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農文協トップ主張 2008年10月号

肥料高騰
肥料代を減らす「循環」が未来をひらく

目次
◆肥料も、海外から安く調達できる時代は終わった
◆いま、肥料代を減らす8つのポイント
◆にわかに注目される肥料
◆農業の特質―「希薄資源の活用と循環」
◆東アジア四千年の永続農業に学ぶ
◆いま、循環への構想力を膨らませる

肥料も、海外から安く調達できる時代は終わった

 肥料が急騰している。本10月号では「どげんかせんといかん」という農家の工夫を集めて、肥料代減らしの大特集を組んだ。

 さて、肥料の価格はこの先、どうなっていくのだろうか。「多少の変動はあろうが、高くなることはあっても安くはならない」というのが大方の見方である。

 全農はこの7月、平成20肥料年度(平成20年7月〜21年6月)の価格を、前年度比で平均約60%値上げすることを決めた。値上げ幅は過去最大。平均して生産コストの約1割を占める肥料の大幅値上げは、農家に大きな衝撃を与えている。値上げの要因として全農は、(1)世界的な食料需要の増加にバイオ燃料需要が加わり、穀物の作付面積が増加して肥料の需要が急増。各国は自国農業生産に必要な肥料原料を確保するための動きを強めており、肥料原料の国際価格が高騰していること、(2)中国が自国農業保護のため、肥料・肥料原料に特別輸出関税を導入するなどの実質的な禁輸措置をとったことにより、世界的に需給の逼迫感が一層強まっていること、などを挙げている。

 日本の農家が使う三要素化学肥料の原料はほとんどを輸入に依存している。尿素は中国やマレーシアから、リン鉱石は中国、ヨルダンなどから、そして塩化カリはカナダなどからだが(本号56ページ)、これらの国際価格はここ2年間でいずれも2〜3倍に跳ね上がった。

 リン鉱石などの肥料資源は偏在しているのが特徴だが、肥料資源を保持している国では、その希少価値を意識し、国の戦略的資源として位置づけ、輸出を規制し始めている。肥料の国際的な争奪戦がますます激しくなるだろう。

 さらに、原油や天然ガスなどの高騰も影響している。化学チッソ肥料の多くは、空中チッソを化学的に固定するハーバー・ボッシュ法によって工業的に生産されているが、これには水素源として、また高温高圧を作り出すための電力源として大量の天然ガスが使われている。この天然ガスの価格もここ数年で2〜3倍になっており、一方、原油高騰で輸送費などの経費も膨らんでいる。食料と同様、肥料も海外から安定的に安く調達できる時代は終わりつつある。

 一方、肥料製造の環境への負荷も問題になっている。肥料製造には世界で使用されるエネルギーのおよそ1.5%が使われているという試算もあり、これは当然、大量の二酸化炭素を発生させる。大気汚染や海洋汚染など、チッソ酸化物の悪影響も心配されている。チッソ汚染はいずれ全世界の海を、メキシコ湾のように生物が棲めない場所に変えてしまうかもしれない、と米国・バージニア大学の生物地球化学者、ジェームズ・ガロウェイ氏は警告している。現在メキシコ湾には、肥料の流出により、酸素が乏しいために海洋生物が生息できない「デッドゾーン」が四国四県の面積に匹敵する約1万5000平方キロメートルにわたって広がっている、という。さらに、海洋チッソは温室効果ガスである一酸化二窒素に変化する。この一酸化二窒素の地球温暖化作用は、二酸化炭素に比べはるかに大きい。

 石油などの化石燃料と同じく、化学肥料も化石資源を利用してつくられ、そこには枯渇と環境への悪影響がつきまとう。肥料問題もまた、人類史的な課題なのである。

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いま、肥料代を減らす8つのポイント

 今月号の「肥料代減らしハンドブック」は、(1)鶏糞を使う、(2)家畜糞尿・屎尿を使う、(3)地元のタダのものを使う、(4)生ゴミを使う、(5)「たまったリン酸」を使う、(6)発酵させると効く、(7)「ウネだけ施肥」にする、(8)無肥料・自然栽培に学ぶ、の8本立てである。

 鶏糞を安い肥料として上手に使い、家畜糞尿・屎尿、生ゴミなど身近にある資源を徹底活用する。「たまったリン酸」を生かし、ウネだけ施肥で肥料効率を高めて、施肥量を大幅に減らす。そして「発酵」で生かす。

 北海道十勝の畑作地帯では、「十勝版・土ごと発酵」方式が注目され始めた(194ページ)。やり方は簡単。牛の糞尿を表層に散布し残渣とともに発酵させる。生糞を土の中に入れず、つねに空気に触れさせて好気的な発酵を促すのがポイントだ。厳寒の冬でも雪の下では生糞をエサに飛び込んできた土着菌が働き、ゆっくりじっくり時間をかけながら残渣や残根を分解していく。

 この「土ごと発酵方式」に取り組んで4年になる中藪俊秀さんは、土が変わってきたという。最近十勝は春先に雨が降らずに干ばつになることが多いが、中藪さんの畑は乾くことがない。土ごと発酵で土の団粒化が進み、水分保持力が強くなったこと、それにプラウ耕をやめて犂床盤がなくなり地下からの毛管水が途切れなくなったからだろうと中藪さんはいう。

 秋のプラウ耕をやめ、春の整地も簡易にしたおかげで燃料代が大幅に削減できたうえに、肥料代もずいぶん安くなった。中藪さんが年間に使う肥料代は35haで350万円(昨年の価格)で慣行栽培に比べ3割くらい安い。リン酸の投入量も10a当たり40kgのところ、中藪さんは30kg程度。「土ごと発酵方式」でリン酸が効きやすい土になってきたようだ。リン酸を固定する土壌の力を示すリン酸吸収係数も大幅に下がった。

 帯広畜産大学の谷昌幸先生の調査では、十勝の黒ボク土の畑には10a当たり1t近くのリン酸がたまっているという。そのほとんどはアルミニウムと結合した難溶解性リン酸で、これを作物に吸われやすい形に変えるいちばん現実的で手っ取り早い方法は有機物(堆肥)を入れること。有機物によって増える微生物は、有機物を分解する過程で有機酸や酵素を出す。それらが土に吸着したリン酸を引き離す働きをする。といって牛糞尿を堆肥にして施用するには手間も金もかかる。そこで「土ごと発酵方式」なのだ。

 深く丁寧に耕すことをやめ、タダで入手できる地域の生糞を使った土づくり。「19世紀に戻った手抜き農業だよ」と笑う中藪さんだが、確かな手ごたえを感じている。

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にわかに注目される肥料

「19世紀」には盛んだった屎尿の活用も今、にわかに注目されている。大阪の総合肥料メーカー・清和肥料工業では「今、わが社のいち押しが『屎尿肥料』です」という(64ページ)。

 チッソが6%あって価格は15kg800円くらいと大変安い。この肥料、和歌山市の屎尿と家庭の浄化槽汚泥を「活性汚泥法」という方法で処理したものからつくられる。水の中の屎尿に空気を送り込んで微生物を繁殖させ、屎尿を分解し終わると微生物は死んで沈み、きれいになった水を川へ放流する。この微生物死体や処理された屎尿の沈殿物を取り出してできる屎尿肥料は、ボカシ肥料のように緩効性である反面、初期からもよく効く。今ではひっぱりだこで在庫がカラ、年間予約しないと入手できない状況だ。

 福岡県築上町では、屎尿汚泥から年間8600tの液肥を生産し、農家に喜ばれている(120ページ)。

 液肥は好気性発酵によって製造する。発酵槽内は発酵熱で五七度程度まで上昇しこの発酵熱で大腸菌や寄生虫卵などが死滅し、重金属も分析して安全性が確保されている。液肥成分はおおよそ全チッソで0.02%、リン酸0.005%、カリ0.005%前後。

 圃場まではバキューム車で輸送し、イネの元肥ではクローラ式の散布車で散布、穂肥は水路から流し込む。散布量は元肥に反当5t、穂肥2.5t。麦では元肥も追肥も5t。追肥は麦踏みも兼ねてクローラ式散布車で散布する。

 液肥の散布料金は、バキューム車2.5tで100円。イネなら元肥5tで200円、穂肥2.5t100円、合計300円でお米が収穫できる。液肥製造の経費も散布労力も自治体が負担しているが、それでも一般的な屎尿汚泥の処理費用と比べると約半分の経費(1t当たり3800円)ですみ、農家も町も双方にとってメリットがある。

 今、築上町では、この液肥利用米の米飯給食を進めている。名づけて「シャンシャン米 環」。今年・20年度からは、町内四校に拡大している。

「人が排泄した屎尿を集めて肥料化し、お米の栽培で肥料として利用する。そのお米を食し、また排泄する――屎尿液肥の利用ではこういう循環が成立しています。この循環を子どもたちに伝え、体験してもらい、日常の暮らしの中にある風景として成立させることが大切です」と築上町役場産業課の田村さん。

 臭い、不衛生というイメージの下肥が、近代的な設備と技術を活用して、安くて効果的な肥料となり、さらに「循環」という、人間が生きていくうえで欠くことのできない営みを子どもたちに伝える教材にもなっているのだ。

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農業の特質―「希薄資源の活用と循環」

 ここで「循環」について考えてみよう。

 西尾敏彦氏(元農林水産技術会議事務局長)は、「農業とは生きものの力を借りて、再生可能な地球上の希薄資源を集め利用する営みである」と述べている(『農業と人間』(1)「農業は生きている」・農文協刊)。

 牛や羊は広い牧場の草を食べ、ミツバチは花から花へと飛びかい一日3000以上の花から蜜を集める。作物は地表面の数倍もの面積で葉を広げて太陽エネルギーを受け止め、広く根を張って土壌に薄く散らばっているチッソやミネラルなどを吸収する。太陽エネルギーも土壌養分も農業でこそ利用できる希薄資源であり、これを集めて育った草や作物が家畜や人間の生命を支える。そして、草や作物の死体、家畜や人間の廃棄物は再び土に返され、微生物などの働きで循環していく。「希薄資源の活用と循環」、これこそ、有限な資源に依存する工業と根本的に違う、農業の特質だ。それぞれの地域で生物と人間がかかわり、希薄資源が循環していく。こうして農業の永続性が維持されてきた。

 だが、リン鉱石という化石肥料や膨大なエネルギーを使って生産されるチッソ肥料は、農業の特質である循環を弱めることになった。これらは石油と同様、人間に大変大きな恩恵を与えてきたが、ここへきて、リン鉱石や石油という再生不可能な資源への依存には限界も見えてきた。「希薄資源の活用と循環」という農業の特質を回復・創造することが、人類史的な課題として浮かび上がってきたのである。

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東アジア四千年の永続農業に学ぶ

 ここで、興味深い本を紹介したい。『東アジア4千年の永続農業』という本である(注(1))。1911年にアメリカで、そして1944年に翻訳本(杉本俊朗訳)が日本で出版された。著者はキング(F・h・King)というアメリカの土壌学者(執筆時、米国農務省土壌管理部長)。アメリカで機械化、化学化など工業的農業が幅をきかし始めた1909年2月から7月にかけて、キング氏は中国、朝鮮、日本を視察し、そこで目にした「永続的な農業」に驚嘆し視察記を残したのである。

「…4千年にも渡ってかくのごとき稠密な人口の維持のために土壌に充分な生産をなさしめることがいかにして可能であるかを知りたいと思った」キング氏にとって、視察旅行は「啓発され、仰天させられた」日々であった(序文)。

 この本、2004年には、アメリカの出版社が『オーガニック ファーミング』と題して復刊した。東アジアの「有機農業」というわけである。以下、序文の一節。

「中国、朝鮮及び日本において、その広大な山岳及び丘陵地方は、容易に近づき得ない区域を除けばすべてが、燃料や木材、堆肥及び堆肥用の草類を供給する役目を負わされてきた。そして、家庭で使われるほとんどすべての燃料や薪の灰が、結局のところ肥料として田畑に用いられる」

「中国では驚くほど多量の河泥が、時には一エーカー(約4反)に70t、いなそれ以上もの割合で田畑に施用される。…人畜を問わずあらゆる種類の糞尿は慎重に貯えられ、われわれのやり方よりはるかに効果的な方法で田畑に用いられる。日本の農務局によれば、この国の下肥の総量は、1908年には2395万295tに上っている。すなわち、一エーカー(約4反)につき約1.75tである」

 川と灌漑による水の巧みな利用、下肥、山の草木、河川の底土など地域資源の徹底利用、そして輪作や混植、丁寧な栽培管理など、本書では東アジアの農民が長年かけて築いてきた農法と技術が農民像とともにリアルに描かれている。

 キング氏は、ハエをほとんど見ないという良好な衛生状態にも注目している。

「一切の廃物を無駄にせず、それを有用な場所に投ずるという不断の注意は、(ハエの)繁殖の場所を破壊するに非常に役立つに違いなく、そして、これらの諸国民はかれらの慣行の有効なることに細心の注意を払ってきたのであろう」(第9章「廃物の利用」より)

 そしてキング氏は母国の農業のありようを問う。

「西洋並びに合衆国東部への飼料及び鉱物性肥料の貨物の大移動は、開始以来百年足らずであり…またそれは無限に続けられるというわけにはいかない。目下のところ、これらの輸入により、われわれの近代的装置による汚物処理やその他の誤れる処理による植物栄養素の浪費は黙認されている」(序文)とし、栄養素を徒に海に流している状況を批判している。

 このキング氏の警告から一世紀たった今、世界的に伝統的な「循環」のしくみを見直す動きが広がっている。アメリカでキング氏の本が復刊され、ドイツなどでは西欧の伝統農法のしくみを描いたテーアの『合理的農業の原理』が有機農業の古典として見直されている(注(2))。

 この『合理的農業の原理』では、飼料作物を組み入れた輪作と舎飼いの家畜の厩肥の活用で地力を維持し高める伝統農法の仕組みを詳細に記述しているが、この西洋農法と「東アジア4千年の永続農業」には大きな違いがある。家畜が少ない東アジアでは、山や川から供給される養分を有効に活かし、身近な資源や廃棄物を徹底活用する巧みな循環的集約農業が発達した。これに水田が合わさり、欧米よりはるかに多くの人口を養ってきたのである。

 テーアの「腐植(フムス)論」に異議を唱え「無機栄養説」によって化学肥料の利用に道をひらいたとされるリービッヒも、アジアや日本の伝統農法に注目していた。リービッヒは輸入肥料の多投に向かう当時の西欧農業を痛烈に批判し、人糞尿の活用など循環によって「土壌から収穫物中に持ち出された養分を完全に償還している」日本の農業こそ模範とすべきと述べている(296ページ)。

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いま、循環への構想力を膨らませる

 さて、本号・肥料代減らし特集の最後は「無肥料・自然栽培に学ぶ」である。山の落ち葉や枯れ草を一冬野積みにした「自然堆肥」、さらに青森県の自然栽培実践農家・木村秋則さんの草活用のリンゴ園を紹介(229、234ページ)。肥料も糞尿も使わないやり方だが、「自然堆肥」はどんな野菜でもよくとれると静かなブームになり、木村さんのリンゴ園は草活用だけなのに一般の園よりむしろチッソは多い、という。ここには森林と同様の、植物と小動物・微生物による自然に近い循環がある。その循環が生み出す生産力は思いのほか大きい。化石肥料資源に乏しくても、日本には雑草対策に苦労するほどの豊富な草資源がある。

 西欧には西欧の、アジアにはアジアの、日本には日本の循環的な農法がある。循環の世界は奥深く、いくつもの層をなして多様である。自然の循環に人間がかかわって、それぞれの地域に豊かな循環の世界がつくられる。いまこそ、循環への構想力を膨らませたい。

(農文協論説委員会)

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注(1) 『東アジア4千年の永続農業』―全集『中国文化百華』(全18巻・農文協刊)に収録。2008年10月刊行予定。上下巻、定価各3200円。

注(2)『合理的農業の原理』(全3巻・農文協刊)―定価各12,000円、セット価36,000円。

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