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農文協トップ主張 2005年6月号

「減農薬のための12の技術」の魅力

目次
◆高齢化・産直のなかで、多彩になった防除手段
◆(1)作物を病害虫にかかりにくい体質にする
◆(2)作物と外界の接点 根圏環境や葉面環境をよくする
◆(3)圃場、地域を病害虫にかかりにくい空間にする

高齢化・産直のなかで、多彩になった防除手段

 今月号は「農薬に頼らない防除法・最新ハンドブック」。この間、農家が工夫を重ねて築いてきた「減農薬のための12の技術」を結集した。

 ひと昔前と比べると、防除手段はずいぶん多彩になった。時代が化学農薬以外の防除法を必要としたのである。

 一つは高齢者や女性が農業の担い手になってきたこと。農薬散布の身体への悪影響も気になるし、暑いなかでマスクや防除着をつけての農薬散布は大変、歳をとればますますつらくなる。農薬代もばかにはならない。

 もう一つは産直・地産地消(地商)の広がり。食べる人とつながることで、作物を健康に育て、おいしいと喜ばれることが張り合いになる。作物を健康に育てるために、土や田畑の生きものを豊かにする。その総体を思いとともに届けるのが産直・地産地消である。売り方の変革は防除法の多様化を促した。「減農薬」は単なるレッテルではない。

 さて、12の防除法を分類すると以下のようになる。本号の掲載もこの順にした。

熱や色、障壁などの物理的手段で、病害虫の密度を減らしたり侵入を阻止する…太陽熱処理、防虫ネット、色・光、高温処理

みじかな自給的な資材を活用する…米ヌカ防除、自然農薬、酢防除、木酢・竹酢

圃場の昆虫相を制御して害虫を防除する…混植・混作、天敵、フェロモン剤

施肥改善による方法…苦土の積極施肥

 このように手段の特徴から分類できるが、作物を起点に地域自然にむけた広がりに添って整理すると、次のようになろう。

(1)作物を内から病害虫にかかりにくい体質にする

(2)根のまわりの根圏環境や葉面環境など、作物と外界の接点を病害虫にかかりにくい環境にする

(3)圃場や地域を病害虫にかかりにくい空間にする

 農薬はもっぱら病原菌や害虫との関係、つまり殺菌、殺虫効果に焦点が当てられるが、「農薬に頼らない防除法」は作物や周囲の環境とのかかわりこそが勝負どころである。一定の殺菌・殺虫効果をもつものもあるが、(1)〜(3)まで間接的かつ複合的に効果が現れるのがこれらの防除法の特質である。だから、農薬のようにシャープには効かず、多くの農家はいくつかの手段を組み合わせている。そのうえで農薬も一つの手段として活用する。

 作物や周囲の環境を見すえながらの利用の工夫、そして組み合わせの妙、これこそ、「農薬に頼らない防除法」の活かし方であり、それが魅力の源泉になっている。

 本号で紹介した事例をまじえながら、その魅力を追ってみよう。

(1)作物を病害虫にかかりにくい体質にする

●苦土の積極的施肥―ミネラル吸収を高める

 作物はもともと、病害虫への抵抗力をそなえており、施肥によってそれが強まったり弱まったりする。その大きなポイントにミネラル吸収の向上があり、その手段が苦土の積極施肥である。この効果、予想以上に大きい。

 茨城県・JA北つくばの小ギク農家を訪れた農家はみな、エーッと驚きの声をあげる。防除回数が10〜15日に1回くらいですんでいるからだ。そのヒミツは、石灰・苦土・カリのバランスを最優先し、苦土を積極的に施肥することにあると、指導員の古橋裕明さん(200ページ)。

 JA北つくばでは、JAによる土壌診断・施肥設計に取り組んでいるが、そんな中で、土壌中の成分と病害虫の発生にはある傾向があることに気づいた。カリ過剰土壌では白サビ病の発生が目立ち、アザミウマも多発。これに対し、養分の過剰蓄積がなく、各要素のバランスがよい圃場では病害虫(とくに病害)は少ない。

 施肥改善でミネラルが充分吸収されれば病害虫がつきにくい体質になり、農薬散布の間隔をあけることができるのである。そのうえ、キクは日持ちがよくなり、野菜はおいしくなる。

 昨年10月号の主張「土ごと発酵で、ミネラルの循環をとりもどす」では、「化学肥料を使う近代的な集約農法のもとで、土壌中の鉱物(ミネラル)は減少を続けている」という、アメリカのデビッド・マーシュ教授の論文を紹介した。「集約的農法による土壌中の鉱物減少とその結果としての作物中の鉱物減少は、人間の体内の鉱物欠乏へと形を変え、我々の免疫システムが最大限の能力を発揮することを妨げて病気への抵抗力を低下させる」と、同教授は警告しているが、それ以前に、ミネラル不足は作物を弱体化させる。

 ミネラル吸収を高める施肥改善は減農薬の基本といえる。

●酢防除・木酢液―チッソの同化と「血液サラサラ効果」

 ミネラルとともに作物の体質を大きく左右する養分はチッソである。チッソ(硝酸)が過剰にたまった作物は病気にかかりやすいことは農家の実感だが、チッソのやりすぎや天候不順などで作物がチッソ過剰になることが間々ある。そんな時、食酢や木酢液、モミ酢などを葉面散布すると、酢に含まれる酢酸や有機酸が、葉にたまった硝酸を消化(同化)する。また、有機酸は土のなかの石灰や苦土などのミネラルをキレート(カニバサミではさんだ状態)化して、ミネラルの吸収・移動をスムーズにする働きもある。その結果、病気がでにくくなったり、味がよくなったりする。

 酢はそれ自身ある程度の殺菌作用があるが、それとともに葉と根の両面から作物の体質を改善するのが「酢防除」である。

 木酢や竹酢、モミ酢を使う農家が多いが、長野県豊科町で雨除けトマトとキュウリを作る小林寿一さんは、天恵緑汁を酢酸発酵させた酢と柿酢を愛用している。トマトのわき芽などを黒砂糖に漬けて発酵させるもので、この時、柿酢を作ったときにできる白い膜・通称「コンニャク」を入れて、酢酸発酵を促す(136ページ)。

 この天恵緑汁酢に木酢と焼酎を混ぜて週2回、トマトに定期的に葉面散布。葉のテリが増し病気にかかりにくくなる。酢に含まれるアミノ酸によって、旨味がのることも期待している。

 ところで最近、木酢液の「血液サラサラ効果」が注目されている。木酢液を水で薄めると、不思議なことにクエン酸・リンゴ酸などの有機酸に変わる。クエン酸は人間の動脈硬化を改善して、血液サラサラ効果があるといわれているが、植物でも同じように目詰まりが起きていて、これをクエン酸などが解消し、植物の「血液サラサラ効果」が起きているようなのである。

 そして、木酢・竹酢の魅力は、多様な地域資源を活かせること。それ自身、地域資源を活用した自給的資材だが、これにニンニクやドクダミ、トウガラシ、魚腸など身近な素材を漬け込んで利用する農家が多い。地域資源のパワーを活かして作物の体質を強化する、それが木酢・竹酢の魅力である。

●自然農薬―組み合わせは無限

 自然農薬も地域資源のパワーを活かす方法だ。

 福岡県大牟田市の境祐一さんは、自分の健康、コスト低減、増収のため、8年ほど前から、ヨモギ、アロエなどの天恵緑汁、牛乳で作る乳酸発酵液、ニンニク入り木酢液の3種の自然農薬を混合し、葉面散布剤として使っている。殺虫剤はゼロ、殺菌剤は年間7回以下(122ページ)。

 「手作り自然農薬なら1回の散布代金も300円くらいなので心おきなく大量に使えます。正直なところ、今年のような悪天候の中で、これだけ効果が出るとは思いもよりませんでした」という境さんは、1年を通じ、樹体の体質変化に応じて自然農薬の内容ややり方を変えている。

 「その組み合わせは無限にあります。ますます勉強していきたい」と意欲を燃やす境さん、自然農薬もまた奥が深い。

 木酢液も含め、農家の創意工夫の結晶であるこの自然農薬を、昨今の農薬取締法では規制する動きもあるが、農家の工夫や観察眼こそ、「安全・安心」の源泉であることを忘れてはならない。

●高温処理(ヒートショック)―注目の全身獲得抵抗性

 栽培中のハウスを、一時的に高温にするだけで農薬を大幅に減らせる画期的な方法。ハウスでニラを栽培する高知県佐賀町の伊与木英雄さんは、高温処理で灰色カビ病が完全に防げるようになり、「私も“ヒートショック”(熱い衝撃)を受けました」という。おカネもかからず、ニラの成長も早くなり、「百利あって一害なし」(102ページ)。

 高温で病原菌を抑える物理的手段だが、この高温処理には、作物の体質を変える効果があることがわかってきた。神奈川農総研の佐藤達雄氏は、「熱ショックが全身獲得抵抗性発現の引き金になる」という(106ページ)。

 病原体が作物に感染すると、作物はサリチル酸という物質を速やかに合成し、これが抵抗性に関連するさまざまなタンパク質の合成を促すことが明らかにされているが、熱ショック処理をしたキュウリではこのサリチル酸の濃度が急激に上昇し、病原体感染特異的タンパク質の遺伝子が発現することがわかった。高温処理は、キュウリのウドンコ病、炭そ病、黒星病、斑点細菌病に対して抵抗性を誘導し、病気にかかりにくい体質をつくるというのだ。

 苦土の積極施肥、酢防除、自然農薬、高温処理…作物の抵抗力・自然力を生かす防除法が豊かに展開している。

(2)作物と外界の接点 根圏環境や葉面環境をよくする

 接点環境の改善、その象徴的な方法が米ヌカ防除である。

●米ヌカ防除―微生物による減農薬の基本資材

 米ヌカをパラパラと通路にふる。これだけで米ヌカにいろんな色のカビが生え、そのカビが空中を飛んで、結果的に灰色カビ病などの病気が減る。そんな「米ヌカ防除」が岐阜県の雨よけ夏秋トマトの大産地、丹生川では当たり前になっている。農家数120〜130戸。ここ3年くらい、このうちのかなりのトマト農家が米ヌカをハウスにまくようになった(112ページ)。

 米ヌカで病気が減るしくみはまだよくわかっていないが、通路に生えたカビが空中を飛び、葉面など作物の体に付着することで病原菌のすみかを先取りしたり、病原菌を直接食べたり、抗菌物質を出したりすることによると考えられる。葉面環境を改善するのである。

 米ヌカで土の微生物が増えればミネラル吸収がよくなり、作物の体質改善につながる。一方、米ヌカを通路にまけばカビが生え、カビを食べてコナダニがふえ、コナダニがふえれば天敵のククメリスカブリダニがふえて害虫のアザミウマ類を食べてくれる、という天敵利用農家もいる。

 微生物を繁殖させ、発酵の起爆剤として活用される米ヌカは、体質改善―接点環境の改善―空間改善の三つに広がる、農家の基本資材なのである。

●太陽熱処理―土ごと発酵と結びついてパワーアップ

 太陽熱で土を殺菌する方法だが、これと土ごと発酵が結びついて、根圏環境を改善する技術に発展してきた。

 福井県池田町、直売所に出荷する母ちゃんたち170人で組織する勉強グループ「101匠の会」では、秋野菜の害虫に対しては防虫ネットを生かし、根コブ病に対しては「太陽熱処理」を行なう。ジャガイモが終わったら畑に米ヌカ、油カス、鶏糞、畜産堆肥を入れ、雨にあててから透明ビニールを張り、そのまま待つこと1カ月半。このやり方で害虫が減り、草が減り、根コブ病も減った。そして、母ちゃんたちが太陽熱処理に決定的に魅せられたのは、土が「フワフワ」「ポロポロ」「ホクホク」になったからである。ビニールの下で土が“発酵”した結果だ(60ページ)。

 一方、茨城県協和町の産直野菜農家グループ「野菜村」の面々は、土ごと発酵させる太陽熱処理に取り組む。前作終了後の7月、圃場に粗大有機物、ミネラル資材、チッソ源となる発酵鶏糞、それに発酵起爆剤の米ヌカを投入し、表層10cmくらいを浅く荒く耕耘。ポイントは、圃場の水分を50〜60%を目安とし、処理期間中もこまめにかん水することだ(66ページ)。

 太陽熱処理は土ごと発酵と結びつくことで、露地でも、湛水なしでも効果があがる、だれでもできる方法になってきた。もちろん、土ごと発酵した土は団粒化がすすみ、ミネラル吸収も高まり、病害虫にかかりにくい体質をつくる。

(3)圃場、地域を病害虫にかかりにくい空間にする

 天敵の利用がこの代表格である。

●天敵―進む土着天敵利用の工夫

 ハウス内のムギや、露地ナス畑のソルゴーの囲いなど、天敵の温存・増殖を助けるバンカープランツの利用が急速に広がっているが、宮崎県清武町の川越義正さんたちは、「エンドウを利用した土着天敵」活用に取り組んでいる。エンドウのナモグリバエから発生する寄生蜂が、ナスを加害するハモグリバエに寄生し、被害を防ぐというもので、ナモグリバエのついているエンドウの葉をハウスに吊すやり方。天敵資材代は不要で取り組みやすい(164ページ)。

 ところで、天敵というと害虫を食べる天敵昆虫が主役だが、鹿児島県鹿屋市の日高一夫さんは、害虫が大発生したサツマイモ畑にニワトリを放し、1週間ほどで虫の駆除に成功した(178ページ)。アイガモは除草効果とともに、ウンカなどの害虫を食べることがよく知られているが、ニワトリにも活躍の場がありそうだ。虫は餌になるのだから、防除は生産・飼育の一貫ということになる。

●混植・混作―忌避効果から天敵温存まで

 病害虫がでにくい空間づくりの有力な手段に、混植・混作がある。いろいろなものが植わっている畑のほうが土着天敵が増えたり、作物どうしのアレロパシー(他感作用)などによって病害虫にやられにくい。

 佐賀県の原博さんは、マリーゴールドやミントなどの香り植物をハウス内に植え付けて、害虫の飛込み・繁殖防止に役立てている(158ページ)。三浦半島の野菜農家・角井浩一さんは、カボチャにマルチムギ(小麦)を取り入れて10年ほどになる。ツルが伸びる部分にマルチムギを60cm間隔で育てる。こうすると、畑の排水がよくなり、水がたまらなくなり、エキ病菌が入り込んだとしても、増殖しないうちに乾かしてしまう。マルチムギが障壁となってトンネル内への飛来をじゃまするためか、アブラムシの発生が遅い。さらに、マルチムギの作付け帯をバンカープランツとして利用することもできそうだ(152ページ)。

●フェロモン剤―地域ぐるみの減農薬に

 圃場に匂い物質を漂わせてオスとメスが交尾しないようにする方法。広い面積でやるほうが効果的だ。

 岩手県内最大のリンゴ産地・JAいわて中央では昨年、管内のリンゴ農家約1000戸の約8割、面積にして430haでフェロモン剤を利用した減農薬栽培に取り組んだ。その要となっているのが、予察活動だ(188ページ)。

 フェロモン剤はコンフューザーRを使う。コンフューザーAと比べて設置本数が少なく、キンモンホソガの成分がないぶん反当8000円台と安くすむ。キンモンホソガは、予察をきちんとしたうえで、発生のピークに農薬散布。全域で取り組むには安価で使い勝手のよいほうにして、予察でカバーすることにした。

 こうして農薬を減らすと土着天敵が増えてきて、豊かな減農薬空間づくりにつながっていくことだろう。

●防虫ネット、色・光利用―最近注目の新手法

 露地野菜にトンネル被覆したり、ハウスのサイドや妻面に張って害虫を防ぐ防虫ネットや、虫の好きなあるいは嫌いな色や光を利用する方法が、最近、大きな注目を集めている。防虫ネットでは害虫の侵入を防ぎながら作物が蒸れないような資材の選び方と環境づくりがポイント。光利用も生育に影響する。青色発光ダイオードを利用する徳島県阿南市の湯浅伯幸さんは、ダニやウドンコ病への大きな効果とともに、裂果を防ぎ、花芽分化が早くなる効果を確認している(90ページ)。

 フェロモン剤も含め、害虫の行動や生理研究にもとづく新しい防除手段も今後、開発されていくだろう。それらも上手に活かして、豊かな減農薬空間をつくりたい。

 今、防除は作物や田畑の生きものと対話するおもしろい仕事になってきた。農家が安全で楽しいから消費者が安心する。農薬を気にする消費者がいたら、「うちではこんなふうに楽しく防除してますよ」と防除の取り組みを知らせたい。「減農薬のための12の技術」は、そんな防除法である。

(農文協論説委員会)

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