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農文協トップ主張 2008年3月号

「食育」を農村の未来に生かそう
食の自治から暮らしの自治へ

目次
◆地域の暮らしの視点から農業の進路を考える
◆生かしたい「食育基本法」の理念
◆「食育のつどい」にみる食の豊かさ
◆食から器へ、暮らしを磨く取り組み
◆米パンから広がる地域興しの夢
◆むらの食堂」が農業を変える
◆交流型農業へ食育関連事業を生かす

地域の暮らしの視点から農業の進路を考える

 この「主張欄」では、たびたび「食育」をとりあげている。なぜか、と問われれば、もちろん理由がある。

 これからの農業・農村を元気にするには、「食育」の推進がとても大事だと考えるからだ。

 いま農村は、米の価格の下落、その一方で燃料代や資材代は大幅アップで、苦しい局面にある。本来、農業・農村を元気にするのが目的であるべき農政も、「品目横断的経営安定対策」による農家選別が批判されて、見直しを余儀なくされている。それでもいまの農政は、農業の担い手については「支援の集中化・重点化による大規模農業をめざす」という、市場原理・経済合理優先の、規模拡大路線を変えようとはしていない。

 いま農村の大部分を占めるのは、兼業の小規模農家である。農業の主要な担い手は、65歳を超えた高齢者であり、女性たちである。定年帰農者も含めた高齢者・女性が農業を支え、むらの農地・水・環境を守っている。その人たちを切り捨てず、元気にするのが、血の通った農政というものだろう。たしかに「中山間地域直接支払制度」とかの支援策もあるが、首尾一貫していない。

「日本の農業をどうするか」という大所高所からではなく、地域ごとの暮らしの視点から、わが町、わがむらの農業をどう魅力あるものにするかと考えてみれば、高齢者・女性の知恵を大事にする、別の道が見えてくる。実は、それが国もすすめる「食育」の路線なのだ。

生かしたい「食育基本法」の理念

「食育基本法」(平成17年施行)という法律をお読みになったことはあるだろうか。法律というと堅苦しいものを想像するが、前文と33条からなるこの法律はそうでもない。たとえば「前文」では、こんなことが出ている。

 国民の食生活においては、「肥満や生活習慣病の増加」「『食』の海外への依存の問題」などが生じており、「また、豊かな緑と水に恵まれた自然の下で先人からはぐくまれてきた、地域の多様性と豊かな味覚や文化の香りあふれる日本の『食』が失われる危機にある」。

 こうした危機を乗り越えるために「国民の『食』に関する考え方を育て、健全な食生活を実現することが求められるとともに、都市と農山漁村の共生・対流を進め、『食』に関する消費者と生産者との信頼関係を構築して、地域社会の活性化、豊かな食文化の継承及び発展、環境と調和のとれた食料の生産及び消費の推進並びに食料自給率の向上に寄与することが期待されている」。

 つまり、「食育基本法」では、地域ごとの多様で豊かな食文化を継承・発展させるよう、消費者と生産者の結び合いを深め、環境にも配慮した食料の生産と消費をすすめ、そこから食料自給率も向上させていくことを理念として掲げている。

 地域の食から農を考え、食と農を結びつけて暮らしを変え、地域を変える。「地産地消」「地域内自給」の積み上げで、「地域の個性的な食」が誇りになる暮らしをつくること。そうしないと国の自給率も上がらない。

 こうした理念のもとで国がすすめる「食育」を、それぞれの地域で展開して、食から農を考え、暮らしをつくる農業を再興していく。これが、魅力ある農業を、高齢者・女性の知恵を生かしてつくる道筋である。

 具体的には、どんな取り組みが考えられるだろうか。

「食育のつどい」にみる食の豊かさ

 雪の舞う1月の寒い日に、真室川音頭で知られる山形県真室川町で開かれた「食育のつどい」に参加した。中山間地域の豪雪地帯にあり、人口1万人弱。田んぼと山林が中心の小さな町の、結婚式場にもなるという町の「イベントハウス」で開かれた「集い」に、1000人をこえる町内外の人が集まり、熱気にあふれていた。

 会場内のホールの中央テーブルには、「おにぎり100選」と題して、それぞれにお母さんたちの手書きのメッセージがついた100種類を超える多彩な材料と味のおにぎりが並んだ。隣りのテーブルには、これも多様な「漬け物セレクション」が置かれ、試食をしながら味付けのカンドコロが、作り手から参加者に伝授された。

 別のテーブルでは、手づくりの「米パン」が、さまざまなジャムやあんこなどのトッピングとともに、バイキングのように振舞われた。

 同時開催のステージでは、NHKの宮川アナの司会で、地元の食育活動を紹介する「あなたが主役・食育自慢」が行なわれた。地元の食生活改善推進員のおかあさんたちが伝統の味「うさぎ汁」を紹介。野うさぎの肉を骨ごと金槌で砕きつぶして、つみれのようにして豆腐・野菜・山菜をたっぷり入れた汁物にする。

 地元小学校の5・6年生も登場して、春からの総合学習で体験をかさねた郷土食の納豆汁の紹介と試食。大豆をつくり、からとりいも(茎をとる里芋)も栽培し、大豆から納豆や豆腐も手づくりした。子どもたちは、地元の「センター」の協力で、汁物に合わせたお椀もつくり、会場では各自のお椀の絵を自慢しあっていた。

 別に設けられたお休みどころ「真中カフェ」では、真室川中学校の1年生たちが、栽培から体験した食材をつかった創作料理を振舞った。ハーブ入りピザ、伝統食の「いも煮」、カボチャクッキー、枝豆入りの春巻き、枝豆スコーンなど。評判だったのは、餅に枝豆のあんをまぶして春巻きの中身にした、おやつ風のメニューだった。

 先生と地元の女性たちの協力で、地元の食材を生かす手づくりの楽しさが、子どもたちに引き継がれつつある。

食から器へ、暮らしを磨く取り組み

 改めて会場のおにぎりや漬け物、米パン、郷土料理などを見直すと、とてもおしゃれな印象を受ける。それは、食べものとそれを盛り付けた器がかもしだす品のよさなのだった。ホウの葉、笹の葉、汁物を入れる漆器の「えっぺ(いっぱい)椀」、さらには細いイナワラの縄をぐるぐる巻いてつくる器「真室巻き」。この手仕事の「真室巻き」に米パンなどが盛られると、農あるくらしの豊かさがしみじみ伝わってくる。

 展示した料理をつくり、器にも気を配り、もてなし役・説明役も引き受けたお母さんたちは、自信に満ちたいい顔をしていた。

 4年前の秋、「食の文化祭」として88点の手づくりの食を持ち寄り展示したのが、地元の食の「あるもの探し」の始まりだった。そこから弾んだ会話から、翌年には「食の樂校『食べごと会』」が生まれ、真室川に伝わる四季折々の行事食・伝統食を再現し、かつての食と暮らしのありようを聞き取り、記録していく。

 地元の食文化への思いは、器や盛り付けへの心配りにも広がった。暮らしのなかの食は、器も含めてのことなのだ。地元の木材資源と漆の技術を生かした真室川の器をつくりたいとの思いから、木工クラフトの名人(大分県由布院町・時松辰夫さん)を招いて「器の学校」を開校。このなかから、時松さんの助言で、ワラ細工の伝統を復活させた「真室川巻き」も生まれ、「うつわの会」もつくられた。

 2006年2月には、食の文化祭が「食と器の文化祭」と名前を変えて開催された。真室川の伝統食、行事食、保存食が、真室川の器に盛られ、全国各地からの350名の参加者が、おかあさんたちの腕前と器の美しさを、感動の声とともに堪能した。

 今回の「食育のつどい」は、「食べ事会」「うつわの会」と広がった地元の食の文化を磨きあう人たちの、4年越しの取り組みの集大成ともいえる催しだった。そんな地域の人の力の結集は、これからの農のあり方と、どうつながるのだろうか。

米パンから広がる地域興しの夢

 いま米が危ない。そんな情勢のなかで、新しく盛り上がっているのは「米パン」への取り組みだ。

 真室川の米と食材で、どこにもないパンをつくりたい。孫たちにおいしいパンを食べさせたい。そんな思いの人が集まって、「米パン講座」が始まった。お隣りの宮城県から天然酵母パンの店の女性経営者を招いて、パンづくりの腕を磨き、いまでは見事なパンが焼けるようになっている。米パンの味を知らない人はまだ多い。「食育のつどい」でも試食の場を設けて、その美味しさをアピールした。

 次の構想は、この春以降、町の空き店舗を借りての「パン屋さん」の開店だ。調べて見ると、人口1万人弱、3000世帯の真室川町で、パンの消費額は1億円だという。町民1人1万円分、他所からくるパンを買っている。ひと月833円。このうち何割かを、地元産の米パンに切替えさせたい。

 米粉の材料は、くず米も含めて充分ある。米粉だけではグルテンの添加が必要だから、地元での小麦生産も実現して、ブレンドを考えたい。豪雪地帯の真室川町だが、岩手県の試験場が育成した「ゆきちから」という品種は、冬の根雪が深くても越冬できるという。

 いろいろなパンをつくりたい。小豆、枝豆、クルミ、ブルーベリー、ルバーブ、カボチャ、リンゴなど、ざっと30種類の副材料を地元で賄いたい。50軒ほどの農家の人たちに、全量買取りで作ってもらう。畑には、地元のパン屋御用達の看板を立てて、町民にアピールする。

 この畑は小学校の「教育ファーム」の場にもできる。自分たちの育てた豆や野菜・果物がおいしいパンになるのだから、体験へのモチベーションが上がるだろう。学校のパン給食にも提供したい。地元の高校生の就職先が地元にないので、このパン屋のスタッフに加えることも考えたい。

 夢は広がる。畑と田んぼをパンでつなぎ、人を生かし、人を育てるプロジェクトだ。

「むらの食堂」が農業を変える

 夢はさらに広がる。小学校の廃校舎をむらの食堂にする。

 人口1万人弱の町に、一人暮らし、老夫婦暮らしの家が800世帯ある。毎日でなくとも、週に何回か、みんなで食卓を囲める場、地域の食卓・食堂をつくる。

 町民に食券を買ってもらう。一食分500円、おまけつき22枚分の綴りで1万円。あらかじめ1000人に買ってもらえば1000万円。これを元手に店を構え、営業を開始する。食券のない人は別料金にする。

 メニューは、地域の伝統食、四季の行事食中心の日替わり定食を定番に据える。

 たとえば、冬には、先に紹介した「食育のつどい」にも登場した「うさぎ汁」を提供したい。年寄りにはなつかしい味だ。あらかじめ、うさぎ汁を出す日を広報すれば、お客はあつまり、話に花が咲く。高齢で店まで来られない人には出前も考える。

 食材はもちろん地場産中心だ。野うさぎも山菜もきのこも確保しなくてはならない。乾物・塩漬けなど保存の知恵を発揮して冬場の食材を豊かにすることも必要だ。

「納豆汁」も地場産大豆で本格的なものを提供したいが、器にもこだわり、地元産の器のPRの場にもする。

 この「むらの食堂」には、じいちゃんやばあちゃんが孫を連れてきてほしい。大事な食育の場、食文化の伝承の場なのだ。

 この廃校舎を生かした「むらの食堂」の先駆的事例が、お隣りの金山町にある。谷口集落の「谷口がっこそば」。閉校になった分校で、集落の女性たちがそば屋を開業。年間2万人の客を集め、2000万円の売上げ。いまでは金山町に80町歩のそば畑が広がり、製粉所まで持つようになったという。まさに、女性たちが考えた地域の食堂・地域の食卓が、地域農業の振興にまでつながったことになる。

 この谷口集落の廃校活用のそば屋さんも、真室川町の米パンのお店の構想も、美しい器づくりも、地域資源を生かす農家の副業の再興であり、自給をベースに、百の仕事をこなした、昔のお百姓の「暮らしをつくる農業」の知恵を見直すことでもある。 

交流型農業へ食育関連事業を生かす

 食から農を変え、地域を変える。それが農業・農村の魅力ある未来をつくるための大事な課題になっている。「食の自給圏」をなるべく小さい範囲で構築し、地域の個性を守る「食のコミュニティ(食の自治区)」をつくる。「うまい」でつながる食の自治区。共通の味覚・嗜好でつながるエリア。それが「ふるさと」の原点である。

 そしてこの「ふるさとの食」を、他の地域、都市の消費者にもおすそ分けする。基本は、地元まで食べにきてもらうことだ。そんな地域の農業は、それを食べる場の提供も含めて「交流型」になる。

 国が推進する「食育」の風が、この「交流型農業」を応援している。「食育基本法」に基づいて平成18年3月につくられた五カ年間の「食育推進基本計画」の実現のために、この4月以降、農水省は新しい事業を展開する。

 子どもを中心とした農林漁業体験の場となる「教育ファーム」、この取り組みを全国に拡大するためのモデル事業が始まる。全国で100カ所程度の「教育ファーム」を食育の場として、農家を指導役に、育てるから食べるまでを体験させる活動を支援するもの。これは地域の農業の大切さ、自然の恩恵、食に関わる人々の活動への理解を深めるのに、どのような手法が効果的かを検証するモデル事業となる。

 農水省と文科省・総務省の連携事業として、「子ども農山漁村交流プロジェクト」も、4月以降に始まる。小学生を1週間程度、農山漁村に宿泊体験させるもので、平成20年度は子ども100人以上の受け入れが可能な地域拠点のモデルを全国に40カ所つくる計画だ。

 たとえば廃校を生かして「むらの食堂」を作ろうとするときに、宿泊もできる施設にしようという計画があれば、この受け入れモデルに申請し、認められれば定額の交付金が受けられる(農山漁村活性化プロジェクト支援交付金)。

 新たな交流拠点をつくる場合などは、公的資金の支援が必要で、さまざまに動いている支援事業を上手に活用することが求められる。そのためにも、町やむらの地域興しの企画を担当するスタッフの力量が問われてくる。

 食育の追い風に乗って、地域の食と農の応援団をつくり、地域農業を元気にし、地域を魅力ある暮らしの場にすること。女性や高齢者の知恵を結集し、食の自治を暮らしの自治につなぐことが、農業・農村の未来を切り開くカギになっている。

『増刊現代農業』の最新号(2月増刊『食の自治から暮らしの自治へ』)では、真室川町を含む各地の「食の自治」に向けた取り組みを豊富に紹介している。題して「食の自治から暮らしの自治へ」、ぜひ、ご活用いただきたい。

(農文協論説委員会)

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