。黄色いつぶつぶはもともとはみなひとつの花で、それぞれが毛とつながっていたのである(注5)。

 こうした作物の生きるしくみとともに、育て方、食べ方、そして歴史や文化までを描いた「そだててあそぼう」シリーズは、小中学校だけでなく、農業高校や大学で利用され、さらにはプロの農家も夢中になる稀有な「農業絵本」として活用されているのである。

 『カブトエビの寒い夏』は今年度、青少年読書感想文全国コンクール(主催 毎日新聞社・全国学校図書館協議会)の課題図書に選定され、いま約10万部が全国の書店店頭に並んでいる。今日の最先端の農法を、農業がかかえている問題を描いた「農業技術書」がこの夏、10万人の子どもたちに読まれようとしている。

 農業絵本や児童書を子どもだけに読ませるのはもったいない。ぜひ、プロ農家である読者のみなさんにこそ、ひもといていただきたいのである。

(農文協論説委員会)

(注1)日鷹一雅「田の草取り虫 カブトエビを活かす」『現代農業』1997年5月号
(注2)宇根豊「発見! カブトエビの濁り水効果はキャベツ作のおかげだった」『現代農業』1997年8月号
(注3)日鷹一雅「土着天敵探検(3) 夏の田んぼは天敵の宝庫だ!」『現代農業』1997年8月号
(注4)森俊人編、平野恵理子絵『そだててあそぼう(1) トマトの絵本』農文協
(注5)戸沢英男編、大久保宏昭文『そだててあそぼう(5) トウモロコシの絵本』農文協


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