主張
ルーラルネットへ ルーラル電子図書館 食農ネット 田舎の本屋さん
農文協トップ主張 2005年12月号

都会人の食意識を変えて、農業・農村の未来をひらく
農文協の新雑誌『うかたま』に込めた思い

目次
◆会話のなかった農家と新住民
◆「みんなの畑」になった記念日
◆「暮らしをつくる農業」への回帰
◆農家から「美味しい食べ方指導」を
◆国も「地域に根ざした食」を提唱
◆新雑誌『うかたま』創刊の理由
◆応援団を増やす「食の実用誌」に

 この冬、農文協は、全国民に向けた「食」の新しい実用雑誌(季刊)を発行する。なぜ新雑誌を出すのか。

 世の中変わってきた。時代の流れが既に大きく変わりつつある。人類史上初めて、農村(農家)が都市(住民)を主導する、そんな動きが食べものをめぐって起きている。

 農村から都市への働きかけの舞台になっているのは、各地に大きく広がった直売所である。なぜ新雑誌を世に出すのか、まずはある直売所での動きから話を始めよう。

会話のなかった農家と新住民

 東京都心から30キロ圏、東京に通う勤め人のベッドタウンとして人口38万人に膨れた千葉県柏市。

 駅周辺の市街地を離れると、まだ畑が残り、今でも小カブとネギの産地で、特に軟弱野菜の小カブは、ハウス・トンネル・露地の周年産地として東京市場でもトップの出荷量となっている。

 地価は高く、固定資産税も高いから、農家は農業の傍ら貸家やアパートを建て、相続のたびに農地を切り売りしてきた。畑と接して、虫食い状に新住民の住宅が立ち並んでいる。畑と住宅はすぐ近くなのに、新住民と地元農家の距離は遠く、ときどきカブの収穫をしている農家の姿は見られても、お互いの会話はほとんどなかった。あえて言えば土地持ち農家と、小さな家をローンで手に入れた新住民との冷めた関係があっただけだった。

 ところがこの1、2年の間にようすが変わってきた。そのきっかけは、農産物の直売所が出来たことだ。

 平成16年5月、「今採り農産物直売所・かしわで」がオープン。敷地面積2215坪、床面積132坪、駐車台数132台。「直売所」のイメージを超えた明るく広い売り場は冷暖房完備。

 この直売所は、柏市在住の15名の農家が出資して設立した株式会社「アグリプラス」が運営している。農家生産者が運営する直売所としては他に類を見ない規模だ。

「かしわで」開設のきっかけは、平成7、8年ごろ、「若い世代の仲間で夢を語ろう」と、地元の農協(JA田中)が「ゆうき塾(塾長・今村奈良臣氏)」を開催したことに始まる。研修を繰り返すなかで、「地の利を活かすことがこの地域の農業が生き残る道だ」という確信が生まれる。つまりは生産地であり消費地でもあること、消費者がすぐ近くにいるということだ。平成15年6月、15人の有志で有限会社「アグリプラス」(その後株式に変更)を設立、この法人が母体となって「かしわで」が開設された。

 開設前の1年間は、地元農家に参加を呼びかけ各地の直売所を視察、周年多品目生産へ向けて、うまい野菜の品目拡大と作付けの拡大をすすめた。

「みんなの畑」になった記念日

 「かしわで」がオープンした平成16年5月9日の日曜日は、あいにくの雨だったが、開店前には敷地内132台の駐車場が満車となり、開店待ちが200人を超す行列となった。買い物客は、まさに「今採り」の新鮮な農産物を、抱えきれないほど買い込んで車に積んで帰る。なかでも柏特産の小カブとネギの人気が高く、小カブは午前中早々に棚がカラになり、追加の出荷が待たれるほどの売れ行き。

 これまでは柏特産の小カブといっても、地元の消費者には自慢のものとはいえなかった。葉っぱもシャッキリ、肌もツヤツヤした、畑の採りたてが食べられる。それで初めて柏の小カブは地域の自慢の産物になる。新鮮な味との出会いを地域の人は待っていたのだ。

 「今採り農産物直売所・かしわで」オープンの日は、地元の畑が東京の市場のための畑でなく、地域の人たちみんなの畑になった記念日でもあった。

 開設後の「かしわで」の経営は順調である。

 平成16年5月9日にオープンして、17年6月5日には来客数30万人を達成。9月には柏市の人口38万人を突破。この集客力は注目の的だ。

 お客である消費者の評価はどうか。インターネットの「あらうんど『柏』情報交換掲示板」をのぞいてみると、若い主婦らしい柏市民の書き込みがある。

 「『かしわで』はすっごい近所なので、私も時々出没しています。新鮮野菜! スーパーで買うのとは違って、色も葉っぱもピンとしていてみずみずしく、いいですよね。私もお気に入りです」

 「『かしわで』の野菜は安い! スーパーに出回らないようなブロッコリーの新芽(間引いたもの)なんかもあるし、店内が広くて品揃えが豊富ですよね〜。うちではお米も買っていますよ」

 お米は、会員農家の柏産玄米を、店内で分搗きの度合いをお客が指定し、その場で精白したものを買っていく。この「今ずり米」にも固定客がついている。

 開店2年目は2割増しの来客数とのことだが、理由の一つは、品揃えの豊富なこと。ホウレンソウでも、日本種、洋種、赤茎、ちぢれ、サラダホウレンソウと種類が多い。そこがスーパーと違う魅力で、新鮮さ・安さも相まって、お客がスーパーから移ってきた。

 いま出荷農家は約200戸。毎朝、直接店頭に搬入し、売り切れると再度畑から採ってきて並べ、値付けも農家が自ら行なう。売れ具合はレジの売上げデータがネット経由で農家のパソコンに届く。

 出荷農家、とりわけ高齢で量産できない農家にとっては、直売所はこれまでの技術力を生かして、新しい品目・品種の栽培にチャレンジし、その評価を受ける場になっている。

 カブを作っている専業農家でも、主婦の出番が増えた。漬け物上手の母ちゃんは「菜の花漬け」や「高菜漬け」を出品する。どの漬け物も、農家が普段食べているもので、それが商品になり、お客がつくのはうれしいことだ。

「暮らしをつくる農業」への回帰

 「かしわで」を通して消費者に「新鮮・安全・美味しい・豊富・楽しい」を届けて喜んでもらうことを第一に考え、結果として農家の生活が潤うことができればという、出荷農家の思い。

 農業のあり方も地域に根ざしたものに変わってくる。

 所得の追求も大事だが、もっと生活を大事に、農家らしい生活を豊かにする農業へ。自分の暮らし、特に食生活を豊かに自給する農業、「暮らしをつくる農業」への回帰だ。

 そうなると、ムリを承知で味は二の次の単品周年生産ではなくなる。多品目の自給を大事にする農業になり、暮らしと農業が一体になる。農家の普段食べるものをもっと豊かに、健康なものに。そして、多品目生産のおすそ分けで、地域の人たちと豊かさを分け合う農業へ。この直売型の農業は安く分けても農家の手取りは多くなり、結果的に所得も上がる農業なのだ。

 当然ながら安全・安心な農業になる。見た目第一ではなく、中身の美味しさを第一に。品種も変わり、つくり方も変わり、畑のつくりまわしも変わる。

 店内には「もってのほか」という名前の食用菊もパック入りで並んでいた。これは山形県の特産で、うす紫色の花弁をおひたしや和え物にして食べる秋の味覚だが、柏でもつくる農家がいた。酢を入れてゆでるときれいな赤紫色が浮き出て、シャキシャキした歯ごたえになるのだが、そんな食べ方の説明があれば、柏でもファンが増えるだろう。

 品種も変わってきた。見た目本位の市場出荷からは消えてしまった古い品種の復活もある。キュウリでも「ブルームキュウリ」と値札に明記したものが出てきた。色の濃い「ブルームレス」とちがって、表面に白っぽく粉が吹いて、見た目はさえない。でもぬか漬けにするとすぐわかるが、「ブルーム」は断然味がよく、歯ごたえも違う。「ブルームレス」は皮が硬く、中の肉質の歯ごたえがシャキッとしない。一度味を覚えれば、古い品種の方にまちがいなくお客が付くに違いない。

農家から「美味しい食べ方指導」を

 いま全国に、周年運営の農産物直売所だけで3000店ある。一店当たり平均100人の出荷者とすると、30万人の出荷者となる。

 「新鮮・安全・美味しい・豊富・楽しい」を届けるための拠点づくりと生産の多様化は確かに進んでいる。

 だが「暮らしをつくる農業」を、地域みんなの宝とするには、食材の提供だけでは足りない。「さらに美味しく食べる」食べ方の知恵の伝達も必要になる。

 特に、野菜を食べない若い世代にもっと食べてもらうこと、美味しく食べる知恵を継承することは、地域の農業の将来にとっても極めて大事なことだ。

 「かしわで」でも、農家からの情報の発信として、「美味しい食べ方指導」を始めている。

 小カブと並んでネギの産地でもある柏。ある日「かしわで」の建物の前に人だかりがしていた。ドラム缶の半切りに炭火を起して、焼きアミを載せ、泥付きのネギをそのまま焼く。火が通ったら、一皮むいて、適当にぶつ切りし、お皿に乗せて、しょうゆをたらしていただく。

 農家のお母さんが手際よく試食をすすめて、並んだお客が味見をする。焼いてちょっと香ばしいネギが甘くやわらかく口のなかでとろける。自然に笑顔がこぼれて、泥付きネギの束を注文する夫婦が続いた。

 皮ごと焼いて食べて美味しいのは、トウモロコシもタケノコも同じである。他にも農家の主婦なら旬の食材の美味しい食べ方を知っている。柏に限らず、いま農家は多様な美味しい食材を顔の見える関係のなかで届け、同時にこれまで継承してきた美味しい食べ方、調理・加工法を消費者に伝えることで、地域に根ざした食のあり方のリード役になる時代を迎えている。

国も「地域に根ざした食」を提唱

 これまでの食生活の流れは、都会に追いつけという都会主導のものだった。テレビの大量宣伝に乗った加工食品の大量生産・大量消費・画一化の流れが全国を覆い尽くし、地方の食文化、手作りの味が家庭から消えていく。それが果たして食生活を豊かに、健康なものにしてきたのか。

 いま、国の施策としても、国民の食生活の現状に強い反省が生まれ、新たな理念と方策が「食育基本法」として提起される時代となった。同法「前文」の概要を紹介しよう。

 国民の食生活においては、栄養の偏り、肥満や生活習慣病など食生活改善の問題に加え、新たな「食」の安全上の問題や、「食」の海外への依存の問題が生じており、さらには先人から育まれてきた、地域の多様性と豊かな味覚や文化の香りあふれる日本の「食」が失われる危機にある。そうした「食」をめぐる環境の変化のなかで、国民の「食」に関する考え方を育て、都市と農山漁村の共生・対流を進め、「食」に関する消費者と生産者との信頼関係を構築して、地域社会の活性化、豊かな食文化の継承及び発展、環境と調和のとれた食料の生産及び消費の推進、並びに食料自給率の向上に寄与することが期待されている。

 「国民の『食』に関する考え方」を育てる「食育」の担い手として期待されているのは、農家であることはこの前文をみれば明らかだ。

 それぞれの地元の産物を活かした個性豊かで健康な食生活へ、農家が都市民を主導する時代に、流れは変わったのである。

新雑誌『うかたま』創刊の理由

 さて、そんななかで、農文協はこの冬、12月5日に新しい雑誌・季刊『うかたま』を創刊する。

 なぜ新雑誌を創刊するのか。個性豊かで健康な食生活を実現することを、農村・農家がリードする時代。その時代の流れを強める雑誌、農家の食への思いを応援し、食や暮らしの知恵を伝承するための雑誌をつくる。

 新雑誌の副題は「〜食べることは暮らすこと〜」。農業への関心はともかくとして、毎日の自分の食生活に関心のない人はいないだろう。その意味で新雑誌の読者対象は広いが、あえて主たる対象は「20代後半から40代の子育て世代の女性」においた。若い子育て世代が、伝統的な味覚を引き継いでくれるかどうかが、農業・農村の未来を左右すると考えたからだ。

 書店で若い世代が手にとってくれるように誌名も『うかたま』に。「かわいい感じで、美味しそうな名前」にした。『うかたま』の意味は、日本の古語で食べものの神様「うかのみたまのかみ」の略称。やおよろずの神のなかで「穀物の神様」なのだ。

 端的にいえば、食生活の実用誌である。だから農家のお母さんにも読んでもらいたい。お母さんの思いの「代弁者」として、娘や孫世代にも読ませたいと思う中身にする。

 雑誌『現代農業』が、美味しい農産物をつくるための実用誌なら、美味しく食べることを楽しむ暮らしの雑誌が『うかたま』である。

 と同時に『うかたま』には、農家と消費者の距離を近づける役割ももたせ、「消費者の意識を変えていく雑誌」に育てていく。編集方針は次の4つに置く。

 (1)地域の食文化や知恵を掘り起こす

  古くからの料理と知恵・技を新しいセンスで紹介し、若い世代が作りたくなるように。

 (2)「食」の今をリアルに描く

  今の子どもや大人の食事がこれでいいのか、軽いタッチで鋭く切り込む。

 (3)農的暮らしのおもしろさを広げる

  農家の暮らしに学び、自然を活かす新しいライフスタイルを楽しく提案する。

 (4)自分でつくって食べて楽しむ

  こうつくれば簡単で美味しい! 編集スタッフが一緒につくり、食べて確認して紹介する。

 たとえば、創刊号の特集のひとつは「おもちはエライ!」

お正月はやっぱりおもち。全国にはおもちを食べる食文化がまだまだ健在だ。毎日の食事のなかに、もっとおもちを登場させるべく、目からウロコの食べ方からおもちのつき方まで。農家が正月用に都会の娘におもちを送るとき、この雑誌も同送したいと思うように。

応援団を増やす「食の実用誌」に

 『うかたま』は、日常の食を地域に根ざしたものにするための「実用誌」だが、地域に根ざした食を継承しようとする農文協の志は、今から20年も昔の1984年〈昭和59年〉に『日本の食生活全集』(全50巻)の発行を開始したときから続いている。

 昭和初期、まさに地域に根ざした個性的な食生活が営まれていた時代に、農家でつくられ食べ続けられてきた食事の総体(四季ごと、朝昼晩、ハレの日ケの日)を専門家が聞き書きした、世界にも類のない庶民の食文化の記録がこの各都道府県別に編纂した『食生活全集』である。

 国が「食育基本法」で「地域の特色のある食文化等、我が国の伝統ある優れた食文化の継承を推進する」ことを条文化(第二十四条)した今、この庶民の食文化の記録は貴重な「食育基本文献」となっている。

 今も志ある農家は、地域の食文化を引き継いでおり、農家としての豊かさを、直売・産直のかたちで地域住民・都市民へ届けようとする時代を迎えている。

 農文協は、『日本の食生活全集』発行の志を引き継ぎ、現代人の「食」の変革をめざす「実用雑誌」を新たに発行し、全国民への働きかけを本格的に開始する。

 新雑誌『うかたま』は、まっとうな食を次の世代に引き継いで、農家を応援する雑誌である。農家だけでは農業の未来は切り拓けない。農家の応援団を増やすために創刊するのが『うかたま』である。

 ぜひ『現代農業』読者の皆さんにも、『うかたま』を併読いただき、この雑誌の普及にひと肌脱いでもらいたい。農家が都市民をリードする新しい日常生活文化の改革運動を盛り上げていこう。

(農文協論説委員会)

次月の主張を読む