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農文協トップ主張 2004年6月号

「水田農業ビジョン」を、新しい村づくりのチャンスに生かす

目次
◆「農業基本法」に匹敵する大きな変わり目
◆大型プロ農家だけでは、村は成り立たない
◆中山間の集落営農―農家は減らせない
◆交流事業―「定年帰農」も一緒になって
◆都市近郊の個別経営―兼業農家と持ちつ持たれつ
◆「地産地消」と「生命空間」づくり
◆先行する農家事例情報を、村づくりに生かす

 長野県の酪農家・小沢禎一郎さんが、高齢化や荒廃地の増加など「村の存続」に危機感をいだきながら、「集落丸ごと会社構想」と題して、こんなことを書いている。

 「荒廃田でハスを育て、集落のみんなでハスの花を売ってわかったことだが、村には、土地も労働力も豊富にある。工夫しだいで、一時間1000円の日当は可能だ。お金が入るだけでなく、『昔のむらがもどってきた』と年寄りが元気になる。

 個別大型農家のスケールメリットは難しいが、集落で『オラの集落、なくさないぞ』という心がまえをもてば、みんなでスケールメリットを生かすことができる。いろんなアイデアがでてくる。お墓も守れるし、定年になった息子たちが帰ってきてもいい。そんな話を講演ですると、涙ぐむ年寄りが多い」(今年5月号「自給自足で家族が元気になる話」)

 年寄りは村のこと、その象徴でもある先祖代々のお墓のことを心配している。

 そんななか、全国各地の「地域水田農業推進協議会」で「水田農業ビジョン」が策定され、その実践が始まった。

「農業基本法」に匹敵する大きな変わり目

 今回の「水田農業ビジョン」のもとになっている「米政策改革大綱」は、政策の大転換である。

 「米の過剰基調」を背景に、今年度から米の生産調整・減反政策は、減反目標面積配分から、米の生産目標数量配分へ変わる。売れ残った場合は、翌年の生産数量を減らすことが基本となるため、「売れる米づくり」が求められる。

 同時に、これまで全国一律だった転作助成金は廃止され、新たに地域提案対応型の「産地づくり交付金」が設けられた。ただし、この「交付金」は、「水田農業ビジョン」で特定される「担い手」を中心にして交付される。

 この政策を「農業のリストラだ」と批判する声も強い。全体として補助金が減らされ、特定の農家のみを優遇しようというわけだから、「小農切り捨て」という批判は当然成り立つ。大きな変わり目であることは確かで、これは昭和三十六年に制定された「農業基本法」以降の農業・農村の変化に匹敵するものだといえよう。

 今から40年前、「農業は斜陽産業」などといわれるなかで「農業基本法」が制定され、その後、稲作の機械化・大規模化、野菜や果樹の単品産地形成、畜産の規模拡大を中心とする「農業近代化」へと農業・農村は大きく動いた。この近代化を担ったのは30〜40代の若手・壮年農家である。その農家が60〜70代になって、もう一度、大きな変わり目を迎えているのである。

 確かに大きな変わり目である。しかし、一度目の変わり目と二度目の変わり目には、大きな違いがある。

 まず、現代が、「産直・地産地消の時代」だということである。農業近代化に動きだした当時は、日本が高度経済成長に向かう時代であり、商工業の発展にむけ農村から都市へ人口が流出する時代であった。農業の省力化、機械化を進め、大量生産・大量流通によって、人口が増え続ける都市に食料を供給する。これに対し、現在は人口増がとまり、減少に向かうと予想されるなかで、「地産地消」の動きが大きな広がりを見せている時代である。

 農業の担い手も大きく変化した。農業の近代化を担った農家が60代〜70代になり、一方で、女性が農業・農村の担い手として表舞台に登場した。家庭を支え、「補助労働力」として近代化農業を支えてきた女性たちは今、産直を進め、産直のつながりを生かして食品加工に取り組み、地域住民や都市民との交流を広げている。地場産学校給食も、地域の高齢者にむけた福祉弁当も、郷土の味を伝える加工や農村レストランも、主役は女性である。

 一言でいうと、農業は「地域の暮らしをつくる産業」になってきたのである。暮らしのためにお金を得る農業から、暮らしそのものをつくる産業に、そこが、農業近代化時代と現在の根本的な違いである。

 重要な違いがもう一つ。農業近代化時代は農村から都市へ人口が移動する時代だったが、現代は逆に「帰農の時代」である。まもなく、農村出身の団塊の世代が定年を迎える。農業が「暮らしをつくる産業」になることで、かれらは、農村で、あるいは「農都両棲」で、人生の二毛作目を迎えることができる。

 時代は根本的に変わっている。そんななかでの「水田農業ビジョン」である。

大型プロ農家だけでは、村は成り立たない

 ところで、時代が変わったにもかかわらず、共通していることがある。農業近代化時代には「国際競争力」に負けない「自立経営」の確立が農政の目標に掲げられたが、現代もまたWTO(世界貿易機関)やFTA(自由貿易協定)など、農産物貿易の自由化の圧力は強く、これに対応できるような農業経営を確立するというのが、農政の基本的な目標になっている。そのために、国の支援を規模拡大を進めるプロ農業経営に集中し、「自立経営」を育成するという発想は、昔も今も一貫している。だが、大規模プロ農家の育成は、特殊にしか成立してこなかった。

 「農業基本法」以降の農業近代化を中心的に担ったのは、農政がめざした大規模単作経営ではなく、水田プラスαの複合経営であった。直播栽培に象徴されるイネの省力化に対し、施肥法など栽培技術の改善でイネの増収をはかり、これに野菜や畜産などの収益部門を組み合わせるやり方で、農家は、「下から」近代化を進めたのである。

 今回も、大型農家の育成はそう簡単には進まないだろう。むしろ、期待されているのは、集落の機能に依拠した集落営農、地域営農のほうである。

 村があり、その土台のうえに個々の農家の農業近代化があった。近代化は村の機能を弱めてはきたが、だからといって、村をなくし、個別の大型農家だけでいいというようにはならない。自然を相手にすることからくる村の共同や相互扶助なしには、生産も暮らしも成り立たないのである。

 その村、集落の行く末を多くの農家が心配している。小沢さんが「集落丸ごと会社構想」などという「大胆な」提案をするのも、村を守るためだ。

 本誌3月号の「私の水田農業ビジョン」では、5人の農家が、それぞれのビジョンを語っている。そこから、村を守る、村をつくる「ビジョン」について考えてみよう。

中山間の集落営農―農家は減らせない

 島根県の中山間地・津和野町奥ケ野集落の農事組合法人「おくがの村」代表の糸賀盛人さんの願いは、「集落から農家は減らさない」ことであり、「元気老人をつくるピンピンコロリのむらづくり」である。そのために、農業機械の共同利用をすすめ、転作では、地元の繁殖牛用の飼料作の団地化をはかり、ほかにケールの栽培にも取り組んでいる。

 「わが集落の先輩は、先祖から預かって次の世代へ渡す田、畑、山、家をいかに活用して、自分たちの生活をどう続けるかを考えている。自分がいま預かっている財産を守ることが第一義。そのために、自分の体を使ってできる限りの管理を続けている。これが本当の『百姓』の姿なのだ。

 ただ、90歳にもなって、大きなトラクタや大きなコンバインを使うのはたいへんな危険をともなう。そこで大型の機械作業は『おくがの村』が引き受ける。しかし水管理や畦畔管理はできるからおのおの自分でやってもらう。暇がないから元気ということになる」

 こう述べる糸賀さんには、こんな苦い経験がある。

 「集落内の二戸の農地を買ったことがある。二戸とも、当分のあいだは集落に住んでおられたが、そのうちにいずれも、子どもがいる都会へと出て行ってしまった」

 国の政策どおりにすれば、わずかの経営体だけは、悠々自適な生活が将来とも補償されるのかもしれない。しかし糸賀さんは、「仮にその該当者となっても、そのまま集落で暮らしていける自信がない」という。「集落の社会的機能を維持するためには、農家数を減らすわけにはいかないのだ」

 このことは「集落で暮らして、体験して、初めてわかることだ」という。そんな糸賀さんにとって大事なのは、暮らし方の「ビジョン」である。

 「少しの収入でゆっくり生活だ。スローライフ農業では、土・水・空気という自然と戯れながら、わが生活は自給自足、物々交換を宗とする。そして、いくらかのお客さんに、ここで穫れた産品を食べていただく。こうして、現金収入が少なくてもできる生活スタイル・システムを作るしかあるまい」

 そう考えると、中山間には「そこそこの生活ができる基盤がある」ことが見えてくる。ナタネをつくってその油を動力源にして暮らすといった、アイデアも生まれる。

交流事業―「定年帰農」も一緒になって

 「集落営農を継続しながら法人化を進めていきたい」と述べるのは、大分県竹田市九重野の後藤生也さんである。認定農業者18人を中心とした「九重野受託組合」を核に、全農家参加の機械利用組合として法人化する、という。

 「むらの水田は専業・兼業を問わず、すべての農家が担い手となって維持していくことが大事だと思います。それゆえ全戸参加型の法人にしたいのです」

 九重野では集落を一つの農場とみて、ダイズやソバの集団転作を進め、水田放牧も行なっている。水田利用率は170%、そして転作物を生かした加工に取り組んでいる。 

 「農産加工所は、グリーンツーリズムの拠点にもなりつつあります。そば打ち体験や豆腐づくり体験を楽しんでもらう場になるわけです。加工所の近くには、炭やき窯もあるので炭やき体験も可能です」

 こうなると、村人のいろんな力が生きてくる。建設会社に勤めていた後藤さんを含め、勤めを退職した70代、一七〜一八人でつくる「年金連盟」が力になって、加工所の近くに水車小屋を建てた。加工所をつくるのに井戸を掘ったところ、加工所で使い切れないほどの湧水が出たからだ。これで水車をまわし、ソバを挽きながら、九重野のグリーンツーリズムのシンボルにしようというわけである。

 「メンバーの中には、もと大工の棟梁がいます。若い頃は偏屈で気むずかしい男でしたが、材料費さえ出してくれればいいと、立派な水車小屋に仕上げてくれました」

 後藤さんたちの「ビジョン」は、「定年帰農」や住民を巻きこんだ新しいむらづくりのビジョンなのである。

都市近郊の個別経営―兼業農家と持ちつ持たれつ

 石川県野々市町の有限会社・林農産の林浩陽さんは「これからは兼業農家の時代」だという。都市近郊にある林農産は、兼業農家からの作業委託や全面委託を受ける、いわば個人の「自立経営」だが、作物生産だけでは限界があるとモチ加工にも取り組んできた。そんな林農産と地域の兼業農家は持ちつ持たれつの関係にある。

 「それまで農作業をしていたおじいちゃんが倒れたり、ご主人が単身赴任したりと、兼業農家にとって緊急事態が発生することがあります。そのような時は最優先で作業を請けるようにしており、電話口でホッとした様子がこちらに伝わってくることがよくあります」

 そんな兼業農家は、林さんのモチのお得意さんでもある。

 「多くの地主さんは、こちらが払う借地料以上に、家族以外の遠方の息子さんや娘さんの分も含めて、たくさんのお米やおもちを林農産から買ってくれます。そして、なによりも、林農産の強力な応援団になってくれています」

 兼業農家も家族の分や親戚に送るぐらいの米はつくりたい。しかし機械が壊れて、アッサリ田んぼを売り宅地になってしまうこともある。そこで林農産がお手伝いする。大きな農家と小さな農家の「大小相補」、今も昔も変わらない村のありようなのである。

「地産地消」と「生命空間」づくり

 同じく、個別請負農家である愛媛県松前町の重川久さん。不耕起でイネ、ムギ、ダイズ、ソバを組み合わせる方式を確立してきた重川さんがめざすのは、「半径30分の地産地消」だ。

 「穀類三品+大豆で、私の倉庫はまさに宝の山。なんだってできる。そば・うどん屋も開店できる。豆腐も味噌も醤油もできる。生産、加工、そして直売店。さらに農家レストランでそば・うどん屋。大袈裟じゃないところで、手の届く範囲での経営。お米の顧客を中心とした主婦の協力で、直売やレストランを運営できないかなあと思っている」

 「水田農業の終わりの始まり、ゴー」と元気がいい重川さん。消費者をどのように巻きこんでいくかが、これからの水田農業を大きく左右しそうである。

 福岡県の古野隆雄さんのビジョンは「アイガモ君の地域水田農業ビジョン」である。

 「田んぼに、魚が泳ぎ、子どもたちがそれを追いかける懐かしい水田風景を再生することです。完全無農薬有機農業で安全な農産物を生産すると同時に、地域の水田を可能な限り面白空間にデザインします。

 農産物は輸入できても風景は輸入できません。全国各地に『オランダ村』とか『スペイン村』『ドイツ村』『デンマーク村』といろいろありますが、今もっとも必要とされているのは、1950年代以前の農村風景『日本村』の再生だと私は思います。この時代は、自然も生きものも、私たちの身近なところにありました。環境だ、生物多様性だと宣伝しなくても、私たちが何を得て、何を失ったかが即座にわかる、そんな空間を私はつくりたいのです」

 古野さんにとって水田は生産の場であると同時に、暮らしをつくる生命空間なのである。

先行する農家事例情報を、村づくりに生かす

 生涯現役の集落営農、「定年帰農」や非農家まで巻きこんだ村づくり、大小相補の助け合い、産直・加工・地産地消、生きもの豊かな水田空間づくり。五人の農家は、それぞれに「私の水田農業ビジョン」を構想し、実践している。そんな事例に学んで、実践段階に入った、つまり「集落段階」に入った「水田農業ビジョン」を、豊かにしていきたい。「水田農業ビジョン」を、補助金の受け皿づくりにとどめず、村づくりのチャンスとして生かしたい。

 農政のあり方も今、大きな変わり目を迎えている。「金も出すが口も出す」農政から、「金も減らすが口も減らす」農政に変わってきた。「自主性」を重んじるという。その時、重要なのが地域での企画力であり「情報」である。その源は農家にある。下からの近代化を進め、産直時代を大きく切り開いてきた農家の実践こそ、今、活用したい最高の情報である。

 そんな事例情報を集め、農文協ではCD―ROM「水田農業ビジョン―アイデア&先行事例集」を作成した。『現代農業』や『農業技術大系』に収録されている農家の水田農業の事例800例を、以下の五つのテーマで整理し収録したものである。

テーマ1・売れる米づくり 米産直事例と、有機栽培、ミネラル活用など栽培の工夫による売れる米づくりの事例。

テーマ2・転作作物の安定増収と加工・販売 ダイズ、ムギ、ソバなど産直・加工事例と安定・多収技術の事例。

テーマ3・水田を活かして地域づくり・農都交流 学校給食、景観づくりと交流事業、生きもの豊かな水田づくり。

テーマ4・水田を活かして耕畜連携 水田放牧や飼料イネ。

テーマ5・集落営農・地域営農の考え方と優良事例

 ほかに、加工事例も満載。最近注目の米パンや発芽玄米。.地元小麦パンの加工・販売から、.地粉うどん、まんじゅう、麦茶。ダイズでは豆腐、味噌、納豆。さらに、ソバ、アワ、キビ、ハトムギ、ヒマワリ、ナタネ、エゴマなどの雑穀、油脂作物の加工事例も紹介している。

 水田を多面的に活用して、暮らしをつくる産業を興す。策定された「水田農業ビジョン」を農家・村の力で、新しい村づくりにむけた「ビジョン」づくりの機会に生かす。

 農家の「水田農業ビジョン」は、これからが本番だ。

(農文協論説委員会)

◆CD―ROM「水田農業ビジョン―アイデア&先行事例集」、定価18000円。なお、CDは実際に見てみないと内容がわかりにくいため、農文協では4月初めに、役場の「水田農業 構造改革事業」の担当者、JAの「営農企画課 水田農業」の担当者へ、本CDの実物見本をお送りしました。地元の役場、JAにお問い合わせのうえ、ぜひ一度ごらんください。実物見本がない場合、農文協から役場、JAにお送りしますので、ご担当者(送り先)をお知らせください。また、本CDのチラシをご希望の方、ご連絡ください。

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