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農文協トップ主張 2002年10月号

「苦土」と「微生物」で土が動く
良質・多収と環境保全を両立する施肥と土つくり

目次
◆苦土で土に貯まった養分を動かす
◆バランスをみすえた施肥へ
◆ミネラルとしての苦土〈マグネシウム〉の重要性
◆「土ごと発酵」で「回流」を促進する
◆「動いている土」をサポートする『土壌施肥編』

 

 「苦土」(マグネシウム)をやったら生育が見ちがえるほどよくなった、そんな事例が各地で生まれている。

 苦土の施用で、過剰なほどに貯まったリン酸や石灰がよく効くようになり、その結果、品質も収量も大きく向上する。苦土で、土の養分が動きだすようなのである。畑に貯まったリン酸、石灰などを使い勝手のある蓄積=貯金とみて、これを「苦土」というカードで引き出すわけだ。農家のフトコロはきびしい。そんな時だからこそ、これまでの貯金を生かしたい。

 養分を動かす施肥改善とともに、養分の流れをよくする土つくりの方法も見えてきた。「回流」をよくする土つくりである。回流とは人体の血流みたいなもので、土のなかで回流が促進されれば養水分は根に順調に供給される。この回流は土が団粒化すると促進される。そして土の団粒の崩壊と形成を演じているのが微生物である。

 「土は生きている」という言葉があるが、「土は動いている」ともいえる。その動きを演じている「苦土」と「微生物」を通して、現代の施肥・土つくりの課題を整理してみよう。

苦土で土に貯まった養分を動かす

 青森県浪岡町の斉藤貢・篤寿さんのリンゴは、苦土を生かす施肥改善の結果、葉が小ぶりで葉数がウンと増え、花芽もしっかりつくようになり、「6トンどりは簡単」と自信を深めている(本号78ページ)。「ボカシさえやっとけば作物はできると思っとった」という「リバーサイド美し村」のメンバーのキウイは、苦土の積極施肥で葉が「アブラぎる」ようになり、年々下がってきた収量を盛り返した(72ページ)。

 苦土の積極施肥のねらいはまず、石灰やカリとの「塩基バランス」をとることである。肥料というとチッソ、リン酸、カリの3要素、これに酸性改良に石灰というのが常識で、苦土はこれまであまり意識されてこなかった。そのため、石灰やカリが過剰なほどあるが苦土が相対的に少ない畑が多い。そこで、石灰やカリとバランスをとる形で苦土を施用するのである。そして、ここへきて注目されているのが、苦土とリン酸の関係である。

 苦土は葉の葉緑素の構成成分であり、また、作物体内の各種の酵素反応を活性化する働きがあるといわれているが、この働きは、リン酸との共同作業で発揮されるようだ。「苦土とリン酸の密接な関係について」、嶋田典司氏(千葉大学・当時)はこう指摘している。

 「マグネシウムの存在がリン酸の吸収と移動にプラスの効果をもたらすことも知られている。(略)マグネシウムとリン酸は吸収にさいしても互いに相助的にはたらき、また、作物体内を移動するさいにも似た行動をとることがあるようである。そのためか、マグネシウムとリン酸は作物体内で同程度含有されることが多い。」(「元素の吸収と生理作用―マグネシウム」『土壌施肥編』第二巻)

 土のなかで移動しにくく不溶化しやすいリン酸をどう効かすかは、農家の大きな関心事だが、そのリン酸の肥効は苦土と密接な関係がある。リン酸が過剰に蓄積している土が多いが、苦土が不足しているためにリン酸が効かず、効かないから貯まるという疑いが濃厚なのである。そこで、過剰な石灰やリン酸の施用はストップし、苦土を効かす。苦土によってリン酸の肥効が高まり、苦土とリン酸がよく効けば、色が濃くテリがあり、厚くて活力が高い葉になる。生育に活力があれば根の養分吸収力も高まり、石灰などの吸収もよくなる。

 苦土には、根が自ら分泌する「根酸」を増やす作用もあるようだ。海外のダイズでの試験だが、苦土の施用で根からのクエン酸の分泌が特異的に増えるという(92ページ)。このクエン酸は、アルミなど根に有害な金属を包み込んで無毒化するとともに、土の溶けにくい養分を溶けやすい形にする働きがある。ク溶性リン酸、ク溶性石灰など、肥料袋の裏にある成分表示の「ク溶性」は、クエン酸で溶ける肥料分のことだ。

 このように、苦土には、効きにくい形で貯まったリン酸や石灰、そしてミネラルの吸収を高める触媒的な働きがあり、この働きを生かすことが、現在の施肥改善の大きなカギになっているのである。

 リン酸と苦土と石灰はトライアングルだと、先の斉藤さんはいう。苦土が効けばリン酸もよく効き、石灰もよく吸収され、それらが枝や花芽や果実を充実させる。そこで斉藤さんは、リン酸を富化したうえで、効きやすい苦土と石灰を、肥料として絶えず補っていくという施肥改善に3年前から取り組んでいる。こうして、病害虫がでにくく、着色や糖度も良好で食べておいしく、しかも増収にもなるリンゴつくりの展望が大きく開けてきたのである。

バランスをみすえた施肥へ

 もっとも、苦土をやりさえすればいいという単純な話ではない。苦土によって、土の養分が動きだす。貯まったリン酸貯金が生きてくる。すると「貯金」はだんだん減ってくる。また、リン酸貯金がないのに苦土ばかりやると、効果がないばかりか、苦土の過剰害の心配がある。

 静岡県三ケ日町のミカン農家・外山誠さんは、苦土で喜び、そして苦土で苦い思いもした。苦土の施肥で浮き皮がなく色上がりもよく「大化け」したのだが、その後、ミカンの調子がおかしくなった。そこで、リン酸を効かせたらその年から糖度が上がった。外山さんは苦土とリン酸をワンセットととらえ、そのうえで、チッソの増肥で、品質と増収の両立をねらっている(86ページ)。

 苦土とリン酸、そして苦土とカリと石灰のバランスが大事なのであり、バランスをとる形で「苦土」を生かすことが重要なのである。「バランスが大事」とはずいぶん平凡ないい方だが、ミネラルはバランスのありようによって、作物への影響が大きくちがってくる。

 こんな実験がある。食塩(塩化ナトリウム)だけの溶液で植物を発芽させると発芽・伸長不良になるが、これに塩化カルシウムを添加すると発芽がよくなり、さらにカリや苦土を加えるといっそう発芽・伸長がよくなるという。ナトリウムという単独のミネラルだけでは有害でも、各種のミネラルが複合すると害がなくなり、生育促進的に働く。多様なミネラルを含む海水中で生物が生きられるのは、それぞれのミネラルが単独では有害でも、それらが合わさることで相互に牽制しあい、ちがった場がつくられるからだ。ミネラルはバランスのとり方によって異なる反応をする。石灰、苦土、カリの塩基バランスが重要なのも、アンバランスな状態では、塩類の毒性が強く現れ、根に障害をもたらすからである。

 苦土を活かす施肥は、土の養分状態、バランスをみすえた施肥に変えるということなのである。

ミネラルとしての苦土〈マグネシウム〉の重要性

 ところで、肥料としては、あまり意識されてこなかった「苦土」=マグネシウムだが、日本人の食べものにとっては、なじみの深い養分である。食べもののミネラルとして重視されるものにカルシウムとマグネシウムがある。カルシウムばかりが脚光を浴びているが、日本人の食事中のミネラル成分は、ヨーロッパと比べてはるかに、カルシウムに対してマグネシウムの割合が高いという、海外の研究者が調べたデータがある。だいぶ前のデータだが、食事中のカルシウム・マグネシウム比(カルシウムの量÷マグネシウムの量)は、日本では約1.2、イタリアで約2.5、アメリカやオランダでは3を超えている。マグネシウムというミネラルは、日本人には格別かかわりがあるようなのだ。

 ミネラルとしてのカルシウムとマグネシウムの働きは、体内生理的に、ある程度代替、補完しあう関係があるといわれている。雨が多くカルシウムが流亡しやすい日本の土と、カルシウム含量が多いヨーロッパの土とのちがいがこんな差をもたらした一つの要因になっているとみることもできる。

 雑穀やキノコ類、コンブなどの海藻にはマグネシウムが多く、またにがりを使う豆腐やコンニャクにも多く含まれている。コシヒカリなど、日本の伝統的な品種の血を引き継いだ良食味米はマグネシウムが多いという。コメを含め、マグネシウムは「日本の味」に深くかかわっているようなのだ。

 8月号の巻頭特集「海のミネラル力を田畑に生かす」では、海水やにがりの肥料的な効果に注目したが、これらにはマグネシウムが多く含まれ、現代の土や作物もまた、マグネシウムを中心としたミネラルを求めているようである。

 マグネシウム(苦土)などのミネラルは雨によって、土から流亡しやすい。水田では山からの水によって絶えずミネラルが供給されるが、畑では水の動きとともにミネラルが失われる傾向にあり、その補給が重要になる。海水やにがり、あるいは今月号の「魚肥料」も、そんな大きな流れのなかで農耕を維持する手段といえよう。

 大蔵永常が書いた江戸時代の農書『農稼肥培論』(農文協刊『日本農書全集』第69巻)では、「塩」という表現でミネラルの肥料としての価値にふれている。「肥の効きめを発揮させるには油と塩を与える以外はない」と永常はいう。このうち油は植物が自分でつくるものであり、肥として重要なのは「塩」=ミネラルだということになる。そして永常は「塩」として、小便を重視する。「小便は人の食べた塩気が混じって排泄されたものであるが、人のからだの持ち前の塩気も加わって、とりわけ塩の気が強い」として、水で薄めて使うなど、その効果的な利用法を解説している。塩の貯蔵に使って古くなった俵や海藻、干鰯、貝類など海の塩気にも肥として注目し、海水そのものの利用もすすめている。草肥や泥肥も他の塩を含むものとして評価され、また温泉の水は塩気が強くよい肥になるとしている。

 永常はミネラルの大循環ということを直観的に深く把握し、雨が多い日本で貧困化への方向をもつ土のミネラル環境を整えていくことを訴えたのである。人間の排泄物をも含む地域の資源を活用することによってである。苦土を通してミネラルの大循環に思いをはせるのも、楽しい。

「土ごと発酵」で「回流」を促進する

 上から下への水の流れによって、土の養分は流亡する傾向にある。だが、土にはもう一つの流れがある。身体の血液のように、重力に逆らって縦横に動く流れで、樋口太重氏(農業環境技術研究所)はこれを「回流」と呼んでいる。

 この回流は団粒構造が発達した土壌ほど促進され、そして、この団粒の崩壊と形成を演じているのが微生物だ、と樋口氏は次のように指摘している(128ページ)。

 「有機物施用により微生物活性が増大するにしたがって、土壌凝集体(団粒)はまず崩壊過程をたどる。この崩壊過程において粘土粒子に結合されたミネラルなどが土壌溶液中に溶出し、一方は作物に、他方は微生物にも利用される。そして、分散化が進行した土壌が乾燥条件に向かうと、凝集つまり団粒形成が促進される」

 この団粒形成にも微生物が活躍する。微生物がつくるゴム状物質やカビ類の菌糸が、土壌粒子を結合し、有機物の分解過程でつくられる多糖類も、団粒の生成に効果的に働く。したがって、腐熟した堆肥よりも、緑肥やミカンかすなどの分解しやすい資材が、団粒形成に効果的だと、樋口氏は述べている。

 さらにミミズなどの小動物の働きが加われば、もっと大きい団粒がつくられる。落ち葉などに覆われ、微生物も小動物も多い森林の表層に、大きな団粒から細かい団粒までたくさんの団粒が見られるのもそのためだ。

 そして、この原理は、今月号でも特集した「土ごと発酵」方式による土つくりにも共通する。土の表層に作物残渣や雑草を施用し、米ヌカをふればカビなどの微生物が爆発的に繁殖し、畑では団粒の崩壊から団粒の形成へと向かい、湛水状態の水田では細かい粒子のトロトロ層が発達する。その水田もその後、中干しなどで土壌が乾燥すると、団粒がしだいに発達してくる。米ヌカなどでよくトロトロ層が発達した田は、後半乾くとスポンジのような軟らかい感じの土になる。

 このように、土壌は土壌凝集体(団粒)の形成と崩壊を繰り返しているのであり、この繰り返しは、1年の単位で栽培と季節の変化を通して毎年起きている、と樋口氏はいう。土はダイナミックに動いているのである。

 団粒の崩壊過程ではミネラルが供給され、また微生物が生成する有機酸もミネラルを有効化する。そして団粒化した土では、養水分がよく「回流」する。回流が促進されれば、施肥効率が向上し、均一な作物生育が保障される。そればかりでなく、上から下への一方的な水分移動とはちがい、上下左右に養水分が動く回流が促進されれば、肥料(硝酸など)流亡による地下水汚染が軽減できるなど、環境負荷軽減が期待できる。

 苦土に着目した施肥で養分を動かし、微生物の力を借りた土つくりで回流を促進し、養分の流れを一層スムーズにする。病害虫がでにくく、食べておいしく、環境保全的で、しかも増収できる、そんな現代の課題を、土を動かす施肥・土つくりが切り開く。

「動いている土」をサポートする『土壌施肥編』

 かつて、土の肥料分が少なかった時は、3要素の化学肥料がよく効いた。酸性の土には石灰や熔リンの効果がよくあらわれた。しかし、効くからとやり続けているうちに、肥料の効きめが悪くなり、そこで施肥量を増やしたが、肥料分の動きがにぶく、その結果、養分は過剰に蓄積した。肥料だけでは土が悪くなると、有機物の施用にも力を入れた。しかし養分がアンバランスでミネラル環境が悪いため、有用な微生物が活躍できず、せっかくの有機物は分解も悪い。有機物があっても団粒形成が進まないので「回流」が悪く、肥料の効き方はいっこうに改善されない。かくして、養分は貯まり、その一部は、回流とはちがう上から下への水の動きにともなって下層に流れ、やがて地下水に流れ込む。

 そんな動きのにぶい土を動かす方法が明確になってきた。苦土で養分を動かし、微生物の力で、土の回流を促進する。そして、土が動きだすとき、新たな課題が生まれる。バランスのよい状態を保つ施肥をどうするか、分解が進み消耗する有機物を、地域の資源を使って、どう補給していくかという、新しい課題が生まれる。

 そんな課題に応える、施肥と土つくりの本がある。過剰施肥による土の悪化、作物の弱体化を克服するために企画・編集された農文協刊『土壌施肥編』(全8巻、11分冊)である。「苦土の積極施肥」など、土壌診断にもとづく施肥改善指導(本号でもその事例を紹介)で大きな成果をあげている武田健さん(AML農業経営研究所)や小祝政明さん(ジャパンバイオファーム)も、この『土壌施肥編』をバイブルのように活用している。「○○が効く」という施肥指導は簡単だが、それによって動く土をどう健康に維持していくかには、総合的な土と肥料の情報が必要になるからだ。

 土の動きをつかむ手段として、「土壌診断技術」ももっと活用されなければならない。本書の第4巻「土壌診断・生育診断」では、診断方法から、分析結果の読み方、さらには「ドクターソイル」など、農家が自分でできる簡易な診断方法も紹介している。『土壌施肥編』の初回配本を、この第4巻「土壌診断・生育診断」にしたのも、まずは、自分の土の状態を的確につかむことが大事だと考えたからである。

 注目の「苦土」についても、その生理的な働き〈第2巻〉から、土の中での動き〈第1巻〉、欠乏症・過剰症の診断と対策〈第4巻〉、さらには各種苦土肥料の特性と利用法〈第7巻〉まで、多様で実際的な情報が豊富に載っている。この膨大で多様な情報を生かしていただくために、インターネットの「ルーラル電子図書館」に、他の『農業技術大系』も一緒に検索できる「電子検索サービス」を開始し、そのCD―ROMも発行している。電子によって、紙(本)の利活用をより豊かに進めていただければと考えたのである。電子の最大の特徴は検索にある。そして『土壌施肥編』は大変、検索のしがいのある作品である。

 「土は動いている」。その動きと、動きをみながらの土への手当ての仕方は、土によって、地域によって、農家によって、みなちがう。そして、動きを実感できる農業は楽しい。『土壌施肥編』を活用して、その楽しみを大きくしていただければと思う。

(農文協論説委員会)


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