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農文協トップ主張 2011年12月号

TPP&新自由主義的復興論 再批判

目次
◆TPP「交渉参加」は「協定参加」ではないという詭弁
◆途中引き揚げ論も実際は困難
◆被災地の苦境に追い打ちをかけるニセ復興論を糺す――ブックレット『復興の大義』より
◆不道徳の数々とTPP推進論の同根――孫子の代まで責任をもって、TPP反対を貫こう

 政府・民主党は今月ハワイで開かれるAPEC(アジア太平洋経済協力)会合でTPP(環太平洋経済連携協定)への「交渉参加」を表明する意向を固めた。本誌が読者のお手元に届くころには、正式決定のニュースが流れているかもしれない。10月18日付各紙は、前日、野田佳彦首相が内閣記者会のインタビューに応じ「交渉参加に強い意欲」を表明したと報じ、さらに「日経」二面では「執行部はPT(TPPプロジェクトチームでの議論)をガス抜きの場と位置づけている」と、あけすけに書かれていることからも、その可能性は低くはない。

 政権与党内での議論さえ「ガス抜き」と位置づけるやりかたは、政治の世界の茶飯事とはいえ、その非民主的な進め方ともども、TPPの異常な実態を改めて見せつけてくれるものではある。

 私たちは昨年来、本誌や「季刊地域」、緊急発行したブックレット2冊などを通じ「TPP反対の国民的大義」を明らかにしてきた。TPP反対を農業・農家保護の問題としてではなく、商工業、消費者も含むすべての国民に関わる問題と捉え、TPPへの参加が、農林水産業のみならず圧倒的多数の商工業や地方経済、医療や食や金融、地方自治等に大きな打撃を与え、日本社会の土台を根底からくつがえす希代の愚策であることを明らかにしてきた。当会だけではない。心ある学者、研究者、ジャーナリスト等がTPPの危険性を客観的、科学的に分析、警告するすぐれた著作を世に送り出してきた。

 以上の中には、TPPオリジナル加盟国ニュージーランドの研究者の手になる、TPP加盟後の恐るべき実態に基づいた邦訳書もある(J・ケルシー編著『異常な契約――TPPの仮面を剥ぐ』農文協)。にもかかわらず政府はこれらの批判に全く応えようとせず、ほおかむりのままTPP交渉参加を強行しつつある。

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TPP「交渉参加」は「協定参加」ではないという詭弁

「交渉参加」とは、「協定参加」とイコールではない、とTPP推進論者は言う。そして、「参加しなければ交渉の中身、情報が入手できない」「早く交渉に参加して日本の言い分を明確にしたほうが得策だ」「日本にとって譲れない、良くない内容なら引き揚げればいい」とも言う。しかしこれはとんでもない間違いであり、あるいは間違いを承知の上でTPP「協定参加」をなし崩し的に既成事実化しようとする詭弁にほかならない。

 第一に、早く入って明確にしたほうがいい「日本の言い分」とは何をさすのか。譲れない一線として何を政府は念頭においているのか。国民にはおろか与党内慎重派に対してすら一度たりとも説明したことはない。交渉に参加するというなら、どういう基本姿勢で臨み、いかなる獲得目標を掲げるのかを国民の前に提示するのは、民主国家の政府の最低限の責務であるはずだ。しかるに政府は、菅直人前首相がTPP推進を表明して以来1年以上たつのに、なんらその責務を果たしていないのである。

 しかしそれは、当然と言えば当然のことなのだ。

 2000年当時、農水省は、WTO農業交渉の開始に当たってアメリカやケアンズグループの貿易至上主義を批判し、「多様な農業の共存」という立派な理念を対置して臨んだ。その後それは、タイを始めとする東アジア諸国とのEPAにおいて、日本が農業技術や食品安全、貧困解消に関する支援策に応ずる代わりにコメの自由化要求も取り下げてもらうという形で力を発揮した。関税引き下げ合戦で互いの農業や産業をつぶし合うのが能ではない。多様な農業の存在を認めあうことがそれぞれの国のかたちをつくる基本であり、実際それが可能であることをこの例は示している。譲れない一線を堂々と掲げ、粘り強い交渉によって真に平等互恵の連携を実現した優れた実績だ。

 しかしTPPは、――一定の猶予期間を設ける可能性は残しつつも――――「例外なき関税撤廃」が原則であり鉄則だ。それこそ「譲れない一線」なのである。それに抵触する「言い分」を通すのは至難の業で、そもそもTPPの存在理由をガラガラポンにするようなものなのである。実際、酪農製品の例外扱いという言い分をもって参加を打診したカナダは、入り口で門前払いされた(それを織り込み済みの上で参加を打診したとしたらカナダ外交の勝利であろう)。

 貿易以外のあらゆる分野でも国家主権や国民主権を蹂躙するアメリカ本位のルールづくりがTPPの前提として進められており、交渉は、その程度をどれくらいにするかの話でしかないことは多くの識者が明らかにしているところである。

 つまり政府は、早く入って主張したほうがいい言い分など持っていないのであり、あるいはそれを言ったらおしまいであることをわかっているから言わないのである。交渉参加イコール協定参加ではないというのは、形式上はともかく、実際上は成り立ちがたい詭弁にすぎない。

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途中引き揚げ論も実際は困難

 第二に、仮に「言い分」を懐に忍ばせ交渉に臨んだとして、結果「一線を守れなかったので引き揚げる」などということは可能なのか。

 元外務省国際情報局長・防衛大教授の孫崎享氏は本誌の取材に対し、「交渉で日本の主張を通すなんて甘っちょろいし、参加したあと抜けるとか国会で批准しないなどというのは政治的配慮でできないでしょう」と述べている。

 京都大学准教授の中野剛志氏もまた、「国際法の形式上はともかく、国際政治の実質上、途中離脱はほぼ不可能」として次のように述べている。

「……より重要なのは、輸出倍増戦略を掲げるアメリカにとっての輸出のターゲットも、日本しかないということだ。TPPとは(日米で九割のGDPを占める、環太平洋とは名ばかりの日米協定にほかならないので)、日本が参加してはじめて、アメリカにとって意味をもつ協定なのである。日本が、交渉の結果が自国に不利になったという理由で交渉から離脱したらどうなるか。期待を裏切られたオバマ大統領が日本に対する不信感を募らせ、日米関係が著しく悪化することは火を見るより明らかだ。アメリカ以外の交渉参加国からも反発を招くだろう。アメリカに次いで経済規模が大きい日本が交渉の途中で離脱したら、TPP交渉全体を撹乱するのは間違いない。その結果、日本は国際的な信頼を完全に失うであろう。従って、いったん交渉に参加した日本は、日米関係の悪化や国際的な信頼の失墜を恐れるがゆえに、交渉から離脱できなくなる。交渉からの離脱が不可能ということは、言い換えれば、交渉結果がどのようなものになろうとも、それを受け入れなければならなくなるということだ」。

 そして中野氏は、そのような状況をつくることがTPP推進論者の狙いだとして、つぎのように続ける。

「おそらく、彼らにとっては、この『日米関係悪化というリスクを負うこと』こそが交渉参加の狙いなのである。……要するに、交渉参加とは、アメリカの威を借りて反対勢力を黙らせ、TPP参加を首尾よく実現するための戦術なのである」(中野「TPP『交渉後の離脱も可能』は推進論者の詭弁」ダイヤモンド社書籍オンライン)。

 かくして交渉の基本姿勢も獲得目標もなんら国民に示すことなく、ただただ対米、対財界配慮の結論ありきで交渉参加を強行する政府・民主党主流の姿勢は、国民主権を真っ向から否定する暴挙というほかない。

 小泉内閣以来の市場原理万能の政治に異を唱え、格差社会の進展を憂え、農業では「小規模農家も含めた農業農村の維持発展」を掲げ、総じて新自由主義的な政治経済のあり方を批判して政権の座についたはずの民主党が、いつのまにかその出自にふさわしい先祖返りを果たしつつあるのである。

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被災地の苦境に追い打ちをかけるニセ復興論を糺す
――ブックレット『復興の大義』より

 さらに驚くべきは、あろうことか大震災からの復興策に、財界の意を汲み、TPP推進と軌を一にした新自由主義的政策を大々的に採り入れようとしていることである。これは断じて防がなければならない。農文協は、復興を遅らせ、被災者・被災地の苦境に追い打ちをかける政府・財界の路線を批判し、真の復興とは何かを明らかにするために、TPP二部作に続くブックレット第三弾を『復興の大義』として発行した。「被災者の尊厳を踏みにじる新自由主義的復興論批判」というサブタイトルを付けた本ブックレットの趣旨を、その「まえがき」は以下のように述べている。

〈復興の主体は被災地住民、自治体だという当たり前のことが根底から否定されかねない、大義なき政治の動向が強まっている。

 政府の「東日本大震災復興構想会議」は被災者という言葉をほとんど使わない“復興”の青写真を乱発し、それを受けて成立した「復興基本法」は「単なる復旧にとどまらない活力ある日本」を叫び、日本経団連「創生プラン」はそれを推進する第一歩として「農林水産業の事業資産の権利調整」をあからさまに強調している。事業資産の権利調整とは、小さい農漁家や水産加工業者はもう仕事をやらなくて結構です、大規模・効率的な企業的事業主体に明け渡しなさいということにほかならない。翻ってそれは、新たな「社会的避難民」の創出だ。そうして創られる「活力ある日本」とは一握りの中央大資本の活力ではあっても、地域の活力ではない。震災を奇貨とした「災害資本主義」路線と言われるゆえんである。

“単なる復旧にとどまらない創造的復興”は今や流行り言葉のひとつになった観があるが、がれきの処理や仮設住宅の防寒対策すら迅速に支援できない政府やその陰の支配人が何をかいわんやである。

 被災した人びとは多くを望んでいるのではない。元の仕事、元の暮らしに戻れることがまず第一だ。そのようなささやかな願い、復旧に、「単なる」という形容詞を付けることによって被災者の思いを揶揄し、もってTPP推進とセットの創造的復興論を対置する。前者を強調する向きには“後ろ向き”というレッテルを貼る。新自由主義的経済合理主義者の常套手段だが、災害=他人の苦境をビジネスチャンスと捉える不道徳を許してはならない。

 被災者・被災地は、地域に根ざし地域を生きてきた歴史的存在だ。それゆえ歴史と主体を抜きにした復興はなく、それを等閑視した、誤った復興論は誤った未来を拡大再生産する。現場の今と歴史をしっかり見つめた、地に足のついた議論が、今、望まれる。〉(以下略)

 政府・財界の「創造的復興」論とは、その美しくも力強いネーミングとは正反対の、「災害=他人の苦境をビジネスチャンスと捉える不道徳」なのである。

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不道徳の数々とTPP推進論の同根
――孫子の代まで責任をもって、TPP反対を貫こう

 本ブックレットでおこなった座談会の中で、東京大学教授の鈴木宣弘氏は次のように述べている。

「津波でグチャグチャになったのだから『ちょうどいい機会だ』と規制緩和とか自由化とかを進めて企業が入って一社で大規模にやれば強くなる、だから『もうあなた方はいりません』というのは、人としての心が疑われます。こんな大災害が起きて初めて大規模区画ができるということは、逆に言えば、日本の農地というのは、そう簡単には大規模区画にできないということを意味しているわけです。なのにそれを全国モデルにしようというのは、大災害の再来を望んでいるようなものです」。

 このような不道徳はTPPと同根なのである。先に引用した中野剛志氏は本書に寄せた論文「復興を遅らせる政策哲学の貧困」で次のように述べている。

「東北の復興のためには、政府は即座にTPPへの不参加を表明すべきなのである。なぜなら、被災した農家は、これから借金をし、何年もかけて農地を復興していかなければならない。そして農地を復興し、農業を再開して、借金を返済していくのである。しかし、もし、多額の借金を負い、何年もの労力をかけて農地を復興した結果、TPPへの参加によって農業ができなくなる、ないしは競争の激化で農業では利益が上がらなくなることが予想されるのであるならば、誰が多額の借金を負ってまで農地を復興しようとするだろうか。実際、例えば宮崎県では、畜産農家が口蹄疫の被害から立ち直ろうとしていたが、TPP参加問題が持ち上がったために、畜産の再開を断念した農家もあったと聞いている。

 しかし、そうした事態こそがTPP推進論者の狙いなのである。彼らにとって東北の農家は、『抵抗勢力』である。彼らが農業を断念してくれれば、TPPへの参加に向けて前進できるし、また、農地の大規模集約化などの農業構造改革も容易になるだろうという算段なのである」。

 農業構造改革=TPPに対応した強い農業論も政府・財界の常套句だが、北海道大学教授の山口二郎氏は「強いという言葉が非常にクセモノだ」と指摘し右の座談会で以下のように述べている。

「災害や地震に強い地域をということは必要だと思いますが、農業や漁業を強くする必要があるのか。また、強くできるのか。つまり、『海外に打って出て、金儲けしよう』ということではなくて、日本人の需要を満たし、地域の産業として回る、そういう一つの行き方があったわけです。それに対してTPPというのは、まさにグローバルな競争という、別のルールと発想の中で農漁業の仕事もする世の中にしていこうという話だと思います。それで、『強い』という言葉が、『自然災害に強い』という用法から、いつの間にか『グローバルな競争にも強い』ということでシフトし、意味がズラされてきている」。

 そして、このようなクセモノが跋扈する背景に、国による歪んだ規制緩和があると山口氏は批判する。「特区なども、市町村から見て国の法令のここを直してほしいというようなことは地元の声を聞いてできる所はどんどん自由にさせればいいと思うんですが、その辺は全然、官僚主義の弊害を克服できていない。国と市町村の関係で必要な規制緩和とか自治体に対する権限委譲はさっぱり進めない一方で、市場との関係では権限をどんどん手放し、市場のほうに擦り寄っている。これが規制緩和の実態ではないですか」。

 地域は縛り、中央大資本には野放図な自由を与える誤ったものの考え方を打破するには「地場産業は公共財」だという新しい位置づけが必要だ。愛知大学教授の宮入興一氏は次のように述べている。

「……確かに漁民のもっている船は私有財産です。しかしそれは同時に一定の公共的性格も持っている。つまり、それによってその地域の漁業がおこなわれるだけでなく、自然環境の保全・管理もしている。そうして加工業や流通業もお店も成り立ち、人の暮らしも成り立つ。人がそこにいて初めて町が成り立ち、コミュニティが生まれ、地域における歴史や文化が育まれる。それを目指して観光に訪れる人もいる。そういう意味では、人々の住まいや漁船や養殖施設などの生産手段と地域のコミュニティは一体でありワンセットなんです。そのどこかがポツっと壊れてしまったら、全部壊れてしまう。だから、そこに一定の公的資金を投入するということは、合理的な理由があると思います。地場産業は公共財なのです。しかし、エコノミストたちにはそういう議論はなかなか通じない」(同上座談会)。

 このブックレットでは以上の四氏のほか、作家の高史明氏、哲学者の内山節氏をはじめ、農業・漁業(農村・漁村)、地方自治、税・財政、環境など広い分野の研究者や被災地の漁協関係者に、被災者一人ひとりの目線に立った復旧・復興への論考をお寄せいただいた。

 共通するのは、災害をビジネスチャンスと捉える政府・財界の邪な意図を排し、“暮らしと生業、雇用、地域コミュニティの一体的再生”を図る視点である。それはまた、TPP的な経済社会推進の目論見を地域から打破していく力になるものと確信している。

 仮に政府がTPP交渉参加を強行してもあきらめてはいけない。参加と引き換えに出されるであろう毒入りの飴玉に目を眩まされてもいけない。この国のかたちを根底から壊し、孫子の代まで禍根を残すTPPには最後まで反対を貫く。それが、アメリカをも含む、真に平等互恵の平和的国際秩序形成への道だからである。

(農文協論説委員会)

*TPP反対特設ページ「TPP推進はにダマされるなよ!

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2011年12月号
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季刊地域5号 2011年春号 TPPでどうなる日本? 異常な契約-TPPの仮面を剥ぐ

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