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農村空間から生まれた言葉 

簡潔・的確に表現された農のこころ、暮らしの叡智

「日本農書全集」別巻の【分類索引】には〈成句・ことわざ〉の項があり、六〇〇を超える成句やことわざが収録されている。農耕や農作業に関するものから天候に関するもの、さらには処世訓や人心の機微をついたものまで、先人の農のこころと暮らしの叡智が息づいている。たとえばこんな具合だ。



農耕、農作業、天候に関するもの

第1巻『奥民図集』に描かれた農民

【稲は汚泉に宜(よろし)】
【千駄の糞(こや)しより一時の旬をもってせよ】
【帷子(かたびら)麦に袷(あわせ)稲】
―稲をつくる田んぼは、上流にある人家の使い水が流れ込むようなところがよろしい。
―千頭の馬に負わせるほどの肥料を施すよりも、作業の適期を逃さないことが大切だ。
―麦は裏地なしの衣服を着ているうちに播け、稲は袷(裏地つきの衣服)を着ているうちに播け。
 水利条件、作業時期の重要性を、これらの短い成句のなかに込めている。
【五風十雨の潤い】
【テッカリ千俵】
【秋荒(あきあれ)半作】
 こうして適期を逃さずにしっかり管理し、天候に恵まれれば、秋の豊作を期待できる。春の彼岸にテッカリ=晴天が続けば豊作まちがいなし。しかし二百十日のころに台風がくれば、一年の苦労も水の泡の憂き目を見ることになる。









処世や人心の機微に関するもの


第12巻『農業全書』より

【一日の働きは鶏鳴に有】
【鶏をかねにし而働くべし】
―「かね」は金ではない。鐘即ち目覚し時計である。
【親は苦をする子は楽をして、其子は乞食する】
【長者二代なし】
 江戸の農民は勤勉であった。そうしなければ、家の継続が危うくなることを知っていたからである。そのために行ないを慎み、一身を律した。
【九思一言】
【三思一行】
―口は禍の元、よくよく考えてからものを言え。熟慮して行動せよ。
―結果はおなじでも「やらなかった」のか「できなかった」のかで、その内実は天地の違い。仮によい結果を出せないにしても、そのための精進と努力が大切だ。だから水泳を畠で習うような【畠水練】を排除し、【百の法を説かんより、一の実功を顕(あらわ)すに如かず】を旨とするリアリストでもあった。【千里の道も壱歩より起こる】を自ら実践したのである。
 農書を書き残した人々は一意専心、農の技だけに目を向けていたわけではない。【年貢は掛樋の水の如し、水上絶ればいか程せがみても末へ水は不参候(あいらずそうろう)】というように、社会を見る冷徹な眼をも備えていたのである。
 以下、どこからでもよい。江戸からの贈り物、格言の花束をじっくりと味わっていただきたい。既存のことわざ辞典から漏れているものも少なからずある。


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