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農文協トップ主張 2006年1月号

農村と都市の交流・融合で、21世紀の個性的な地域社会をつくる

目次
◆資本家・労働者・農民が一緒になって
◆「農都両棲」と「60歳後継ぎ」の新ライフサイクル
◆400万人の人々が「ふるさと暮らし」を考えている
◆社会は、個性的な豊かさを求める時代に変わった
◆「食」と「農」の接近一体化で食文化を蘇生させる
◆「食」も「住」も、農村空間が都市空間をリードする

資本家・労働者・農民が一緒になって

 ふるさと回帰支援センター主催の「ふるさと回帰フェア2005」が2005年9月16〜17の2日間、日経ホールとJAビルで開かれた。「NPOふるさと回帰支援センター」の設立には「連合」(日本労働組合総連合)やJA全中が参加し、役員(顧問)には、資本家団体である「経団連」会長も名を連ねている。つまり、資本家・労働者・農民が一緒になって「ふるさと回帰」を推進する。世の中まったく変わった。労働者と資本家が一体となって、労働者に帰農をすすめる時代なのである。

 「ふるさと回帰フェア」では、シンポジウムとともに、JAビルと日経ホールが隣接する道路を「歩行者天国」にして、35のブースが出店する「全国ふるさと物産展」が開かれ、また、JAビルには、48の市町村が具体的な相談を受けつける「ふるさと回帰相談コーナー」まで設けられた。そのうえ、国土交通省の「定住促進情報データベース」、農林水産省の「優良田園住宅」のパネル展示も行なわれた。こうして当日、5000人を超える人出でにぎわったのである。

 同センターでは、イベントだけでなく、情報誌「100万人のふるさと」を季刊で発行し、100万人のふるさと回帰・循環運動を推進している。

「農都両棲」と「60歳後継ぎ」の新ライフサイクル

 農村と都市との交流・友好提携の動きは、昭和50年代後半からはじまった。たとえば、群馬県倉渕村と神奈川県横須賀市。昭和56年に「友好都市提携」が結ばれ、「横須賀市民休養村・はまゆう山荘」(5ha)が建てられ、クラインガルテン(市民農園)づくりの活動へと発展していった。なぜクラインガルテンなのか。そこには、年々すすむ過疎と農地の荒廃を食い止めようという倉淵村の人々の強い意志があった。こうした、農村と都市の提携やクラインガルテンづくりは、その後、全国的に展開されていった。

 一方、長野県の飯田市ではじまった「ほんもの体験旅行」=体験型観光も広がりをみせている。農業体験受け入れ農家が組織され、体験旅行を主催する市町村は「通過型観光」を「滞在型観光」に変えることによって、地元産品の販売額を大きく伸ばした。体験型旅行は同じ農家を何度も訪問するリピーターを生み、やがて農家に泊まる滞在型ガーデニングになり、市町村のクラインガルテンづくり、つまり、宿泊小屋付きの農園づくりの活動を生んだ。その行き着いた先が「ふるさと回帰」運動なのである。

 時あたかも、平成19年から団塊の世代700万人の定年時代がはじまる。

 700万人の団塊世代の大部分は地方の出身者である。日本の高度経済成長を支えたのは、農村からの大量の労働力の提供である。農家が苦心惨憺して育て、学校を卒業させた子どもたちを都会に送り込んだから、日本の高度経済成長はスムーズに進んだ。その団塊の世代が来年から定年を迎える。

 といって何も「ふるさと回帰支援センター」に「ふるさと回帰」の推進を委ねることはない。農家は自分たちの力で帰農を推進すべきである。広々としたわが家の住まいを改造して、都市で定年を迎える老息子夫妻がゆったりと暮らせる住居をつくるようにすすめるもよし、庭の一隅に部屋を新築することを提案するのもよい。60歳になった息子の第2の人生への再出発を促し、支援すべきである。退職金と年金付きで帰農することで「むら」はもとをとれる。退職金と年金付きの帰農は、自分の好きなように農業をやって暮らせる自分のための人生になる。何十年も会社のために尽くし続けてきた人生を、自分の人生として再出発できるのである。

 帰農するのは男だけでない。女も亭主を連れて帰農することをすすめる。村の人口をふやすのである。

 これまで住んでいた都会の住居は息子にゆずり、1室だけは自分の部屋として確保し、都会での観劇・観戦・美術館巡りなどを自由にできるようにする。都会に「別荘」をもつのである。農都両棲の実現である。

 アメリカでは、大統領や大金持ちは農村に農場をもち、外国からの賓客を農場でもてなす。日本では大金持ちでなくても、一般庶民がすべて農都両棲の住生活を営むことが可能な状況がつくられている。

 日本の農家には、長男が20歳前後になると家の後を継ぐ習慣があった。しかしこれからは、後継ぎの年齢を何も20歳前後に決めることはない。60歳定年で後を継ぐ。60歳から80歳まで農業をやり、息子が定年になったら後を継がせる。新しいライフサイクルを創り出す。

 農都両棲のライフスタイルと60歳後継ぎの新しいライフサイクル、この2つをベースに21世紀の個性豊かな新しい人生が農家から始まる。

 農都両棲は、農家から始まる21世紀のライフスタイルなのである。

400万人の人々が「ふるさと暮らし」を考えている

 2004年春、「ふるさと回帰支援センター」では5万人の都市生活者を対象に、「ふるさと暮らし」についてのアンケート調査をした。その結果、都市生活者の40%が「ふるさと暮らし」を希望しているという結果がでた。驚いたことに、年齢別にみると30代の若い世代でも同じく40%が「ふるさと暮らし」を希望しているのである。60歳の定年世代だけが「ふるさと暮らし」を希望しているのではない。

 さらに「ふるさと暮らし」希望のうち、70%が「定住」を、20%が一時滞在を、10%が「農都交流」を希望していた。「ふるさと暮らし」を希望している人の7割が田舎への定住を求めているのである。

 1947年から50年に生まれた団塊世代は1050万人。その約1000万人の人が今どこにいるのかというと、約半分の500万人は3大都市圏である。この人たちが小中学生の時代はどこにいたのかというと、そのうち250万人は地方である。その4割の人、つまり100万人が「ふるさと暮らし」を希望している。「百万人のふるさと回帰・循環運動」の百万人という数字の根拠はそこにある。だが、福岡市や札幌市など大都市は他にもある。地方育ちでない人でも「ふるさと暮らし」を希望している。それらを合わせると、400万人の人々が「ふるさと暮らし」を考えているといってよい。

 ふるさと回帰ブームがおきている状況を活かして、農村部をもつ市町村がふるさと回帰希望者の受け入れをすすめれば、大規模なふるさと回帰の流れを実現できる。その可能性は極めて高い。

 「ふるさと暮らし」への志向を背景にした「農都交流」の取り組みは、すでに大きな成果を生んでいる。「クラインガルテン」つくりの市町村の取り組みは「滞在型市民農園」を生み、やがて兵庫県8千代町のように、都市住民と地元農家の共同作業や交流へと展開する。8千代町では、収穫祭のとき、「滞在型市民農園」の入居者が自らつくった農産物で料理をつくり、農家を招いて一緒に楽しむ。入居者が家族や知人・友人などを連れて参加するので、総勢500人、600人の一大イベントになる。

 さらに、レストランや宿泊施設を併設した交流施設や、400年近い歴史をもつ凍み豆腐の伝統を活かして1丁 300円の豆腐を製造販売し、都市住民の加工体験も可能な農産物加工所もつくられた。かつての村祭りの際に、五穀豊穣を願って食べられた鯖ずしを現代的に再現し、地域ブランドを確立している加工直売所もあり、リピーターを集めている。

 大量生産・大量消費で生活は豊かになったが、地域地域の個性を活かした食の豊かさは失われていった。旬の味もなくなった。そして今、都市と農村の交流・融合によって、地域地域の個性を活かした個性的な食の豊かさが生まれている。

社会は、個性的な豊かさを求める時代に変わった

 日本の高度経済成長を支えたのは農村出身の低賃金で優良な労働力である。都市に必要なだけ労働力を提供したから、結果として農村は過疎化し、都市は栄えたのである。この労働者たちが会社中心主義で転職もせず、後輩を指導して会社を繁栄させてきた。そのリーダーであった団塊の世代が定年を迎える時代に、若者のニート・フリーターの時代がきた。自分の個性を活かす仕事を求める流れができてきたのである。大量生産・大量販売のもたらした画一的豊かさでなく、自分にあった個性的な豊かさを求める時代に変わったのである。そして、個性的な豊かさを求めるとき、団塊の世代も若者も、めざすは農業・農村なのである。

 大量生産・大量販売からの脱却、その先端を切ったのは農家である。農家は1980年代頃から、農産物の産直の動きをつくりはじめた。直売所、産直を支えたのは、これまでの大量生産による近代的企業的な農業ではなく、その地域に合わせて多品目をつくる自給型の農業である。食品の安全・安心を求める消費者が、直売所・産直を通して、地元品種のとれたての旬の味を知り、少量多品目による地産地消の大きな流れが生まれた。それをまねて、繊維産業のような工業が多品目少量主義に動き出した。個人の多様な好みに応える、多様な衣類の生産である。この多品目少量の大量生産は、生産工程の電算化によって可能になった。

 建築の世界でも、全国画一的な家ではなく、地域の木材を利用し、地域の自然にあった住居を、という主張をもつ建築家の集団ができて活動している。

 「自然力の家。空を見上げれば太陽がある。季節季節に吹く風がある。近くの山には木々が育つ。その地域がもつ力を活かして、その地域に根付く家を建てよう。自然力の家。OMソーラーからの提案である」(OMソーラー協会)

 地域地域の自然に合わせて、住む人の個性に合わせて、庭や家をかこむ景色に合わせて「私」の住居をつくる。住む人の住居の使い方によって住居も変わっていく。そういう住宅建築の考え方が生まれている。もともと農家の住居はそのようなものであった。

「食」と「農」の接近一体化で食文化を蘇生させる

 20世紀が到達した大量生産・大量消費による豊かさの次の時代をつくる豊かさは、各人の求める個性的な豊かさである。自然は工業生産物と違って1枚1枚の葉っぱさえそれぞれ異った形をしている。1つとして同じものはない。それに対して工業製品はすべて同じである。

 農家は、この多様な自然に働きかける仕事をしている。もっといえば、働きかけるだけでなく、働きかけ返される労働である。それに対して工業は自然物に働きかけるだけの労働である。農業労働と工業労働の違いはそこにある。

 それぞれの地域自然に、地域集団である農家が働きかける。そこにある自然を生かし、山や川を生かし、田をつくり畑をつくる。同じ自然的条件の地域であっても、働きかける「むら」の歴史によって異なった地域自然ができる。地域の農家が自然に働きかけ、働きかけ返されることによって、個性をもった地域がつくられるのである。

 農家は作物をつくり、料理・加工し、住居をつくる。農業は暮らしをつくる産業なのである。農村の地域は、それぞれ個性的であった。そして、個性の根拠は「食」「住」にあった。それぞれの土地にあった作物を土地にあった農法で栽培し、その収穫物を料理し、加工して食生活をつくった。それぞれの「むら」にその「むら」らしい食べ物があり、それぞれの農家にそれぞれの農家にふさわしい食べ物があった。近所で食べ物をお裾分けしあい、それぞれのおいしさを味わった。それぞれの家にそれぞれの味があり、それぞれの料理つくりがあった。

 それぞれの「むら」、それぞれの「いえ」においしい食べ物がある。どれが1番ということはない。それぞれが、 「私」にとって1番なのである。そして、隣近所のそれぞれ1番の味をお互いに賞味する。大量生産・大量販売のもたらした豊かさはそれらの個性を変質させ、工業製品化された画一的食べ物が豊富にあることをもって、豊かさとした。しかし、21世紀のこれから先、大量生産・大量販売の画一的豊かさで満足することができるだろうか。

 21世紀の豊かさには、自然に働きかけ、働きかけ返されるなかでできあがった、それぞれのおいしい食べ物がなければならない。

 食べ物の根源は「自給」にある。農家はそれぞれの土地にあったさまざまの作物をつくる。いつ植え、いつ収穫し、どのように料理・加工すれば1番おいしいか。品種も栽培方法も収穫時期もわかっている農家が、その素材の持ち味を活かすように調理・加工する。それらの料理は家族やむらうちで吟味されながら、おいしく食べるための工夫として先祖代々、受け継がれてきたのである。おばあちゃんからお母さんへ、お母さんから娘へと料理の手法が伝えられ、その家の個性的な料理をつくりあげてきたのである。

 そして今、直売・産直によって、農家が都市民に、買ってもらった食材をどのように料理・加工すればおいしく食べられるかを、伝えられるようになった。素材とともに食べ方を伝える。こうして、個性的な食べ物がそれぞれの地域に、それぞれの家庭につくられる。「食」と「農」の接近一体化、それが食文化を蘇生させ、新しい豊かさをつくる。

「食」も「住」も、農村空間が都市空間をリードする

 都市と農村の交流・融合は「食」とともに、個性的な「住」をつくる条件を広げる。帰農によって地域にあった自分の好みの「住」をつくる。都市には自分の部屋を残して、農都両棲の「住」の時代をつくる。「ふるさと」のない都市にも産直縁、体験旅行縁、「ガーデニング」縁と、農村と都市の縁は結ばれている。その縁を活かした「ふるさと暮らし」の実現、農都両棲。それが、21世紀にふさわしい「住」の時代をつくるのである。

 「食」も「住」も、21世紀の豊かさをリードするのは農村である。人類史上初めて農村空間が都市空間をリードする時代に入ったのである。

 700万の団塊の世代の「ふるさと回帰」、都市生活者の「いなか暮らし」志向を生かし、農業を暮らしをつくる産業としてとらえなおして、「むら」に新しい暮らしをつくる。農村に人口をふやし、新しい豊かさをつくる。都市では実現できない暮らしをつくる。農村暮らしを楽しむことが、生き甲斐になる社会。農村と都市の交流・融合によって形成されるそれぞれの豊かな地域社会が各地につくられ、ネットワーク化される時代、それが21世紀である。

 アメリカと違って日本の農村は都市のそばにある。農村空間主導の都市空間・農村空間の融合により、自然と人間が調和した新しい社会が形成される条件は充分にある。

 そのリーダーにならなければならないのが、農家なのである。 (農文協論説委員会)

▼『100万人のふるさと』(定価200円・季刊)。問い合わせ先 東京都港区虎ノ門4―1―1 虎ノ門パストラル内 ふるさと回帰支援センター事務局

▼個性的な食の季刊誌『うかたま』(農文協刊)。定価780円、年間購読3120円

▼個性的な住の季刊誌『住む。』(農文協刊)。定価1200円、年間購読4800円

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