■刊行のことば■

1977年から83年にかけて刊行された『日本農書全集』は、研究者はもとより一般読書人にも広く迎え入れられて、全国各地に「農書を読む会」が誕生するまでになりました。江戸時代の農法に重要なヒントを得る有機農業の実践家や、往時の村々での、人々の平穏な暮しぶりに心のよりどころを求める家庭人など、現代に甦った農書は多彩な読者を得ています。
農書には「日本国中を回って花の都京都、花の江戸、大阪、名古屋を見ても、生まれ故郷の津軽ほどよいところはない。また津軽中を回って、御城下弘前や鯵ヶ沢港の賑いを見ても、自分の生まれ在所がいちばんよい」(津軽・耕作噺)というような、確信に満ちた地方(じかた)の心があり、一方で『農業全書』は九州の宮崎氏が七十余歳まで努力を重ねて実験した結果であり、世間にとって重宝この上ない書物であるのに、暖国のことを記したこの書物を、寒いこの地方で参考にするわけにいかないといって、箱の底にしまって紙虫の巣にしてしまっているのは誠に嘆かわしい。心を用いて読めば"火で乾す"ことから"水で潤す"ことを思い当たることもできる」(羽後・老農置土産)という、開放された探求の心があります。求心と遠心の共存こそが農書の世界であり、ひいては江戸時代の地域振興にみられる根幹の思想でありましょう。
いま、江戸時代の社会のつくり、政治の倫理、生活のシステムが、世界的に注目され新たな視点での研究が盛んです。社会、政治、技術、生活の全局面での大変化が予兆されるとき、非欧米的文明の昨日がかえりみられるのも由なしとしません。
このときにあたり、当会は『日本農書全集』刊行の実績に、"地域形成"という新しい視角を導入した第U期(第36巻〜第72巻、索引巻)の刊行を開始いたします。新世紀を迎えるための今世紀掉尾の一大事業として、決意新たに出発いたします。
ご支援をお願いいたします。

1993年5月 社団法人 農山漁村文化協会


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