月刊 現代農業
ルーラルネットへ ルーラル電子図書館 食と農 学習の広場 田舎の本屋さん

稲作・水田活用

生きもの調査がだんぜん盛り上がる
田んぼ環境チェックシート

林 鷹央

埼玉県川越市での生きもの調査。金魚網を持ってアゼに並び、採取する

埼玉県川越市での生きもの調査。金魚網を持ってアゼに並び、採取する

わかりやすいをモットーに

 日本人の心の原風景「田んぼ」は、絶滅危惧種の5割が集中する里地里山の中心的な場でもあります。その素晴らしさを守り、伝えるためのツール「田んぼの生きもの調査」を楽しむ方法を紹介します。

 私は幼少期より田んぼの生きものに親しみ、美大を卒業後、デザイナーをしているときに「メダカが絶滅危惧種に!」というニュースを聞き衝撃を受けました。水路や小川に普通にいたメダカがいない!? 当たり前が失われる時が危険だと直感し、2003年、自然保護の分野に転職。そんななか、伝統的な水田稲作と里山管理が多くの生きものを育み、生物多様性を豊かにすると知り、農業の世界に足を踏み入れました。以来、楽しくわかりやすいをモットーに映像やイラスト、マイクロスコープなどで視覚伝達するビジュアル系生きもの調査を実践しています。

採取した生きものを分類して点数をつけ、解説する筆者

採取した生きものを分類して点数をつけ、解説する筆者

脇役の活躍で世界が広がる

 世代を超えて愛される映画「スターウォーズ」。ストーリーは単純ながら、様々な景観の惑星やキャラクターが登場し、その世界観のおもしろさにハマります。多くの脇役がグッズ化され、サイドストーリーも作品化されています。

 もし田んぼが人とイネだけの世界だったら正直退屈でしょう。でも、そこに虫や草花など様々なキャラクターが登場し、風景(平野、丘陵地、中山間地、棚田、谷津田など)に舞台(田面、アゼ、土手、水路など)が加わると、壮大な宇宙が広がります。

 後継者不足の近代農業は、生きもの目線を失い、収量だけを追いかける「つまらない農業」になってはいないでしょうか? 私は田んぼワールドにハマり、転職で年収が半分になっても、これに人生を賭けることにしました。

生きもの調査から生態系の改善へ

 人間は視覚で8割以上のものを認識しています。ゲンゴロウを知らない人に「脚が6本で、翅の縁が黄色で……」と言葉で説明するより、写真を見せたほうが早いわけです。図鑑は写真に最低限の文字情報を加えることで生きものを認識させてくれます。2005年、標本ではなく生きている姿の写真を切り抜き、流れのある画面を効果的に使った実物大図版を作りました。下敷きやポケット図鑑に採用され、生きもの調査で親しまれています。

 しかしながら「いろいろな生きものが見られて楽しかったね」で終わり、その先の水田生態系の劣化を改善しようという議論にまで達しません。田んぼの生物多様性バランスを素人でも把握できるツールが必要だと感じました。

 2007年に水田特有の生物を各地の調査結果からリストアップ。「田んぼ環境チェックシート」(以下、環境シート)を作ることにしました。見せ方は青木淳一氏による「土壌生物による環境診断」(四十数体のイラストを見ながら探し、すべて出そろうと100点になる)をお手本としました。

 ただ、80枚以上必要となったイラストを描く時間が取れず、時間ばかりが経過。世の中ではコウノトリやトキの放鳥、COP10愛知(第10回生物多様性条約締約国会議)と環境にかかわる大きなイベントが続き、田んぼの生きもの調査も各地で盛んになっていました。

 しかし、2011年の東日本大震災と原発事故。イベントなどの自粛が相次ぎ、生きもの関係の仕事がごっそりなくなりました。そこで、最後に環境シートを仕上げてから廃業しようと、4カ月かけて八十数体のイラストを描きました。師匠の宇根豊氏と岩渕成紀氏からは「生命に点数をつけるとはけしからん!」と叱られましたが、使ってみた農家さんからは好評で、起死回生のヒット作となりました。

田んぼの「今」を見える化

 先祖たちが自然を見つめて「手入れ」をし、多様な生きものが集う水田生態系が形成されました。江戸時代の浮世絵には銀座周辺の田んぼにヘイケボタルが描かれ、民家の屋根に巣を作るコウノトリは、田んぼでドジョウやナマズを食べていたはずです。環境シートでは江戸〜戦後間もない田んぼで見られた風景が100〜80点になるように生きものの点数を設定しました。

 実際の生きもの調査では、1列になって田んぼのアゼにしゃがんで目を慣らし、左右と声を掛け合いながら採取します。生きものたちを集めたら、白い調理バットに入れて、シートを見ながら観察します。指導員は参加者が採集した生きものをABCDと四つのグループ(後述)に振り分けして展示・解説をします。生きものたちのストレスを軽減させるために、石や葉っぱで休憩できる場所を作ってあげます。イベント後は田んぼに返してあげることも重要です。

シートの使い方・楽しみ方

 環境シート(154ページ)に描いたAグループの生きものは、現在ではレア(希少)になってしまったものです。該当するカテゴリ番号の生きものが出ると5点が入ります。ただし、同じチェック欄の生きものは何種類出ても5点です。

 Bグループは土水路があったり、農薬の使用を控えていたり、「ふゆみずたんぼ(冬期湛水)」で見られる生きものなどをリストアップし、各3点。Cグループはどこの田んぼでも見られる生きものを各1点としました。さらに、明治維新以降のキャラとしてウシガエルやアメリカザリガニなどの外来種も入れました。出現するとマイナス2点!

 Cグループをコツコツ集める人もいれば、Aグループのレア物を見つけてドヤ顔になる人もいます。外来種が出てきたときは、「うわっ出たー」「それいなかったことにしよう」などと、ババ抜きのジョーカーや坊主めくりの坊主のように盛り上がり、図らずも笑いと会話が生まれるシートとなりました。

得点目安
100〜80伝統的な田んぼ環境。江戸時代〜1950年代あたり
80〜50中山間地や広い範囲でビオトープを作った有機、自然農法などの水田
50〜20ビオトープ、土水路、魚道、 ふゆみずたんぼなど生きものに配慮した水田
25〜5基盤整備された慣行田など
15〜0バケツイネ、都会の学校田、庭のビオトープ田んぼなど
0〜−8もはや日本ではありません……

平均的には20〜30点だが……

 シートの□にチェックを入れて計算すれば、ゲーム感覚で田んぼの環境が見えてきます。ABCのすべての□にチェックが入れば100点。たいていの田んぼでCグループは埋まり、Bグループは少し出ます。Aグループは出ない田んぼが増えており、平均的に20〜30点前後になることが多いです。まずはCグループが埋まることが、田んぼが継続的に営まれていることの証明でもあるので、そこから始めて「いかに生きものと対話し、見えない世界を見るか」に挑戦するのも環境シートの楽しさです。

 実践された方々の好例としては、当初30点台だった長野県富士見町の農地で、農作業の時期やビオトープ作りなどを工夫し、わずか3年で大型のゲンゴロウを呼び、70点台にした農家さんがいます。茨城県笠間市では地域で殺虫剤の空中散布をやめ、18年ぶりにタガメが田んぼに現われたという農家さんがおり、毎年環境シートを使った生きもの調査をしています。

 田んぼの見える化が、生きものたちの声なき声に耳を傾け、楽しく「田んぼ」を未来へ伝える一助になれば幸いです。(デザイナー・環境活動家)

田んぼの環境チェックシート(画像をクリックするとPDFが開きます。984KB)

Acrobat Reader

田んぼ環境チェックシート

「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2017年8月号
この記事の掲載号
現代農業 2017年8月号

巻頭特集:夏の石灰欠乏に挑む
 業務用米をもっと多収/夏播きニンジンの発芽をどうする/中晩柑、大玉のカギは夏秋梢/サンショウは実・花・葉が売れる/手作りアイス&シャーベット/農家と反戦/秋ジャガは苗を仕立てて多収/農家のキャンプ場経営 ほか。 [本を詳しく見る]

DVD 多面的機能の増進編(多面的機能支払支援シリーズ3)』農文協 企画・制作

新設されたメニュー「多面的機能の増進を図る活動」の参考となる取組を紹介。 防災・減災力強化として田んぼダム、農村環境保全の幅広い展開として田んぼビオトープ、農村文化の伝承を通じたコミュニティづくりとして虫送りなど、多面的機能の増進をはかりながら地域づくりに取り組む事例を収録。 [本を詳しく見る]

田んぼの生きもの調査 下敷き&ガイド 全3巻

田舎の本屋さん 

もどる