主張

コロナ禍後をみすえて
いま、農家力・地域力を高める時

 目次
◆発揮された自給、加工、共同の力
◆攻撃にさらされた相互扶助のしくみが国民を支えた
◆注目したい「地域づくりの重要性と出口戦略の提言」
◆「新たな世界」にむけた構想が求められる
◆地域と世界の新潮流がつくった新たな「基本計画」
◆「地域政策の総合化」と新たな国民運動

 今月号の緊急企画「コロナで見えた農家力」に込めた編集者の思い…。

 ――農家は「3密」とは対極の田畑で、日々地道に働いて、食べものをつくり出している。そこには、地に足をつけた暮らしの強さ、確かさがある。世の中が変わろうとしている今、「農家力」が新たな世界を切り拓くカギになるはずだ(94ページ)。

 農家、農村に取材に出かけることができない状況のなか、多くの農家から原稿をお寄せいただいた。そんな農家の声を励みにしながら、「新たな世界」を切り拓くカギになる「農家力」について考えてみたい。

発揮された自給、加工、共同の力

 「農家力」というと、その基本はやはり「自給」なのだと、改めて思い知らされる。

 10年前に新規就農してネギ農家になった静岡県磐田市の小城寿子さんは、「ネギ農家が米をつくりたくなった話」を寄せてくれた。

「有事のときもお米さえあれば大丈夫かも!? 今回のコロナ騒動で、真っ先に考えたことがこれです。保存がきいて主食になるお米があれば、突然収入が減っても少しは気持ちに余裕が持てそうですよね。しかも、パンデミック(世界的大流行)となると、急激な感染拡大で食料品の流通や販売がストップするかもしれません。そんなときはいくらお金があっても食べるものが買えず、生きていけないのです。

『お米さえあれば……』は極論かもしれませんが、あながち間違いともいえないでしょう」。

 こうして小城さんは、安くて小さい田植え機をネットで探し、知り合いのつてで田んぼを借り、近所の稲作農家やJA職員に相談にのってもらい、自家用米づくりをスタートさせた。

「多くの方々のご協力に感謝です。こんなご時世だからこそ、人とつながる1次産業のよさを再認識できました」。

 熊本県菊池市の村上厚介さんのところでは、近くに住む仲間たちから「これから経済破綻など何が起こるかわからない。自分の食べ物は自分でつくりたい」と相談があり、みんなで手植え、手刈り、天日干しで1町6反の米づくりを進めるという。

 飲食店へ米を販売してきた愛知県大口町の服部農園・服部都史子さんは、キャンセルが相次ぐなか、チラシなどで「私たち、この町の農家です! お米売ってます!」とアピール、分づき米など米のラインナップを充実させて、直売所のお客さんを増やしている。

「今回のコロナ騒動で、就農当初の『この町の、顔が見える人たちに食べてもらいたい』という想い・原点に立ち返った感じですね。地域の方もだんだんと、私たちからお米を買うことが地元の農業の応援につながると、認識し始めてくれています」。

 自給の延長にある地産地消や加工などの力も大いに発揮されている。

 福岡県朝倉郡の筑前町ファーマーズマーケットみなみの里では、売り先がなくなった学校給食用キャベツを、子どもたちにたくさん野菜を食べさせたいと、冷凍お好み焼きに大変身させた。大阪府能勢町の伊藤雄大さんは、売り先に困っている農家とともに野菜セットをつくり販売、「届ける直売所」だ。

 学校の職員や旅館など、仕事を失った人々の雇用を農家が受け皿になっている取り組みも紹介した。「雇用」というより、困ったときの助け合いだ。

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攻撃にさらされた相互扶助のしくみが国民を支えた

 ところで、新型コロナは飲食業や観光業、文化事業にかかわる人々などに大変な痛手をもたらしているが、パニックや混乱が起きているわけではない。国民は不安を抱えつつ自粛生活を受け入れ、身動きがとりにくいなかでも、人とのつながりや助け合う小さな工夫を大切にしている。外出自粛には、自分の安全だけでなく「人さまに迷惑をかけたくない」という気持も強く働いているように思う。これは人々が持ち続けている共同の精神のあらわれなのではないだろうか。

 これをたどっていくと、農家や庶民が伝承してきた相互扶助の精神に行きつくような気がする。近代市民社会的にみれば民主主義、あるいは「一人は万人のために、万人は一人のために」という協同組合の精神ということになろうか。

 農協も、人手不足で悩む農家と仕事を失った地域の人をマッチングするなど、国民への食料供給にむけて地域の農業を守ろうと奮闘している。布マスクを手づくりして地域の人々に無料配布したJA女性部も少なくない。数十年前から宅配事業を手掛けてきた生協は、急激に増えた需要に応えようとがんばっている。医療の現場でも、医療の崩壊を食いとめよう必死だ。

 コロナ禍のなかで国民の生活を支えているのは、規制改革会議や安倍官邸政治が進めてきた経済至上主義と競争原理、食料の海外依存と農家減らし、JA解体攻撃、地域医療縮小路線ではなく、そんな逆境に抗い、守ってきた地域農業、地域自治、協同組合などの相互扶助のしくみなのである。

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注目したい「地域づくりの重要性と出口戦略の提言」

 それでは、農家力がカギとなって切り拓く「新たな世界」はどのような世界で、どのように切り拓かれるのだろうか。ここで、一つの提言に注目したい。

 持続可能な地域社会総合研究所・所長の藤山浩さんは5月1日、「コロナ危機下における地域づくりの重要性と出口戦略の提言」を発表した。藤山さんは農文協刊「シリーズ田園回帰」(全8巻)の第1巻『田園回帰1%戦略 地元に人と仕事を取り戻す』の著者。本書は販売部数1万部を超え「田園回帰」のバイブル本として評価されている。その後、藤山さんの編著で「図解でわかる田園回帰1%戦略」(3部作)も発行され、田園回帰の現場での実践書として自治体職員などで活用されている。

 藤山さんは、この提言の冒頭でこう述べている。

「私たちは、コロナ危機に対して、むしろ従来から共に取り組んできた地域づくり手法を活用しその体制や取り組みを進化させることが、長期的な視点において持続可能な地域社会実現につながると考えています」。

 自治体の中には、地域づくりの取り組みを一時棚上げして、コロナ危機に集中しようとする動きもみられるが、いまこそ地域づくりのギアを入れる時だ、というのが藤山さんの主張だ。

 提言では、ウイルスの爆発的な流行の背景には、「大規模・集中・グローバル」という今の文明の設計原理があること、そしてこの危うさを直視して、東京一極集中を解消し、持続可能な循環型社会へと舵を切る時が来ていることを指摘する。さらに、ウイルス危機だけでなく、例えば国内でも首都直下地震、世界的には地球温暖化といった巨大リスクが待っているとしたうえで、転換の方向についてこう述べる。

「循環型社会への転換を図るのであれば、『小規模・分散・ローカル』の設計原理で動く地方の出番となります。経済対策は未来志向で進めるべきです。再生可能なエネルギーや資源の多くが存在する農山漁村を甦らせる国民的な事業が必要だと考えます」。

 そして「地方の独自性と潜在力を活かす戦略」として①自治体ごと、地域ごとのデータ分析が出発点 ②地域ごとの危機の現状、弱み、強み等の見取り図を描く ③今こそ、お金を地元でしっかり回していく ④計画的な田園回帰、定住促進の実施 の4点をその方法とともに提示する。

 田園回帰をめぐってはこう述べる。

「このままでは、東京をはじめとする大都市で大量の失業が発生します。リモートワークが可能なら、よりリスクが低く再生可能資源に恵まれた地方定住が進むでしょう。もちろん、大量の地方移住を直ちに行なえば、感染拡大の引き金となってしまいます。客不足で喘いでいる観光施設や空き校舎、空き家等を活用して待機施設をつくり、計画的に進めていくのです」。

 地方への移住希望者は増えているが、しばらくは感染拡大の懸念もある。そこで待機施設をつくり、安全の確保と移住にむけた学習や準備をすすめてはどうか、ということで、藤山さんも島根県内の自治体と協議を始めたという。

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「新たな世界」にむけた構想が求められる

 提言の最後には「政策提言」として、「日本版『民間国土保全隊』=グリーンレンジャーの地方配置を」と訴え、そのお手本として、世界大恐慌期、当時の大統領F・ルーズベルトによる「民間国土保全隊」のことを紹介している。

「1935年には、50万人を超える若者が、全米2650箇所のキャンプで田園地域における植林や公園整備等の自然資源の保全に取り組んだのです。この資源保全、若者の失業対策・教育訓練、地方の人材活用と経済活性化を組み合わせた事業は、ニューディール政策の中で最も評価の高い取り組みとされています。日本版は、『グリーンレンジャー』と名付けてはどうでしょうか。地方からの循環型社会への先着に向けて、地域住民と共同で、森林や農地、海岸の保全、再生可能エネルギー施設の建設、『小さな拠点』や『地域循環共生圏』の形成、次世代型の交通インフラ整備等に取り組むのです。全国各地でがんばっている地域おこし協力隊との連動も有望だと思います」。

 大きな構想である。「田園回帰1%戦略」の「1%」には、大きな話ではなく地元が主体となり、見通しをもって確実に実現することの大事さが込められているが、これを大事にするとともに、「新たな世界」にむけたスケールの大きい構想が求められる。それぐらいに、この新型コロナ禍が与えた衝撃は大きく、構造的である。

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地域と世界の新潮流がつくった新たな「基本計画」

 藤山さんのいう『小規模・分散・ローカル』の設計原理で動く「地方の出番」に役立てたい国の政策が、コロナ騒動の真っ只中に誕生した。3月31日に閣議決定された新たな「食料・農業・農村基本計画」である。

 この基本計画が策定される過程では大きな出来事があった。「農業の成長産業化」に傾斜した計画になる恐れがあると、計画への緊急提言が相次いだのである。

 全国町村会(926町村長の連合組織)は以下のように緊急提言を発表した。

「国は、農林水産物輸出の1兆円目標を掲げるほか、農地の集積・集約化や大規模経営体の育成など構造改革による『農業の成長産業化』や『強い農業』を目指した政策展開を進めている。しかしながら、過度に農業の生産性を追求した政策は、条件によっては、地域の働く場やコミュニティ形成の場を喪失させ、中山間をはじめ地域の人口減少をさらに招き、集落の維持・発展を阻害することが強く懸念される」。

 中山間地域フォーラム(会長:生源寺眞一)も、農業政策(産業政策)と農村政策を「車の両輪」とする農政の理念がゆがめられ、現在の農村政策は農業政策のための「補助輪」と化し、最近では「脱輪」しかかってさえいるとして緊急提言を発表。さらにJA全中も同様の趣旨の提言を発表し、日生協(日本生活協同組合連合会)も地産地消、中山間農業への支援、JAとの連携、全世代への食や農業への興味・関心の喚起、都市と農村の関係強化など提言した。

 地方自治体、地域づくりの全国組織、農協、生協が足並みをそろえて働きかけ、その結果、「基本計画」は大きく塗りかえられたといっていい。計画には「農業の成長産業化」路線も併記はされているが、食料の安定供給の確保(自給率を45%に引き上げる)、多面的機能の発揮、中小・家族経営など多様な経営による農業の持続的な発展、田園回帰を生かした地域の担い手形成、中山間地域等の振興や都市と農村の交流などの政策が盛り込まれた。

 また、この間の国連「家族農業の10年」や、貧困や気候変動などを背景にしたSDGs(持続可能な開発目標)などの新たな国際的潮流も「基本計画」に影響したであろう。

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「地域政策の総合化」と新たな国民運動

「基本計画」は農政の方向を規定する基本法にもとづく重要な計画であるが、国会や法律を軽視する政府によって形骸化するおそれもある。地域の創意が反映した計画として、しっかりと農家、地域の力にしたい。

「基本計画」の「(5)地域政策の総合化と多面的機能の維持・発揮」では、農村、特に中山間地域の困難にふれたうえで以下のように書かれている。

「一方、『田園回帰』による人の流れは、全国的な広がりを持ちながら継続しており、農村の持つ価値や魅力が国内外で再評価され、農業と他の仕事を組み合わせた働き方である『半農半X』、デュアルライフ(二地域居住)やサテライトオフィスなどの多様なライフスタイルの普及や、関係人口の創出・拡大、インバウンド需要の取り込みが、地域活性化に貢献する動きがみられる。

 また、農村は、国民に不可欠な食料を安定的に供給する基盤であるとともに、国土保全、水源涵養、景観の形成、文化の伝承など農業の有する多面的機能を発揮する場でもあり、この多面的機能は広く都市住民にも恵沢をもたらしている。

 このことから、農村を維持し、次の世代に継承していくため、農村を活性化する施策を講じ、『地域政策の総合化』を図ることが重要である」。

 そして「地域政策の総合化」にむけ、「子どもから大人までの世代を通じた食育や地産地消など、消費者、食品産業、農業協同組合をはじめとする生産者団体を含め、官民が協働して幅広く進め、食と農のつながりの深化に着目した新たな国民運動を展開する」(計画担当・浅川京子総括審議官、JA全中インタビュー)としている。

 コロナ禍のもと、感染拡大を恐れて、都市から地方への人の移動を警戒する風潮が強まった。しかしこれを、農村と都市、農家と都市住民の分断につなげてはいけない。めざすは、地域を基礎とする新たな農村都市共生社会である。これを自給と相互扶助の精神が生きる農家・農村がリードしていく。コロナ禍後をみすえて、今、農家力・地域力を高める時だと思う。

 農文協もそんな農家、地域ともに歩みたい。安全に充分配慮しながら各支部の職員が農家、地域に出向く普及活動をこの6月から再開する。よろしくお願いしたい。

(農文協論説委員会)

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