種苗法改定に異議あり!
Q&Aでよくわかる
日本の育種力は、農家の自家増殖が支えている臨時国会で本格審議される予定の種苗法改定案。農水省は、農家の自家増殖を原則禁止(許諾制に移行)とする理由に、「品種の海外流出防止」のほか、「育成者権保護の強化」を挙げる。というのも、「日本の品種開発が停滞している」からなんだとかーー。
日本の育種力は落ちてるの?
新品種の登録出願件数は減少している。とくに減っているのは都道府県の品種です。
10年で4割減った
下の図1の通り、日本国内では新品種の登録出願件数が減っている。これまでのピークは2007年の1016件。それが17年は605件と、わずか10年で4割減したことになる。中国やEUで出願数が増えるのと対照的で、農水省は「わが国における品種の開発が停滞している」「日本農業の発展に支障が出ることが懸念される」と危機感を持っている。
魅力ある品種は、農家も消費者も常に待ち望んでいる。本誌の「品種特集号(2月号)」も毎年人気がある。ところが、その新品種の登録出願がこんなに減っていたとは、農水省ならずとも心配になる。
そこで、品種の開発促進のためにも、「知的財産権の保護など、投資環境の改善が不可欠」というのが農水省の主張である。ここでいう知的財産権の保護とは「育成者権」強化のこと。つまり、自家増殖の原則禁止(許諾制移行)や罰則の強化である。
農水省によると、品種開発には長い時間と多くの人手(コスト)がかかる。例えば農研機構が育種したブドウの「シャインマスカット」は、親品種の交配試験から13人の研究者が開発に携わり、世に出るまでじつに18年を要したという。農水省が農家の自家増殖を原則禁止したいのは、品種開発に要するコストを、農家からより多く回収するためでもありそうだ。
図1 各国の品種登録出願数 日本の登録出願件数は2007年をピークに右肩下がり。中国やEUは右肩上がり(出典:UPOV、総出願数より海外からの出願を除いた数)
都道府県の品種減と予算減
一方、減りつつある出願件数の、申請者別の内訳を見てみると、07年以降、特に大きく落ち込んでいるのは都道府県(18年までに54%減)、次に国の研究機関(農研機構、25%減)である。民間事業者等はそこまでじゃない(10%減)。年間100近くあった都道府県の出願件数は、約10年で半減している。どうしてこんなに減ったのかーー。
気になって調べてみたのが図2。都道府県の農業試験場(果樹や畜産試験場、農業大学校を含む)の職員数の推移である。ご覧の通り、ずっと右肩下がり。同じく07年からの10年で計算してみると、およそ25%減(9691人→7345人)だ。そして、各都道府県における公設試験場の予算も、13年に底を打ってはいるものの、長らく削減傾向にあったことがわかる(図3)。
どうだろう。都道府県の品種登録出願件数が大きく減ったのは、政府の方針による人員削減、予算削減の影響と考えるのは筋違いだろうか。
図2 都道府県の試験研究養成機関の職員数 農業・果樹・畜産試験場と農業大学校の職員数は落ち込みが大きい(総務省のデータを基に富山県職労調べ)
図3 都道府県の公設試験研究機関の予算の推移 都道府県と政令市の公設試予算合計額。工業系や環境系、医療系の施設予算も含む(文部科学省)
予算が足りない都道府県は許諾料をとって、育種の費用に充てればいいんじゃない?
すでに北海道では、似たような取り組みが始まっています。
小麦農家が育種コストを一部負担
小麦1俵につき10.4円。これは北海道の小麦農家が支払っている「生産者拠出」の額である(5年平均)。15年に始まった「北海道産麦生産流通安定対策事業」に基づく拠出金で、JA出荷、商系の業者出荷、直売問わず支払う。その額、全道合計でおよそ9700万円になる(19年)。
拠出金はJA北海道中央会が集めて、道内の試験研究機関や流通団体で使われる。試験研究費はうち7600万円を占め、圃場作業員の人件費を含めた、品種開発や生産安定技術の開発費用となっている。
温暖化の影響で、北海道では従来の小麦品種に穂発芽や赤かび病などが出やすくなってきた。そこで現在はそれらに強い、パン用の秋播き・春播き小麦、中華麺用の春播き小麦の開発が進められ、費用として拠出金から1000万円が使われている。
小麦が不作になると、農家はもちろん、JAも困る。新品種や栽培技術の開発が必要でも、試験研究機関には予算がない。そこで小麦農家がお金を出しあって、その予算に充てようというのが「生産者拠出」という制度だ。
自家増殖しようがしまいが払うお金なので、「許諾料」とは違うかもしれない。しかし、新品種の開発料を農家自身が直接的に負担するという点では、農水省の想定するモデルといえるかもしれない。
「(農家の支払う)許諾料はさらなる品種開発、供給の促進に充てられて農業の発展に寄与していくということでございます」。今回の種苗法改定を巡る有識者会議でも、農水省の担当者はこのように発言している。
図4 北海道の小麦農家の「生産者拠出」の流れ 全道の小麦生産者が1俵につき10.4円(5年平均)拠出し、育種や栽培試験などの試験研究、流通対策などに使われる(JA北海道中央会の資料より一部改変)
自家増殖を原則禁止すれば、個人育種家も増えるんじゃない?
そうだろうか。育成者権の強化は、逆の結果を招いてきた面もあります。
個人育種家の苦労
図5は、全登録品種に占める育成者権者の類型別割合である。半分以上を種苗会社が占め、次いで多いのは個人育種家(多くは農家育種家)だ。なお、出願件数が減っているとはいえ、都道府県は今なお10%を占めている。
図5 全登録品種に占める育成者権者の類型別割合 種苗メーカーに次いで多いのが個人育種家の品種。食品企業とはトマトなどの品種を持つカゴメやデルモンテなど。数は多くないが、農協が育成者権を持つ花の品種などもある(登録品種数は2万6743、1978〜2017年度累計)
じつは都道府県の育種同様、個人育種家の登録出願件数も減っているという。試しに調べてみると、07年に284件あった個人での出願が、5年後には195件、17年には158件まで減っていた。10年間でおよそ45%減である(品種登録データ検索より、該当年の全出願から公的機関や会社組織などを抜いた)。
以前、農水省の担当者が「自家増殖を許諾制にするのは、個人育種家や地方自治体の品種開発を促進するためでもある(種苗メーカーのためだけではない)」といっていたのは、この現状を懸念してのことかもしれない。
個人育種家の苦労は聞いている。公的機関と違って「予算」など最初からないし、人手も限られている。とある果樹農家は「育種にかまけて本業をおろそかにするな」と、家族に反対されながら続けているといっていた。しかも、ほとんどの場合は儲からない。「育種なんてやるもんじゃない」。そういう花の育種家の苦労話も聞いた。
育種が儲からない理由の一つに挙げられるのが、農家の自家増殖だ。例えばイモ類や多くの果樹の場合、種イモや苗木を一度買ってしまえば、あとは農家が簡単に増やすことができる。その分、果樹などでは最初の苗代が少し高めに設定されていたりするが、高すぎれば、よほど魅力的な品種でない限り売れなくなってしまう。
自家増殖を禁止すれば育種家は増えるのか
では、自家増殖を禁止すれば、それで本当に個人育種家は増えるのかーー。
下表(種苗法と育成者権強化を巡る年表)は、種苗法と育成者権強化の経緯を振り返る年表だ。これを見ると、種苗法の改定は、一貫して育成者権強化のために繰り返されてきたことがわかる。特に07年には懲役刑の上限を3年以下から10年以下に延長。罰金を300万円以下(法人は1億円以下)から1000万円以下(同3億円以下)に上げるなど、罰則を大幅に強化している。
育成者権保護の強化は、多様な育種家(個人育種家)を守り、育てる目的もあったはず。しかし先に述べたように、結果的に見れば、07年以降の10年で個人育種家の品種登録出願件数は大幅に減ってしまっている。
種苗法と育成者権強化を巡る年表
1947年
農産種苗法が成立
「禁止品目」
の数
1952年
種子法(主要農産物種子法)成立
1978年
種苗法が成立
0(なし)
1982年
UPOV78年条約に加盟
↓
1998年
種苗法全面改定。禁止品目を指定し、無償譲渡も禁止。禁止品目23種はバラやカーネーションなど、すべて栄養繁殖する植物
UPOV91年条約に加盟
23種
2003年
知的財産戦略本部を設置(政府)
種苗法一部改定。刑事罰の対象を収穫物に及ぶよう拡大。法人に対する罰金の上限を300万円から1億円に引き上げ
2004年
「植物新品種の保護に関する研究会」
↓
2005年
種苗法一部改定。育成者権の存続期間を20年から25年(果樹等は30年)に延長。育成者権の効力を加工品にも及ぶよう拡大
2006年
種苗法一部改定。禁止品目にパパイヤやホンシメジを追加
82種
2007年
種苗法一部改定。懲役刑の上限を3年以下から10年以下に延長。罰金を300万円以下(法人は1億円以下)から1000万円以下(同3億円以下)に上げるなど罰則強化。虚偽の品種登録表示を禁止
↓
2013年
ITPGRに加盟
2015年
「自家増殖に関する検討会」
2017年
種苗法施行規則改定、禁止品目を拡大
289種
2018年
同。種子法廃止
356種
2019年
同。品種保護のための検討会(全6回)
387種
2020年
同。自家増殖原則禁止を含む種苗法改定案を国会審議
396種
赤字は育成者権保護強化のための法改定
農家の育種は自家増殖と不可分だから
今回の種苗法改定案が臨時国会を通り、農家の自家増殖が原則禁止になったとしても、それで農家育種は盛んになるとはやっぱり思えない。少なくとも、新たな育種家は育ちにくくなるんじゃないだろうか。なぜなら、農家の育種は、自家増殖の延長線上にあるから。これは、本誌に登場する数多くの育種家が教えてくれたことだ。
長崎県雲仙市の俵正彦さん(2018年に死去)は、生涯をかけて14種ものジャガイモを育種し、世に送り出してきた(うち登録出願したのは10品種)。どれも、自分の圃場で自家採種を繰り返すうちに、突然変異して生まれた品種たちだ。動物も植物も、環境に適応するために変異を起こすというのが俵さんの考えだった。実際に、いずれも病気に強く、すべて自家採種できる。
そして、俵さんの品種たちは、仮に農家の自家増殖が原則禁止されていたら、この世に生まれなかった可能性もある。俵さんが初めて品種登録した「タワラムラサキ」は、長崎県が育種した「メイホウ」の変異株である。また、今なお全国にファンの多い「グラウンドペチカ(ですとろいや)」はサカタの「レッドムーン」から生まれた。
メイホウもレッドムーンも、当時は登録品種である。その後、グラウンドペチカからは「タワラアルタイル彦星」が、タワラムラサキからは「サユミムラサキ」や「タワラポラリス北極星」が生まれている。自家増殖が許諾制だったら、存在していただろうか。
個人育種家、俵正彦さんが生みだしたジャガイモの品種。生前、種イモを買ってくれた農家には自家採種を強く勧めていた(詳しくは20年2月号参照)(赤松富仁撮影)
育成者の権利を守る必要性はもちろんよくわかる。しかし今、それを強調しすぎるあまり、農家の自家増殖がまるで罪であるかのような論調も見受けられる。本当にそうだろうか。農家の自家増殖の歴史は深く、その功罪を、今度の国会で議論し尽くせるとは思えない。
しつこいようだが、「品種の海外流出防止」と「農家の自家増殖」とは別問題だ。別々の法案にして、自家増殖については、別途、引き続き議論すべきである。一緒くたにした種苗法改定案には、断固、異議あり!(編)
併せてお読みください
農文協ブックレット22
どう考える? 種苗法改定(仮) 農文協編
12月上旬発行 本体予価1000円
育種家、有機農家の声や大手種苗会社の取材をまじえ、農家育種が持つ意味を明らかにし、「共有財」としてのタネを守る道を示す。
この記事の掲載号『現代農業 2020年12月号』特集:安い、早い、かゆいところに手が届く 農家の土木
2020年の異常気象の中、横田農場がノリノリなわけ/局所加温にひと工夫/ナシの2本仕立てにはコツがある/乳牛も草で育成 過肥を防いで繁殖能力が上がった/ますます熱い!農家のサツマイモ加工/農作業事故ゼロを目指す/種苗法改定に異議あり! Q&Aでよくわかる 日本の育種力は、農家の自家増殖が支えている ほか。 [本を詳しく見る]
『どう考える? 種苗法改定』農文協編 【12月上旬発行】 育種家、有機農家の声や大手種苗会社の取材をまじえ、農家育種が持つ意味を明らかにし、「共有財」としてのタネを守る道を示す。 [本を詳しく見る]