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農文協トップ主張 2003年9月号

農家の加工・六次産業化はコミュニティづくり
『地域資源活用 食品加工総覧』の完結に寄せて

 「今、やっておかなければならないことがある。今、やっておかなければ、永久に失われてしまうことがある。日本人がつくり上げた食事。今、それを記録しておかねば、永久に失われてしまう」

 1984年(昭和59年)に農文協より刊行開始した『日本の食生活全集』(全50巻)の「刊行にあたって」の冒頭の文章である。ほだ火で、竃火で、おばあちゃんたちが守りつづけた各地の食を入念に聞きとり描いたこの『食全集』は、地域の伝統的な食を見直す食文化の本として、「懐かしい味」を再現する実用書として、また、日本の食研究の第一級の資料として、多くの人々に愛され、利用されてきた。

 それから15年後の1999年3月、農文協は『地域資源活用 食品加工総覧』(全12巻)の刊行を開始した。『食全集』で描かれた食の世界を現代に復活・創造するための方法と技術を提供したいというのが、本総覧の企画の意図であった。

 そして今年九月、農村の女性たちの産直・加工が大きく広がるなかで、本総覧は完結する。これを機会に、「今、やっておかなければならないこと」を考えてみたい。

目次
◆農村の食品加工の三つの流れ
◆それは、朝市・直売所から始まった
◆朝市・直売所は「自給の世界」を表舞台に引き出した
◆自然があってのコミュニティ
◆「心ある都会人」が増えている
◆打って出るより村に人を呼び込む
◆『地域資源活用 食品加工総覧』の価値

農村の食品加工の三つの流れ

 農村女性による産直・加工がますます広がっている。

 農水省経営局が調査した「女性起業」数は、平成11年度6218件、14年度7735件(個人2287、グループ5448)と大幅に増えている。「女性起業」には産直・直売所、食品加工、グリーンツーリズムなどの取り組みがあるが、このうち最近伸びが大きいのは食品加工だ。11年度の4266件から、14年度の5414件へと、四年間で1148件も増えた。

 農家・農村が農業生産だけでなく、加工し、販売することを「農業の六次産業化」という。これを経済的・経営的にみれば、生産物の付加価値を高めること、別のいい方をすれば流通や食品加工など農外で膨大に発生している「付加価値をとり戻す」取り組みである。しかし、今広がる女性たちの食品加工には、もっと別の意味があるようだ。

 戦後の農村の食品加工・販売には、三つの流れがある。

 ひとつは農業近代化のなかで進んだ加工の流れ。ミカン産地のミカンジュース、スイカ産地の摘果スイカの漬物など、近代化路線で生まれた単品産地に対応する形で、農協を中心にすそものの利用や価格変動に対応する単品の加工事業が展開された。

 第二は1980年代に始まった「一村一品運動」の流れ。付加価値の高い特産品づくりにむけた取り組みが各地で盛んに行なわれた。これは、農村加工を見直す大きな力になったが、長続きしないケースも多かった。本総覧の最終配本は第二巻「販売戦略/生産・経営管理」だが、そのなかの「地域資源への着眼点と組織化の方法」で宮城県の結城登美雄さんが、次のように述べている。

 「かつて一村一品運動が華やかりし頃、ある村のキュウリの漬物が評判となり、大ヒットした。小さな村のキュウリの生産をはるかにしのぐ注文の多さに、村は遠くから材料を仕入れることで対応することになった。しかし、消費する者の心は常に移ろいやすい。やがて、注文は徐々に減り、いつしか、実態はただその村の名を冠しただけの特産品であるとの風評が追いうちをかけ、あとには誰も使わなくなった加工施設と機械と包装材が空しく放置されるだけになっていった。そんな加工場をいくつも見てきた者として、改めてその土地を離れては地域資源も加工も存在しないと言いたいのである」

それは、朝市・直売所から始まった

 これに対し、第三の流れというべきかあちゃんたちの食品加工は、朝市・直売所の大きなうねりのなかで生まれたものだ。それは「自給」を基本にしている点で、他の二つの流れと大きくちがっていた。

 朝市・直売所の立ち上げは、どこでも、荷が集まるかどうかの心配から始まる。

 以下は、静岡県の中川根特産品販売所「四季の里」のリーダー役を引き受けてきた藤森文江さんの場合である(本総覧第一巻で紹介)。お茶農家の藤森さんは、農協婦人部の役員の仕事が回ってきたのを機会に、「朝市を開こう」と役員会で提案することにした。しかし、婦人部の役員は年輩の人たちも多く、「野菜を売るなんて恥ずかしい」「お金の勘定もめんどうだ」などといわれ、朝市の提案は何度もつぶされた。その後、新しい役員が増え、農協婦人部による朝市が農協出張所の前で月に一回始まることになる。ところが売り物の野菜が集まらない。どこの家にも野菜は余っているのに、出荷してくれないのだ。役員が「出荷してください」とお願いしても、「うちではそんなものを売らなくても暮らしには困りません」「欲しかったらあげますよ」などといわれるのだった。

 「自給するもの」と「売るもの」の間には、大きな垣根があったのである。しかし朝市が始まり、出荷してみると、大変楽しい。売れて自分のお金ができることも助かるが、お客に「おいしかった」といわれると、うれしくなる。かくして、今では、戸数2000の町で760人もの人たちが出荷、年間の来店者数は延べ十数万人、年間の売り上げが1億2000万円にもなった。

 ファーマーズ・マーケットの先駆的な取り組みとして知られる岩手県花巻市の「だぁすこ」でも、立ち上げ当初は、農地の九割が田んぼという水田単作地帯ということもあって、関係者のだれもが、荷が集まるかを心配した。だが、蓋をあけてみたら1、2月の野菜が少ない時期でも荷が集まり、2年目、3年目になると冬でも夏場と同じぐらいの量が出荷されるようになった。ほとんどは家庭で消費されたり、贈答用で配られたりしていたものだ。地域には共選共販に乗らない自給的な農産物がたくさんあり、これらが朝市・直売所によって表にでてきたのである。

朝市・直売所は「自給の世界」を表舞台に引き出した

 朝市・直売所が始まると、当然のように漬物などの加工品も出荷されるようになる。それがまたよく売れる。「四季の里」では最初、コンニャクをいものままで売ろうとしたが、お客さんは加工法がわからないので、売れない。こんにゃくに加工したら5倍の値段で大変よく売れた。 

 加工品が加わることで、直売所は年中賑やかになる。農家の加工はもともと、収穫した作物や野山の幸を活用して年間の食を賄い、家族の健康と楽しみを作り出す工夫だった。そんな、農家の伝統的な食生活が備えている周年性が、朝市・直売所を賑やかにするのである。

 朝市・直売所は『食全集』に描かれた「自給の世界」を表舞台に引き出すことになった。これを農文協では「自給の社会化」と呼んでいる。「社会化」は商売するということでもあり、お金とは無縁な「自給」という言葉とくっつけるのおかしいようにも思うが、朝市・直売所が開いた世界は、そんな矛盾した表現をしなければならないほどに創造的であり、新しい概念なのだ。

 自給から出発したこの第三の流れは、直売所で加工品を売るだけでなく、地域の高齢者のための弁当づくりや学校給食、農村レストラン、あるいは子どもたちへの加工体験など、地域の食をつくる新しい取り組みへと展開し始めている。「自給の社会化」としての加工は、人と人をつなぎ、コミュニティを再生する大きな力になってきた。

自然があってのコミュニティ

 コミュニティは人と人との関係だが、「自給の社会化」としての食品加工がつくるコミュニティは「自然」があってつくられる。そこが、肝心なところである。

 結城さんがこんなことを述べている。

 「資源管理―限りあるものとどう向かいあっていくか。それが、家族の生存の倫理であった。資源の有限性を前提にして活用を考えるか。その無限性を前提にするか。それが企業が行なう食品開発と一線を画するものだと思う」

 地域資源とは、その地域の資源であり、地域を離れ他所に資源を求めてつくられるなら、農家による加工も、企業による加工もたいしたちがいはなくってしまう。

 農家の加工は地域自然とともにある。そうであればこそ、農家・農村の加工はコミュニティ形成力をもつのである。

 地域自然を永続的に活用するための人と人とのつながりが村のコミュニティである。コミュニティのもとで、人々は地域の自然を活かすしくみと技術を生み出し、伝承してきた。

 もちつきは、子どもから大人までが参加する楽しい行事であった。味噌づくりは、それを手伝う嫁にとってはその家に伝わる技法を学ぶ緊張した場であり、子どもたちにとっては、この豆からあの味噌がどうしてできるんだろうと、発酵の不思議を感じる機会にもなっていた。そこには、楽しみを共有することと、伝承することとをあわせもつコミュニティがあった。

 農家の加工は、そんな食を担ってきたお年寄りが活躍する場をつくる。

 先の「四季の里」の一番人気の加工品は、昔から月遅れのひな祭りにつくられてきた「よむぎまんじゅう」である。これに使うヨモギは、村のお年寄りが野山から採集したものを買い取るかたちで確保している。

 ヨモギを持って集まったお年寄りが検品を待つ間、「わしよりたくさんとったな。どこでとっただ」「あるところは教えない」なんて笑顔で会話がはずむ。ヨモギの代金を現金で受け取り、おみやげに3個300円のパック入りのよむぎまんじゅうを買って、うれしそうに帰っていく。ヨモギ採取は地域のお年寄りにとっても楽しみであり、自慢のタネにもなっている。

 各地の女性加工グループでは、高齢者も元気に活躍している。地域資源の活用は、お年寄りを巻き込み、村のコミュニティを蘇らせる力になっている。

「心ある都会人」が増えている

 都市民が農家がつくる加工品に魅力を感じるのも、それが、地域の自然と村のコミュニティに支えられた地域食品だからである。

 第二巻の販売戦略の事例で執筆いただいた東京の砂金米屋では、米を全量、農家から仕入れ、米とともに、味噌、古代米餅、お粥、ジュースなど農家がつくる加工品を「対面販売」で売っている。「作り手の思いの込められたお米には、ドラマがある。消費者は、そのストーリーとともにお米の味を楽しむのだ」という砂金健一さんは、接客の機会が多い奥さんと一緒に農家に出向き、交流を深めている。

 「地域に暮らす人々の豊かな個性が伝わってくる手作り感覚が残る生産物・加工品は、農村に息づく人々の知恵と技と心に畏敬の念と、人間としての共感を呼び覚ます力があるのだと思う。だからこそ、心ある都会人は、よい生産物、作り手との出会いの新鮮さに感動し、感激するのだ。私は、そういう価値観に目覚める人々が増える時代に踏み込んだと確信している」

 消費者も大きく変わりつつある。「健康のため」とか「安全な食品」を求めるということを越えて、人々は「食」に人の心や自然を感じたいと思っている。

 さて、村からみた「心ある都会人」の身近な存在は、まずは村出身者であろう。本総覧でも、村出身者のルートで加工品の販路を切り開いている事例を紹介している。「一村一品」的な「特産品」も村出身者のルートなら定着する。

 たとえば、佐賀県多久市農協の青しまうりの粕漬。青しまうり漬は市販の粕漬とタイプがちがうため、販売経路がなかった。そこで「おふくろの味」をセールスポイントに、多久市出身者の会「関西多久会」で宣伝を始めた。当初は200樽を販売したが、故郷の味を思い出させると反響は大きく、年内のうちに追加注文が入り、いまでは一万樽を超えるまでになっている(第10巻 素材編・事例)。

 奈良県JA下北山村の「とちっこグループ」がつくるとちもちは、村出身者と村を結ぶ事業として始まった。村内面積の92%を山林が占め、過疎化が激しく、高齢化も進み、昭和30年代に5500人あった人口が、平成9年には1300人になってしまった。このまま手をこまねいていては村がなくなる。そんな危機感をつのらせながら、農協にできることとして、村出身者と村を結ぶ地域特産物の研究が始められたのである。当初、味噌や漬物などいくつかの加工品に取り組んだが、たまたま、当時の参事が昔ながらの製法でつくられたとちもちを大阪の友人に送ったところ、懐かしいおふくろの味だと喜ばれたことが話題になった。そこで、しろもちやくさもちと並んでとちもちの特産開発に取り組むことにしたのである。村の古老から教わった昔ながらの製法と原料にこだわり、保存剤、着色剤など一切使わず、ふるさとの味をかもし出すことに心がけた。売り上げは年間700万円ほどだが、このとちもちには、「ふるさとを忘れないでほしい」というメッセージが込められている(第四巻 加工品編・事例)。

打って出るより村に人を呼び込む

 先月号の主張『「産直」の広がりをバネに「交流・滞在人口」を増やす―兵庫県八千代町の交流事業に学ぶ「農都両棲社会」への道』で紹介した八千代町では、「滞在型市民農園」を中心に、その友人知人など多くの人と交流事業を進め、そのなかで1個300円の豆腐や鯖ずしなどの加工品がすっかり定着している。交流人口の増加が、農家の少量多品目の野菜つくりや加工を支え、それがまた交流を深めるという循環がつくられているのである。しかも、八千代町で興味深いのは、北校区の市民農園は大阪の都市住民に、西校区の市民農園は神戸市垂水区の都市住民にというふうに、校区ごとに主要な呼びかけ先を限定して恒常的な交流を深めていこうとしていることだ。大消費地としての都市の「消費」の部分に打って出ようというのではなく、もっと規模の小さい単位で、相手を特定して働きかける。まさに、新しいコミュニティづくりである。

 打って出るより村に人を呼び込む。本総覧で紹介した事例でも、グリーンツーリズムや交流事業に取り組んだり、取り組もうとしているところは多い。

 農家の産直・加工は、単なる販売形態でもなければ、付加価値生産の一種でもない。それは、地域自然を活かす「自給」を基礎に、人々を結び、コミュニティをつくっていく、農家しかなしえない仕事である。「自給の社会化」とは、農村から都市への働きかけのことである。働きかけることによって「自給の世界」もまた、豊かになっていく。

『地域資源活用 食品加工総覧』の価値

 『食品加工総覧』は、『食全集』で描いた各地の伝統的な食の世界を現代に復活・創造するために企画された。

 先人がつくりあげた多様で豊かな食のしくみと技を現代に活かし、物語がこもった個性的な加工品をつくり、地域住民や都市民との結びつきを広げていく。それには地域の資源を、伝統的な知恵を掘り起こし、新しい手法も取り入れて活用しなければならない。だから『地域資源活用 食品加工総覧』なのである。

 本書は以下の三部構成で成りたっている。全国各地の地域資源400種の特性と利用法を網羅した素材編。餅、豆腐など加工品別に、個性的な商品づくりの着眼点から加工方法までを紹介した加工品編。そして許認可、加工機器から加工による地域づくりの手法、そして農村加工ならではの販売方法までを扱った共通編。各巻には関連する事例がつき、その数は400に及ぶ。

 地域資源を活かすには、素材と加工方法の両面からの接近が必要である。ジュースの加工技術や施設があれば、リンゴだけでなくその他の果樹やニンジンのジュースまでつくれる。農村加工なら季節に合わせていろんなジュースをつくることが可能だ。一方、リンゴはジュースだけでなく、ジャムにしたり、チップにしたり、焼肉のたれの素材にもなる。素材を多面的に活かすのも、農村加工ならではの特徴だ。

 素材と加工方法の絶妙な組み合わせが、個性的な食品を生む。加工品編と素材編を重ねあわせ、これに共通編を加えて活用すれば、「自給の社会化」のための実践的な情報が豊富に得られる。「自給の豊かさ」を復活・創造するには、法律上の問題から加工法、衛生管理、販売方法まで、新たな知識と技術、アイデアが必要だ。

 「キレる子ども」の問題から生活習慣病、老人福祉から地域、農業の未来まで、いずれも「食」のありようが深くかかわっている。伝承は創造によって可能になる。農家・農村が「今、やっておかなければならないこと」に、本総覧を役だてていただければと思う。

(農文協論説委員会)

▼『地域資源活用 食品加工総覧』(全12巻、各巻600〜800ページ、カラー口絵付き)。カラーパンフをご希望の方は、巻末のハガキにてお申し込みください。

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