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農文協トップ主張 2003年5月号

バケツ稲を地元の学校とむらに広げよう

目次
◆全国の3割近くの小学校に広がるバケツ稲
◆進化するバケツ稲づくりコンテスト
◆バケツ稲が学校と農家・農村を結ぶ
◆教科の勉強では学べないことを田んぼから学ぶ
◆バケツ稲をむらのまとまりのもとに
◆夏休み前に稲の花見を

 

全国の3割近くの小学校に広がるバケツ稲

 塩水選が終わり、芽出しした種モミを「一粒万倍」を祈りながら育苗箱に下ろす。今年もいつもと変わらぬ稲づくりの1年がはじまった。

 4月はまた、新学期が始まる季節。農家の栽培暦からは少し遅れて、新学期を迎えた日本中の小学校での稲づくりがスタートする。学校に田んぼがあるところや農家から田んぼを借りることができる学校もあるが、いま多いのはバケツ稲栽培だ。子ども1人に1個ずつあてがわれたバケツに化成肥料をまぜた土を入れ、数粒の芽出しした種モミを播く。これに水をためて稲を育てるという簡単なしかけだ。近くに田んぼがない都会の学校でも、手軽に取り組むことができる。

 このバケツ稲栽培は、JA全中主催の「バケツ稲づくりコンテスト」によって広く全国の学校に普及した。子どもたちが体験を通して「生きる力」を培うことをめざして文部科学省が創設した「総合的な学習の時間」も、その普及を後押しした。

 平成14年度第14回を迎えたJA全中の「バケツ稲づくりコンテスト」の参加学校数はじつに7443校。その大半が小学校で、全国に約2万4000校ある小学校の3割を超える。バケツ稲コンテストでは、地元JAなどを通して全中に必要数を申し込んだ学校が、種モミ(日本晴)と化成肥料、栽培マニュアルと観察ノートを受けとるしくみになっている。独自に地元のJAなどの協力で種モミや苗を調達している学校を含めたら、バケツ稲栽培に取り組む学校の割合はさらに高まる。

 何がこれだけの熱気を生み出しているのだろうか。

進化するバケツ稲づくりコンテスト

 近くに田んぼがない学校や田んぼを借りることができない学校でもバケツ稲栽培なら取り組めると書いたが、では田んぼがないからしようがなくバケツ稲をやっているのかというとそうとばかりはいえない。実際にやってみると、バケツ稲には田んぼでの稲作にはないおもしろさや利点があるのだ。

 まず第一に、バケツ稲は身近なところにおいて、じっくり観察や世話をすることができる。田んぼの稲というのは子どもたちにとっては、緑の“面”であって、観察の対象にはなりにくい。1株1株の稲を近くにおくことで、じっくり稲を観察できる。近くにおくことで世話もしやすくなるし、1人1株ずつ世話をすればしぜんに愛着もわくというものだ。つまり個体としての稲に愛情をもって向き合うことができる。

 第二に、バケツ稲を通して稲の生命力のすごさを実感することができる。田んぼに比べて肥料や日照の制限の少ないバケツで、稲は潜在的な生命力を顕わにする。稲つくりのプロである福島県の薄井勝利さんは20年もバケツ稲を栽培しているが、リンゴの消毒に使うハーベストオイルの20リットル容器のポリバケツで育てて、1粒の種モミからじつに300本もの穂ができるという(本誌2001年8月号)。モミ1粒から2〜3万粒(茶碗5〜6杯分)、まさに「一粒万倍」である。

 第三に、バケツ稲では比較実験が簡単にできる。たとえば、第13回バケツ稲作コンクールで食糧庁長官賞を受賞した福島県須賀川市立第一小学校では日照時間、水量、土の質、肥料の量、植付本数などテーマごとに研究班をつくり、地元のJAから苗や資材の提供を受けながら比較栽培をして詳細な記録をまとめている。このうち、「土の質」の比較研究班は、稲用の育苗培土、バーミキュライト(保肥力が高い鉱物)、砂場の砂という3種類の土で、植付本数は2本、土の量は一定にして、イネの成長(草丈、葉や穂の数、1穂粒数、1株の粒数)を追跡調査した。子どもたちの予想はバーミキュライト育苗培土砂の順だったが、予想に反して育苗培土がバーミキュライトを大きく上回った。よく観察していると、稲には急に成長する時期と、ゆっくり成長する時期があることがわかってきた。また、育苗培土の稲の葉の色は、バーミキュライトのイネと比べて緑が濃いこともわかった。子どもの1人は「土の質が違うだけで大きさや長さまでも大きなちがいがでてビックリしました。農業の人は、育てるほかに土もえらばないといけないと思います」と書いている。

 また、第4回で同賞を受賞した三重県大安町立丹生川小学校では、隣町の古代米研究家・大塚文平さんの指導を得て、赤米、紫黒米などのいわゆる古代米から、もち米、うるち米まであわせて21品種を栽培し、専門家のアドバイスをもらって食味試験も行なっている(両校の実践は「食農教育4月増刊 バケツ稲 12ヵ月のカリキュラム」注1に詳しく紹介されている。)

 第14回同コンテストの審査委員長である畑中喜秋先生(全国小学校理科研究協議会会長)は優秀作品の講評のなかで優れた点として、稲の種まきから脱穀にいたる稲の成長・変化の一つひとつを丁寧に観察記録し、その変化の意味を解釈していること、そして科学的に稲の成長を条件をかえて比較していることをあげている。稲の一生を観察・記録するという段階から、個としての稲の生命の意味を洞察し、詳細な比較観察実験を積み重ねていくという段階にバケツ稲コンクールが進化してきているのである。

 こうした見方はまさに、経験を積んだ篤農家の稲の見方にも通ずるものではなかろうか。

 バケツ稲はけっして田んぼのミニチュアではなく、稲作体験の代用でもない。それ自体が意味のある学習活動であり、経験を積んだ農家が試みても興味が尽きないものなのである。農家の薄井さんがわざわざバケツ稲を試みているのもそうした理由からだ。

バケツ稲が学校と農家・農村を結ぶ

 バケツ稲だけなら学校の中だけでもできる。しかし、バケツ稲を続けるうちに学校の先生は農家に教えを求めてくる。いま、農業の体験学習をすすめるうえで悩みのタネは、先生自身の農業・農村経験が乏しいことだ。たかがバケツ稲に体験はいらないだろうという考えは甘い。バケツの土をよくかきまぜなかったり、苗を植える直前に土に堆肥をまぜてしまったりしたために、根腐れを起こすというようなことはよく聞く話だ。そしておもしろいことに、子どもにしろ学校の先生にしろ、バケツ稲をやっていると、本物の田んぼでも稲を育ててみたくなるものだ。それには農家とつながるしかない。

 東京の目黒区立緑ヶ丘小学校では、バケツ稲や花壇を改造したミニ田んぼでの稲づくりを続けるうちに、それにあきたらなくなり、稲づくりの指導を続けていたJAみやぎ仙南角田地区青年部に頼んで、田んぼを借りた。この学校の5年生は学校での稲づくりと並行して、田植えと稲刈りをかねて年2回「農村体験学習旅行」で角田市を訪れるようになった。いま角田市には「緑ヶ丘小5年生の田んぼ」という看板が掲げられている。

 それだけではない。目黒区の小学校の先生方は有志で、角田市に先生だけの農村体験学習にくるようになった。農業体験学習の「先生バージョン(版)」である。角田市を訪ねた先生は、農家に分かれて、モミすりした玄米を袋詰めしたり、お彼岸の墓参りについていったり、牛のえさやりをしたりする。裏山のミョウガをとり、栗をむき、郷土料理をいただく。先生方にとっては農業だけでなく、お供えしなければいけないお墓が多いことも、家に居ついている蛇の抜け殻も、なにもかもが新鮮な体験である。それは農村に住んでいる人間にとっては当たり前の環境や人間関係を肌で体験することである。

教科の勉強では学べないことを田んぼから学ぶ

 田んぼには、バケツ稲では学べないことがたくさんある。

 たとえば、バケツ稲では、スズメに襲われることはあっても、除草や防除の苦労はない。除草剤や殺虫剤を使うべきかどうか、使うとしたらいつどれだけ使うか、という現実の農家がかかえる葛藤に直面することがほとんどない。

 田んぼは土地に刻まれた歴史を表現している。営々として石垣を築いて棚田を拓いたり、湿田を乾田に変えてきた先人たちの営みや、それが時の権力の土台でもあったことに思いを馳せたり、といったことは、田んぼにじかにふれるなかで、想像力が刺激されるものである。

 田んぼと切っても切れない関係にあるのが水であり、それをもたらす用水だ。用水の維持・管理はむらの人間関係の根幹を成してきた。また、用水を通して田んぼは上流の森、下流の海ともつながっている。

 バケツ稲栽培で発芽、分げつ、出穂、開花、稔実という個体としての稲の成長の過程(理科的勉強)を学び、田んぼで稲作の一連の作業とこれを支える村のしくみ(社会科的勉強)にまでふれた子どもたちは、農業・農村をまるごと肌で感じ、学んでいくことになる。それこそ地域に根ざした学習であり、昨年度から全小中学校で始まった「総合的な学習の時間」がめざすところである。

 だから、バケツ稲栽培をやっているところでは、ぜひ本物の田んぼでの稲作体験もやらせたい。1日2日、田植えや稲刈りをやって農業がわかるというのではないが、田んぼや農村の環境、農家の人となりにふれることで、バケツでの稲づくりが教科の勉強をこえて地域をまるごととらえる「総合的な学習の時間」につながっていくのである。反対に、すでに田んぼでの稲作体験を実施しているところでは、ぜひバケツ稲もあわせてやってみるとよい。個としての稲の生命力にふれることで、田んぼの背後にある地域の自然や文化を見る目もまた、ぐっと深まるからである。

バケツ稲をむらのまとまりのもとに

 田んぼと切れているのは東京・目黒の子どもたちや先生ばかりではない。自分の子どもや孫の通っている学校はどうだろうか。すぐそばに田んぼがあっても、昔のように田んぼや用水で遊んでいる子どもはほとんどいない。機械化が進んで、家の農作業を手伝う場面も極端に少なくなった。農村の子どもたちにとっても田んぼはやはり緑の“面”でしかないのではないか。

 学校の先生はといえば、地元に住む人は少なく、大きな町に住んで車で通う人が多く、地元の行事に出てくることもほとんどない。農業体験や農村の環境と切れているという意味では都会の学校も田舎の学校も変わりないのである。

 そこで、まずは地元の学校の先生に子どもたちのバケツ稲づくりをすすめたい。何気なく、“面”として見ていた田んぼがバケツ稲を育てることで個体として見えてくる。個体が見えれば、むらの田んぼや稲の背後にある農家の労働が見え、暮らしも見えてくる。

 地元の学校の次は、つてをたどって都会の学校にすすめてみたい。学校の同級生で都会の学校に勤めたり、PTAの役員をしている人はいないだろうか。バケツ稲を通して、むらの田んぼを懐かしく思い出し、むらの暮らしの記憶=原風景がよみがえってくるかもしれない。そうなれば、学校の仲間や家族をつれて、1年に何回も地元に帰ってくるようになる。コメや野菜の産直先、米屋や自然食品店、生協を通して学校に働きかけてもいい。

 人がつながって生きる場所のことをコミュニティという。かつてのむらコミュニティはそこに住み続ける人だけのつながりだった。いまのコミュニティはそうではない。地元の学校を出て都会に住む人も、米や野菜の産直でつながっている人もコミュニティの一員と考えたい。そのよりどころとしてバケツ稲が役立つのである。

 むらうちでもやってみよう。長野県飯田市の川路六区では40戸の農家すべてがバケツ稲を育てている。秋の収穫祭ではどれだけの収量があったかクイズを出し、収穫した米で五平餅をつくって盛り上がる。バケツ稲がむらのまとまりと元気の素になっている。

 地元の学校で行ない、むらうちでもやって、学校とむらが結びつけば「校区コミュニティ」が生まれる。そして「校区コミュニティ」を基礎に都市に住む「懐かしい友」にまでつながりを広げる。

夏休み前に稲の花見を

 全中の「バケツ稲づくりコンテスト」はコメの消費拡大のための事業として始まり、「次世代との共生」に向けた取り組みとしても位置づけられている。当初は学校での理科や社会科の栽培学習であったバケツ稲は、農家がかかわることでその様相を変えてきた。バケツ稲は、学校と地域を結び、むらの人々を結び、農村と都市を結びつける力となってきた。農家が関わることで学校のバケツ稲の取り組みは地域をつくる力となり、そして地域が子どもたちを育てる。学校が地域のコミュニティの中心になるように、いまこそ農家が学校に働きかけるべきときなのだ。

 そんなバケツ稲を学校に働きかけるのに、ひとつ妙案がある。稲を育てていて子どもたちが一番感動する場面は開花の瞬間である。ぜひ稲の生命の営みに出会わせたい。ところがふつう開花は8月上旬の午前10時ごろ。夏休みにかかってほとんどの子どもは出会うことができない。そこで本州の学校なら、北海道の品種である「ほしのゆめ」や「きらら397」を地元の品種と一緒に育てるのである。農文協が「ぼくらのイネつくり」(注2)を編集するために、実際にビルの屋上で育ててみたところ、北海道の品種は6月下旬に開花した。感温性(積算温度で開花を迎える)なので、北の品種を暖かい地方で栽培すると開花が早まるのである。

 そこで地元の学校に「夏休み前に稲の花見をしよう」と提案する(注3)。結果として、それぞれの地域にあった品種があり、稲つくりがあることもわかる。地元の品種や栽培をみなおすきっかけにもなる。

 今年、「バケツ稲づくりコンテスト」が播いた運動の種モミを、それぞれの地域で「一粒万倍」にしよう。

(農文協論説委員会)

(注1)「食農教育」(農文協刊、隔月発行+増刊1回、年間購読料5600円)の「4月増刊号 バケツ稲 12ヵ月のカリキュラム」、800円。学校の先生がバケツ稲で1年の授業をすすめるうえで格好の手引きとなる本。「総合的な学習の時間」には理科や社会科のような教科書がないので、先生には大助かりの本だ。ぜひ農家から先生方にすすめていただきたい。

(注2)「ぼくらのイネつくり」全5巻、農文協刊、9450円。わが編集部がビルの屋上で稲を栽培しながらつくった、まったくオリジナルな本。学習用の稲の栽培についてこれだけ詳しい本はほかにない。学校に農業体験の指導に行く農家にとって大いに役に立つし、稲作を考えるうえでも新しい発見がある。

(注3) 農文協では「JA新しのつ」の協力を得て、北海道の「ほしのゆめ」「きらら397」の種モミをプレゼントします。学習用なので、1校当たりの配布量は30グラム弱。「食農教育」の定期購読を申込みいただいた方、「ぼくらのイネつくり」をセットで注文した方、「食農教育」定期購読中の方にプレゼント(要送料)。詳しくは農文協「北海道のおコメの種プレゼント係」電話03―3585―1144、またはこちらまで。

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