主張
ルーラルネットへ ルーラル電子図書館 食農ネット 田舎の本屋さん
農文協トップ主張 2013年2月号

企業経営の論理で地域経営を論ずる「道州制」を排す

 目次
◆財界主導の道州制と市町村合併
◆宮城・石巻で起きていること
◆企業経営の論理と地域経営の原理
◆地域経営の原理に立つ雑誌『季刊地域』

企業経営の論理で地域経営を論ずる「道州制」を排す

 原発、TPP、消費税などを問い、12党が乱立した総選挙が終わった。だがこの稿を書いている時点では、その結果はまだわからない。しかし、どの党が主導権を握ることになろうと、自民党、みんなの党、日本維新の会など多くの党がその推進を公約に掲げている「道州制」が、今後、大きな焦点となっていくことは間違いない。現行47の都道府県を廃止し、市町村を合併して人口15万〜40万人程度の基礎自治体としたうえで、全国を10前後の広域自治体の道州に再編成する道州制とはどのようなものか。

▲目次へ戻る

財界主導の道州制と市町村合併

 政界で道州制の動きが急浮上するのは当時大阪府知事だった橋下徹氏が「関西州」の「州都」をめざして大阪都構想の実現を掲げる地域政党大阪維新の会を立ち上げた2010年ころだが、財界はそれよりも早く、道州制を「究極の構造改革」として、2003年ころからくり返し政府に要求してきた。

 財界が道州制に執着する理由を京都大学大学院経済研究科教授の岡田知弘さんは、以下のように解説する。

「御手洗冨士夫前日本経団連会長は、『文藝春秋』2008年7月号で、単純明快に説明した。すなわち、日本の成長力を取り戻していくためには、多国籍企業が立地しやすい国際空港、港湾、都市高速道路等のインフラ整備が必要であり、そのための財源を、都府県と国の出先機関を廃止することによって得るためであると明言した。また、市町村についても大規模合併をすることを求めている。ちなみにこのような公共部門の縮小再編によって捻出される財源規模は、5兆円を優に超える。しかも、国が介在する地方財政調整制度も廃止することによって、州政府が企業誘致競争をすれば、各州の活性化が図れるという考え方である。そこでは、多国籍企業の利益がすべてであり、そのための『国のかたち』の再編を強調しているのである」(「地方自治を破壊する大阪都・中京都構想、道州制論」農文協ブックレット『TPPと日本の論点』)。道州制とは、自治体が自治体であることをやめ、もっぱら大企業誘致を競い合わせるものにほかならず、その行きつく先は、今日のシャープやパナソニックの大リストラをみるまでもなく、地域に雇用を増やすものではないことに注意が必要だ。

 財界は道州制の実現とともに、さらなる市町村合併も求めている。2003年、日本経団連が発足した直後に発表した「活力と魅力溢れる日本をめざして」では「社会資本整備や地域の環境対策などの内政分野については、各地域の州政府(全国で5〜10)、ならびに現在より広域的な自治体(300程度)の所管とします」と明記していた。

 平成の大合併の結果、1999年3月31日に3232あった全国の市町村は、2012年10月1日現在、1719となった。全国町村会は、2007年4月に「道州制と町村に関する研究会」(座長・大森彌東京大学名誉教授)を設置し、2008年、『「平成の合併』をめぐる実態と評価』という報告書を発行している。報告書はまず、「市町村合併は、地域に一定のプラスの効果をもたらしたことも事実である。第一に職員数削減、重複投資の解消による財政支出の削減、第二に市町村規模拡大による行財政基盤強化を活かした地域再生への取り組みが見られる。しかしながら、これらを単純に合併の効果としてのみ捉えるのは性急である」として、以下のマイナス効果を列挙している。

● 行政と住民相互の連帯の弱まり

 合併によって、新庁舎が置かれた地域以外では、役場が支所に置き換わった。また、職員削減により、支所機能がしわ寄せを受け、当初支所に一定数の職員を配置していたところでも、その後支所の職員数を削減する動きがある。こうして行政と住民の距離感が拡大し、地域における行政の存在感が希薄化することにより、これまで培ってきた行政と住民相互の連帯が弱まり、住民の地域づくり活動に支障が生じている事例が多く見受けられた。

● 周辺部となった農山村の衰退

 合併により周辺部となった農山村の衰退に拍車がかかった。役場がなくなることによる経済波及効果の減少が指摘されるが、それ以外に、役場の存在によって保たれてきた安心感の喪失も、農山村にとっては大きな損失である。

● 過大な面積をもつ市町

 人口密度を考慮せずに、人口規模を重視して合併が進められたため、過大な面積をもつ市町が多数生まれた。明らかに日常生活圏を超えた合併が行なわれ、周辺部となった地区の人口減少をきたしているケースがあった。

▲目次へ戻る

宮城・石巻で起きていること

 東日本大震災の被災地では、そうした合併のマイナス効果がいっそう増幅されている。宮城県では、県の強力な指導により、石巻市と河北町、雄勝町、河南町、桃生町、北上町、牡鹿町の1市6町が合併して、2005年4月、新しい石巻市が誕生した。人口16万9000人、面積は555km2という広域大合併である。旧石巻市にとっては「周辺部」である旧牡鹿町、旧雄勝町の被災と復興の状況について、二つの「河北新報」記事を見てみたい。

■震災と平成大合併(上)、石巻市 職員数4割(2011年10月16日)

「『本庁とは衛星電話で何とかつながっていたが、向こうは向こうで手いっぱい。こっちはこっちでやるしかない状態だった』。牡鹿総合支所長だった成沢正博さん(60)は震災直後を振り返る。太平洋に大きく突き出した牡鹿半島にある旧牡鹿町は、大津波で各浜が壊滅的な被害を受けた。震災で道路は半島の各所で寸断され、一時は陸の孤島と化した。当時の支所の職員数は合併前の約4割の47人。本庁からの支援が得られず、限られた人員で初動対応を余儀なくされた。旧市内に通じる道を確保するため近隣の建設業者に掛け合い、物資を取りに車で旧市内に向かうことができたのは、震災発生から5日目だった」

■震災と過疎、石巻・雄勝町の今(下)進まぬ計画/合併影響、人手が不足/高台移転、溝埋まらず(2012年3月18日)

「『こんな計画、賛成できるか』『真面目に議論する気ねえだろ』。昨年11月下旬、石巻市雄勝総合支所の集会室は怒号に包まれた。市が復興計画策定に向けて開いた住民懇談会。津波で流された旧雄勝町中心部の住宅地を町北部の原地区に移す市の素案に対し、出席した一部住民が強く反発した。旧町中心部は震災前、全体の半数以上の800世帯が暮らしていた。地域唯一の商店街もあった。地元を離れることに抵抗感が強かった」

「住民は言う。『中心部がなくなれば、雄勝が消滅するのと同じ。住民の声が反映されていない計画なんて賛同できない』。懇談会は反対派の理解を得られないまま散会した。それ以降、旧町中心部の復興計画作りはほとんど進展していない」

「2005年の市町村合併の影響が背景にあるとの指摘がある。総合支所職員は合併以降、削減が進み、合併前の約3分の1の36人。土地利用はわずか2人が担当。『言い訳はしたくないが、意見集約に力を割けるほどのマンパワーはなかった』。相沢清也支所長(58)は打ち明ける」

▲目次へ戻る

企業経営の論理と地域経営の原理

 石巻市雄勝町の住民が反発している復興計画は、震災直後の4月1日に村井嘉浩知事の命を受けた宮城県土木部の特命チームが1週間余りで作成し、4月11日から21日にかけて被災自治体に原案を提示するともに、可及的速やかな計画策定を促したものだという。「高台移転・職住分離・多重防御三点セット」を基本とするその計画について、村井知事は4月23日、政府の第2回復興構想会議でつぎのように述べている。

「市町村が相当ダメージを受けてしまって、役場の機能が果たせないところがたくさんあります。このため、全くのおせっかいですけれども、私どもの方で具体的な市町村毎に町づくり計画を作って、たたき台をお示ししています」

 一方で村井知事はこうも述べている。

「一次産業につきましては、やはり集約化、大規模化、経営の効率化、競争力の強化。TPPになったとしても、外国にも負けないような競争力のある農業や水産業を育てていくべきだと思っています」「民間企業が入れるような、民間投資を呼び込むような施策をすることによってアグリビジネスを是非復旧させていきたいと考えています。この辺は是非国とも協力していきたいと思います」「(農家、漁師を)サラリーマン化するということについても、私は今ならできると思います。今後、来世紀、100年、200年の宮城県の農業、日本の農業、水産業を考えると、これくらい思い切ったことをやっていかなければ、私は日本の水産業、農業はもたないと思います」

 4月30日の第3回復興構想会議には経済同友会副代表幹事・専務理事の前原金一氏が出席し「復興に際しては、既存の制度や常識にとらわれることなく、従来の各県単位での地方振興策とは全く異なる発想が求められている。道州制の先行モデルをめざし、東北という地域が主体となって、地域としての全体最適を図るべき」と述べている。

 震災復興に乗じて東北に道州制の先行モデルをというこの動きに断固反発したのは福島県の佐藤雄平知事だ。

「現在も全国に避難している3万5000人を超える福島県民は、一日も早く『福島』に帰りたいと望んでおります。こうした被災者の願いを実現するため、それぞれの地域の実情に合わせて今、町、村も復興に意欲を燃やしているさなか、道州制を視野に復興を進めるという意見について、私は賛同できません」(5月14日、第5回会議)

 これ以降、復興構想会議で道州制が論じられることはなかったが、村井知事が述べたような「一次産業の集約化、大規模化、経営の効率化、競争力の強化」については議論が続く。第5回会議では、仙台大学教授の高成田亨氏(元朝日新聞経済部記者)がこう発言する。

「例えば養殖であって、今まで10軒でやっているところはもう10軒も要らないわけですね。こういう機会だったら5軒でできるかもしれないし、2軒でできるかもしれない。では2軒でやるというときに、それだけ漁業者の力がないのだったらば、例えばそこに水産加工業者が入ってきてもいいし、その辺の参入を自由にするというふうにやっていかないと。養殖も含めて漁業の中に民間企業を入れて活性化をしていくという刺激を与えていかないと、結局元に戻ってしまうというところだと思うんです」

 これに対し、岩手県の達増拓也知事は、同県重茂漁協の焼きウニ、ブランドワカメ養殖の実績を挙げながら「それだけの成果を、100人で100人が食べていくということをやっているんですが、企業経営でやれば、5人くらいでやれるのかもしれませんけど、そうすると、そこで食べて幸せに暮らしていた100人、200人は、もうそれまでの生活とか働いて稼ぐというのを奪われてしまうわけです」と反論。

 また中鉢良治氏(ソニー副会長)の「生産性を向上するというのは非常に厳しい言い方をすれば雇用を減らすことです。この矛盾は承知しなければなりません。小規模から大規模にしてコストを下げない限り、イノベーションではありません」「この震災を機会にして必要なことは、痛みを伴いながらも構造転換を進めることであり、既存事業を現状維持でそのまま続けることではないはずです」という意見にも達増知事が反論する。

「一次産業で高齢化、後継者不足というのが典型的に失敗とみなされるんですが、ある面は失敗かもしれないけれども、半分は成功しているところでもあり、まず高齢者だけでもやっていけるような高度な機械化なり、いろいろなシステム化なりで、高齢者でもやれる農業なり漁業なりというのが、これはすごいことだと思います」「世帯の立場に立ってみると、高齢者が主体になって一次産業をやっているというのは、ある意味合理的選択の結果、そうなっているというところもあるので、一概にそれをだめだとやると、かなり東北で今うまくいっていることとか、生きている人たちが全部ワイプアウト(一掃)される危険性があると思っています」

 村井知事、高成田氏、中鉢氏の考えは、「10軒が2軒になってもかまわない」「生産性が向上するということは雇用を減らすこと」という企業経営、とりわけ輸出依存型大企業の論理を地域経営に持ち込むものだ。これに対し、達増知事の考えは「企業経営でやれば5人でできても、100人いれば100人でやっていく」というもので、これこそが企業経営とは異なる地域経営の原理と言えるのではないか。ちなみに「東北州」の「州都」仙台市を擁する村井知事は、その後、橋下大阪市長とともに「道州制推進知事・指定都市連合」の共同代表に就任し、2012年11月21日には自民、公明、みんなの党に対し、道州制の実現を政権公約に明記するよう求めている。

▲目次へ戻る

地域経営の原理に立つ雑誌『季刊地域』

「いま、政治や経済がいかにゆるごうと、『ゆるがぬ暮らし』『ゆるがぬ地域』をつくり出そうとする実践が各地で行なわれています。本誌は、そうした人びとや地域に学び、地域に生き、地域を担い、地域をつくろうとする人びとの雑誌です」として創刊された『季刊地域』が4年目を迎えた。本誌と同時発行のその12号の特集は「薪で元気になる!」である。そのうち本誌昨年4、5、8月号でも紹介した高知県のNPO法人土佐の森・救援隊は、2010年から「限界集落在宅高齢者薪の宅配サービス」を実施している。同県の山間部では薪風呂を利用している高齢者世帯が多く、自力での、または親戚や知人による薪の確保ができなくなると、それが集落を下りて都市部に住むきっかけになることが多いからだ。

 その薪の原料になるC材を集積場に持ち込むのは、土佐の森が構築した林地残材収集運搬システムによって、おもに仁淀川流域に200人前後誕生した自伐林家の人びと。

 いま、林野庁がすすめている「森林・林業再生プラン」に沿った大規模集約施業のモデル事業では、1台1000万〜2000万円の高性能機械を3、4台使って、4人1班が1日に0.8ha間伐する。年間250日の稼働なら、年間間伐面積は200ha。10年で同じ山に戻るサイクルだと、2000haが必要ということになる。2000haでわずか4人だ。

 これが自伐林業であれば、100haで専業なら2、3人、副業型だとそれ以上が働けるので、2000haなら専業で40〜60人、副業型ならそれ以上ということになる。

 じつは日本の伝統的林業地域である奈良県の吉野林業には江戸時代から続く「山守制度」があり、それは「元来、山林を村外在住者へ譲渡したさいに、もとの所有者がそのまま山守になって、それ以降の保育・管理を受け持つもので、山林の所有権がさらに第三者に渡っても、従来の山守をそのまま継続するのが原則である」(半田良一「吉野林業を守った山守制度」農文協「明治農書全集」13巻『吉野林業全書・他』月報)。現在でも吉野には、1900haの山で66人の山守の人たちが働いているという。日本には地域の山や海を生かして、「企業経営でやれば5人でできても、100人いれば100人でやっていく」地域経営の原理があるのだ。

 さらに高知県は、国が大規模集約施業の「森林・林業再生プラン」をすすめる一方で、小規模の自伐林家に対しても独自の「自伐林家等支援事業」を行ない(和歌山、島根、岐阜にも類似の事業がある)、土佐の森が実施する「自伐林家養成塾」にも年間225万円を補助している。「薪で元気になる!」の土佐の森の記事には、その養成塾を受講し、自伐林家となった44歳の母親と19歳の息子も登場するが、親子が伐採した木のうちA材は林道わきに積んでおけば森林組合が県の支援事業で原木市場まで運んでくれる。また親子を見守る土佐の森の前理事長も現理事長も、「地域支援企画員」を経験した県庁職員OB。

 安易に都道府県の廃止を言い、数合わせで基礎自治体の人口さえ多くなれば、地方分権が実現するかのように道州制推進論者は言う。しかし「企業経営でやれば5人でできても、100人いれば100人でやっていく」地域経営の原理に立たなければ、地域は空洞化するばかりだ。『季刊地域』はその原理に立つ「地域経営の雑誌」である。

(農文協論説委員会)

▲目次へ戻る

「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2013年2月号
この記事の掲載号
現代農業 2013年2月号

特集:2013年品種特集号 愛しきマメ品種
直売品種最前線/加工・調理で広がるトマトワールド/こりゃうまい! 漬物に向く品種/たわわに実る 緑のカーテン/仕事がはかどる品種/最近話題の病気に強い品種/低コスト・省力のキク品種/自家採種なら安くてうまくて強い/オレのつくった新品種 ほか。 [本を詳しく見る]

季刊地域2013冬 季刊地域2013冬』農文協 編

特集:薪で元気になる!
地産地焼のしくみをつくれ/熱を電気でまかなうのは効率が悪い/買い物不便なむらが立ち上がる/住民で支える地域限定“タクシー”/「猿新聞」で心を一つに/マイクロ発電も固定価格で勢いがついた ほか。 [本を詳しく見る]

TPPと日本の論点 TPPと日本の論点』農文協 編

政治、経済、財政、金融、労働規制緩和、食、医療(保険)、生物多様性、環境などTPPがもたらす数多くの問題を徹底分析。 [本を詳しく見る]

復興の息吹き 復興の大義

田舎の本屋さん 

前月の主張を読む 次月の主張を読む