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農文協トップ主張 2009年6月号

「農薬代が安い人」に学ぶ、防除の極意

目次
◆「圃場の劣化による生産コストの増大」に悩まされて
◆「必要なものを、必要なとき、必要なだけ」
◆「ゼロから足し算する」という発想
◆病虫害発生の「根っこ」を断つ
◆全滅覚悟で病害虫の生態をつかむ
◆ピンポイント防除、指標作物、作物障壁の利用

 農薬の価格が値上がりするなか、今月号では「農薬代を安くする技」を徹底追究した。石灰防除、酢・自然農薬、納豆防除、天敵活用、月のリズム防除、光防除、チッソの与え方、そして農薬の選び方まで、これまでの常識にとらわれない自在な防除の工夫が広がっている。そんな農家の工夫を深めるために、1人の農家に焦点を当てて考えてみたい。「常識を疑えば農業はまだまだ儲かる」の連載など、本誌でおなじみ、三重県の青木恒男さんの取り組みについてである。

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「圃場の劣化による生産コストの増大」に悩まされて

「農薬代が安い人」青木さんは、農薬代だけでなく肥料代も機械代も大変安い。といって、有機・無農薬栽培をめざしているわけではない。収益を多く確保するための工夫を重ねた結果、どの経費も通常の2割から3割という、常識はずれの経営を実現している。

 青木さんがサラリーマンを辞めて就農したのは今から17年前。イネと無加温ハウスでのストック栽培に取り組んだ。当初の数年間は、冬作切り花ストックと夏作モロヘイヤの輪作体系で、栽培指針に忠実な作業を心がけた。毎作ごとに堆肥と石灰を投入し、できるだけ深く起こして、ふかふかのベッドに定植ができるよう努力した。しかし、よく耕起して単粒化した粘土質の土は排水が悪く、乾くとカチンカチンになる。

 こんな土地で営農を続けるにはどうしたらよいか? 何年かの試行錯誤の末にたどりついたのは触らぬ神に祟りなし、「耕さないこと」であった。透水性が悪い粘土質の水田転換畑の耕作方法は、排水性のよい畑とは違って当然なのだと気づき、「不耕起・半不耕起」に切り換えたのである。

 しかし、冬作ストックと夏作野菜の単純な繰り返しでは、新たな問題が発生した。最初の数年間は標準的な栽培指針どおりの施肥法でもとくに問題はなかったが、10年ほど経過すると、しだいに連作障害や表土への塩類集積による生育障害が発生し始める。除塩作物の栽培や薬剤による土壌消毒…こうして「圃場の劣化による生産コストの増大」に悩まされることになった。

 そんな苦い経験をして青木さんがたどりついたのが、元肥ゼロスタートと単肥での追肥重点主義である。そして、それぞれ違った特性をもった作物が、お互いの特徴を生かし補完しあう関係をつくるために、できる限り多種類の作物を導入することであった。その過程で、スーパーへの販売や直売所など、「多品目少量生産」に合った「地産地消」の流通の仕組みに出合えたことも、経営上の重要な転換点であった。

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「必要なものを、必要なとき、必要なだけ」

 生産コストの増大に悩まされた青木さんが、多品目栽培のなかで確立したのは、「必要なものを、必要なとき、必要なだけ」供給する「後補充生産」の考え方を基本とする経営であった。それは、ものごとを単純・シンプルに考えることから始まる。シンプルに考えるとは、どういうことか。

「私は、人の手が加わった田畑が自然環境とはまったく違った工場のような存在である、とは思っていません。人は作物が自然界の片隅で育ちたいように育つ手伝いをしてやり、その一部をいただき、残りは土に返す。そこまで単純化してみた後に編み出した農法こそが理にかなった農業であり、私の農業経営に対する哲学でもあると思っているのです」
「野原の雑草であれ山の木であれ自然界の植物は、人の手によって耕された土地にタネをまいてもらい、誰かに肥料を与えられて育っているわけではありません」

 それを基本において必要最小限の「手伝い」をするとき、耕し方は、不耕起、半不耕起になった。施肥は、イネはもちろん野菜も花も元肥ゼロ出発で、「必要なときに」「必要なだけ」の追肥という形になる。それも畑全面ではなくポイント施肥だ。四条植えキャベツの場合、四株植わっているちょうど対角線上のど真ん中にピンポイントでやる。こうすると、肥料濃度の濃い場所と薄い場所ができる。そこが大事なところ。野菜は肥料が欲しいと思ったら、その場所に新しい根を伸ばして、自分が食べたい分だけ食べにきてくれる。そのほうが根は競い合うように食べにくるので、生育もよくムラもなくなる。肥料もほんのわずかでいい。

 そのうえ、尿素や硝酸カリなどの安い単肥利用だから、肥料代はとにかく安い。それでいて収量は慣行と同等か、作物によっては2倍も3倍も多い。農協の人からは「出荷量のわりに、普通の人の5分の1も肥料を買ってもらえない…」といわれるほどだ。

 そんな青木さんは、どうように防除しているのだろう。

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「ゼロから足し算する」という発想

 水田転換畑40a(うちハウス20a)、畑10aで、ストックのほか、カリフラワー、スナップエンドウ、実エンドウ、ミニハクサイ、カリフラワー、インゲン、キュウリ、中玉トマト、キュウリ、トウモロコシなどを一人でつくりこなしている青木さん、「『多品種少量生産』を行なう場合、従来の病害虫の防除技術や耕作方法ではどうしても無理が出ます」という。

「一棟のハウスで、少量多品種の野菜を年中ほとんど休みなしに作っています。このような環境で、もし害虫が大発生しても、何10種類もの作物に共通して登録のある薬剤などありませんし、ましてやハウスを密閉してのくん煙や全面散布など、いわゆる徹底防除はまったく不可能です」

 ある一部の作物に病害虫が発生し農薬散布しようとしても隣の作物に飛散し、農薬残留検査で「無登録農薬」を使ったと問題にされる恐れもある。現状の農薬登録や農薬取締法は多品目栽培をやりにくくしており、その面からも農薬に頼らない防除の工夫が求められているのである。今月号の「農薬代を安くする技」は、直売所むけなどの多品目栽培を安心して進める工夫でもある。農薬代を減らせるボルドーなどの銅剤やマシン油などの安い農薬は、残留で問題になりにくく使いやすい農薬でもある。

 多品目をつくりこなす青木さんがまず重視するのは、病虫害が発生する、その根っこのところをつかむことだ。

「発病の前には必ず前触れがある。病気の侵入ルートはいくつかあるが、原因はどれも、葉に何らかの物理的な障害を受けて傷ができ、そこに病原菌の突破口ができてしまうことにある。これが菌核病発生の真の一次原因であり、本来の早期防除の時期なのだ。さらに、この一次原因がなぜ発生したのか? その源流をたどってみれば、『問題の根っこ』が見えてくる。ここで対策を考えれば、元肥をひかえて下葉の過繁茂をなくす、追肥は液肥で行なう、カルシウムを追肥する、といった日常の管理をきちんと行なうだけで、薬剤を使った防除の必要もなくなるわけなのである。害虫の発生についても同様で、従来の防除よりさらに源流で対策するための圃場と生産方式に合わせた耕種的防除の体系を立てておく必要がある」

 病虫害発生の要因を根っこからつかみ、源流で対策を打つ。これこそ、青木さんのシンプル農業の土台になっている。「コストダウンより、シンプルスタートのほうがラク」だと青木さんはいう。

「『何か新しいよさそうなもの』をどんどん取り入れて出来上がってしまったコスト過剰の体系から、毎年少しずつ、安全確認をしながらコストダウンを進めていく、という悠長なことはしていられません。『必要なものを、必要なとき、必要なだけ』というこれ以上削れないシンプルな体系にまず切り替えてみて、不足やイレギュラーがあればその都度加えたり改善したり、少しずつ余裕をつくっていけばよいと思うのです」

「引き算のコストダウン」ではなく、必要なものだけを積み上げていく「ゼロから足し算する」という発想だ。

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病虫害発生の「根っこ」を断つ

 青木さんは、元肥チッソの効きすぎと作物の石灰不足が病気の二大原因とみる。この二大原因をとり除くことが「ゼロから足し算する」やり方の出発点であり、ここがしっかりしていれば余計な「足し算」をしなくてすむことになる。

 石灰については、地元産の安い蒸製カキ殻を追肥や作物へのふりかけ、あるいは、不耕起層の上に3cmくらい層状にカキ殻を載せ、その上に土をかぶせてウネとする「層状元肥」を行なう。こうすると、酸性が嫌いなホウレンソウの根も層状のカキ殻を突き抜けて、pH4の不耕起層にもズブズブ入って元気に育つという。常識を疑えば、酸性の畑で石灰を畑全面に散布しなくてもホウレンソウが立派に育つのである。

 今月号でも「石灰防除」を大きく扱った。当初は常識破りだった「石灰防除」は今、石灰ふりかけ、上澄み液散布などの工夫を広げながら快進撃を続けている。

 そして今月号では「チッソの与え方」も「農薬を安くする技」として重視した。

 堆肥栽培で無農薬栽培を行なう福広さんは、堆肥は「ウネだけ施肥」としトマトは元肥ゼロ出発。前作の残肥のみでスタートすると、アブラムシやコナジラミも寄ってこない、という(本号173ページ)。

 米酢や果実酢、木酢、竹酢などの「酢・自然農薬」も、低pHによる静菌作用を活用するとともに、作物体内のだぶついた硝酸態チッソの同化(消化)を進め、植物体そのものを病気に強くする工夫である。

「生産段階すべてのステージにおいて、菌相を豊かにする」ことが大事だというのは、酪農、イネのほか無農薬栽培ニラに取り組む田村雄一さんである。田村さんは石灰の効かせ方に工夫する一方で、「納豆防除」に入れ込んでいる。石灰で病気に負けない体質をつくりつつ、ハウスに充満している灰色カビを納豆菌に追い出してもらおうというやり方だ。しかも、納豆菌は自分で実験して探す(本号111ページ)。

 農薬代が少ない人は、病虫害発生の「根っこ」を断つ工夫をさまざまに展開している。

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全滅覚悟で病害虫の生態をつかむ

 青木さんは、肥料の元肥全面施用をしないように、農薬の全面散布も行なわない。それを可能にしているのは、病害虫の「たたき所」をつかむための観察だ。とくにこれまで見たことがないような病害虫が発生したときには「あえて薬剤防除をせずに全滅覚悟で最後まで見届けてその生態をつかむ」ことも必要だという。多品目少量生産の場合、一作まるごと捨ててもたいした損害ではなく、あえて防除をしないでその病害虫の消長を観察する。生態がわかれば、再度同じ病虫害が発生しても薬剤散布せずに済ませる方法があるかもしれしれない。「最も有効な『たたき所』がどこなのかがつかめれば、ピンポイントで効率的な防除ができるかもしれない」のである。

 ハウスの中に棲んでいる虫の種類やその生態についても日ごろからよく観察しておく。

「一例として私のハウスに大量に棲んでいるダンゴムシ。この虫は害虫でしょうか? 益虫でしょうか? そこにいるだけのただの虫でしょうか? 発芽したばかりのエンドウやトウモロコシの芽を片っ端から食べてしまう、という面では嫌な害虫ですが、別の場所で育苗するというひと手間だけで、害虫ではなくなります。作物の残渣や枯れた雑草を食べてせっせと堆肥を生産してくれる大益虫という評価になります。

 このように、虫は人の都合で100%害虫、益虫と単純に分類できないこともあるので、虫を見かけたらすべて殺してしまえばよい、という単純な価値観で防除を考えてはいけないのだと思っています」

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ピンポイント防除、指標作物、作物障壁の利用

 多品目栽培を支える青木さんのピンポイント防除の例をみてみよう。

 ストックのモモアカアブラムシは、換気中にサイドから飛び込むことが多く、初発点はある程度特定される。最初に発生しそうな場所を中心に観察し、被害株を探す。

 羽を持たないモモアカアブラムシは急速に広がることがないので、5株くらいが被害を受けて、広がりがハッキリした時点で、そこだけ防除すればよい。かん水後の葉が濡れている状態でオルトランまたはモスピラン粒剤を株の上からパラパラと撒くだけだ。これらの薬剤には浸透移行性があるので、葉から吸収された成分が生長点付近のアブラムシに届き、残効も1カ月前後あるので再発生も防げる。

 トウモロコシではムギクビレアブラムシが収穫間近の実を汚して商品価値を落とすが、この時点での防除では手遅れ。定植1カ月後の分けつが終わった頃、草丈の中間の高さの茎側面に10円玉くらいのコロニーを作るのが初発点で、ここをたたく。見つけしだい、ひと吹き農薬をかけるだけだ。

 これを見落とすと、展開葉の裏側に移動してしまうので発見しにくくなる。それでも、下葉やマルチの上に分泌物がべったり付着するので、それを目当てに、もうひと回りし、隣り合う株と交差して接触している葉を折って虫が移動できなくしたうえで被害株だけ農薬をかける。

 これをも見落としたら、群れは雄穂に隠れてしまう。そうなったら、雌穂の上の茎をハサミで切り取り、虫が飛散しないよう肥料袋に入れてハウス外に持ち出す。

 三段構えである。シンプルな体系に切り替え、不足やイレギュラーがあればその都度加えたり改善したりする「ゼロから足し算」の防除法なのである。

 ピンポイント防除にむけて、「指標作物」も役立てている。

 ドア付近やサイド際にウドンコ病の出やすいキンセンカを植え、西洋タンポポやヨモギなどウドンコ病にかかりやすいハウスの外の雑草にも注意をむける。これらへの病気のつき方を観察して防除のタイミングを判断する。「キンセンカにしろ雑草にしろ指標として働いてもらうには、普段から肥料も水も与えず、少し虐待して弱らせておくのがコツ」だと、なかなか芸も細かい。

 そんな青木さんの観察力から、作物を障壁に生かす工夫も生まれた。

 ストックの外側にインゲンやエンドウなど背の高い作物(障壁作物)を植え、さらに一番外側にブロッコリーを植えれば、もしアブラムシがサイドから飛び込んでブロッコリーで繁殖したとしても、その先のマメの壁を乗り越えられず、ストックにまで被害が出ることは防げる。一方、産卵のためにインゲンの葉裏に止まったハモグリバエの成虫は、粘液にとらわれてしまうためなのか、ハエトリ紙に止まったハエのようにその場から動けずに死んでしまうという。インゲンの垣根は、害虫のフィルターとしての役目をしているのだ。

 アブラナ科の作物は、それぞれ単一に栽培するとコナガが同じような密度で発生するが、多種類を混植すると食害を激しく受ける作物とあまり被害を受けない作物の差が現われる。被害を受けやすい順に並べると、ナバナ→ブロッコリー→キャベツ→ストック→ハクサイで、このコナガの習性を利用すれば無防除でストックのハウス栽培が可能になる。ストックよりも外側のウネに、コナガがストックよりも好むブロッコリーやキャベツを植えるわけだ。

「ゼロから足し算」の防除法。そのゼロの世界は、作物や地域自然への農家の観察力によって成り立つ。観察が深まるにつれ、「手伝い」の手法も豊かになっていく。

(農文協論説委員会)

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●参考にした青木さんの主な記事
カルシウムが効けば病気はまず出ない 2007年10月号
野菜も花も「必要なときに」「必要なだけ」の青木さんの施肥法大公開 2008年4月号
病害虫の生態を見極めスポット散布で叩く 2008年6月号
害虫をブロックする植え付け方、公開 2008年6月号

「田舎の本屋さん」のおすすめ本

 青木流 野菜のシンプル栽培』青木恒男

元肥も耕耘も堆肥も農薬もハウスの暖房も出荷規格も不要。所得10倍のブロッコリー・カリフラワー、7倍のキャベツ・ハクサイ、2倍のスイートコーンなど、小さな経営で手取りを増やす着眼点、発想転換で稼ぐ野菜作。 [本を詳しく見る]

 病気・害虫の出方と農薬選び』編著:米山伸吾 他

予防から発生時防除へ。非選択的な農薬から選択的な農薬へ――防除手法、農薬の種類が大きく切り替わる中で、的確に農薬を選び、使いこなすコツを導く。病原菌や害虫の加害の仕組みもわかりやすく図解する。 [本を詳しく見る]

 ピシャッと効かせる農薬選び便利帳』岩崎力夫

抵抗性・耐性の出現で錯綜する農薬を特性別に区分けし、病害虫の生態に合わせて組み合わせ、ムリ・ムダ・ムラなく効かせる減農薬防除法。注目の最新農薬を加え、農薬(約200種)・病害虫(約100種)別に解説。 [本を詳しく見る]

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