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日本政府は恥ずかしい大嘘つき
「TAG」は日米FTAそのものだ!

鈴木宣弘

 日米間で「物品貿易協定(TAG)」(日本側の捏造語)の開始が決まったのを受け、AP通信や米国メディアは、ズバリ「日米がFTA交渉入りに合意」と簡明直截に報じた。日本のメディアは「事実上のFTA」「FTAに発展も」とやや回りくどいが、TAGは「FTAそのもの」である。要は、「日米FTAはやらない」と言っていたのにやることにしてしまったから、日米FTAではないと言い張るためにTAGなる造語を編み出したということである。

耳を疑う詭弁

 日米共同声明にTAG(物品貿易協定)という言葉は存在しない。「正文」とされている英文の共同声明には「物品とサービスを含むその他の重要な分野についての貿易協定」と書いてあり、物品だけの貿易協定などとは言っていない。日本側が意図的に物品だけ切り取ってTAGと言っているだけで、極めて悪質な捏造だ。物品とサービスの自由化協定は、以下の定義からわかるように紛れもないFTAである。

「特定の国・地域間で関税撤廃やサービス貿易の自由化をめざすFTA(Free Trade Agreement:自由貿易協定)や物品・サービス分野だけでなく投資、知的財産権、競争政策など幅広い分野での制度の調和もめざすEPA(Economic Partnership Agreement:経済連携協定)」 (荏開津典生・鈴木宣弘『農業経済学(第4版)』2015年、岩波書店)

 国際法(WTO)上、最恵国待遇(MFN)原則(注)に反する特定国間での関税の引き下げはFTAを結ばない限り不可能であるのに、米国からの牛肉と豚肉の関税引き下げの要求を受けつつ、日米FTAは拒否すると言い続けているが、どうするつもりか、どんな裏技を出してくるのかと思ったら、まさかの屁理屈である。あまりにも稚拙で、普通の神経なら恥ずかしくてとても言えないはずだが、この国は、見え透いた嘘がどこまでもまかり通り、さらに麻痺してきているようである。「今回はこれで乗り切りましょう」と進言した経済官庁の知性と良識を疑わざるをえない。しかも、「FTAではない」と言い続ければ、国際法違反の協定だから関税削減が発効できなくなるという墓穴を掘っていることにも気づかないのであろうか。

日本の農家の皆さん、これはFTAではなくTAGですから。

TPP以上の譲歩が前提

「米国通商代表部(USTR)代表は就任の際、『日本にはTPP(環太平洋連携協定)以上のことをやらせる』と議会で宣誓した。これが代表承認の条件になっているのですから、米国は必ず実現させようとしてきます。では、日本側は何を譲歩するのかというと、農業でしょう。安倍政権は“経産省政権”ですから、自分たちが所管する自動車の追加関税は絶対に阻止したい。代わりに農業が犠牲になるのです」と筆者は9月27日の日刊ゲンダイで指摘した。

 そもそも、米国が離脱したのに、わが国がTPPを強行批准した時点で、TPP水準をベースラインとして国際公約し、米国には上乗せした「TPPプラス」を喜んで確約するものだった。「まず、TPPレベルの日本の国益差し出しは決めました。次は、トランプ大統領の要請に応じて、もっと日本の国益を差し出しますから、東京五輪まで総理をさせてください」というメッセージを送っていたのである。

 TPP破棄で一番怒ったのは米国農業団体だった。裏返せば、日本政府の影響は軽微との説明は意図的で、日本農業はやはり多大な影響を受ける合意内容だったということが米国の評価からわかってしまう。せっかく日本から、米(従来の輸入枠も含めて毎年50万tの米国産米の輸入を保証)も牛肉も豚肉も乳製品も「おいしい」成果を引き出し、米国政府機関の試算でも4000億円(米輸出23%増、牛肉923億円、乳製品587億円、豚肉231億円など)の対日輸出増を見込んでいたのだから当然である。

 しかし、これまた感心するのは、米国農業団体の切り替えの早さである。すぐさま積極思考に切り替えて、TPPも不十分だったのだから、2国間で「TPPプラス」をやってもらおうと意気込み始めた。それに応じて「第一の標的が日本」だと米国通商代表が議会の公聴会で誓約したのである。

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TPP以上の対応はすでに始まっている

 日本の対米外交は「対日年次改革要望書」や米国在日商工会議所の意見書などに着々と応えていく(その執行機関が規制改革推進会議)だけだから、次に何が起こるかは予見できる。トランプ政権へのTPP合意上乗せ譲歩リストも作成済みである。

 米国の対日要求リストには食品の安全基準に関する項目がずらずら並んでいるから、それらを順次差し出していくのが、米国に対する格好の対応策になる。例えば、BSE(狂牛病)に対応した米国産牛の月齢制限をTPPの事前交渉で20カ月齢から30カ月齢まで緩めた(つまり、TPPで食の安全性が影響を受けなかったとの政府説明は「偽証」)が、さらに国民を欺いて、米国から全面撤廃を求められたら即座に対応できるよう、食品安全委員会は1年以上前に準備を整えてスタンバイしている。さらに、すでに日本は米国からのSBS米を1万t台から6万tまで増やし、TPPでの約束水準をほぼ満たす対応をしている。情けない話だが、米国にはTPP以上を差し出す準備はできているし、できるところからすでに対応している。

 酪農はTPP水準を超えることがすでに明白である。日欧EPAではTPPを上回る譲歩をしているから、それを日米FTAにも適用することは間違いない。

 例えば、TPPでは米国の強いハード系チーズ(チェダーやゴーダ)を関税撤廃し、ソフト系(モッツァレラやカマンベール)は守ったと言ったが、日欧EPAではEUが強いソフト系の関税撤廃を求められ、今度はソフト系も差し出してしまい、結局、全面的自由化になってしまった。それが米国にも適用されるからである。

 しかも、TPPで米国も含めて譲歩したバター・脱脂粉乳の輸入枠7万t(生乳換算)を、TPP11で米国が抜けても変更せずに適用したから、豪州、ニュージーランドは大喜びだが、これに米国分が「二重」に加われば、全体としてTPP水準を超えることも初めから明らかである。

そういえばこんな嘘も…

自動車のために食料・農業が永続的に差し出される

 自動車を所管する官庁は、何を犠牲にしてでも業界の利益を守ろうとする。各省のパワーバランスが完全に崩れ、経産省1省が「全権掌握」している今、自動車関税を「人質」にとられ、国民の命を守るための食料が格好の「生贄」にされていく。

 だが、そもそも米国の自動車関税の引き上げを、日本には適用しないというような差別的な適用は明確な国際法(WTO)違反である。そのような姑息なお願いをするのでなく、フランスのように真っ向から国際法違反だからやめるよう主張すべきである。自分だけが逃れられるよう懇願するために、国民の命を守る食と農を差し出す約束をしてしまったツケは計り知れない。

 しかも本当は、食と農を差し出しても、それが自動車への配慮につながることはない。日本の牛肉関税が大幅に削減されても、米国の自動車業界の利益とは関係ないからである。本当は効果がないのに譲歩だけが永続する。

繰り返される詭弁、「なし崩し」の食・農の崩壊

 TPP断固反対として選挙に大勝し、あっという間に参加表明したのが約6年前。以来、稚拙な言葉のごまかしによる「なし崩し」が繰り返されてきた。その流れをおさらいしておこう。

 まず、2012年12月の衆院選での自民党の政権公約には「聖域なき関税撤廃を前提とするTPP交渉参加に反対する」とあった。この「聖域なき関税撤廃を前提とする」という「枕詞」が入れられている時点で、TPP交渉参加を決心していたことを見抜かなくてはならない。

 経済官庁の作戦はこうだった。13年2月の安倍総理とオバマ大統領との日米共同声明に、「交渉に入る前に全品目の関税撤廃の確約を一方的に求めるものではない」との形式的な一文を挿入してもらうことに全力を注いだのである。共同声明発表の前日、その挿入に成功したとき、関係者は「これで国民をごまかせる」と祝杯を挙げていたといわれる。

 そして訪米中の安倍総理は、日本時間2月23日朝の記者会見で、「聖域なき関税撤廃が前提でないことが明確になったのでTPPに参加する」と述べた(正確には、安倍総理に述べさせた)。

 これがいかに「子供だまし」にもならないかは明白である。「前提でない」=「入る前に宣言しなくてもよい」という意味だとして、「聖域がないことを入る前に宣言しなくてもよい」と書いてもらったから、「前提でない」をクリアしたと説明する。入ってみたら結果的に「聖域はなかった」としても問われない、という解釈である。

 本来は、「聖域が確保できることが前提のTPP交渉なら参加する」という意味合いなのに、そのように見せかけておいて「言葉遊び」で国民との約束は守れたとする。こんな稚拙なごまかしを平然と行なえる精神構造には敬服する。

言葉の破壊の行き着く先は国の破壊

 詳細な説明は省略するが、農産物の重要5品目は除外するとした国会決議を反故にしたのも同様である。この時は、切り札として、国会決議に入れた「引き続き再生産可能となるよう」との枕詞を使った。こんなに譲歩してしまったらたいへんな打撃が出ると指摘されても、影響試算には国内対策をセットで出して、再生産が可能になるように国内対策をしたから国会決議は守られた、と言い張るシナリオが当初から準備されていたのである。

 そして、米国離脱を受けて、米国からの追加要求を回避するため(本当はトランプ大統領への「TPPプラス」の国益差し出しの意思表示)としてTPPを強行批准。さらに今度は「TPP11を急げば米国のTPP復帰を促せる。日米FTAを避けられる」という虚偽の説明である。米国抜きのTPP11が発効したら、米国は逆に日米FTAの要求を強めるのが必定だろう。

 実際、トランプ大統領の来日時などに、日米FTAへの強い意思表示があったと米国側が何度も報道しても、日本は否定し続けた。その裏ではTPP11と日米FTAを両にらみで、日米FTA開始のための準備交渉なのに、それを隠して日米経済対話や日米新通商協議(FFR)を進め、今回の日米FTA交渉入りとなった。それをTAGという造語でFTAではないと言い張っている。

「TPPを上回る譲歩はしない」と言っている政府は、最後はどんな言い訳を持ち出してくるのだろうか。

 その前に、何度も何度もこんな見え透いた嘘で「なし崩し」にされていくのを、ここまで愚弄されるのを、国民は許容し続けるのかどうかが問われている。言葉の破壊の行き着く先は国の破壊である。

(東京大学教授)

(注)WTO1条には、特定国に与えた最も有利な貿易条件は全加盟国に平等に適用することが明記されている。

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現代農業 2018年12月号
この記事の掲載号
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