主張
ルーラルネットへ ルーラル電子図書館 食農ネット 田舎の本屋さん
農文協トップ主張 2012年4月号

TPP=投資立国化路線の危険な選択
内と外に向けた市場開放で農家と国民はダブルパンチ

目次
◆屈辱の米韓FTAを上回る譲歩を迫られる!?
◆低姿勢の衣から鎧が見える、対米追随著しい野田政権の危険な対応
◆輸出が増えても国も国民も潤わない
◆投資立国化路線と国民のあつれき
◆ダブルパンチを受ける農家農村
◆地域に根ざす循環型産業構造の創造でTPPを跳ね返す

▲目次へ戻る

屈辱の米韓FTAを上回る譲歩を迫られる!?

 去る2月7日、日本の環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加に向けたアメリカとの事前協議が始まったが、その行く末を暗示する衝撃的な発言が米政府元高官から発せられた。

「日本は米日間の長年の課題である農業や自動車、牛肉、日本郵政の保険分野で顕著な譲歩を示す必要がある。米国議会は、FTAで韓国から引き出した以上の譲歩を求めたい意向だ」(日本経済新聞1月4日付)。

 発言の主はクリントン政権時代に米通商代表部(USTR)代表を務め、「今も通商政策に深く関わる」S・バーシェフスキーという人だ。氏はさらに、「これまで(アメリカは)アジアで経済面の存在感が小さすぎ」、「米通商戦略は成果に乏しい『失われた10年』を経たが、オバマ大統領は再び焦点を当てている」とも強調した。

「失われた10年」を取り戻し、アジアにおける経済面の存在感を大きくするための第一歩が米韓FTAであり、そこで「引き出した以上の譲歩」を日本から勝ち取るのがTPPなのだ、というわけである。

 では、アメリカにとって満足のいく第一歩でありながら、それ以上の譲歩を引き出すための格好の前例として題材にされた米韓FTAとはいかなるものだったのか。すでに本誌を含め多くの報道や解説がなされているが、改めてそのポイントを列挙してみると、

 (1)農業は、再協議の余地を残しながらとりあえずは例外扱いされたコメ以外はほぼ全面開放(関税撤廃品目が即時38%、5年で60%、10年で87%、15年で95%)

 (2)医療、医薬品分野では、(a)米国メーカー製医薬品の許認可の遅延によって損害が発生したら韓国は補償を行なう、(b)健康保険適用外医療機関の開業を特区で認める、(c)韓国政府が公的健康保険制度を強化する政策をとった場合、米国保険会社は民間医療保険市場の縮小を理由に損害賠償請求を起こすことが可能になった、など、公的健康保険制度に風穴をあけ、医療・医薬品に関わる韓国政府の政策に対して、アメリカの民間保険会社や医薬品メーカーが異議申し立てや損害賠償請求をすることが可能になった(いわゆるISD、投資者国家提訴権条項のひとつ)。

 (3)学校給食では、地方自治体が地産地消をめざし地元産農産物や地域の食材を優先するのは非関税障壁に当たり協定違反。

 (4)遺伝子組み換え食品では、米国の基準で安全だとされるものに安全でないかの「誤解」を与える表示はこれまた非関税障壁であり、輸出の妨害に当たるので認められない。

 (5)自動車の排ガス規制や安全規制は米国基準に揃える。

 (6)農協や韓国郵政の共済、保険は新たな商品を開発、販売しない、などといった具合だ。

 医、食、農、教育など国民生活に密着した身近な例を挙げてみたが、理不尽な内容のオンパレードであることに改めて慄然とさせられる。が、この協定にはさらに恐ろしい内容もある。政府立証責任とか逆進防止条項(ラチェット)とかいわれるもので、例えば牛肉輸入に関して、米国産牛肉にBSEが疑われても、安全でないことを韓国側が立証しなければ輸入を差し止めることはできない、などという規定があるのである。

 いったい、モノやサービスの売買において、その品質や安全性を保証するのは売る側であって買う側ではない。どこの世界に、買うほうが安全でないことを立証できなければ黙って買い続けなければならないという法があるだろうか。倒錯した、恐怖の協定と言われるゆえんである。

 通商協定に名を借りて一方の国の社会制度や国民生活の安全、安寧を壊すのは到底許されることではない。今、韓国国内でこの協定があまりに屈辱的、売国的だとして大反対運動が起きているのもむべなるかななのである。

▲目次へ戻る

低姿勢の衣から鎧が見える、対米追随著しい野田政権の危険な対応

 このような「譲歩」以上の譲歩を求めるというのだから空恐ろしい話ではある。

 しかし、それが現実のものになりかねない兆しが早くも現われている。アメリカの自動車大手3社でつくる米自動車政策会議が(のちにひとまず撤回したが)、日本の軽自動車の規格が日本への輸出機会を狭めているとしてこの規格を廃止するよう求めたり、米生命保険協会が日本郵政グループのがん保険販売などを規制するよう訴えたり、米コメ連合会はすべての農産物を関税撤廃の例外にしないよう求めたりしている…。そしてこれらに日本が応じることが日本のTPP参加を認める条件だと政府に要請、米政府はさまざまな業界のこうした要請を紹介する形で日本に圧力をかける作戦をとっている。

 こうした要求にあらかじめ応諾する準備を整えていたごとく野田総理は、昨年11月の臨時国会の予算委員会で「コメの例外扱いは求めるのか」という野党議員の質問に対し、「コメがセンシティブな品目であることは承知している」と述べるだけで一切の言質を与えなかった。「美しい農村は断固として守る」などと抽象的には言いながら、その具体策には何も触れないのがこの総理の特徴だ。コメ・水田すら守れないでどうやって美しい農村を守るのか。

 かくしてあらゆる品目を関税撤廃の俎上にのせ、併せて日本の社会制度万般にわたるセーフティネットや規制=非関税障壁の撤廃を協議の対象にすることで日米事前協議はスタートした。このような対米追随と亡国の交渉を、断じて許してはならない。

▲目次へ戻る

輸出が増えても国も国民も潤わない

 以上は米韓FTAや、事実上の日米EPAであるTPPの、対米関係で見た日本と韓国の被害面を見たものだが、そうは言っても日韓とも資源のない加工貿易立国、輸出で稼いできたこの国の将来をどう展望するのか、という疑問や反論は少なくない。少子高齢化と人口減少が進む日本は内需が縮む、外需を伸ばして生き延びるしかない、そのためにもアジアの成長を取り込まなければならず、TPP参加は不可欠だ、という意見である。しかし、こうした考えは日本経済の実態や時代の変化を見落とした誤った考え方であることに注意したい。

 グローバル化がすすんだ時代には、人間の生活領域と企業(資本)の活動領域は大きく乖離する。したがって輸出大企業の利益と国民の利益は一致しなくなるからだ。

 第一に、TPPに参加して輸出を促進し成長を高めれば国民も豊かになる、というのは本当か? 東京大学大学院教授の松原隆一郎氏は次のように述べている。

「TPP参加によって関税を撤廃することは、第二の小泉構造改革である。それゆえその結果もまた、小泉構造改革から推測できるだろう。…新自由主義では、構造改革は『したたり落ちる(トリクル・ダウン)』効果をもたらすとされる。その理屈が日本経済にも転用され、…強者たる大企業が先に業績を回復すれば、利益は弱者に滴り落ち、ひいては国民の全体にきんてんするというのである。

 だが、事態は机上のシナリオどおりには進まなかった。

 2003年春の株価上昇につられるようにして景気は回復したのだが、それは外国、とくに米中への輸出が伸びたからであった。…国際競争においては価格競争が重視されるから、そのためにはリストラが有効だった。…国内を牽引するのでなく、切り捨てたのである。

 実際、2003年から08年までの緩やかな景気回復期において、賃金分配分が下がるという現象が見られた(厚労省「毎月勤労統計調査」)。戦後の日本では、景気回復期には企業収益の増額とともに賃金も上がり、従業員は企業とともに景気回復を実感できるという傾向がみられた。ところが今回、初めてこの傾向が消えたのである。利益は、大企業従業員の賃金にすら還元されなかったのだ。高利潤率の輸出大企業が不振産業の労働・資本・土地を引き受ける『トリクル・ダウン』が生じるどころではなかった。それどころか、低利潤率の産業のほうが製造業の断行するリストラの受け皿になったのだ。…

 結局のところ、米国経済がバブルに沸いたころには輸出主導で成長率は高まったものの、儲けは米国債に回され、リーマン・ショック以降は円高で輸出そのものが不可能になってしまった。『改革』や『国際競争力』という言葉が財界で飛び交っているが、それは自社だけは輸出で生き延びたいというに過ぎない。国策の次元では、米国債を買い支えることが隠された意図なのである。それをさらに言い換えたのが、TPP参加論の正体だろう」(松原「国際競争力より内需創造力」農文協ブックレット2『TPPと日本の論点』所収)。

 松原氏はこのように述べ、(1)輸出大企業中心の「景気回復」はリストラと国内切り捨てによるものであり、しかもそれは米中の危ういバブルに便乗したものでしかなかったこと、(2)その景気回復による恩恵は大企業従業員にすら「滴り落ち」ず、米国債や海外現地生産等の海外投資に向けられたこと、(3)そうした小泉的構造改革路線の今日的再構築がTPPにほかならないこと、を明らかにした。

▲目次へ戻る

投資立国化路線と国民のあつれき

 じっさい、日本の「投資国家化」は着実に進んでいる。

 財務省が2月8日に発表した国際収支状況によると、2011年の貿易収支が1兆6089億円の赤字に転落したのに対し、所得収支すなわち外国証券や海外子会社などへの投資から得られる利子・配当収入による黒字は前年(10年)より2割多い14兆296億円にのぼった。このように所得収支が貿易収支を上回るようになったのは05年以降のことで、まさに、松原氏が指摘する地方切り捨て、大企業従業員すらおこぼれにあずかれないトリクル・ダウンの消滅と軌を一にしているのである。

 さらに、このような傾向をTPP交渉参加九カ国との関係で見ると、日本のこれらの国への輸出は全輸出のおよそ25%だが、同じこの9カ国への海外直接投資は全投資の4割に達している(経産省資料による)。

 こうして日本の輸出大企業は〈国内生産・製品輸出〉から〈海外投資・海外生産〉にシフトし、輸出減・逆輸入増に転換するとともに〈投資で稼ぐ〉グローバル企業に変身しつつあるのである。99年に100兆円に満たなかった日本の対外純資産は09年には266兆円まで増大し、世界最大の純債権大国となった。こうした投資権益を守り拡大するのは日米大資本の共通の関心事となっている。

 かかる状況は、TPPは貿易立国を守るためなどと言われるが――それすら今では国民利益と合致しなくなったのだが――、こんにち的にはむしろ国内に見切りをつけた、対海外投資立国化という側面からも見なければならないことを表している。

 かくしてTPPは輸出大企業の投資利益を最大化する道具にすぎず、環流した配当金等その利益は(海外でそのまま留保する分も含めた)内部留保や海外再投資に向かい国内に向かわず、国内産業を空洞化させ雇用を奪い、地域経済や内需産業を壊す、最も国益に反する「連携」協定なのである。

▲目次へ戻る

ダブルパンチを受ける農家農村

 このようなTPP=投資立国化路線は、主業、非主業を問わず農家の暮らしと経営の持続性も危うくする。米どころ新潟県でTPPが県内地域経済や福祉、行政等に及ぼす広範な影響をまとめた鈴木亮(農民連新潟事務局長)、伊藤亮司(新潟大助教)の両氏は大要次のように述べている。

「多くの兼業農家にとって兼業先が安定しないことには暮らしがままならないのは言うまでもない。その意味で農家の持続性は地域で働ける産業がしっかり安定することが前提です。ところがその産業が「国際的」に展開すると農家の兼業先としては機能しなくなる。転勤や出張が広域であるいは「国際的」に行われれば土日に田植えをすることも適わない。少なくとも兼業農家とTPPは両立し得ないのです。…

 また、兼業先の衰退は、計算上の稲作自家労賃をも下げてしまうため、影響は専業層を含む全農家に及びます。…現在の戸別所得補償制度は家族労働費の80%しか補填されない限界をもっていますが、…その単価の算出は地元の雇用賃金を参考にして決められています。そのため、地域の産業が衰退し賃金が引き下げられるとその分、家族労働費の単価も引き下げられます。新潟県の場合この10年間で1700円から1300円台まで下がってしまいました(年収時給換算)。原因は地域における労賃水準の低下です」(岡田知弘ほか編『TPPで暮らしと地域経済はどうなる』自治体研究社、2011年)。

 かくしてTPPは、かたや国内市場開放による農産物価格の下落により、かたや投資立国化路線=他国への市場進出による国内産業の空洞化と雇用減によって、農家にとって専兼問わずダブルパンチなのである。

▲目次へ戻る

地域に根ざす循環型産業構造の創造でTPPを跳ね返す

 思い出すだに怒りがわいてくるのは前原誠司外相(当時)によるあの1.5%発言である。前原氏は農林水産業とその他二次三次産業全体を対立させて、犠牲になっている後者のためにTPP参加が必要だと言ったわけだが、以上見てきたようにその構図は真っ赤な嘘であった。正しい構図は〈農業VSその他すべての産業〉ではなく、〈国内に基本を置いたすべての産業VS国を見捨て自社従業員へのトリクル・ダウンすら眼中にない、海外投資利益の最大化を目論むほんの一握りの輸出大企業〉なのである。

 東京大学大学院教授の鈴木宣弘氏は近著『よくわかるTPP48のまちがい』で、農業を1.5などという数字で見るのでなく、さまざまな地場産業との関連で見ることの大切さを指摘し、次のように述べている(木下順子氏との共著、農文協ブックレット4)。

「…1.5%の一次産業のGDPを守るために98.5%を犠牲にするのかといった議論も、『わずか1.5%の一次産業』という考え方がまず問題である。一次産業の生産がGDPに占める比率は1.5%でも、農林水産業がそこで展開されていることによって、食品産業や流通などいろいろな産業が成り立ち、商店街が成り立ち、コミュニティが成り立っているのが地域社会の現実である。北海道は農業と食品関連産業に支えられているし、九州農政局の資料によれば、鹿児島の製造業の58%が食品関係である。北海道、九州に限らず全国各地がそうなのである。

 また、TPPに参加すれば「98.5%」が成長できるというのも間違いである。輸出が伸びたとしても、日本の輸出のシェアはそもそもGDPの15%程度である。それが大事だということは認めるが、韓国のように、それが4割もある国とは全然違う。また、もし輸出が伸びたとしても、専門職の労働力が自由化されれば、工場は日本にあっても、そこで働く外国人が増える。日本の若者の今後の就職は、賃金は、所得はどうなるのかについて、不安を払拭する説明は得られていない。

 だから、TPP問題は、「農業保護をとるか、TPPの利益をとるか」の二者択一の問題ではない。また、「農業保護VS国益」の構図で議論できるものでもない。TPPに参加すれば、被害を受けるのは農業者だけではなく、製造業における雇用喪失、金融・保険・法律・医療・建築など、労働者(看護師・介護士・医師・弁護士など)の受け入れを含むサービス分野の損失、繊維・皮革・履物・コメ・乳製品などの重要品目の損失、食料生産崩壊による国家安全保障リスク増大、水田の洪水防止機能・生物多様性の喪失、国土・地域の荒廃など、非常に広範な分野に損失が及ぶのである。だから、農業だけが打撃を受けるかのように問題を矮小化して、『農業をなんとかすればTPPに参加できる』というのは、間違った議論なのである」。

 農業にしろ商工業にしろ、そのGDPに占める割合の大小でものを言うのはやめよう。貿易や海外投資が大きくなるほど豊かになれるというのも幻想だ。大事なことは、私たちの生きるこの日本の大地と地域に根ざし、地域を回る循環型産業と雇用をどうつくっていくかという視点である。TPPがその敵対物であることはあきらかだ。

(農文協論説委員会)

▲目次へ戻る

「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2012年4月号
この記事の掲載号
現代農業 2012年4月号

特集:技あり! 植え方でガラリッ
培土代を安く/育苗でガラリッ/ラクラク盛り土・モリモリ樹勢回復/本当は儲かる自伐林家/鶏を自分で解体して売る/田植え機はサビ止めが命/春の野山活用術/機械の更新をどうするか/田植え機メンテで、さらば欠株・転び苗 ほか。 [本を詳しく見る]

TPPと日本の論点 TPPと日本の論点』農文協 編

特設サイト [本を詳しく見る]

よくわかるTPP 48のまちがい よくわかるTPP 48のまちがい』鈴木宣弘 著 木下順子 著

米韓FTA批准が強行採決された韓国で20〜40代の青壮年を中心に強い反対運動が起きている。国民的議論に付さないまま進めてきたこの協定が、とてつもない屈辱的、売国的条項に満ち満ちていることが白日の下にさらされたからだ。 今、米国議会では「TPPでは韓国から引き出した以上の譲歩を日本に迫る」という驚くべき議論が展開されている。本書はそうした状況や米韓FTAの内容も紹介しながら、TPPを推進する側の論拠、主張を48項目に整理し、そのまちがいを一つひとつ丁寧に解説した。各項目読み切りでどこからでも読める。
[本を詳しく見る]

異常な契約-TPPの仮面を剥ぐ

田舎の本屋さん 

前月の主張を読む 次月の主張を読む