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農文協トップ主張 2003年12月号

地域のみんなで「食のビジョン」づくりを
農業・農村の「あさって」を考える

目次
◆「農業ビジョン」より先に「食のビジョン」を
◆すぐに来る「人口減少時代」
◆熟年層むけの「高付加価値品」とは
◆「地産地消」の拠点「直売所」をもっと元気に
◆食の「地域派」を育てる「食育」を
◆農・工・商連携に「地産地消データベース」活用を

「農業ビジョン」より先に「食のビジョン」を

 「農業に明日はない、あさってがある」

 この「名言」を残したのは、本誌読者の皆さんには「への字イナ作」の創始者としてご存知の方も多い、いまは亡き井原豊さんである。井原さんはさまざまな職業を体験したあと、最後は自称「日本一面白い農業」を実践した兵庫県の農家。田んぼの米麦と田畑輪換の多品目野菜、それぞれに疎植を土台にして最高の収量と品質(味)を実現し、すべてを産直でさばいて消費者とつなげた農業を行なってきた。「あさってがある」というのは、「お上」のいうとおりにしたら明日の農業に未来はないが、自分の頭で考えたら、自分のような小規模農家でも、あさってのほうに楽しいやり方はあるという、意味深長な言葉なのだ。

 その「お上」からいま、「米政策改革大綱」という政策が出ている。これまでの減反・転作奨励金制度に代わる「産地づくり交付金」という制度が来年の四月から発足し、この「交付金」を受ける前提として、三月までに各地域で「地域水田農業ビジョン」という農業の将来構想を立てる必要がある。地域の農業ビジョンをつくるために、市町村の農政担当部署とJAがいっしょになって「地域水田農業推進協議会」を組織し協議をすすめなければならない。

 これまで三兆円もかけて30年以上も減反政策を続けたがうまくいかず、これからは県や市町村とJAにまかせるからよろしくやってくれという方向転換だから、「これは、国の減反政策からの撤退宣言であると同時に食料政策の放棄である」との批判もある。

 これまで、全国一律ばらまきの減反奨励金を貰いながらも、米価は低迷、農家にとってはこのままではジリ貧で明日はないとすれば、自分の頭で考えて「あさって」に向かう道はないものか。

 そう考えると、使い道は地域の主体にまかせるという今度の「産地づくり交付金」を基礎財源として、「自己責任において独自の地域食料政策を再構築する」ことを、地域のみんなで話し合うのも、「あさって」に向かういい機会だ。地域の「協議会」には、農家も積極的に参加してほしいということだから、この際みんなでわいわい話し合える、地域に開かれた集まりにしたい。

 ただし、ここで提案がある。この論議を進めるのに「農業をどうするか」とか「担い手をどうするか」を最初に話し合うのはやめにしてはどうか、という提案である。

 地域の農業ではなく、地域の食料をどうするかを考える。地域の「農業ビジョン」より先に、地域の「食のビジョン」を考えるわけだ。

 これからの農業は、なによりも地域の豊かな食のための農業でありたい。そのためにまず、どんな食を実現したいか、そのビジョンをみんなで考えてみたいのである。

すぐに来る「人口減少時代」

 「あさって」の未来に向けて、地域の食のビジョンを考えるとき、確実にすすむ世の中の動きをしっかりとつかまえておかなくてはならない。

 それは高齢化が確実に進むことだ。それに加えて日本はあと三年後、2006年をピークに人口が減少する時代を迎える。「国立社会保障・人口問題研究所」の「中位推計」によれば、ピーク時の人口1億2774万人が、2050年には1億59万人、2100年には6414万人。なんと100年後には人口が半減する。

 歯止めのかからぬ少子化を最大要因として、わが国が初めて経験する「人口減少時代」は、日本経済と国民の暮らしに、さまざまな変化を確実にもたらす。国内需要が横ばいからマイナスへ。高齢化に伴い需要構造も激変する。産業空洞化が進み、製造業の海外シフトは今後も続き、国内に残されるのは、「高付加価値品」の生産に限定される。

 「人口減少時代」を迎えたいま、国民の生活レベルを見ると、生活必需的な財・サービスはすでに満たされている。車も家財道具も、揃え終えた。今後は「買い替え需要」や「付加価値的な需要」が中心になる。この種の需要は消費者の好みによって強い影響を受けるため、個性化するニーズに応える「差別化」がこれまで以上に重要になる。

熟年層むけの「高付加価値品」とは

 一段と進む高齢化のなかで、食べものへのニーズはどう変わるだろうか。これは高齢者自身の「ベロ(舌)メーター」ではかればいい。

 還暦を過ぎ、歳をとると、ひとつのものをたくさんは食べなくていい。おいしいものをいろいろ、すこしずつ食べたい。変わったもの、なつかしいものを食べたい。

 農村や都市近郊にある農産物の直売所めぐりを楽しむ熟年カップルが増えているのも、「なつかしさ」の付加価値がある食べ物を求める人びとが多くなっているからだろう。

 筆者もそのひとりである。この春、茨城県西部にある境町の「道の駅」にある農産物直売所に立ち寄った。うれしかったのは、ずんぐりしたセリ。田んぼのあぜでとったものか、小さくて香りが強い。一袋80円。朝の味噌汁に入れて、春の香りを楽しんだ。

 他には、かき菜とからし菜、ブロッコリーの二番成り。それと、タマネギを間引いた「葉タマネギ」、これは鍋物や炒め物がおいしいと、売り場にいた農家のおばさんが教えてくれた。

 こうしたものは、市場には出されず、スーパーや八百屋にも並ばない。自家用より多めにつくった農家の自給のおすそ分けである。熟年夫婦はこれを食べたい。

 いまダイコンも普通の店では一年中、青首ばかり。それも葉っぱがついていないもの。健康志向の熟年夫婦としては、ダイコンは葉っぱも欲しい。種類も季節ごとにいろいろ味わいたい。

 農家の自給用にタネを残してきた地方野菜。その地方にしかない在来品種。それに加えて朝どりの鮮度の高さは、まさに「高付加価値品」である。個性的でうまいものを味わえるのは、いま一番の食の豊かさなのだ。

「地産地消」の拠点「直売所」をもっと元気に

 国民全体が高齢化している。人口減少時代のなかで増え続けるのは高齢者である。あえてビジネスという言葉を使えば、高齢者向けビジネスは確実に成長する。どの製造業もサービス業も、増え続ける高齢者を「ニュービジネス」の対象にしている。

 農業もまた、相手にすべきは高齢者である。熟年層は若い衆とちがってたくさん食べなくていい。それでも、たくさんはいらない人がたくさん増えるから、熟年層向けの需要は落ちない。

 自家用の延長の少量多品目生産、主にこの生産を担当しているのは、農家のじいちゃんやばあちゃんたち。高齢者が食べたいものを、生涯現役の高齢者がつくって、おすそ分けする。もちろん、そのつくり方も自家用の延長だから無理をしない。体と環境にやさしいつくり方だ。

 人口減少時代は、高齢者の雇用促進や女性の社会参加がさらに高まると予測されている。その流れの先頭を切っているのがいまの農村である。

 高齢者や女性が支えて、活況を呈している農村の直売所。こんなところには客は来るまいと思うようなところでもリピーターがやってくる。お客には、農家も含めて地元の人が多いのだ。いま全国で一万カ所に及ぶという農産物直売所。この直売所が、「地産地消」回帰の拠点になっている。

 この直売所をさらに元気にすることが、地域の「食のビジョン」を、豊かにする道である。

「知産知消」へ「あるもの探し」を

 「地産地消」は「知産知消」でもある。主産地化、大市場出荷の「農業近代化」の歩みのなかで、かつて多彩にあった在来の作物が淘汰されてきたが、いまも自家用として守り育てている作物はないだろうか。

 「食のビジョン」づくりは、地域に「あるもの」の見直しから始まる。それぞれの町や村で、あらためて「あるもの探し」をしようというのが、いま各地に広がっている「地元学」という地域発見の方法である。みんなで地域に出て、地元にある宝ものを探そう。「自分の村には何もない」と思っても、村人にアンケートしてみると、実にたくさんの山の幸・里の幸・海川の幸がある。「地元学」の提唱者で民俗研究家の結城登美雄さんによれば、「あるもの探し」=「地域資源調査」のポイントは四つある。

 第一に、作物の「収穫できる月」を調べる(自給栽培・山菜など自然物の採取も含めて)。

 第二に、「栽培している地区」をていねいに調べる(誰がどこで何をつくっているか)。

 第三に、「収穫できる量」のチェック。「自家用以上にとれるか」「自家用のみか」「ごくわずかか」。

 第四に、「販売できるもの」「販売できないもの」の区別。

 この調査で、直売所や朝市への供給可能量や、出品の意志をうかがうことができる(この「地域資源調査」の考え方と実践例は、後述する「食品加工総覧」の第二巻共通編に結城さんが詳しく執筆している)。

 「地域資源」として探すのは、伝統野菜などのモノだけではない。それをおいしく食べ、保存・加工する知恵や技もまた地域の大事な宝なのだ。

 この知恵や技は、農家だけが持っているのではない。

 かつて地方の小都市の、町場の人には、毎日の食べ物のなかで、「地のもの」と「旅のもの」を区別し、「地のもの」を大事にする食の文化があった。この「地のもの」は農家のおばさんがリヤカーの引き売りで朝どりを町に運んできた。夏はエダマメ、小ナス、トウモロコシなど。

 早速にゆでたり、漬物にしたり、季節の味を楽しんだ。楽しんだのはとりたての鮮度であり、露地野菜の旬の味の濃さであり、昔からなじんだ地元在来の品種のもつ個性的な味、歯ごたえだった。家ごとに、おいしく食べる調理の技も引き継がれていた。

 また地方都市には、「地粉」をひく「粉屋」も、豆腐屋も味噌屋も、酒蔵もあった。地元の資源を生かす加工業にも支えられて「地域の味」がつくられ、伝承されていた。

 ここには、地域に根ざした食の豊かさの共有がある。

 地域の「食のビジョン」づくりは、農家だけの課題ではない。地域に住む人びと全体の、新たな暮らしの豊かさを実現する「食の地域自給圏」づくり、これが「地方自治」の基本課題なのである。

食の「地域派」を育てる「食育」を

 これからの暮らしの豊かさの基本ベースは、地域ごとの個性的な食の文化の実現とその継承である。この「食の文化」の継承に、いま重要なのは、若い世代への「食育」である。「食のビジョン」には「食育」が不可欠である。その基本課題は何か。

 昔もいまも、食に100%の安心はない。「病は食から」のリスクがあり、食べ物は生き物で不作の年もある。食べものはいのち、食べる側もいのち。いのちを育て、いのちが育てられる。いのちといのちが、リスクを最小限にするよう、どう付き合うか。リスクを制して上手においしく食べる知恵と技が「食の文化」で、これは地域ごとに違う。「食の文化」は、地域固有の自然と人びとの暮らしのなかで育まれたものであるからだ。

 そこで、いま大切な「食育」のポイントは三つある。

(1)地域ごとの食の知恵と技、食の文化を伝え育むこと。

(2)ホンモノの食への感性を磨くこと。とりたての味、旬の味、完熟の味を体験させ、素材の持ち味を生かす食べ方(調理・加工)を知らせること。

 この春、農文協にも20人ほどの大卒新人が入ったが、信州の山荘で行なった新人研修で、驚いたことがあった。

 野菜は畑のとりたてがうまい。とくにエダマメやトウモロコシは朝どりをすぐにゆでて食べるのが最高だ。八百屋に並んでいるのは、すでに味が落ちている。中国産の冷凍エダマメなどは、格好だけのエダマメであると話したら、その味の違いを知らない新人が複数いた。とりたてを食べたことがないという。

 ホンモノの食への感性を磨くには、いのちを育てる農の場に連れてきて、ホンモノの味を体験させなければならない。できればホンモノを育てる体験をさせたい。この思いは、農文協がかねてから推進している「食農教育」への志そのものである。

 そしてもうひとつ、いま大切な食育は、

(3)「味覚のしつけ」をすること。日本食のベースである、だしの味、味噌、醤油など伝統的調味料のうまみを幼児期に刷り込むこと。本能的な嗜好である糖分・脂肪分のコントロールができる味覚を育てて、「欧米型・脂肪食派」にしないことである。

 以上の三つが、食の「地域派」「国産派」を育てる。

 地域の「食のビジョン」づくりには、地域の食文化を継承し、地域農業を応援する「地域派」を増やすための「食育」のネットワークが欠かせない。たとえば、地域の学校給食を「地場産給食」にすることは、「食のビジョン」の大事なテーマである。

農・工・商連携に「地産地消データベース」活用を

 そして、地域の「食のビジョン」づくりには、地域の農・工・商の連携が欠かせない。少子高齢化のなかで、食品産業もまた大激動期にある。

 地域の農から提供される食材は、加工企業の技が加えられて、地域の食を豊かに彩るものとなる。地方の中小食品企業の生き残りの道は、素材にこだわりホンモノの加工にこだわる、地域資源活用・地産地消の地場産業に徹することである。

 本来、味噌でも醤油でも、納豆でも豆腐でも、一社が全国制覇すべきものではない。地域ごとにその風土に根ざした個性的な食品の生産と消費があることが、これからの食の豊かさなのだ。

 昔ながらの天然醸造・長期熟成の味噌は、短期醸造の味噌と比べて、よい香りがする。これはフラノンという物質が多いためだという。このフラノンは、熟成の過程で色素メラノイジンの生成とともにできるもので、メラノイジンには、老化をすすめる体内の活性酸素を無毒化する作用、つまり抗酸化力がある。じっくり熟成した香り高い味噌はうまいだけでなく、不老長寿の効用があるのだ。

 促成でないホンモノほど、健康によい。そんな確かな食品は、高齢化が進むなかでさらにその評価が高まっていくだろう。

 農・工・商連携のもとで、健康を支えるホンモノの食品を地域に根付かせたい。そんな志に賛同していただいた1000人を超える執筆者の協力で、『地域資源活用 食品加工総覧』(全一二巻)の「台本」がこの九月に完結した。

 「台本」という意味は、この出版物は「加除式」のもので毎年新しい情報が追録されて、常に最新の情報を提供できる、.その最初のベースができたということだ。

 この最新の情報には、味噌に限らず、加工品や素材ごとに、健康への「機能性」の研究成果も紹介されている。

 食品系でも加工系の出版社でもない、農の出版社である農文協が、全12巻もの「食品加工総覧」を発行したのは、そのタイトルの「地域資源活用」に表されているように、地域に根ざした豊かな食の取り戻しを志しているからだ。

 食の画一化が世界的に進む中で、それぞれが地域資源を生かしたおいしい食、健康な食、持続できる食を目指すこと。地域の「食のビジョン」づくりの基本資料として、日本で唯一の「地産地消データベース」ともいえる『食品加工総覧』を、地域の行政・団体・企業、さらには本誌読者の方に活用いただきたい(巻構成などはカラー口絵参照)。

 「食のビジョン」づくりの論議を積み重ね、地域の豊かな食のための農業を構想し、農家の力で、地域が元気になる「農業ビジョン」を創り上げたい。

(農文協論説委員会)

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