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農文協トップ主張 2012年12月号

「協同の出番」に打って出る農協群像
農協は地域に何ができるか

 目次
◆東電がもし協同組合であったなら!
◆地域と農業に根ざしてこそ発揮できる、新しい社会づくりの資質
◆農をつくる
◆地域くらしをつくる

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東電がもし協同組合であったなら!

 市場原理一辺倒の経済社会のありかたに異を唱え、最近は反TPPや脱原発でも活発な発言をおこなっている経済評論家の内橋克人さんが、「協同」に熱い期待を寄せている。

 昨年6月、東京電力株主総会で402人の個人株主が共同提案した脱原発議案が、あっけなく否決された。3・11のわずか3カ月後、事故の、いまだ真っ只中でのこの光景をみて内橋さんは言う。「東電の個人株主は、株主数で99%、74万人を数えるが、株式の割合では44%に過ぎない。一方、株主数ではわずか1%の大株主が56%の株式を保有する。…社会的公器であるはずの東京電力を制しているのは、人間ではなく『マネー』であった。…マネーが生命を超え、人間存在を危機に立たせ」ている。

 これがもし、東電が協同組合であったならば「風景は一変するだろう」と内橋さんは続ける。

「協同組合ならば、かくも多数の人が声を挙げれば原発を止めることができた。1人1票という協同組合原則が経済社会の根底に構造化されておれば、人間の『生存条件』を危うくするほどの『生産条件』は、それがいかに競争上有利なものであろうと、許されることはない」。

 マネーが制する生産のありかたが、人間の生存を危機に立たせている。――東電株主総会が見せたこの情景はしかし、世界の「今」なのである。

 1日1ドル、80円にも満たない収入で暮らす人が世界に13億人いる。世界の7人に1人、9億2000万人の人が飢えに苦しんでいる。この飢餓人口は、3秒に1人、年間900万人が餓死してなお増え続けている。市場原理の本家アメリカでも、平均所得の中位以下の人びとの所得の合計額が、わずか400人の超富豪層によって占められている。超農業大国でありながら日々の食事に事欠き、「フードスタンプ」(食料購入費補助制度)や学校給食費補助を受ける人が全米で7200万人、全人口のじつに23%に及んでいる。日本でも小泉構造改革以降、超低賃金・不安定な就業条件に脅かされる非正規雇用従業員は若者の7割を優に超えた……。マネーが制する「競争上有利な生産条件」=市場原理至上主義の地球大の進展によって格差と貧困、餓死が常態化した。

 かくして「競争セクター一辺倒の経済」に対して、それを整序する「正当な政府機能」の回復とともに、人間社会はもうひとつのセクター、参加、協同、共生を原理とする「共生セクター」を必要としている。その中心に立つのが協同組合だと内橋さんは強調する。

 マネーに支配された世界を変えるのは「『ウォール街を占拠せよ』などの運動だけではない。むしろ、日常的な活動として人々の生活の中に食い込んでいる協同組合が、新しい経済構造をつくる主役になり得るはずなのである」(強調は引用者)。それは、協同組合が単に社会運動や仲間クラブではなく、「運動性と事業性が両立した経済行為」をおこなうものだからであり、そうであってこそ現実の資本主義的企業経営に対抗でき、「本当の意味の社会転換の力」を発揮しうるはずだからだ。

 単に運動でなく、単に企業でもない。協同組合とは、共通の目的に向かって自発的に結合した組合員の自治的組織(アソシエーション)によって所有され管理・運営される企業体(エンタープライズ)だ、というのは周知の定義だが、この、運動と経営、自治と企業の両立を目指す“悩ましい存在”だからこそ、協同組合は新しい社会づくりに挑戦できる価値と資質を有している。国際協同組合年全国実行委員会代表も引き受けている内橋さんは、「協同組合は一般に知られている以上に大きな力を持っている」として、JAあずみのやJAひろしまの活動も例に挙げ、「いまこそ『協同』の出番と呼ぶべき」時代だと熱いエールを送り、記事を締めくくっている。

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地域と農業に根ざしてこそ発揮できる、新しい社会づくりの資質

 あたかも内橋さんのエールに応えるかのように、全国の農協が、新しい社会づくりに挑戦できる資質を有していることを全面実証する本ができた。題して『農協は地域に何ができるか』(シリーズ『地域の再生』第10巻)。協同組合運動、とりわけ農協の事業と運動の研究に長年携わってきた三重大学特任教授・石田正昭さんの書き下ろし作だ。

 社会を変えるというばあいのその社会とは、ウォール街のデモが訴える社会一般のみではなく、より具体的・実践的には地域をさす。人びとが「日常的な活動」と「生活」を営む地域社会である。そして、その地域社会に根ざした協同組合の雄が、“イエ・ムラ農協”ともいわれてきた農業協同組合であることは言うまでもない。

 その序章で石田さんは言う。こんにちの社会の中で「協同組合の位置なり有用性を深く理解したならば、協同組合は今までの協同組合ではあり得」ず、「軌道修正」が必要だ。それは「ごく手短かに言えば、地域社会に責任をもつ協同組合として、共助・共益の組織から、共助・共益の組織ではあるものの公益をも配慮した組織へと移行すべきことをさしている」。なぜなら、「協同組合と地域社会は分かちがたく結びついて」おり、「地域社会の発展なくして協同組合の発展はなく、協同組合の発展なくして地域社会の発展はない」からだ。国を捨て、地域を捨て、ひたすらマネーの効率を追い求め、海外投資立国化路線をひた走る資本主義的企業経営との根本的違いである。

 ここで石田さんが「共助・共益の組織ではあるものの公益をも配慮した組織へ」と言うのは、単にあれもこれもと両者を並列させ、あるいは後者へ重心を移せと主張しているのではない。組合員の共助・共益を拡大していくためにも組合員が住み、暮らす地域社会の公益を追求し地域を豊かにしなければならないし、公益を追求するためにもその土台たる組合員の共助・共益を追求しなければならない。両者は「分かちがたく結びついている」からだ。農家率50%以上の農業集落が1970年の78%から2010年28%へと激減したこんにちではなおさらである。

 このような農協を石田さんは「地域社会に責任をもつ農協」と名付けるのだが、その大前提はしかし、やはり農業だと言い、次のように説明する。

「『地域社会に責任をもつ農協』をめざす以上、その運動の賛同者を増やすことが大前提である。それも農業協同組合である以上、農業振興に力を入れ、そのことをもって地域からの信頼を集め、食料の生産と消費の経済的領域における社会的連帯の輪を広げるように努力しなければならない。これは農業協同組合だけがなしうる農協固有の価値である。

 巷間、准組合員が正組合員を人数的にオーバーしたことを問題視する論調に出あうことが多いが、生産と消費の社会的連帯を考えれば、この数的逆転はむしろ当然のことであって、農協運動が地域で正当に評価されていることの証左である」。そしてそれは、「農業振興なくしてはほとんど不可能である」。

 准組合員の増大は農協運動への評価の向上とイコールであり、しかもその土台は農業だ。石田さんはこのように述べ、その前提の上でさらに農協が取り組むべき地域社会の課題として、雇用(仕事おこし)、保健と医療、環境・エネルギー、高齢者福祉、次世代対策、障害者の社会参加などをあげている。

 本書は以上のような基本視点の下、〈農をつくる〉〈地域くらしをつくる〉〈JAをつくる〉の三部構成で書かれているが、そのおもな章立てを拾うと以下のとおりだ。

 販路多角化で担い手をステップアップさせるには/事業・経営革新で水稲兼業農家を元気にするには/技術革新で出荷組織を大きくするには/農協と労協の連携/信用・共済事業分離論を排するには/農協の総合力や女性部パワーで地域社会を活性化するには/支店を基点にJAをつくり変えるには/教育広報活動でJAをつくり変えるには/合併しないで合併効果を生みだすには/JAを変革するトップをつくるには、等々。

 扱う内容は多岐にわたるが、いずれも事例に即し、組合員農家と地域に信頼され、その事業と運動を伸張させる要諦と成功のヒントが満載されている。

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農をつくる

 日本の農業総生産額は恒常的な輸入圧力と円高などにより1985年の11.7兆円をピークに2010年には8.1兆円まで後退を余儀なくさせられたが、それに占める農協販売のシェアもじわじわと下がりつづけ、同じ期間、60%弱から51%ほどになってしまった。パイ自体が減っている中でさらにそのシェアを減らしているのだから事態は深刻だ。

 かかる事態は、「卸売市場流通や食管制度は、協同組合の助けあいのなかから生みだされたものというよりは、行政庁による政策誘導とそのなかに連合組織が深く組み込まれた結果の産物」であり、「このシステムに乗っかっているかぎりは本当の意味の『組合員主権』というものはない」。石田さんはこのように述べ、組合員主権の確立と生産増、販売増をセットで実現するキーワードを「意味的情報を乗せた、物動主義からマーケティング主義への転換」とし、「販路をもった生産指導」の重要性を強調する。

「マーケティングとは、単にモノを売ることではなく、素材の価値、文化の価値を生活者に伝えることだとすれば、(中略)こうしたプロセスを欠いた卸売市場流通とりわけ無条件委託販売では」ダメで、今日の農協営農事業には自分たちのつくった農産物を通して生産者と消費者が交流できるような「マーケティング主義」の確立が必要だ。

 そして、今ではよく知られるJA甘楽富岡によるインショップや複合予約相対取引の導入とステップアップシステムの実践を改めて分析し、その成功要因を、個人的な指導、販路をもった生産指導、平等と公平の両立に基づく厳しい品質評価、の三点に求めている。

 産業組合発足以降の歴史をふり返るまでもなく、国家主導で形成されたわが国農産物市場の閉鎖系が地球規模の「開放系」に転換され、その拡張に脅かされているというのが現在の農業農村の姿だが、「この動きに真っ向から対抗するには、消費者・地域住民との連帯のなかで本当の意味の『組合員主権』を確立することが必要」だ。意味的情報を乗せ、新たな販路を開拓し、生産・販売増と生産者手取りアップを実現する。石田さんは、そのような資質と力量はどこの農協にもあり、発揮できるものだと、米、畑作、果樹、畜産などの事例も紹介しながら強調している。

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地域くらしをつくる

 本書の第2部「地域くらしをつくる」は5つの章からなっているが、その最初と2番目の章が信用・共済事業のテーマになっている。暮らしを扱う部のトップと2番目がなぜ信用・共済なのか。石田さんはそこに協同組合たる農協の信用・共済事業と、営利会社たる一般の金融・保険業との違いをハッキリさせるねらいを込めているからだ。

 農協の信用・共済事業は、組合員経済が営農・暮らし・金融一体のものとして営まれていることに対応し、その総合経営の一環としてなされてきた。にもかかわらず近年、その総合性を否定するいわゆる信共分離論が執拗に叫ばれている。その発信元は財界や米国の大手保険会社の意向を受けた在日米国商工会議所などだが、彼らにとって農協は、「(1)その農村市場支配が金融、保険、生産財、消費財のあらゆる面に及ぶ点で、(2)それら多角経営のどんぶり勘定により低収益部門をカバーしつつしぶとくサバイバルしている点で、(3)零細な単協事業を全国段階に積み上げることで、全農が世界に冠たる事業独占力と価格交渉力を発揮している点で、問題である。要するに農協の総合性と系統性が彼らにとってはけしからん」ということなのである。

 しかし、こんにちでは金融と保険の兼業が解禁されたり、「税制の世界では『グループ法人税制』が導入され、親会社からグループ会社(完全子会社)への資金提供を通して、親会社とグループ会社の一体的運営を容易にするような措置が講じられた。こうしたことを、総合農協にかぎっては規制せよというのが信共分離論者の言い分なのである」。つまり財界は、自分たちには規制緩和を、農協には規制強化をと言っているわけで、自分本位のご都合主義でしかない。

 石田さんはこのように信共分離論の誤りをついた上で、しかし、昨今の支店金融店舗化と営農センターの分離は、「組合員経済においては営農経済と金融が一体化しているにもかかわらず、それを正しく受けとめられず、組合員ならびに組合員組織に多大な迷惑・不便をかける結果となっている。と同時に、それは、総合農協とはいうものの、じつは信用・共済事業分離が可能だということを自らが証明」することにもつながりかねない。それはまた、「営農経済に関心のない信用・共済担当職員、信用・共済に関心のない営農経済担当職員だけをつく」り、総合農協にあるまじき偏った人材しか農協にいなくなる危険にもつながっている。

 こう指摘した上で石田さんは“信用・共済事業を生活文化事業の中核にすえる”優れて協同組合的実践をおこなっているJA兵庫六甲の事例を紹介する。

「とりわけここで紹介したいことは二つあって、一つは信用・共済事業を金融事業とは呼ばず、生活文化事業の中に位置づけていること、もう一つは組織事業基盤の拡充という観点から、正組合員資格を見直し、正組合員の維持・拡大をはかるとともに、“地域に根ざした協同組合”として准組合員の拡大にも成功していることである」。

 JA兵庫六甲の生活文化事業は極めて多彩で、支店ふれあい委員会が主宰するふれあい活動、スポーツ大会、米粉クッキングコンテスト、食農活動、協同大学、ふれあい旅行、記念講演会などがしじゅう開催され、さらには特別養護老人ホームや地区を越えて被介護者を募集できる小規模多機能型居宅介護事業などにも取り組んでいる。

 こうした地域密着型日常的生活文化活動の土壌の上に、法律、税務、年金、相続、融資などの相談に応じる専門部署を設け、「窓口相談員」や「くらしの相談員」が出向く「一緒に寄りそう相談活動」の実践に努めている。こうして、「信用・共済事業はそれ単独で成立するのではなく、組合員のくらしの領域に深くかかわってこそ、その意義もより深まるという関係が成立していることを表している」。

 JA兵庫六甲の今ひとつの注目すべき活動は、組織基盤強化の取組とその考え方だ。2000年4月の合併時、正准あわせて4万561人だった組合員を12年3月現在、8万8098人へと2倍以上にふやした。准組合員を3倍強に増やしたのが大きいが、阪神という都市部にもかかわらず正組合員も32%増やしているのがすばらしい。

 その決め手は正組合員資格の見直し、すなわち耕作面積要件の削除である。代表理事組合長の村山芳樹さんは、「都市化地帯なので黙っていても農地は減る。そうではあるが正組合員を減らしてはならない。合併当初の耕作面積要件は5aだったが、阪神間ではこれでも大きすぎる。農地は失っても市民農園や家庭菜園などで農業をやっていれば、正組合員でいられるようにしたい」と考えるようになり、上記の措置をとった。

 石田さんはこのような取組を高く評価し、「これまで農協発展に尽力してきた農業者が、農地の出し手になったとたん正組合員の資格を失うというのは、どう考えても不合理である。農地は貸しても農作業を行なうというのは、土地もち非農家のみならず、農村にくらす者にとっての農的な生き方の基本をなしている。この点を捉えるならば、耕作面積要件を外すというのは現実的な選択だ」と述べている。

 四六判300ページを超える石田さんの労作を本欄で紹介し切れるものではもとよりないが、あえてその一端でもお伝えしたかったのは他でもない。マネーが制する生産のありかたが、人間の生存を危機に立たせている。それを根本からただし新しい社会をつくるのは協同組合の責務であり、かつ、その実際の資質と力量が、地域と農に根ざした農業協同組合には蓄積されているということである。時代は今、農協と農協人のその力量発揮を待っている。

(1)内橋克人「『社会変革の力』としての協同」『世界』2012年11月号。(2)「協同組合のアイデンティティに関するICA声明」。(3)田代洋一『農政「改革」の構図』

(農文協論説委員会)

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現代農業 2012年12月号
この記事の掲載号
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