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農文協トップ主張 2003年1月号

21世紀の「むら」づくり
学校区コミュニティーの形成

目次
◆学制公布130年ご先祖様の遺産を活かす
◆「むら」づくりのベース「総合的な学習の時間」
◆IT革命とむらづくり
◆農村人口の都市への流出から都市人口の農村への流入へ
◆農村から変える日本の構造改革――21世紀の豊かさを――


学制公布130年ご先祖様の遺産を活かす

 「むら」「むら」の「小学校」の大本は、明治5年(1872)に公布された「学制」にある。明治政府は近代日本を確立する上での基本的大事業として小学校教育の開設に心血を注いだ。明治6年には1万2558校、明治8年には2万4303校の小学校がつくられた。現在の日本全国の小学校数は2万106校であるから、そのすさまじさに驚く。

 短期間のうちにこれほど多数の小学校が設置されたのは何故か。われらのご先祖様「むらびと」の力による。たとえば長野県佐久市にある重要文化財旧中込学校は、明治6年に学校を創立し、村内の小林寺を仮校舎にあてた。そして明治8年には最新式の洋式校舎を建築した。費用は6098円51銭8厘。村内の全戸篤志者による寄付金によってまかなわれた。1寒村であるにもかかわらず、この時建てた校舎は今日に残る立派な建築物として保存されている。長野の県民の教育に対する情熱と気風がうかがわれる。

 「学制」に基づいて全国津々浦々まで学校がつくられたのは、藩制時代に集落が生産と生活の自給自足的自治機能を確立していたからである。「学制」によってつくられた学校区の集落が力をあわせて学校をつくった。

 集落は共同作業によって、個別農家の自立を支えてきた。「いえ」と「むら」によって「村」の自立的生産と生活が支えられてきた。建築、屋根葺き、機織、田植え、山仕事等々「むら」の共同作業、「ユイ」「モヤイ」「テツダイ(スケ)」「ヤトイ」「村仕事」「村賦役」等々と呼ばれる共同作業・農家相互間の労働交換による「むら」の共同が確立していたから、「村」の力で全国遍く小学校はつくられたのである。

 日本の小学校は「おらが村の学校」としてつくられた。この小学校が紆余曲折しながら今日に及んでいる。明治40年(1907)、「小学校令中改正」によって義務教育の6年制が成立した。95年前から、6年間同じ小学校に学んだ同窓生が生まれつづけてきた。「懐かしい友」の目にみえない組織。これは形があるにせよないにせよ厳然としてある。先人の遺した形のない、精神的「文化遺産」である。

「むら」づくりのベース「総合的な学習の時間」

 平成14年度、全国の小中学校に「総合的な学習の時間」という「課目」が誕生した。「総合的な学習の時間」は「国語」「算数」並みの時間数がとられている。授業内容は我々の小中学校時代には全く体験したことのない新しい「授業内容」である。各学校が、それぞれの学校(地域)の特徴を活かして、1人1人の子どもが自分自身で勉強する課題を立て、自分自身が体験し、自分自身が調べ、問題を解決する時間である。この時間はこれまでのように全国一律の教課目を勉強するのではなく、地域個々についての勉強ができる時間である。小中学校で本格的に、「国家」の勉強でなく「地域」の勉強ができる時間である。学習の内容については学校長が決定でき、かつ地域の「社会人先生」が教えることができる。すでに多くの本誌読者が「社会人先生」として、学童農園や栽培・飼育の指導に当たっておられる。圃場だけでなく、実際に教室で授業もしておられる。農文協はこの「総合的な学習の時間」の学習指導雑誌として「食農教育」(隔月刊・900円)を発行し、「総合的な学習の時間」が、実際には「食と農の教育」として全国的に展開することを推進している。これは農水省の「食と農の再生プラン」の推進であり、農協の「次世代との共生」のスローガンの実践である。

 文部科学省がせっかく、農家のために「食農教育」を全小中学校教育で全面的に展開することを可能にしてくれているのに、このチャンスを生かさない手はない。

 もともと日本の農村には、前述した「おらが村の学校」での知識教育と並行して「いえ」と「むら」の教育があった。家族の一員としてどう生きてゆくのか、「むら」の共同をどう支えてゆくのか。人間の生活、生き方の基本は「いえ」と「むら」の「たくらまない教育」として行なわれていた。学校は知識教育だけやっていて充分だったのである。

 ところが近時農村人口の都市への流出、少子化によって「いえ」と「むら」の教育力は大きく落ちている。農家の子でありながら、自分の家の田圃がどこにあるのか知らない子がふえている。つまり、歴史的に連綿として続けられてきた「いえ」と「むら」の教育、「生きる力」を培う教育を、学校教育にとりこまなければならない事態に立ち至っているのである。「いえ」と「むら」で行なっていた教育を学校で行なわなければならない事態に立ち至っている。そのための教育改革のプログラムの中心的改革が「総合的な学習の時間」の設置である。「いえ」「むら」の失われた教育力をこの教育改革で、校区単位の地域で「地域の教育力」としてとりかえさねばならない。

 「地産地消」の運動は、数多くのファーマーズマーケットとして全国市町村の94%に展開されている。その他に農産加工が81%、学校給食への地場産品推進が61%の市町村に及んでいる。これらはすべて、「総合的な学習の時間」の有力な素材になる。

 「学制」の公布に呼応して、全国の農家がそれぞれの学区ごとに小学校を創設した先祖の教育に対する熱意を思い起こし、校区単位に「食農教育」を「総合的な学習の時間」で実現し、検定による国家単位の教科書による教育に欠落していた「地域の(わが「むら」の)教育」を実現しなければならない。「むら」を愛し、「むら」を誇りとする教育の実現こそ「21世紀のむらづくり」のベースになる。

IT革命とむらづくり

 「総合的な学習の時間」とともに「21世紀の「むら」づくり」に重要なのはIT革命(情報革命)である。これまでの情報は紙による情報と放送による情報が基本であった。図書・雑誌・新聞による情報とテレビ・ラジオによる情報である。

 この10年間、新たに活発になったのはデジタル情報、電子による情報活用である。電子出版にはじまり、ホームページによる情報発信である。電子情報の画期的な特徴は、大量情報の少数発信者による発信だけの状況から、少量情報の多数者による発信や、情報の受発信相互交換が可能になったことである。ホームページを立ち上げれば、あなたが情報の発信者になれる。ホームページをもつもの同志の情報の相互交信が可能である。受信者即発信者、発信者即受信者、情報の新しい段階がIT革命なのである。

 出版についていえば、電子出版は情報のメンテナンス性、情報の受信者の独自(オンデマンド)編集性に優れ、受信者即発信者、自分の編集したデータによって電子情報の発信、つまり「発行」が可能になった点である。

 たとえば病虫害についての大百科総覧、『農業総覧 原色・病害虫診断防除編』(全9巻11分冊、定価13万7500円)と『病害虫防除資材編』(全11巻、定価11万5500円)を電子化した『CD―ROM版 病害虫・雑草の診断と防除』は新しい資材つまり新農薬が出るたびに、新農薬をメンテナンスすることができる。適用病害虫にしろ、散布の仕方にしろ常に最新の情報が提供できる。紙による出版だったら、メンテナンスは容易でない。早くても5〜6年たたないと改訂版は出版できない。

 さらにいえば、わが村に必要な作目と病害虫だけを集約して『農業総覧 病害虫防除資材編〔わが村版〕』の編集も発行も可能である。さらにそれを紙に印刷し製本すれば、「わが村の防除総覧」の発行さえ可能である。電子情報はこのように情報の変革を可能にするから「情報革命」として、「農業革命」「産業革命」に次ぐ人類史の第三次の革命として位置づけられているのである。

 「IT革命」は農業のためにできたといって過言でない。工業と違い農業の技術は画一化できない。同じキュウリづくりでも、それぞれの地域によって発生する病害は異なる。防除の方法もそれぞれ異なる。栽培の仕方もそれぞれ異なる。それぞれの地域に必要な情報を編成して、それぞれの用途に合わせて検索できるようにすることは、電子情報なら可能である。地域によって、さらにはそれぞれの栽培者によって異なる必要な情報を自由に編集し、同じ条件の人が共同で利用できる。電子出版はまさに農家のためにあるといってよい。

 「総合的な学習の時間」で子どもたちはパソコンの勉強もしている。全国の小中学校のすべてに全児童生徒が使用できるパソコンが設置され、それぞれの学校がホームページをもち、校区の父母にむけて、学校情報を発信するようになる時代は近い。

 さらに学校同窓会がホームページを立ち上げ、全国の同窓生にむけて懐かしい学校の情報を発信し、卒業期生ごとに同級生の情報を発信することもできる。先に強調した、先人の遺した形のない精神的文化の遺産「懐かしい友」との電子での再会、懐かしい学校との電子での交流、校区の昔なかまとの交流。郷土の味を共有する友へ、産直の農産物を届ける。都市住民の「地産地消」は郷土の農産物の消費以外にあるまい。

 農村と都市との交流を電子情報を土台にして深める。新しく同窓の縁をベースに農都の交流が電子によって組織されることによって、学校区コミュニティーが形成される。それが「21世紀へのむらづくり」のベースになる。

農村人口の都市への流出から都市人口の農村への流入へ

 かつての高度経済成長を支えたのは農村労働力の都市への移動である。

 農村が多額の養育費、学費を投入して育てあげた青年を都市商業の発展のために提供した。農村が、低賃金で優良な労働力を必要なだけ提供したから、都市は栄えたのである。結果としての農村の過疎、農村人口の高齢化、農村の衰退。この流れを逆流させなければならない。

 かつて農村青年は都市に憧れていた。当世都市青年は農村に憧れだしている。農文協の『増刊現代農業』が『青年帰農』特集号を編集する時代である。

 政府は内閣官房副長官を主査とし、総務・文科・厚生労働・農水・経済産業・国土交通・環境の副大臣を構成員として「都市と農山漁村の共生・対流に関するプロジェクトチーム」をつくり、2003年6月に政策をまとめようとしている。また、労働組合の連合は4年がかりで全中や日生協などとともにNPO法人「100万人のふるさと回帰支援センター」を発足させた。(『増刊現代農業』2月号はこれらの動きを特集する。)

 長引く不況の中で、老いも若きも農都両棲の新しいライフスタイルを求めている。

 折しも第一次ベビーブーム期の世代が定年を迎える時代に入っている。

 一人前に育てて、都市の繁栄のために送り出した農村青年を、定年退職で得た退職金と「高齢者年金」持参で帰農するよう、校区コミュニティーの同窓生に働きかけよう。団塊の世代こそは、「いえ」と「むら」の「たくらまない教育」を充分に受けて育った最後の世代である。同じ小学校で学んだ「懐かしい友」が「いえ」と「むら」に帰り、農都両棲の新しいライフスタイルを生み出し、新しいライフサイクルを日本の新しい文化として形成する。新しいむらづくり運動をこの10年ぐらいでスタートさせ、50年ぐらいで定着させよう。

農村から変える日本の構造改革――21世紀の豊かさを――

 産業革命以来、大量生産・大量販売の発展による豊かさを人類は地球的規模で実現してきた。人類は世界中、みな同じような家に住み、同じようなものを食べ、同じような電気製品を使い、同じような車に乗り、国際的画一化によって豊かさを実現してきた。これ以上同じものをふやして豊かさを実現するのだろうか。昨今は画一化でなくて差別化。各人の個性を活かした製品を求めてきた。大量生産・大量販売をこれ以上進めれば、地球環境を破壊する。自然と人間の関係の悪化が人類の基本的矛盾関係となった時代に入っている。

 人間の個性の大本は、自然と人間の相互の働きかけによって生まれてきた。それぞれの地域の自然の個性を活かして、自然に働きかけ、ものをつくり、それを消費して生きてゆくことによって、それぞれの好み、それぞれの個性が生まれてきた。大量生産・大量販売による豊かさが実現したために発生した自然と人間の敵対的矛盾関係は、人間がもう1度、個性に根ざして、自然と調和した生産と生活によって豊かさを築く地点に戻ることを要求している。

 自然と人間の調和する生産と生活の担い手は農家である。決して工業労働者でも商業者でもない。農村空間をベースにした豊かさをとりもどさねばならない。グリーンツーリズム、農都両棲・定年帰農・青年帰農・地産地消・農業の6次産業化等々、これらはすべて、新しい豊かさにむけての運動である。

 農業を守る運動は、農村を守る運動でなければならない。農村を守る運動は農村に住む人をふやす運動でなければならない。

 日本人の暮らしで、最も貧弱なのは「住」である。画一的なコンクリート造りの狭い空間に閉じこめられた「住」空間。人々は庭のある(自然のある)1戸建ての「住」空間を求めている。しかし、それを都市で実現することは不可能である。

 アメリカと違って日本の農村は都市のすぐそばにある。鉄道と自動車をつなげれば、数時間でふるさとの農村につく。

 日本の都市住民の大部分は農村出身の人である。親子3代都市に住み続けている人はごく少数。大部分は3代さかのぼれば農村の人である。

 農村出身者がふるさとに「別宅」を建てる。土地を借りれば、家だけなら誰でもローンで「別宅」を建てることは可能である。50歳すぎたら、ふるさとに「別宅」を建てる。休日は農村の「別宅」で庭の手入れなり、自給菜園の手入れをする。定年になったら、マンションは息子に譲り、1室だけは自分の室として確保し、「別宅」に移り住む。たまには確保した自分の部屋に泊まり、スポーツの観戦、あるいは観劇、美術館まわり、音楽会と遊ぶ。農都両棲の新しいライフスタイルをつくるのである。もちろん、自分の実家に住めるならそれもよし。兄弟姉妹それぞれ夫婦で庭付きの家をもつのが習慣となる。

 アメリカの金持ちはみな農場をもっている。大統領が外国の賓客を接待するのが自分の農場である。日本人は大金持ちだけでなく誰もが、田舎に「別宅」をもち、農都両棲の豊かな暮らしをすることができる。

 「別宅」は木づくりがよい。近くの山村の木を利用して、それぞれの好みに合わせて家をつくる。住む人の好みに応じて家を建てる。

 学校には、老人のデイサービスセンターもあれば、公民館もあり、自由に使える部屋もある。新しい「豊かさ」が校区コミュニティーとして実現される。

 21世紀の新しいむらをつくり、新しい豊かさを実現したい。

(農文協論説委員会)


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