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分類索引から見る江戸の農耕と暮らしの世界 

瑞々しい日本人の感性・生活・自然観――索引を鍵に江戸の知恵蔵を開ける――

全七二巻を活用するためのツール
日本農書全集・別巻「収録農書一覧 分類索引」

  情報は、整理され活用されてこそ意味あるものとなる。全集の索引は、広範多岐にわたる情報を、それぞれの問題意識や学問分野にそって、的確に活用するためのツールである。
 「日本農書全集」別巻の索引は、索引語を単純に五十音順に並べるのではなく、〈農法・農作業〉〈加工〉〈諸稼ぎ・職業〉〈衣食住〉〈年中行事・信仰〉〈名産名〉ほか全部で二六項目に分類し、各項目ごとに五十音順に配列している。全七二巻という膨大な分量を誇る「日本農書全集」の語彙は、系統立てて「分類」してこそ、利用者の課題を解決するための「生きた情報」として活用できると考えたからである。
 編集部では、構想八年、具体的な作業に入ってからでも二年間にわたり、二五万件におよぶ索引語の一つ一つについて、採否の妥当性、分類、読み、対象作物の特定から同義語・関連語の案内にいたるまで、膨大な手間と時間を投じ、精魂を傾け作業をつづけてきた。この地道な作業が「生きた情報」を支える根幹であると信じたからである。



〈農法・農作業〉の索引語に見る日本の農耕の特質

 分類索引の冒頭におかれているのが〈農法・農作業〉。この項目は、一一五ページあり、分類索引のなかで最も多い。農書の著者たちが「農法・農作業」に対して、いかに大きな関心を寄せていたかが窺える。
 ここには、一段から二段にわたって収録ページが並んでいる索引語が目に付く。それらを順に見ていくと、うえつけ(植付)、くさぎり(芸り・草切・耘り)、くさとり(草取)、こうさく(耕作)、たうえ(田植)、たねまき(種蒔き)、ていれ(手入れ)、なかうち(中打・中耕)などが目にとまる。
 これらの言葉が使われる頻度(以下、件数という)が高いということは、日本の農業の実態を反映したものであり、種蒔き、田植え(植付)、中耕・除草等の管理作業に心を砕いていることを物語っている。「日本の農業は精耕細作農業である」という事実をデータで示すものと言い換えてもよい。
 さらに、この〈農法・農作業〉では、索引語ごとに作業の対象となる作物を掲げている。同じ草取りでも稲の草取りなのか、麦の草取りなのかを区別しようというわけだ。たとえば索引語「なかうち」には、その対象となる作物が四一種あげられ、件数の多いものから順にあげてみると大麦・小麦・裸麦を含む麦が四二件、稲三二件、綿二五件、あわ一二件、大根一二件、菜種一二件、大豆一一件などとなっている。この数値から、ていねいな中耕・除草がよい収穫に結びつくというこれらの作物の栽培上の特性と、農家にとって重要な作物だから十分に手入れをしているという、農民の側の力の入れようが見てとれよう。
 作業名ごとに対象となる作物が特定されている索引であればこそ、このような分析を可能にするのである。ツールはできた。可能性は開けた。それぞれの学問分野において、索引を縦横に活用した農書の研究がなされることを期待したい。



職業から見える江戸びとの暮らしの世界

 〈諸稼ぎ・職業〉索引から江戸の世情と稼ぎの世界をさぐってみよう。一三ページにわたって、一〇〇〇余の諸稼ぎ・職業名が掲載されている。紙漉や漁業、木挽などの稼ぎがあるのは当然としても、贋物師から虚無僧、雲助、博徒、乞食にいたるまでなんでもありの世界である。江戸時代の諸稼ぎや職業の多種多様さにまず圧倒される。農を主たる分野とする全集の索引に、これだけの稼ぎや職業名が登場するということは、百姓が農耕だけにいそしんでいたわけではないことの証明でもあろう。そして、指示されたページを開くことにより、その諸稼ぎがどういう状況下で行なわれていたのか、稼ぎと暮らしの実像が具体的に浮かんでくる。索引を手掛かりに農書を読み解いていく醍醐味がここにある。
 その中で件数の一番多いのが「ひゃくしょう【農家、農人、農夫、百姓、百性】」で、三五〇件を数える。また、「ひゃくしょう」には、「あめがしたのおおんたから」「おおみたから」「かしらふり」「こうさくのひと」「たかもち」「たみ」「のうにん」「のうみん」「ひゃくせい」「もうと」などの同義語が、五〇も載っている。百姓は農人、農夫であったばかりでなく、「あめがしたのおおんたから」であり、「たみ」であった。これらの語彙の豊富さは、江戸社会の中におかれた百姓の社会的位置の時代差や地域差を示すものとして興味深いものがある。「こうさくのひと」なら田畑で汗する農夫そのものだが、「おおみたから」となると、御国の基を支える根幹をなす人々のイメージとなるではないか。
 索引を引く面白さはこれにとどまらない。たとえば「うえきや」は【うゑき屋、花戸屋、栽樹家、植木や、植木屋、植木師】などと表記され、花戸屋や栽樹家という表現に思わず頬が緩む。さらに→たくだ、らくだ、と関連語が載っている。そこで、関連語が載っている第五四巻『花壇地錦抄』、第一一巻『窮民夜光の珠』を開いて「たくだ」「らくだ」を読んでみる。すると、この両語はともに駱駝を意味し、植木屋の背をかがめて仕事をする格好が駱駝に似ているので、このように呼ばれたのだということがわかる。
 「こじき【コジキ、乞喰、乞食、乞食き】」は、こつじき、ざとうのはいとう、そでごい、はいとう、ものもらい、ほいとなど六つの関連語が載せられ、二六件案内されている。このように分類されると乞食もやはり諸稼ぎかと、妙に納得させられるものがある。
 また、「ぬすっと【盗人】」はあっても「どろぼう」はない。江戸時代、農村部では「どろぼう」という言葉は一般的ではなかったのではないか。「分類索引」は江戸びとの暮らしの世界のイメージをふくらませてくれるのである。



ビジュアル情報が伝える農と暮らしの本質

 図1・2 諸国鍬の図(第15巻『農具便利論』より)

 「日本農書全集」全七二巻には、江戸時代の農業と農村、農民を知るうえで不可欠のビジュアル情報が含まれている。〈絵図〉索引には、実に三七〇〇点にのぼる絵図が案内されており、その情報量は極めて大きい。今後、これらのビジュアル情報は、江戸時代の農業・農村の実情を語るうえで不可欠の史料となるだろう。
 「所かわれば品変わる」という。それを如実に示すのが農具の図である。〈絵図〉索引に当たれば、それらの農具の図がどこに載っているか、たちどころにわかる。
 たとえば「諸国鍬の図」という索引語から、第一五巻『農具便利論』の一四二〜一五三ページを開いてみると、全国各地で使われている一五種類もの鍬の形が図示されている(図1・2)。
 同書の現代語訳によれば、〈(鍬は)泉州(和泉の国)の堺でつくられたものが切れ味もよく、また細工も上手である。摂津・河内・和泉やその他、周辺の地方で使われている農具は、堺から仕入れる。「かくかくしかじかの土に使うものだ」と申し送れば、堺の鍛冶屋はよく心得ているので、用途にみあったものをつくって送ってくる〉とある。
 各地の農家は、それぞれの地勢や土質に合った鍬を注文品として買っていたのである。それぞれの土壌条件によって使い分けられていた一五種類もの鍬の形を見ていると、江戸時代の物づくりは、画一品の大量生産を是とする現代の物づくりの対極にあったことがわかる。どちらが農耕の本質に近いだろうか。江戸時代の鍬の図は、見る人にそんなことを問いかけてくれる。

 図3 虫追いの図 第15巻(『除蝗録』より)

 暮らしの記録でもある本全集には、行事や祭りの図も豊富だ。たとえば、今日ほとんど見ることのできない「虫追い」「虫送り」の行事を、〈年中行事・信仰〉の項目で検索すると、一八件あることがわかる。それらの記述をたどれば、その風習や内容はわかるのだが、さらに、絵図はないものか。〈絵図〉索引を引いてみよう。第一五巻『除蝗録』に二つ、第三五巻『養蚕秘録』に一つ載っている(図3)。

これを見ると「虫追い」の行事は、たいまつなどの火と太鼓やほら貝などの音によって、虫を村の外へ追い出す行事だということが視覚的にわかる。農書の絵図は民俗の記録<写真>でもあるのだ。



人と人、人と自然との関係を律した〈村法〉

 江戸時代のむらの仕組みや行政のシステムをさぐるには、〈自治と社会組織〉の項目で検索するとよい。
 江戸時代、むらむらは入会山を持っていたことが知られる。その山は、薪を取るところだったり、馬に踏ませて肥しにするための草を刈り取る場所であったりした。試みに「いりあいやま」(入会山・入合山・入相山)を引いてみると、関連語として「→かりしきやま」(刈敷山)が載せられ、案内は、第一八巻『北条郷農家寒造之弁』と第二四巻『農具揃』『乍恐農業手順奉申上候御事』に含まれる四件である。
 『農具揃』の一一ページを開いてみると、「大みそかの夜、入会山の組合では毎年一、二人ずつが奥山へ深い雪を踏み分けて登り…薪を伐り出すのにほどよい場所を見つけ、鉈で立木の皮をむき、自分の印を幹に刻んで帰るのである。これをエゲルという」とあり、『農具揃』が成立した飛騨国(岐阜県)の吉城郡国府町では入会山が薪を取る場所だったということがわかる。
 『北条郷農家寒造之弁』には、「草刈場をつくるには、村中で相談して、村有林あるいは入会山、または開墾しても耕地にならないような荒地を選ぶべきである」(二六〇ページ)とあり、入会山が往々草刈場(刈敷山)になったことを裏付けている。この二つの文書の記述から、入会山がその土地土地の実情に応じ、薪をとる山であったり、草刈場であったりすることがわかる。入会山は、むらの共有財産として村人の総意によって運営されていた。
 索引をたよりに文書をたどっていけば、〈一定地域の住民が刈敷や材木の採取などに共同利用し、共同管理する山。一村だけの「村中入会」と複数の村の「村々入会」とがある〉などという「注記」にもつきあたり、理解を深めることができる。
 また、当時のむらの実情を知ろうとすれば、村法(そんぽう)を見るにしくはない。「そんぽう」を引いてみると三件案内されている。そのうちの一つ、第六三巻の『永代取極議定書』の箇所を写すと〈田畑の作物、山林の竹木枝葉などを取り荒らした者、または村法に背いてばくち、賭事の勝負事、三笠附、悪口・過言・喧嘩・口論・高声などをした不法・不埒の者は、罪の軽重に従い村法によってとがめたうえ、罰金を申し付ける〉など、村内のさまざまなできごとについての取極めが書かれている。
 第二二巻の『農家捷径抄』では、各自が一日に肥料にする草を刈る量を村法で定めている。〈私が住む村は田へ肥料を多くいれなければならない土地柄で、節分がすぎて九十五、六日目ころからそのための草を刈りはじめる。刈り取る量として「一駄刈り」(馬一頭が運べる分量)を村の掟で定めている〉というぐあいである。村法は喧嘩・口論などを取り締まる日常の暮らしのルールであるのみならず、生産の場面での資源の利用のしかたにまで及ぶのである。
 人と人、人と自然との関係を律していたのは、村人の全員一致を旨として定められた村法であった。


土の性質と相性のよい稲品種


















 




 





 

 さて、農業をやるうえで、「土つくり」の重要性は昔も今も変わらない。江戸時代の農家の土に対する見方・考え方を「索引」の〈土壌・土地・水〉を通して見てみよう。
 まずは、「つち」を引いてみる。すると、五二件案内されている。これだけあると、かたっぱしから検索していては的確な情報のある箇所へたどりつくまでにかなりの時間を要する。しかし、一件だけだが、太文字(ゴチック)になっているものがある。第五四巻『花壇地錦抄』の二六三ページである。まず、そこを開いてみる。
 「草木を植える土」として、真土(まつち)、野土(のつち)、忍土(しのぶつち)、赤土(あかつち)などの性質が解説されている。あとは、いもづる式に真土や野土、忍土を引いていけば、本全集に含まれる「土」や「土つくり」についての情報はほとんど調べることができる。
 ちなみに「まつち」を引いてみよう。真土については、一七〇件案内してあり、ゴチックが二箇所ある。
 ゴチック箇所である第一〇巻『清良記』の八九ページを見てみると、土を上中下の三段階、さらに九段階、この九段階を上下とし一八段階に分類して、七ページにわたって説明している。真土とは耕作に適する良質の土で、岩石が風化してできた壌土のことである。その真土をさらに紫真土、黒真土、白真土の三つに分け、紫真土を最上のものとしている。
 紫真土、黒真土、白真土について他の情報はないか。索引を引いてみる。紫真土は『清良記』のほかに見られない。『清良記』特有の言葉である。黒真土、白真土については二〇件以上の案内があり、第四巻『耕稼春秋』と第一九巻『会津農書』に情報の多いことがわかる。『会津農書』では、真土を六つに分け最上位を黄真土とし、色が山鳥の羽のようなので「山鳥真土」ともいうとしている(一八ページ)。『会津農書』の土についての記述と、その土に適する稲の品種についての説明は非常にくわしく、一三ページにもわたる。
 たとえば、二〇ページには「土の軽重と土の味」という見出しがあり、黄真土、黒真土など九種類の土の一升当たりの目方と味を述べている。ちなみに、黄真土が一番重く五百二十匁、野土は八番目で四百三十匁である。味については、上土、中土、下土と分け、それぞれ甘い、甘苦い、甘く苦く酸っぱいとしている。
 pHやN・P・K含量などを基準にした現代の土壌分析に対して、いわば土の官能テストである。江戸の農民は自らの目と耳と舌を信じ、それを研ぎ澄ませていたのである。
 稲の品種は、早稲・中稲・晩稲・糯稲に分類したうえで、土(田)の性質と相性の良い品種をあげている。その品種名を数えてみると、香(こうばし)、鶴首、坊主三助など実に三七種ある。田の土の性質と品種の早晩とを考え合わせ、つくり分けていたのである。
 「日本農書全集」は、農の営みを通じて日本の自然と深く関わってきた江戸時代の人々の叡智の結晶を収納している蔵であり、「索引」はその蔵を開けるキーである。





分類項目とその内容「別巻」〈分類索引〉より

A農法・農作業
 農法・農作業・技法、作業時期、家畜の治療法など
B農具・道具・資材
 農具・道具およびその部品、資材など
C土木・施設
 土木工事、作業場、各種施設など
D土壌・土地・水
 土壌・土地・用排水など
E生物とその部位・状態
 作物・植物、家畜・家禽・蚕・蜂および植物・動物の部位・状態など
F品種・品種特性
 品種名、作物・品種の特性など
G病気・害虫・雑草
 病名、害虫・害鳥獣名、雑草木名、生理障害、家畜の病気など
H農薬・防除資材
I肥料・飼料
 肥料・土壌改良資材、施用法、家畜・家禽・蚕・魚・蜂のえさなど
J漁業・水産
 魚介類・水産生物、漁労・漁法・漁具、船・船部位、船道具、漁場・釣り場など
K加工
 食べものの加工・貯蔵法、農産加工、林産加工、工芸、織物、塗りものなど
L経営
 販売・流通、経営・収支など
M諸稼ぎ・職業
 農間余業・職業など
N衣食住
 食べもの・食材、病気・けが、医療・薬・化粧品、衣類・衣料・繊維、住居建築材料・家具・燃料・灯火原料、台所道具・世帯道具、生活一般など
O年中行事・信仰
 農耕儀礼、行事・祭り、信仰など
P暦日・気象
 暦日、二十四節気、雑節、気象など
Q災害と飢饉
 災害、飢饉・凶作など
R自治と社会組織
 農村自治、役職、夫役、税・徴租法、武器、制度一般など
S人名
T地名
U書名
V名産名
W単位
Xその他の語彙
Y成句・ことわざ
Z絵図



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