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| 農文協の「主張」は月刊「現代農業」に毎月掲載しております | ||
「主張」は全国の農家の実践に学びつつ、農文協論説委員会で執筆したものです。著作権は農文協にありますが、「主張」はコピーフリーとしますので、会議資料などにご自由にご利用ください。また、ご意見ご感想などをお寄せいただければ幸いです。
●2012年度 1〜(最新号)
/ 2011年度
/ 2010年 |
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2012年 1月号〜(最新号)
2011年 1月号〜12月号
2010年度 1月号〜12月号
2009年度 1月号〜12月号
2008年度 1月号〜12月号
2007年度 1月号〜12月号
2006年度 1月号〜12月号
2005年度 1月号〜12月号
2004年度 1〜12月号
2003年度 1〜12月号
2002年度 1〜12月号
2001年度 1〜12月号
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| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 2001年12月号 | 日本有機農業研究会の創立30周年を祝う | |
| 2001年11月号 | 共同の新しい形が生まれる | ムラの中で、ムラを超えて |
| 2001年10月号 | 土に「回流」と「循環」をつくりだす | 土ごと発酵と施肥改善がつくる健康土壌 |
| 2001年9月号 | いま、孫世代と祖父母が結び合うとき | そこに子どもたちの真の「生活」が生まれる |
| 2001年8月号 | 循環型農業とはなんだろう | 物質・エネルギー・生態系の3点セットからの脱却 |
| 2001年7月号 | 「ふるさと力」が「教育」をどんどん変えはじめた | |
| 2001年6月号 | 情報活用で開く「防除の地元学」 | |
| 2001年5月号 | 「総合的な学習の時間」は農家の出番だ | あなたも食農教育の「応援団」に |
| 2001年4月号 | 足元の、当たり前の豊かさに気づく「地元学」 | 不況のなかで生まれた確かさ |
| 2001年3月号 | 不況に負けない 農家・農村の新コストダウン戦略 | |
| 2001年2月号 | 品種を活かした 「新コストダウン戦略」 | 暮らしを守り地域をつくる |
| 2001年1月号 | 教育改革とIT革命による社会変革 | 「戦争と革命」の世紀から、 「文明によって文化をつくる」世紀へ |
| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 2000年12月号 | 現代のテーマにあわせて江戸時代を調べる | 地域に根ざした学習のために |
| 2000年11月号 | ダイズは地域づくりの起爆剤 | ダイズでつくる農・商・工のネットワーク |
| 2000年10月号 | 21世紀の直前に広がった 「米ヌカ農法」の価値 | “土ごと発酵”方式でつくる豊かな農村空間 |
| 2000年9月号 | 「情報で地域を創る」オンデマンド出版の時代 | 農業情報分野がリードするIT革命 |
| 2000年8月号 | 「定年帰農」を村からみると | |
| 2000年7月号 | 「定年帰農」はなぜ増え続けるのか | 個性的な生き方とコミュニティを求める心情 |
| 2000年6月号 | 「新防除運動」と地域の情報活用 | 病気も害虫もおさまる「減農薬空間」づくりにむけて |
| 2000年5月号 | 「コメの命」=米ヌカで田んぼが変わる、むらが元気になる | |
| 2000年4月号 | 農村がリードする教育の大改革 | 文化をつくる情報が子どもたちを励ます |
| 2000年3月号 | 転作で地域の産業をおこす | |
| 2000年2月号 | 農家が品種を選び、つくる時代 | 個性的な市町村づくりに品種を活かす |
| 2000年1月号 | 「流行」から「不易」へ | 21世紀の課題 |
| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 1999年12月号 | 「村の福祉力」を生かそう | |
| 1999年11月号 | 学校を核にしてむらの教育を興そう | |
| 1999年10月号 | 産直・加工の広がりで、今、「農家が肥料をつくる時代」 | 米ヌカ利用から広がる、循環型市町村づくり |
| 1999年9月号 | 今、中山間地は日本の“先進空間 | 高齢者の「生産革命」が新しい福祉と教育をつくる |
| 1999年8月号 | 「総合的な学習の時間」成功のため、村の小中学校の図書館を本気で整えるとき | |
| 1999年7月号 | 米消費拡大は学校の子どもたちに働きかけることが一番の早道だ | |
| 1999年6月号 | 作物、圃場、地域の3つの空間を生かす防除の変革 | 新しい防除は生きものも人間も元気にする |
| 1999年5月号 | 「自給ルネッサンス」を食品加工で | |
| 1999年4月号 | 自給ルネッサンス | 21世紀は自給と相互扶助の社会化の時代 |
| 1999年3月号 | 「答申」の哲学を探る | 〈結び合いによる安心のある生き方〉とは何か |
| 1999年2月号 | 品種の環境形成力を生かして豊かな農村空間を | |
| 1999年1月号 | 人類史の大転換 | 不況はどのように克服されるのか。 何の時代が終わり何の時代が新しく始まろうとしているのか。 |
| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 1998年12月号 | 米ヌカ利用は何を拓いたか | |
| 1998年11月号 | 日中農業技術交流の世界史的意義 | |
| 1998年10月号 | 「美しい村」と「美しい都市」の連携 | 江戸期の「生産革命」に学ぶ |
| 1998年9月号 | バブルの後の再建は 江戸時代の発想に学ぼう |
景気回復待望論を排す |
| 1998年8月号 | 防除を変えれば暮らしの空間が変わる | 農作業、食べ物、健康、 教育の全体がよくなる |
| 1998年7月号 | 地域づくりの三種の神器 | 現代科学と先人の知恵むすび、 地域を豊かな生命空間に |
| 1998年6月号 | 防除の変革で 地域を豊かな生命空間に |
今、防除が楽しみに変わる |
| 1998年5月号 | 転作ダイズの地元味噌を 地域の全世帯に届けよう |
味噌は日本人の原点 |
| 1998年4月号 | いま、 大きな田んぼを小さく使うとき | 2000年の田の歴史から考える |
| 1998年3月号 | 転作をバネに、 田畑と体力に合わせた自在農業 |
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| 1998年2月号 | 品種に物語を添えて、 消費者に、学校にアピールしよう |
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| 1998年1月号 | むらを守り農業を守るのは 「習慣と道義による調節」の力 |
| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 1997年12月号 | パソコンは農家のためにある | 農家こそパソコン買って世の中かえよう |
| 1997年11月号 | 朝市はむらの暮らしの展示場 | |
| 1997年10月号 | 土壌動物を生かして小力土つくり | |
| 1997年9月号 | 「共同体」(むら)と「農法」の思想家 | 守田志郎没後20年にあたって |
| 1997年8月号 | 97教育総合展の喜劇性と巨大な意義 | 地域と教育の再結合 |
| 1997年7月号 | いま、地域を興す絶好の時期発想を変える4つのポイント | 高齢者/地域市場/教育/ネットワーク |
| 1997年6月号 | 「勝つ防除」から「負けない防除」へ | 田畑の自然治癒力を生かして「小力防除」を実現しよう |
| 1997年5月号 | 21世紀を拓く稲作文明 | 梅原猛氏の講演に思う |
| 1997年4月号 | ライフサイクル革命が始まった | 普遍性に頼らず地域独自の日常生活文化・生産文化に頼る |
| 1997年3月号 | 千客万来情報革命で所得倍増の村をめざす | 「ルーラル電子図書館」で開く農村と都市の結合 |
| 1997年2月号 | 「女性革命」と「情報革命」 | 農村女性は村の原理を表現する |
| 1997年1月号 | 日中国交回復25周年と香港返還の年にあたって | われわれのなすべきことは何か |
| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 1996年11月号 | 村と町を結んで病に打ち克つ食を | |
| 1996年10月号 | 学校の食教育を応援しよう | 「食べごと」の教育力が「生きる力」を育む |
| 1996年9月号 | パソコンで情報検索の名人になる | 農家は情報の発信者であると同時に編集者でもある |
| 1996年8月号 | 21世紀・共生への投資 | 地域のお金を地域の暮らしに投資する |
| 1996年7月号 | 米産直を核に新しい食品流通を創り出そう | 米販売業自由化後の農家、農協の新しい仕事 |
| 1996年6月号 | いやな防除からやりがいのある防除へ | 産直時代のおもしろ防除 |
| 1996年5月号 | 今年、思いっきりおいしい米をつくって産直しよう | 農家の中につちかわれた小力技術が稲作文化を変える |
| 1996年4月号 | パソコンで自分用の本を作ろう | 『現代農業』記事検索CD-ROMの発行に当たって |
| 1996年3月号 | 作って食べて余ったら売る | 必要価値の農産物 |
| 1996年2月号 | 「生産調整」ではなく「生産創造」を | 転作はマイナスではなくプラス思考で考える |
| 1996年1月号 | 農家が自由に米を売れることの意味 | 産直が主導する新しい市場原理が21世紀をつくる |
| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 1995年12月号 | 新食糧法が開く「関係性としての米価」が「商品としての米価」を動かす時代 | |
| 1995年11月号 | 米作りの大変革で米価は下がらず上がっていく | |
| 1995年10月号 | 土着菌とミネラルを生かして、食べものの高級化=高価格化をすすめよう | われわれのなすべきことは何か |
| 1995年9月号 | 戦後50年にあたって農村のお母さんたちへ | |
| 1995年8月号 | 環境問題と産直革命 | 農家・農村の環境形成力が未来を拓く |
| 1995年7月号 | 全流通量の6〜7割の米産直こそ国民が喜び、米価も下がらない道 | 11月1日からの「新食糧法」の新しい条件を活用して今から新米の予約注文を |
| 1995年6月号 | ものからいのちへ 今、防除の大変革が始まった | 地域の植物と微生物を生かして防除を楽しい仕事に変える |
| 1995年5月号 | 認定農家を核に村々にネットワーク農業を | |
| 1995年4月号 | 都市と農村は平素からの親戚づきあいを | 阪神、淡路大震災被災者の農村「疎開」に考える |
| 1995年3月号 | 21世紀は自給(ケイパビリティ)の時代 | 生活者=生産する消費者の視点で自然と人間の矛盾を克服する |
| 1995年2月号 | 米は過剰ではない今年も思いっきり米をとろう | 米産直の網を広げ新しい生活者型の流通を |
| 1995年1月号 | 21世紀は生活者の時代 | 企業者の時代」から「生活者の時代」へ |
| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 1994年12月 | 自信喪失の食生活から脱出するために | ひろびろと大らかな伝統の食の現代化を農家、農村からの産直で |
| 1994年11月 | 今年の米が明日を拓く | 農家が食料を管理する時代を |
| 1994年10月 | 石灰を効かせて経営と健康を守る | 今はじまった新しい施肥改善と土つくり |
| 1994年9月 | 農協は米流通活性化の先頭に立とう | |
| 1994年8月 | いま食と農は、「脱欧入亜」の時代 | 緊急輸入の大迷惑を機に日本の使命を考える |
| 1994年7月 | これからの農業は大小相補で | もちつもたれつの農村ネットワークをつくろう |
| 1994年6月 | イナ作施肥改善で1俵増収を | 中期重点、リン酸施肥が「米輸入」を阻止する |
| 1994年5月 | 米の自由化を根源からとらえる | あなたが1俵増収することが未来を拓く |
| 1994年4月 | 外国産米が店頭に並ぶに際して消費者の皆さまへの静かな訴え | |
| 1994年3月 | いま、「むら」に住みイネをつくる意味 | 日本のためでなく、自分たちのために! そして限りなく「自分たち」の輪を広げよう |
| 1994年2月 | なぜ21世紀は農林漁家の時代なのか | 経済学の自己変革 |
| 1994年1月 | 21世紀は「小さい農業」の時代 | 世界が日本農業の生産革命に期待する |
| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 1993年12月 | 道理と道義によって米問題を国際的に解決しよう | |
| 1993年11月 | 凶作=コメ輸入はもう1つの貿易摩擦への道 | 大増産と米価値上げで綱渡り需給調整からの転換を |
| 1993年10月 | 自然を呼び込む技術が健康を保証する | 人体を作物を土を支える抗酸化力 |
| 1993年9月 | 「ミズガキ」のテリトリーで村の将来を語ろう | 学校区の広さの大切さ |
| 1993年8月 | 「むら」の小中学校のために一肌ぬいでもらいたい | 学校図書館整備新5カ年計画のスタートに当たって |
| 1993年7月 | 直観と類推が科学をつくる | 今西生態学から農耕の世界を見ると |
| 1993年6月 | 「清貧の思想」で語るな農村リゾート | |
| 1993年5月 | 地域性の追求こそが日本ルネッサンスを拓く | 「日本の食生活全集」は地域づくりの書 |
| 1993年4月 | 無限に広がる食と農の世界 | 「日本の食生活全集」完結を記念して |
| 1993年3月 | 米とのつきあい方を変えよう | そうすれば「米」の輸入自由化はありえない |
| 1993年2月 | 「建てたハウスを連作障害でつぶさない」決意が拓いた産地形成 | 「福島わかば会」の10年に学ぶ |
| 1993年1月 | 「新農政」は人生80年時代の社会システムを形成する |
| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 1992年12月 | 流れは変わった、自由貿易に未来はない | コメ市場開放拒否は天の声であり人の道である |
| 1992年11月 | 土壌保全と植林の思想が海も育てた | 沖縄サンゴ礁を守った文化を考える |
| 1992年10月 | 土 食べもの 身体の活性(活真)を回復する科学、技術の創造を | |
| 1992年9月 | 国策のための米作りから 家族と友人、求める人のための米作りへ | 大きく変わってきた村の米作り |
| 1992年8月 | 農家が元気なら農政も変わる | 「新しい食料、農業、農村政策の方向」を読んで |
| 1992年7月 | 世界の米事情は急速に変わる | 世界 穀物は過剰から不足へ、日本 減反緩和不成功の深い意味 |
| 1992年6月 | 防除の指導の新しい段階 | 高齢化農業と環境保全型農業を結合しよう |
| 1992年5月 | 機械を農耕の道具とする | 高齢化時代は新しい農業技術の開発時代だ |
| 1992年4月 | 「生活科」で真価を発揮するむらと農業の教育力 | 生活科の先生は「生活人」です |
| 1992年3月 | 今こそ、農耕が文化を支えるとき | 高木仁三郎さんの「核の世紀末」に思う |
| 1992年2月 | 「高齢化=農業衰退論」は誤まりだ | 「高齢化」は新しい技術革新の始まりである |
| 1992年1月 | 「エコロジー思想」の開祖安藤昌益没後230年を記念する | 道義に基づく国際政治の確立を |
| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 1991年12月 | いま必要な「システムキッチン」を超える「台所システム」 | |
| 1991年11月 | 時間と空間の関係を変換すると農業と、地域の大切さが見えてくる | 時間の空間化、空間の時間化 |
| 1991年10月 | 今、土つくりが変わる | 注目! 自然の大循環をまわす水 |
| 1991年9月 | 「おいしい水」を飲みたければ農林業を守るしかない | |
| 1991年8月 | コメ市場開放は、安もの買いの銭失いだ | 農業貿易の論議より食糧、環境、農業そのものの論議を |
| 1991年7月 | 高齢者、婦人、兼業農家を生かした新しい野菜産地づくり | |
| 1991年6月 | 進む高齢化の中で防除技術、防除指導をどうするか | |
| 1991年5月 | 広がる中期活力重視イナ作が世界の平和に貢献する | |
| 1991年4月 | 自然(環境)教育は自然科学の教育ではない | 人間の根源的な自然性をつかむ |
| 1991年3月 | いま、「市民農園」の何が人を魅きつけるのか | ブームをつかまえようとする前に |
| 1991年2月 | 農家が地域、都市をデザインする | |
| 1991年1月 | 人生80年時代の農業・農村を考える | 昭和ヒトケタ生まれの知恵と力を |
| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 1990年12月 | 手本のない時代には過去を読む | 江戸時代をふりかえることのすすめ |
| 1990年11月 | いま、むらの子どもたちになにを伝えたいか | 老農と教師が「文化の伝承」を語る |
| 1990年10月 | 「有機農業」の核心はイナ作を守ることにある | |
| 1990年9月 | イネ研究100年の集大成を祝う | |
| 1990年8月 | 農業、農村が子どもの遊びを豊かにする | 仕事の技術と遊びの技術 |
| 1990年7月 | 東京発、大規模リゾートの時代から地元発、ふるさとリゾートの時代へ | |
| 1990年6月 | 地域ごとの防除技術の確立が農薬を減らす | 農薬防除を文化に! |
| 1990年5月 | 農政に生活原理の導入を | 国際化時代への対応の筋道 |
| 1990年4月 | 日本人の味覚は日本の技術がつくる | 「味の時代」の技術改善 |
| 1990年3月 | 地域社会に実現させよう循環する民主主義 | 選挙戦で「コメ自給論」の深まりを |
| 1990年2月 | 良食味品種群の広がりに期待する | コメ輸入をはばむ品種と技術 |
| 1990年1月 | 市場原理から生活原理へ | 世界が多元的に再編成される時代がやってくる |
| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 1989年12月 | 農村婦人はなぜ賢いか | 生き方の広さと深さ |
| 1989年11月 | 中華人民共和国 建国40周年を祝う | 何を祝うべきか |
| 1989年10月 | いま微生物よりも注目すべきもの | 土の「生命」のもとは粘土だ |
| 1989年9月 | 選挙に向けて「食管改革」撤回の要求を! | |
| 1989年8月 | 都市の病いを農村が救う | 都民、千葉都民が柳川のドブさらえに学ぶとき |
| 1989年7月 | 政治の腐敗を農業が救う | 暮らしの場から政治の公共性の創造を |
| 1989年6月 | 「進歩」する農薬を生かすには | 「殺す」防除の転換を |
| 1989年5月 | 「地球環境保護」キャンペーンの重大な欠陥 | |
| 1989年4月 | 地域資源・農家の知恵を生かした「ふるさと創生」を | 内向的発展の地域づくりこそ真の国際化の道 |
| 1989年3月 | 国際化時代で一番大事な政策は「ふるさと創生」政策だ | |
| 1989年2月 | 広域品種を地方品種にとりこもう | |
| 1989年1月 | 規模拡大・コストダウンの道でなく…… | 国民的合意をレベルアップしよう |
| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 1988年12月 | 世界のコメ政治を変えよう | 万国の農民、団結せよ |
| 1988年11月 | 国の自給率ではなく市町村の自給率を高める | 情報の地域化、個性化を |
| 1988年10月 | 「有機農産物に基準を」という考え方のおかしさ | 有機農業はもともと「自由な農業」だ |
| 1988年9月 | 核汚染のない牛乳はカネの力で買えるか | 生産調整下の緊急輸入 |
| 1988年8月 | 農村から世界を変える 農家の反原発運動 | |
| 1988年7月 | 孫子の代までも誉められる米価政策を | |
| 1988年6月 | どうしたら食糧の安全性を確保できるか | |
| 1988年5月 | アメリカ農民との連帯による国際化を | 覇権的国際化から協調的国際化へ |
| 1988年4月 | 地域内に農、工、商のネットワークを | 遠まわりのようで、じつは近くて確かな道 |
| 1988年3月 | コメ、ムギ、ダイズ、基本食糧の増収に取組もう | 農業が国際社会に貢献する道 |
| 1988年2月 | ガット精神を食糧品の輸出入に生かす道 | |
| 1988年1月 | 中国でほんとうの「村おこし」をみた | 天津市大邱庄の農・工・商連合公司の実践 |
| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 1987年12月 | 日本的共同社会を農村から | |
| 1987年11月 | 中央型付加価値から地域型付加価値へ | 農業にとって付加価値とは何か |
| 1987年10月 | 施肥の上手、下手が微生物と作物の仲のよしあしを決める | 新しい土つくり運動を |
| 1987年9月 | 消費者教育を農家の手で | まずは地域のなかから始めよう |
| 1987年8月 | 地域化こそ真の国際化への道 | 内部の情報を内部に循環させよう |
| 1987年7月 | 地域が潤う野菜流通の変革 | 少量相対取引を導き手に |
| 1987年6月 | 地域にカネと仕事を呼びこむ農協の減農薬運動 | 福岡市農協の実践 |
| 1987年5月 | 「国際化」の時代こそ地方の出番 | 地方を土台に「儲けの論理」の克服を |
| 1987年4月 | 減反強化の悪政を住みよい地域づくりに転ずる道 | 農協の力のみせどころ |
| 1987年3月 | 政府税調会長の辞任と税制改革の性格 | 小倉会長はなぜやめたか |
| 1987年2月 | いまの品種ブームは味覚と料理法の退歩 | |
| 1987年1月 | 大企業の夢でなく庶民の夢を | 文明としての産業から文化としての産業へ |
| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 1986年12月 | 「住みよい地域づくり」こそ農協の役割 | |
| 1986年11月 | 都会の子に餅つきは必要か | 「農業の教育力」を考える |
| 1986年10月 | 深耕方式はヨーロッパの「地方技術」 | 日本の浅耕方法を見直そう |
| 1986年9月 | あなたの山を生かす | 「自然保護運動」では山は守れない |
| 1986年8月 | 故郷のきれいな水をどう守るか | 規制も大切だが、水とつきあう農の暮らしを守れ |
| 1986年7月 | いまこそ、米価値上げをするときだ | 「現代農業」は、はじめてそれを主張する |
| 1986年6月 | 殺すのでなくつき合う場をつくる | 防除の悪循環をどう断ち切るか |
| 1986年5月 | 「いじめ」に悩む子どもたちへ | まず大人が自然いじめをやめます |
| 1986年4月 | お母さん簿記をつけてください | お父さんにかわってのお願い |
| 1986年3月 | 総合商社に課税できるよう税制を改めよ | 財政再建の決め手はこれだ |
| 1986年2月 | バイオテクノロジー | 生命科学を罪の科学にしないために |
| 1986年1月 | 増資材路線から減資材路線へ農政の転換を |
| 掲載号 | メインタイトル | サブタイトル |
|---|---|---|
| 1985年12月 | 「知らなきゃ損する」から「だんだんよくなる」へ | 農業経営の変革が始まりつつある |
| 1985年11月 | これでよいのか酒造り | ドブロクつくりの原点に戻れ |
| 1985年10月 | 「土つくり運動」では土つくりにならない | いま最も理にかなった土つくりとは |
| 1985年9月 | 「核兵器廃絶」運動で平和が守れるか | |
| 1985年8月 | 「高い安い」で米の値段を決めてよいか | 日本人にとってお米とは何か |
| 1985年7月 | 「市場開放」で経済摩擦はますますひどくなる | ボン・サミットから考える |
| 1985年6月 | ヤミ米事件はコメ輸入への地ならしだ | 食糧自給のための食管論議を |
| 1985年5月 | 農家も春闘並みの所得アップができる | その確実な方法 |
| 1985年4月 | いま「女の仕事」が大切な時代 | 農家の春は母ちゃんの仕事優先で |
| 1985年3月 | おコメの収量と天候 | 去年と同じ技術では今年は豊作にならない |
| 1985年2月 | バイテク品種は農家に役立つか? | 品種づくりの真の担い手とは |
| 1985年1月 | 昭和60年代をどう生きる | 「西欧」民主主義から「むら」民主主義へ |