主張

地方から コロナの壁に風穴を開ける

 目次
◆お盆の帰省をめぐるモヤモヤを晴らした
◆コロナ禍で深まった地元出身学生とのつながり
◆全国一律を脱し、地方ごとの「戦略」を
◆オンラインで届く地域の自然、コミュニティの力
◆身体の同調が信頼を生む
◆人口の疎を補う移動販売、むらの足

お盆の帰省をめぐるモヤモヤを晴らした

「盆と正月はふるさとに帰って家族や親戚と過ごす。村を出た人たちはそういう気持ちが強いし、家族も首を長くして帰りを待っている。田舎の盆と正月はどこもそう。私も13年半東京にいたので、地元を恋しく思う気持ちはよくわかっているつもりです。

 けれども新型コロナウイルスの影響で、里帰りがはばかられるようになりました。『帰っておいで』って言い出しにくい親やふるさと、一方で『帰りたいけど大事な人に万が一うつしたら悪いな』って帰省を控える、村に縁のあるみなさん。両者の思いは一緒なんだよね。だからなんとかして、村を出て頑張るみなさんが堂々と家に帰れるように、みんなに会えるようにしてあげたいと思ったんです」

 これは、福島県平田村の澤村和明村長の言葉だ。本誌と同時発売の兄弟誌『季刊地域』43号(2020年秋号)では「地方からコロナの壁に風穴を開ける」と題した特集を組んだ。その冒頭の記事で、平田村が今年のお盆を前に実現した新型コロナ対策について澤村さんが語っている。

 平田村では、PCR検査を実施する石川郡の発熱外来センターを村内のひらた中央病院に誘致。検査枠に余裕があったことから、お盆に帰省する学生が、発熱などの症状がなくても村の負担により無料でPCR検査を受けられる段取りをつけたのだ(社会人も希望すれば有料で受けられる)。ドライブスルー方式で、検査結果は3時間ほどで判明する。8月18日時点で学生12人が検査を受け、いずれも陰性だった。学生対象の無料検査は来年3月まで続けるという。

 PCR検査は精度に課題があるといわれるが、社会を動かしていくために検査の拡充を訴える専門家は少なくない。平田村ではこれが、お盆の帰省をめぐるモヤモヤを晴らす安心材料になった。澤村さんは「家族が久しぶりに顔を合わせる機会や、新盆だったり、成人式だったり、その人にとって一生に一度しかないことをコロナ禍の中でもできるようにしたい」とも話している。

 読者のみなさんのお盆はどうだったろうか。農村に暮らす方なら、澤村さんの気持ちはよくわかるだろうし、実際にモヤモヤを体験した方もいるだろう。記事の編集にかかわった私たちは、この一手を繰り出した阿武隈山中の小さい村に拍手を送りたい気分になった。

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コロナ禍で深まった地元出身学生とのつながり

 ふり返ってみれば帰省自粛は、お盆の前にまず、緊急事態宣言下のゴールデンウィークを直撃した。コロナが都市と地方の間に壁を作った。だが平田村の事例に限らず、地方からその壁に穴を開けるような試みが各地で行なわれていたことに『季刊地域』は注目した。

 新潟県つばめ市発のニュースをご記憶の方もいるだろう。燕市の鈴木つとむ市長はこう寄稿してくれている。

「『ふるさと』は、いつでも帰ることができる温かい場所であるはずなのに、緊急事態宣言とはいえ、燕市出身者にまで『帰ってこないでほしい』と言わなければいけないのだろうか……。まして、この春、夢と希望を胸に県外へ進学したばかりの子供たちは、きっと心細く感じているに違いない」

 4月10日、そんな「違和感」を引きずっていた鈴木市長に、市内のある経営者から「帰省できない学生たちへ、お米を届けてあげたらどうだろう」という提案があった。市長はこれをすぐ実行に移す。帰省を控える学生にコシヒカリ5kgと布製手づくりマスクを送ることを決め、市はその日の夕方から送付希望者の受付を開始している。

 燕市の学生応援企画は各地に伝播した。長野県高森町もその一例だ。高森町では2016年から、地元出身の学生による「わかもの☆特命係」を毎年任命してきた。現在は、県外で暮らす大学生中心の24人が、県外での高森町のPRイベントや町内で開かれる収穫祭などで活躍している。メンバーは、盆や正月、長期休みの帰省のたびに地元で集まるが、今年は新型コロナの影響でオンライン会議となった。その延長で開いた、高森町長を交えたオンライン飲み会を経て決まったのが、燕市同様の「ふるさと便」を帰省を控える学生に送ろうというものだ。

 高森町の「わかもの☆特命係」には、高校を卒業して地元を離れる若者たちに、町とのつながりを維持して、いずれは町へ戻って来てもらいたいというねらいがある。町では「ふるさと便」を申し込んだ学生154人にも、特命係より「ゆるやかなまとまり」として新設した「高森わかものLab(ラボ)」に登録してもらい、町のイベント情報や就職情報、特命係が企画する交流会の案内などを送ることにした。

 じつは燕市にも、5年前に始まった「東京つばめいと」という事業がある。地元出身で首都圏在住の若者たちの人生の応援を目的に、卒業後のUターンを期待して、勉強会やワークショップ、交流会などを開催してきた。米とマスクの応援企画を学生たちに周知するには、このネットワークが威力を発揮したそうだ。燕市でも、応援企画に申し込んだ学生には「東京つばめいと」の会員になってもらい、今回545人もの新メンバーが加わった。

 どちらの学生たちも、コロナ禍をきっかけに地元とのつながりを深めた強力な「関係人口」である。

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全国一律を脱し、地方ごとの「戦略」を

 今回の特集には、『田園回帰1%戦略』(農文協)などの著書で知られる藤山こうさん(持続可能な地域社会総合研究所所長)が、コロナ危機からの出口戦略として「『小規模・分散・ローカル』の地方こそ循環型社会へ先着できる」と題した一文を寄せてくれている。藤山さんは冒頭でこう書いている。

 「私は、今回の危機への対応を、単なる対症療法的なもの、技術的なものに留めていてはいけないと考えています。自治体の中には、一時的に地域づくりの取り組みを棚上げして、コロナ危機に集中しようとする動きも見られます。しかしコロナ危機に対しては、むしろ従来から取り組んできた地域づくり手法を活用し、その態勢や取り組みを進化させることが、長期的な視点において持続可能な地域社会実現につながるのではないでしょうか」

 燕市や高森町の「戦略」を裏打ちするような見解だ。そして、こうも書いている。

「今までの局面において、地方は、あまりに東京発の東京基準による『全国・一律・自粛』方針に流され過ぎではないでしょうか。このまま人の移動や交流の停止を全国一斉に展開すると、一種の『社会的壊死』が発生しかねません。地域ごとに異なる状況把握が何よりも必要ですし、対症療法に終始するのではなく、持続可能な未来のあり方を予め導き入れる発想が重要だと考えます」

 今、コロナの第2波が沈静化しつつあるが、正月や成人の日を迎える頃には次の感染拡大の波が襲ってくるかもしれない。家族の帰省や地方と都市の人の交流をどうするかは、まだしばらくは問われ続けることになる。前述の福島県平田村の事例は、小さい村だからこそできた、「小規模」を生かしたコロナ対策かもしれないが、それぞれの自治体が地域ごとに異なる状況を踏まえ、全国一律を脱した独自の判断をするべきなのだろう。そこに100%の正解も誤りもない。

 高森町の「わかもの☆特命係」は、お盆から2週間ほどたった8月29日に、高森町をはじめ南信州出身の学生が町内で顔を合わせる「星空焼肉会」を企画した。高森町と隣の松川町の町長も参加したそうだ。参加にあたっては、お盆までに帰省しこの日まで体調の変化がないことを条件にした。

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オンラインで届く地域の自然、コミュニティの力

 コロナ禍でオンラインツールを生かしたという記事もある。地方の価値を発信する道具として有効性を認識したというのは、山口市の阿東地福あとうじふく地域で2011年から活動するNPO法人ほほえみの郷トイトイ事務局長の高田新一郎さんだ。ここでは、地元で唯一のスーパーが撤退したのを機に住民から資金を募り、12年にミニスーパーと交流スペースを併設する「地域拠点ほほえみの郷トイトイ」を誕生させた。この春からは、「オンライン視察」の受け入れや「オンライン移住フェア」への参加により「支え合いのコミュニティの魅力」を発信している。

 トイトイでは、オンラインツールをゴールデンウィークの帰省自粛期間中も役立てた。いつもの年と違い、静かな連休に高齢者がさみしそうにしているのを見たスタッフがタブレットを持参し、帰省できない家族とビデオ通話でつないだのだ。「とても楽しかった。顔を見られて安心した」と喜んでもらえたという。

 都市部の職場を中心にリモートワークが普及し、オンライン会議が日常の一部になったのもコロナ時代の大きな変化だろう。互いの顔をモニター越しに見ての会議では議論が深まらないという指摘も聞かれるが、仕事を合理化する効用を評価する声は多い。だが、地方から都市部に発信するオンラインにはひと味違う魅力があるのかもしれない。町で暮らす家族や地元出身者なら、モニターに映る懐かしい顔の向こうに、家の周囲やかつて一緒に見た風景、思い出も見えているのではないだろうか。移住希望者向けの発信なら、写真や動画を自在に組み合わせて地域の人や自然の魅力を伝えられるのもオンラインの利点かもしれない。

 新潟県十日町とおかまち市の池谷いけたに集落にIターンし、地域おこしを続けてきた多田朋孔ともよしさんは、コロナ禍で外へ出かける仕事がなくなり時間ができたので、2月からユーチューブに毎日のように動画を投稿している。内容は日々の農作業や集落の日常、地域おこしに役立つ話などだ。視聴者からコメントが届くようになったが、うれしかったのは、かつて池谷集落に住んでいて今は都会に出ている方々からの反応だという。「本当に懐かしく、村を元気にしていただいて、ただ、ただ感謝です」といった感想が届く。地方から発信するオンラインは、農、地域の自然、コミュニティの力を背景に豊かな働きかけができそうだ。

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身体の同調が信頼を生む

 ただしオンラインは万能ではない。高齢者が多い地方での暮らしに必要なのは、人と人が直に顔を合わせ、場を共有するリアルなコミュニティだ。トイトイの高田さんはこう書いている。

「これまでも地域内に人が集う機会を創出することが、地域づくりにとって重要な要素となっていました。たとえば、ほほえみの郷トイトイの『元気いきいき広場』や『地域食堂』の取り組みは、高齢者の社会的孤立を防ぐためのコミュニティの場づくりが目的です。参加する高齢者は、何より人との会話を求めており、社会との関わりや人とのつながりが安心して生活するうえで不可欠になっています。コロナ時代においても、田舎に暮らす高齢者が求めるコミュニティは、オンラインで満たされるものではありません」

 オンラインでは満たされない、人が集うコミュニティが持つものとは何なのだろうか。

 ゴリラの研究で有名な京都大学総長(人類学・霊長類学者)山極やまぎわ寿一じゅいちさんは「身体の共存、同調」ということを言っている。電話はもちろんオンラインのビデオ通話でも、言葉に依存しすぎるコミュニケーションは身体から遊離してしまう。身体の共存を欠いたコミュニケーションでは互いの信頼感が醸成されないという。

「本来、信頼感というものは『身体の同調』でしか作られないものだからです。身体の同調とは、具体的にいえば、誰かと一緒に同じものを見る、聞く、食べる、共同で作業をする、といった五感を使った身体的な共感や、同じ経験の共有のことです。これには当然、時間がかかります。その代わり、言葉のやり取りだけではとうてい得られない強い信頼を互いの間に築き上げることができる」

「これは動物と比較すればよくわかるでしょう。動物は言葉をもちませんが、ジャングルのなかではゴリラどうし、あるいはゴリラとゾウ、ゴリラと虫、ゴリラと鳥、みんながなんとなく理解し合って、問題を起こしません。動物は互いを深く分析せず、曖昧なものは曖昧なままに付き合おうとする。これが身体を通した共存であり、自然界にしっかりと存在する互いへの了解のしかたです」(光村図書ウェブサイト「中学校国語、作者・筆者インタビュー」より)

 なんとも田舎のコミュニティを彷彿させる解説ではないか。高齢者が安心して暮らせるコミュニティの核には信頼がある。

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人口の疎を補う移動販売、むらの足

 トイトイが支え合いのコミュニティを維持するにあたって重要な役割を果たしているのが移動販売だ。運営するミニスーパーの品物を、店まで来る足のない、山間部に点在する高齢者世帯に届ける事業なのだが、買い物の機会を提供するだけでなく、地域ニーズを聴き取る役割を果たしている。先ほどのオンライン帰省サービスも、移動販売車のスタッフが発案したそうだ。

 都市部のコロナ対策が密を避けることが課題なら、高齢化・過疎化が進む地方では、コミュニティの密を維持することが課題。人口は密でも人のつながりが希薄な都市部に対して、人口は疎だがコミュニティが形成され、人と人とのつながりが密であることが地方の価値。それを磨くことこそがコロナ時代に「持続可能な地域社会」を実現する要だろう。

 ところで『季刊地域』43号では、もう一つの特集として「免許返納問題に挑む むらの足」を取り上げた。高齢になればみんなが直面する運転免許の返納問題。この特集から浮き彫りになったのも、交通弱者や買い物難民といわれる高齢者を支えるコミュニティの力だ。

 全国で増えつつある移動スーパーの最新事情。地域で車を共有することで生まれる、住民どうしの新しい支え合いの形「コミュニティ・カーシェアリング」。それに、高齢になっても乗り続けることができる超小型EVで「移動の自治」を実現しようという革新的な試み。「小規模・分散・ローカル」の地方の魅力に磨きをかける記事が詰まっている。こちらもぜひお読みいただきたい。

(農文協論説委員会)

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