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くらし・経営・地域

種苗法改定に異議あり!

Q&Aでよくわかる
「農家に影響はない」は本当か

通常国会での審議が持ちこされた種苗法改定案。臨時国会が開かれないため、宙ぶらりん状態が続いている。農家も賛成派と反対派に分かれ、激論を交わすこの問題。時間ができたのは、議論を深めるチャンスといえる。今回は農家の自家増殖について、Q&Aで整理してみたい。

 

 自家増殖が許諾制になるのは、ごく一部の品種だけだから大丈夫って本当?

 現在利用されている品種のほとんどは一般品種(登録外品種)だから問題ない。農水省は、そういってますが……。

登録品種は米17%、ブドウ13%、野菜9%

 農水省のホームページを見ると、種苗法に関する「よくある質問」に似たようなQがあって、回答には「現在利用されているほとんどの品種は一般品種であり、許諾も許諾料も必要ありません」とある。

「一般品種」とは品種登録されていない、または登録が切れた品種のこと(登録外品種)。地域に根付いた在来種もこれに当たる。これらは現在も、そして種苗法が改定されたとしても、農家の自家増殖は原則自由。自分で採ったタネや穂木を譲ったり売ったりするのも問題ない。

 農水省は別の資料(「種苗制度をめぐる現状と課題」)に、品目ごとの登録品種の割合を挙げている。米17%、ミカン3%、リンゴ5%、ブドウ13%、ジャガイモ10%、野菜9%。つまり登録品種は全体のごく一部であり、今後もほとんどの品種は自由に自家増殖できる。だから農家への影響はありませんよ、安心してくださいよ、というわけだ。江藤拓・前農林水産大臣もよく紹介した数字なのだが、鵜呑みにしていいんだろうか?

「ほとんどは一般品種」のカラクリ!?

 農水省の担当者によると、米の17%という割合は「米穀安定供給確保支援機構」が発表している資料から算出したという。下表がその抜粋(19年産)。登録品種(太字)の割合を足すと、確かに16.9%となる――。

 

水稲の作付け割合(%)
品種名割合
コシヒカリ33.9
ひとめぼれ9.4
ヒノヒカリ8.4
あきたこまち6.7
ななつぼし3.4
はえぬき2.8
まっしぐら2.2
キヌヒカリ2.1
あさひの夢1.7
ゆめぴりか1.6
きぬむすめ1.5
こしいぶき1.4
つや姫1.2
夢つくし1
ふさこがね0.9
つがるロマン0.8
あいちのかおり0.8
彩のかがやき0.7
天のつぶ0.7
きらら3970.7
その他18.1

太字が登録品種。ただし、あさひの夢は20年3月、つがるロマンは9月に登録切れ

 

 いや、でも変だ。その他の18.1%に登録品種はひとつもないのか。そんなはずはない。新潟県の「新之助」や宮城県の「だて正夢」、富山県の「富富富」など、近年は各県が魅力ある新品種を次々出している。それぞれの面積はまだ小さいが、当然すべて登録済み。「その他」には、そんな登録品種が多く含まれているはずだ。

 また、「コシヒカリ」や「ヒノヒカリ」は登録外品種だが、この統計ではその内に、それぞれ「コシヒカリ新潟BL」(いもち病抵抗性を持つ登録品種)や「コシヒカリ富山BL」「ヒノヒカリ関東BL」など、改良された登録品種も含んでいる。例えば新潟県では、コシヒカリのうち97%がBL品種。およそ7万haもつくられていることになる。農水省はそれらを無視して「米は17%しか登録品種が栽培されていません」といっているわけだ。

 さらに、地域別にみれば、新潟県では「コシヒカリBL」や「こしいぶき」「ゆきん子舞」など、水稲面積の約85%で登録品種を作付けている(県農産園芸課、19年産)。青森県でも「まっしぐら」や「青天の霹靂」などの作付け面積が増えて、97.3%が登録品種だ(県農産園芸課、18年産。ただし、28.6%を占める「つがるロマン」は今年9月に登録切れ)。

 ブドウでも、栽培の多い大粒種に絞ってみると、トップ産地の山梨県では27.4%、長野県では30%、山形県では56.4%が登録品種となる(農水省、17年産)。

 さらに、農水省が言及しない品目もいくつか調べてみると、例えば北海道の小麦ではなんと99%、大豆では86%が登録品種だった(道農産振興課、18年産)。同様に、茨城県のサツマイモでは約37%(農水省、16年産)、沖縄県のサトウキビでは、少なくとも55%以上が登録品種である(県糖業農産課、17年産)。

 野菜の「9%」というのも、誤解を招きそうな数字だ。ほかは栽培面積から算出しているのに対し、野菜だけは全品種数(日本種苗協会の「野菜品種名鑑」に掲載された品種数)に占める登録品種数の割合だ。名鑑には、もうほとんどつくられていない品種もかなり載っている。「9%」は栽培の実態を表わしているとはいえないだろう。また、「野菜」とひとくくりにするのは乱暴だ。産地で栽培されているエダマメやエンドウ、ソラマメやレタスではどうか。自家採種しているかどうかは別にして、登録品種の割合はけっこう高いのではないだろうか。

登録品種の割合は今後も増えるはず

 さらにいえば、一部の品目では登録品種が占める割合は年々上がっていて、今後はもっと上がりそうだ。今回の種苗法改定案には、品種登録のハードルを下げるため、1件につき4万7200円の出願料の上限を1万4000円に、3万6000円の登録料の上限を3万円に引き下げる内容もあるからだ。

 個人育種家の負担が減るという点ではおおいに賛成だが、農水省は、一方で登録品種をどんどん増やそうとしていながら、一方で「登録品種は少ないから大丈夫ですよ」といっていることにならないだろうか。

 でも、許諾料はすごく安いんでしょ?

 農水省はそういってますが、まだ決まったわけじゃありません。

「法律が改定されてから検討する」

 登録品種を自家増殖する場合、許諾料(ロイヤリティ)が高かったり、余計な事務手続が増えたりしないのか。農水省の答えは「農業者の利用が進まない許諾料となることは考えられません」「コストの増大は想定されません」。やはり心配ご無用というわけだが、巷には、農家の種苗コストが跳ね上がると指摘する人もいる。この点、賛成派と反対派の意見は大きく食い違っているのだ。

 結論から先にいえば、答えはまだわからない。種苗法が改定された場合の許諾料やその手続きについて、育成者側がまだ何も決めていないからだ。試しに米どころやイチゴの産地を抱える数県に問い合わせてみるも、「法律が改定されてから検討する」との回答。なかには「他の県はどうされるんですかね?」という担当者もいた。

 一方、農水省は、一部の試験場が設定している「許諾料」の例を挙げている(図1)。例えばイネでは10a当たり(種モミ4kg分)の種苗代1600円のうち、3〜16円程度。ブドウでは苗木1本4000円のうち同60〜80円程度だという。

 

図1 農水省が挙げる「許諾料」の例 (出典:「種苗制度を巡る現状と課題」)

 

 これを見ると確かに安いが、ちょっと待ってほしい。これを、「農家が自家増殖する際に必要な許諾料」と考えていいのだろうか。現在、イネやブドウは自家増殖が原則自由である。正規に入手した種モミや苗木であれば、自家採種や接ぎ木に現時点では許諾料など必要ない。

 とある県の担当者に聞いてみると、「うちは一番高いイネの品種で、10a当たり約3円。『登録品種の利用料』として、主に種苗生産者を通じて、種モミの販売料金の数%という形でいただいている。自家増殖に対する許諾料というわけではない」という。つまりこれは、生産農家が自家採種をしようがしまいが支払っているお金であって、「自家増殖の許諾料」とは別物。この県も、今後の対応はまだ決めていない。イネの自家増殖に対する許諾料が10a当たり約3円になるとは限らない。

許諾料が法外に高くなるとは考えにくい

 もちろん、公的機関(国や県の農業試験場)が今後、急に高額な許諾料を要求するとは考えにくい。公的機関は国民の税金を使って、農業の発展のために育種しているのであって、種苗費で稼ぐのが目的ではない。許諾料が高くて新品種が敬遠されれば、本末転倒である。

 先に挙げた米やブドウ、サトウキビなどは、いずれも公的機関で育種された品種がほとんどを占める。農家が自分で苗を増やすイチゴもそうだ。自家増殖はこれまで通りできるはずだし、その許諾料もそう高くならないと期待したい。少なくとも、インターネットで一部話題になっているような「イチゴ農家は苗代として年間100万円も出費が増える」とは考えにくい。

 民間の種苗メーカーだって、基本は同じだと思う。農家に儲けてもらいたい、多くの消費者に喜んでほしいと開発する品種だ。自家増殖したいという農家に、高額な許諾料は課さないと信じたい。

 許諾手続きは誰かがやってくれるんでしょ?

 農水省はJAに期待していますが、全中は農家の自家増殖を許諾制にすることに反対しています。

許諾手続きに生じるコストも農家負担

 では、実際に自家増殖を続ける場合、その許諾は誰がどのようにとるのか。農水省は「自家増殖の許諾手続きは、農業者の事務負担が増えないように、団体がまとめて受けることもできます」というが、その団体として期待されている当のJA全中は、農家の自家増殖を許諾制とすること自体に、反対している(2月号、4月号)。

「許諾手続きが円滑に進むように、契約書のひな形(図2)を作成、配布予定であることから、現場での事務負担が過度に増加することは想定されない」ともいうが、実際はどうだろうか。

 

図2 農水省が作成した「許諾契約書」のひな形
(出典:「種苗制度を巡る現状と課題」)

 

 例えばイチゴでいえば、農家は次作のために用意する苗の数を決め、用紙に記入してJAに報告。その数に応じて許諾料を計算し、指定された口座に振り込む。育成者権者(公的機関や種苗メーカー)との許諾や許諾料の直接のやり取りは、JAがとりまとめて代行する。この場合、JAは当然、申告した増殖数が実態と合っているか、つまり不正をチェックする義務も負うはずだ。

 この通り、農家の手間はもちろんだが、JAの担当者が大きな負担を強いられるのは、容易に想像できる。「契約書のひな形」を配るくらいで軽減されるとは思えない。JA全中が自家増殖原則禁止に異議を唱えた理由のひとつには、職員の事務負担増大への懸念もある。

 そしてもちろん、その仕事はJAもタダではできない。農水省からはなんの説明もないが、これも間接的に農家が支払うことになるはずだ。

 農水省や大臣は、農家や消費者が種苗法改定に反対するのは、「誤解のせい」っていってますよ?

 確かに「デマ」も多いが、不誠実な説明をしているのは農水省ではないだろうか。

反対するのは理解不足だから?

「この種苗法(改定)によって農家が非常に厳しい立場に追い込まれるんじゃないかと(インターネット上で)発言された方もおられると聞いておりますけれども、そういうことについては、誤解があると私は思いますよ」「いろいろな誤解が生じることは仕方がないと思います。専門家ではないわけですから」

 反対意見が多く挙がっていることについて、5月22日の記者会見で江藤前農林水産大臣はこう答えている。そして、新型コロナのせいで、農家に直接説明して回れなかったのが「不幸だった」という。

「誤解」という表現は農水省も多用する。まるで、反対する人は改定案の中身を誤解している。理解が足りないだけ。そういわんばかりだ。しかし、この物言いには断固、納得がいかない。

農水省はわざと「誤解」させてる?

 確かに、「すべての自家増殖が禁止される」「農家はタネや苗を必ず買うことになってコストが増大する」「在来品種がモンサント(多国籍企業)に独占される」という噂を聞いて、心配する人もいる。

 そこで本誌では、改定案が成立したとしても、自家増殖の制限が及ぶのは登録品種だけ。許諾を得れば登録品種も自家増殖を続けられる(費用は発生するが)。種苗法には在来品種の登録を防ぐ仕組みがあり、万が一の場合は、申請によって登録を取り消せるなど、正しい情報をお伝えしてきたつもりだ。

 一方で、農水省側にも「誤解」の原因がある。先に紹介した「登録品種はごく一部ですよ」「許諾料はすごく安いし、手間も増えません」といった説明は、不誠実だといえないだろうか。「米は17%」は明らかに低く見積もっているし、登録品種の作付けが多い大豆や小麦に言及しないのもズルい。登録品種の割合を低くみせるために、わざわざ品目を選んで出したのではないか。中身を調べてみて、そう勘ぐってしまったほどだ。

農水省の欺瞞と怠慢

 思えば農水省は、これまでずいぶん不誠実な対応を続けてきたといえる。以下、一部を振り返ってみたい。

・自家増殖に関する検討会に、有機農家を呼んでいない。

・2017年に突然、農家にこれといった説明もなく、種苗法を一部改定、農家が登録品種を自由に自家増殖できない「禁止品目」を289種に急拡大。

・禁止品目には、従来は対象でなかったニンジンやダイコンなど種子繁殖性の作物を入れた(メリクロン培養が実用化しそうという理由だったが、完全にこじつけだ)。

・ホウレンソウなど、登録品種がない(保護すべき育成者権がない)品種まで禁止品目に加えた(種苗法改定の目的は「育成者権保護のため」だったはずなのに)。

・UPOV91に代表されるように、自家増殖「原則禁止」こそがグローバルスタンダードと説明(そんなことない。ITPGRや国連の「小農宣言」など、自家増殖を「農民の権利」と位置付ける国際条約もある)。

・イチゴの品種が海外に「流出」したことによって、5年間で200億円を超える被害を被っていると説明(8月号で紹介した通り、この試算はおかしい)。

 ほかにも挙げればきりがないが、特に納得のいかない説明が2点ある。

 まず、19年4月号の取材では「自家増殖を禁止すると農家に影響の大きい品目」としてイチゴやマメ類、イモ類などの品目を挙げたうえで、「直ちにすべての品目を禁止するわけではないし、育成者権を及ぼす品目は、育成者と農家両方のバランスを考えながら選ぶ」と担当者が明言している。ところが今年に入ると一転、種苗法を全面改定し、登録品種はすべて自家増殖を原則禁止、許諾制にするとした。1年前の説明は、ウソだったのか。

 もう1点は8月号で紹介した通り、種苗法改定の理由に「品種の海外流出」を挙げておきながら、それとは直接関係ない「農家の自家増殖の原則禁止」をセットにしたこと。農水省の説明は、農家が自家増殖するから品種が海外に流出するというもの。これが最大のウソだ。農家を賛成派と反対派に分断させた、罪深いウソだ。

法案の練り直しも前向きに検討してほしい

 農水省や大臣の仕事は、ごまかしやゴリ押しで法案を通すことではない。自家増殖の原則禁止が及ぼす影響を、地域ごと、品目ごとに正しく精査し、農家に提示することだ。また、公的機関の品種の許諾料くらい、農水省がガイドラインを作ってもいいはず。契約書のひな形を作るだけでなく、JAとは本腰を入れて話し合い、必要であればその負担も予算化すればいい。ただし、それには時間もお金もかかる。「品種の海外流出防止は待ったなし」なんであれば、農家の自家増殖とは切り離し、別々の法案にすればいいはずだ。繰り返しになるが、それが『現代農業』からの提案だ。(編)

*これまでの関連記事は18年2、4、5、6、9月号、19年2、4月号、20年1、2、4、8月号に掲載しています。バックナンバー販売中。「ルーラル電子図書館」での閲覧もできます。

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