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農文協トップ主張 2008年1月号

農家と住民がつくる「地域コミュニティ」が時代を動かす

目次
◆「産直」運動から「地域コミュニティ」形成運動へ
◆農村の根源的な力を生かす「地域コミュニティ」
◆自給と自治の新しいコミュニティを創る農家の技術
◆老人と子どもの結びつきが地域コミュニティを豊かにする
◆女性の「暮らしづくりの知恵」が新しい生活産業を興す
◆「食」を要に、公的資金も活用して地域をつくる

「産直」運動から「地域コミュニティ」形成運動へ

 ピンチをチャンスに変える農家の力が13年ぶりに強まっている。それは『現代農業』の増部となってあらわれている。

 13年前の平成6年は、百年に一度という「平成の大凶作」の翌年である。250万トンもの大量のコメの緊急輸入、ウルグアイ・ラウンドの決着に伴うミニマム・アクセス米の輸入開始と関税化への動き、そして食管法廃止とコメ販売を自由にする新食糧法の制定という、日本の農政における大激動の年であった。

 この年、国民は輸入タイ米を選択せず、遠い縁を頼っても知り合いのコメ・国産のコメを求めた。それに応えるべく自家用の飯米を融通し、こうして消費者との結びつきを強めた農家はコメの産直、コメ+アルファ産直の大きな流れをつくり出した。同時に農家は、施肥改善による一俵増収運動に取り組み、出来秋には米騒動を沈静化させる大きな力を発揮した。『現代農業』はコメ産直とコメ増収を後押しし、そんななかで大きな増部が実現したのである。

 それから13年。EPA/FTAなど農産物市場のグローバル化の潮流が一層強まり、それに対応する戦後農政の総決算とも言われる「経営所得安定対策等大綱」が実施に移された。品目横断的直接支払い、新しいコメ政策、、そして9月には、全農が内金7000円+追加払い方式を決定し、低米価に拍車をかけることになった。

 13年前、農家はコメ産直で消費者との結びつきを強め、それとともに、直売所を中心とする地産地消の流れを飛躍的に広げた。それでは今、何が進んでいるのか。結論からいえば、農業・農村を守り活性化する「地域コミュニティ」の形成である。 

 地域農業の「担い手」をどうするかが焦点になっているが、そこで暮らす農家が一番大事に思うのは、その土地への愛着や暮らしを、お互いに支えあうこと、むらの相互扶助によって守ることである。だから、むらうちでは面積要件で差が出るような選別政策は好まない。できれば、そこに住み続けるすべての人が担い手になってほしいと思っている。お年寄りの自給農家も、定年帰農の年金農業者も、介護しながら直売に取り組む母ちゃん農家も、みんなリタイアしないで農業を続けてほしいというのが農家の、むらの願いである。

 受託で大きな面積をこなしている農家の田畑も、もともとは近隣の手がない農家に頼まれて集積したものがほとんどだ。自分が逆の立場になることだってある。いま田んぼを預けている家も、10年先には会社を退職して田舎に帰りたがっている息子がいるかもしれない。

 町場の飲食店や旅館業、土建会社も地域の農業に関心を持つ時代である。学生、転職希望者、生協組合員、企業の労働組合など、農業をやってみたい、援農したいという人々が、かつてには考えられないほど増えている。

 こうした新しい条件を活かし、地域住民、都市民を巻き込こんでつくる協働の世界、それが「地域コミュニティ」である。「地域コミュニティ」づくりは、村の相互扶助、伝統的なむら民主主義を現代に活かす、現代のむらづくりである。

 これに向け、農地・水・環境保全向上対策や食育事業などの国の施策や助成金を、地域全体に還元されるように、農家、地域住民が知恵をしぼって活用する。一方では「地域コミュニティ」づくりを支援する産官学の地域貢献事業が全国津々浦々で多様に取り組まれるようになった。

 人間軽視のグローバル化に対し、「地域コミュニティ」が豊かに形成されていく時代である。直売所、地産地消(商)の豊かな展開から「地域コミュニティ」へ、そんななかでの『現代農業』の増部である。

農村の根源的な力を生かす「地域コミュニティ」

 経済合理主義を基本にする近代化は、人々の生産と生活を分離し、生産工程だけでなく生活の全側面を細分化・分断し、あくなき商品化をすすめ利便な社会をつくってきた。だが、それは、暮らしの場にある地域資源とそれを活かし暮らしを創る技能、そしてふるさとを愛する心に支えられて維持されてきた「日常生活文化」が貧しくなっていく過程でもあった。グローバル化の加速は大量生産・大量販売の低コスト競争をより徹底し、その反面では、多様なニーズに応えるための多品目少量生産・差別化商品生産の流れを強めてもいる。しかし、生活の消費財化・画一化をすすめ、「日常生活文化」を壊しているという点では一緒である。

 近代化のなかで、生産も生活も変わるなかで、家族もむらもずい分、変わってきた。 

 高度成長期以来、家族には財布がいくつも増えた。農業経営の財布に夫や子どもの兼業の財布が加わり、じいちゃんの年金の財布、そして私の直売の財布というようにいくつも財布が増えた。財布ばかりでなく住まいもお墓も増えた。それは、家やむらに縛られない「自由」を手にすることでもあったが、ひとつひとつがバラバラになって、孤立を深めることでもあった。

 弱まった家やむらの結びつきを、家やむらだけでとり戻すのは難しい。そこで「地域コミュニティ」を活用するのである。

 グローバリズムの本質があくなき分断化にあるとすれば、これに抗する唯一の砦になりうるものは、農山漁村空間の力である。それは、昭和一桁世代の生涯現役の生産と暮らしをつくる営みによって維持され、1970年の減反以降、農村女性が新しい自給と共同活動を組織し、直売・加工・農家レストラン・民宿などに発展させながら、守ってきたものでもある。

 集落・小学校校区(旧村)という生活圏のなかで守られてきた農村空間の力は「結びつき」によって支えられてきた。なによりも、農業を介した自然との強い結びつきがあり、自然と人間のインタラクティビティ(働きかけ、働きかけ返される関係)がある。そして地域自然を生かして暮らしていく家族の、むらの結びつきがある。この結びつきを地域住民や都市民にまで広げ、農山空間をより豊かにしていく場が「地域コミュニティ」であり、これを地域住民の共同作業=自治として進めていくのが「地域コミュニティ」づくりである。新しい「地域コミュニティ」は農村の根源的な力を生かすことによってこそ、成立する。

 近代化によってバラバラになってしまったものを結びつける「地域コミュニティ」。それは手段でもあり、目的でもある。安心して暮らすための「地域コミュニティ」であるが、そんな「地域コミュニティ」をつくるための自主的な活動、地域自治への参加自体が、楽しく、やりがいをもたらす。「地域コミュニティ」のなかで、それぞれが自己実現していくのである。

「地域コミュニティ」は、新しい結びつきを求める。そして今、農業・農村には結びつきたい人がたくさんいる。兼業農家が続々と退職を迎え、都会からの定年帰農、早期離職UIターン、若者の地方・農業体験など、むらを眺め回してみると、ほんとうに多様な人々がそこで自分づくり、仕事づくりに取り組んでいる。様々な縁でそこに滞在し住み、それぞれの人生の中で培ってきたものを地域に活かそうとする人々もいる。そんな新しい風、新しい結びつきを大事にしたい。

自給と自治の新しいコミュニティを創る農家の技術

「地域コミュニティ」をすえてみると、農業技術の意味合いも変わってくる。経済合理主義を背景とする近代化は、目的と手段を分離していく過程でもあった。暮らしの手段として金を稼ぐのだが、その金を稼ぐための仕事が暮らしをゆがめたり健康を害したりする。農業近代化の中での農業技術にもそうした側面があった。大規模市場流通のなかでの生産性向上にむけた化学肥料や農薬への依存が、土の悪化を招き、農家の健康を害する事態が発生した。地域自然とのつながりや地域資源の活用に、分断が持ち込まれたのである。

 しかし、産直・地産地消の広がりとともに、農家の技術、自然との関わりは大きく変わってきた。米ぬか、モミガラ、クズ大豆、茶カス、魚のアラ、竹、落葉、雑草などのありとあらゆる有機廃棄物、有機資源を手づくり肥料や堆肥などに変える知恵と技能を身につけてきた。今まで見捨てていた地域資源をことごとく生かそうとする究極のコストダウンの取り組みでもある。こうして産み出された「手づくり資材」の使い方も有機物マルチなど多様である。

 不耕起栽培、元肥ゼロのへの字稲作のように、作業が楽になったり、作物と微生物に土を耕してもらう「小力技術」も多彩に生まれた。

 今、肥料も資材も燃料も値上がりしている。こんなときは、金をかけない、ムダを省く、自分でやる、小さくやる、力をあわせることが大事だ。そんなやり方は実は楽しい。身近な資源を生かし、土や作物の力を引き出す。バラバラになっていたものを結びつけ、安あがりで健康にも環境にもよく、個性的で、そして仲間との会話が楽しい技術を創造していく。

『現代農業』2006年5月号「耕耘・代かき 名人になる!」以降、名人シリーズの記事が評判になっている。ベテラン農家ばかりでなく母ちゃんも、新規就農者も一人ひとりが耕起・田植名人や土づくり名人、直売所・加工名人をめざしてがんばっている。それは経営を成り立たせると同時に、農家どうしが学びあい、自然と調和した暮らしをつくる技術である。

 農家の技術は、「地域コミュニティ」を支え、担う。農家の技術を暮らしと地域を創る技術として把握し直さなければならない。一人ひとりの自然との関わりや思い、そして楽しみ方が多様な分だけ、地域は豊かになり個性的になる。それが、地域住民・都市民を惹きつける。

老人と子どもの結びつきが地域コミュニティを豊かにする

 現代の「地域コミュニティ」の担い手は、高齢者、老人であり、そして高齢者と子どもの結びつきが「地域コミュニティ」を豊かにする。日本の農業を支えているのは高齢者であり(65歳以上が農家の60%を占める)、そして、高齢者は自然力を活用した「小力技術」の担い手であり、また、地域にあるものを生かす手づくりの暮らし・スローライフの先達である。

 老人は経済効率とか学力主義の視点から子どもを見ない。老人には、どうしても残したい、伝えたい、やむにやまれぬ生活体験があり思いがある。それはふるさとと切り離すことができない。野山、川の遊びがあり、田畑、山林があり、家族やむらが助け合って生きてきた。残された時間に少しでも、ふるさと自慢ができるものを子どもたちの心に育みたい。

 そんな願いをもつ老人と子どもたちの結びつきを、学校を生かして進める。

 小中学校では2002年から「総合的な学習の時間」が本格的な実施に移され、そこでは「生きる力」を育むことを重要な理念としている。「生きる力」とは「いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり、また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性である」とされた。これこそ、むらの老人が農村空間のなかで継承し、いま新しく伝承しようとしているものにほかならない。

 むらの高齢者が「社会人先生」となって、地域の自然や暮らし、その技を子どもたちに伝えていく。老人の技や知恵が、地域の子どもたちの誇りになり、子どもが老人の生きがいになる、そんな相互に刺激を与え合う関係が、暮らしを創る技術や助け合いの心を伝承する。学校が核になり、公民館、福祉施設、直売所など各種の村づくり活動と結びつけば、農村ならではの「生きる力」を育む学習が展開する。「地域コミュニティ」によって、かつてあった家やむらの教育力を今にとり戻すのである。

女性の「暮らしづくりの知恵」が新しい生活産業を興す

 近代化は、生産と生活を分離する過程であったが、その新しい結びつきを進めたのは、農村の女性たちである。

 農家のお母さんはほとんどが他所から嫁いでくる。舅姑から台所を引き継ぎ、子育てや家族全体の健康に気をくばる。自家用畑と一緒に田畑の農作業も覚え、あいまにフキノトウ、ワラビ、キノコなどを採ることも覚える。自分が娘や嫁さんに引き継ぐ立場になるまでに近所づきあいも含めて「暮らしづくりの仕事」を一人前にこなせるようになる。「暮らしづくりの仕事」は地域の潜在的資源を生活資源に変える仕事である。直接儲けに結びつく資源だけでなく丸ごと生活に生かす知恵を引き継ぎ次世代に引き継ぐ。そのプロが農家のお母さんなのである。

 そんな女性たちは、1980年代ごろから、暮らしづくりの仕事のなかにある生活資源を、直売所・加工所などを介して地域の産業資源として生かす活動を広げていった。手づくり、小さい加工、地産地消(商)、そして副産物等の地域内循環を基本にしているから、そこには大量生産、大量流通にはない、高い「資源(自然)生産性」があり、そして人と人を結びつける共働性がある。リストラをはじめとしたコスト削減を金科玉条にする大量生産の時代に、農村女性は、地域に仕事をつくりだしていったのである。

 農村女性による直売・加工、地産地消(商)は、地域において生産と生活を再結合し、こうして「地域コミュニティ」の大きな原動力になっている。

「食」を要に、公的資金も活用して地域をつくる

 農村女性の「地域コミュニティ」づくりは、地域の食を再生・創造する活動でもある。そして「食」は、農家と地域住民、農村と都市を結ぶ要に位置する。

 今、「食の文化祭」活動が各地で盛んに取り組まれている。

「我が家の自慢料理」を結集して展示し来場者に試食を提供、見て・食べて・買って楽しみ交流するという、宮城県加美町で始まった「食の文化祭」は各地に飛び火し、郷土料理の開発・起業(農村レストラン)の足がかりにもなっている。また、香川県滝宮小学校から始まった「子どもがつくる給食・弁当の日」も福岡県を中心に全国に広がり始めた。子どもを「弁当の日」の当事者にし、会話を増やして、家族の絆を結びなおし、地域の農業を見直すきっかけにもなっている。

 農文協は2003年から「地域に根ざした食育コンクール」(提唱・農林水産省)を主催している。昨年までの3年間で応募数1062件、うちおよそ半数の484件が小学校を中心とする教育分野からのものである。都市農村を問わず、都会化=消費者化の波にさらされ、食と農、自然と人間との乖離・敵対的矛盾の先端に置かれているのが子どもたちである。食育推進事業を活用して、農山村でがんばる老人と女性たちと子どもたちとの出会いの場をつくることは、都市・農村ともに元気にする。今年から総務省・文科省・農水省三省連携の「子ども農山漁村交流プロジェクト」も始まる。

 ピンチをチャンスに変える発想や力は暮らしのなかから生まれる。暮らしを創る自給の技と相互扶助の心が地域をつくる力の源泉である。それは、都市が消費文明に冒されて喪失してきたものであり、いまは、その暮らしと心の喪失感が、農村への熱いまなざしに変わってきている。

 読者に訴えたい。「食育推進事業」「農地・水・環境保全向上対策」などの各種事業や公的資金を活用し、新しい「地域コミュニティ」づくりをすすめる先頭に立ってほしい。農家が主役になれば、それを「地域に根ざした」活動に変えられるはずである。

(農文協論説委員会)

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