2002年今年の主な活動内容(1)日本農業科学技術応用研究室 ○1〜3月 農科院で応用研究室の事務職員人事の検討が進行した。また、応用研究室事務室はセンタービルの4階、陳列室は6階に決定したとの連絡がはいった。人事及び事務所移転時期、開所式開催時期の決定が当面の課題である。 ○2002年6月 日本農業科学技術応用研究室及び中日農業科技交流文献陳列室の移転を完了した。場所は中国農業科学院内に建設された中日農業技術研究発展センタービルの4階と6階の二部屋である。もともとこのビルが建てられるきっかけを作ったのは農文協の坂本専務であるとする中国農業科学院梁劬国際合作局長、李淑雲同局国家合作処長の尽力で2部屋がとれたものである。 ○2002年6月25日 6月25日、日本農業科学技術応用研究室の新生開所を記念する式典を開催した(日本農業科学技術応用研究室遷址挂牌(場所を変えて看板を掲げる)儀式)。それまで中国農業科技出版社内に設置されていた応用研究室を中国農科院国際合作局が直轄する中国国際農業交流協会に依託することになったものである。日本からは坂本専務、斉藤理事、葛嵐屏中国支援部部員が参加した。中国側からは、洪志傑農業部国際合作司項目官員、屈冬玉中国農科院副院長を初め鹿泉市人民政府、中国農業大学、中国農業出版社、中国農業電影電視センター、中日農業技術研究発展センター関係者、中国農科院関係者など30人ほどが参加した。 応用研究室の体制が発表された。理事長は坂本尚農文協専務理事。副理事長に中国農科院国際合作局の梁劬局長。理事は農科院農業経済研究所の銭克明所長、中国農業科技出版社の林聚家社長、農科院国際合作局国家合作処の李淑雲処長の3人。4月から農文協電算センターの中に正式に設置された日本農業科学技術応用研究室支援部が応用研究室の活動を補佐する。 ○2002年9月10日 応用研究室は王小萍女史(東京学芸大学教育哲学修士)を正式に雇用し日常的な活動を開始した。以後のあらゆる活動において、王小萍氏は積極的に事務局の役割を果たしている。 (2)中国における文化財による文化活動 ○2002年7月23日 2001年12月8日に鹿泉市に手交した「河北省鹿泉市農業・農村発展計画」の中間稿を修正した最終原稿が7月23日完成した(今村奈良臣理事、小田切徳美理事、張安明氏執筆)。さらにこの報告成立に至る中での討論会での中国側専門家委員会メンバー(陳錫文、劉志澄、劉志仁、銭克明、武兆瑞氏ら)及び鹿泉市長などの主要発言がテープ起こしされ原稿に追加された。 この本は何らかの形の日中での出版を行う予定である。中国側では中国農業大学図書館の李晨英研究員が翻訳、武兆瑞中国農業経済学会常務理事が校閲の体制で作業が進んでいる。日本側の発行計画と連動させて最終調整が行われる予定である。 (3)鹿泉市との酪農技術交流活動 ○2002年1月12日〜1月17日 第6次酪農交流団が訪中。団員は小沢禎一郎・渡辺宏(夫婦で)・岩瀬慎司・越後谷幹雄・鈴木孝雄・尾形茂。農文協から斉藤理事と葛嵐屏。渡辺宏氏は2001年3月まで千葉県共済連参事を勤めた獣医師であると共に、二本立て飼料給与法の開発者である渡辺高俊氏の息子でもある。今後の日本における二本立て技術運動の核として期待されている。渡辺氏の参加は、その国内運動を母体に日中の酪農交流が進む段階に入ることを象徴する出来事であった。交流ではとくに育成技術についての学習に重点がおかれた。今回、中国農科院作物研究所・元鹿泉市副市長の朱光氏の勧めで、北京市近郊の順義県で大規模牧場を経営する孫燕恷≠ェ高い関心をもって同行した。帰路、孫牧場を訪問。今後の北京市近郊における二本立て運動の拠点とできるかどうか、引き続き連絡をとる。 ○2002年3月3日〜24日 鹿泉市より鹿泉市乳業協会会長王士偉氏及び酪農家の賈喜祥氏、解建章氏らが来日した。これまで6回にわたって行われた日本側酪農専門家による現地指導を踏まえて日本の各種酪農施設と先進酪農家の実践を日本の現場で学ぶためである。 成田到着後、最初の1週間は王士偉社長以下3名で千葉の酪農家、診療所、育成牧場を見学、その後長野に移動して小沢禎一郎氏の牧場などを見学した。王社長は1週間で帰国。 2週目以降は、酪農家2名は長野県松本市の小沢牧場、大野牧場で研修、その後千葉県安房郡に移動し日本側酪農交流団員である鈴木氏の牛舎で実際の作業を通した研修を行った。 2週間の研修を終えた賈、解両氏は修了証書を授与され、その経験を鹿泉市で実施する目標を抱きつつ帰国した。 日中双方の農家交流を進めるために、今後もこの様な現地研修活動を進めて行く予定である。 ○2002年6月12日 鹿泉とのNGO酪農交流に関して、(社)畜産技術協会に対して「畜産関係NGO活動支援事業」の支援を申請し受理された。申請額は約348万円である。これは2000年から引き続いて3回目の申請である。 ○2002年8月3〜9日 第7回目の鹿泉市酪農交流が行われた。今回は新メンバーに宮城県の酪農家・佐々木富士夫氏を加え、小沢、渡辺、鈴木の4人。農文協からは斉藤理事と葛嵐屏部員が同行。乳牛の6部位を測定し、その推定産乳能力を出すデモを行いその後、モデル農家で推定計算を実施した。それは多大な関心を呼んだ。 今回の交流には、中国農科院国際合作局の梁劬局長、中日農業研究発展センターの日本側専門家責任者の石谷孝祐氏も同行した。梁劬局長は鹿泉での市政府との会合で鹿泉に全国の普及モデルになる酪農基地をつくりたい旨発言した。 NGO補助金が2003年度で打ち切りになるため、北京に戻ってから梁劬局長と共に国務院国家外国専家局を訪問、鹿泉交流渡航費などの資金援助の感触を得た(8月8日)。 ○2002年11月16〜21日 第8回目の酪農交流を実施した。交流にはNGOメンバー各氏(小沢、渡辺、岩瀬、佐々木)の他、全国二本立て飼料給与研究会のメンバーも三人自費参加した。完成したばかりの酪農本見本(『乳牛乳量20%アップの日本二本立て飼養技術』(VCD付))は多大な関心を呼んだ。鹿泉市乳業協会との酪農交流が始まって以来の大規模講演会が2回開かれ、それぞれ300人近くが参加した。主要な酪農家、鹿泉市の全獣医師、全鎮の農業担当幹部が参加した。VCDは食い入るように見られた。 王順才農業担当副市長はこの酪農本+VCDセットを3000部買い上げ、全酪農家に配ることを宣言した。さらに鹿泉市側は来年度から鹿泉市にアルファルファを全戸で作付けること、公共育成牧場も建設することを表明した。また、獣医師研修を要望した。市政府が本格的に計画をもって動き始めた。 20日、北京に戻り、上記の酪農本の出版記念会を開催した。主催は中国農業科技出版社と応用研究室である。中国の代表的な農業関係新聞、農民日報などが取材し、中国農業大学の獣医学教授、乳業メーカー、近郊県の農業幹部等が参加した。参加は予想を超える60人で盛会であった。特に北京近郊酪農は乳牛の素質は世界水準でかつ乳量が高いこともあり、日本側が発表した高泌乳牛を健康に飼いこなす「新二本立て給与法」の発表には多大な関心が寄せられた。 (4)各種の交流、活動 ○2002年4月27日 「杜潤生農村改革論集」出版記念研究会、記念パーティーを北京にて開催した。日本側からは、浜口義昿氏(会長・訳者)、中野和仁氏(来賓)、今村奈良臣氏(理事)、白石和良氏(訳者)、栗林直幸氏(中金総研)、井川英生氏(同)、永井俊彦氏(同)、阮蔚氏(同・訳者)、原田津(理事)、大石卓(職員)らが訪中参加し、中国現地より枝元真徹氏、秋山薫氏が参加した。研究会では日本と中国の農業の現状についての報告が日中双方から報告され討論が行われた。研究会には中国側より、杜潤生氏夫妻、杜鷹氏、王岐山氏、段応碧氏、劉志仁氏、李剣氏、汪暁敏氏らが参加し、劉光明氏が通訳を担当した。パーティには中国側約30名が参加した。 ○2002年5月23〜28日 北京国際展覧館にて第9回北京国際図書展示会が開催された。農文協は前回の2ブースから4ブースに拡大して展示を行った。展示・活動内容は以下の通りである。 前回展示会以降出版された新刊、翻訳出版、英文出版、電子出版、ビデオ映像作品の展示。特に電子出版の基礎となった農業総覧及び各種技術体系を全巻展示し、利用者自らが、自らの必要とする情報を検索編集して作成するという新しい段階の電子出版のあり方をアピールした。加除式出版物を持たない中国の出版社の方などには新鮮だったようである。 鹿泉市計画を中心とした応用研究室の活動を紹介するパネル展示。6月より新たに活動を開始する応用研究室と陳列室のこれまでの活動や新住所・連絡先を紹介するとともに、簡単なパンフレットを配って利用を呼びかけた。また、今村調査チームによる鹿泉市農業農村発展計画と青木調査チームによる鹿泉市大河鎮農村計画の各計画書を展示し、パネルによってその活動の経過を紹介した。更に、鹿泉市酪農技術交流の最新動向、鎮江市合鴨農法交流についてもパネル展示で紹介した。 新しい応用研究室の活動の参考にするために、簡単なアンケートを行った。29名から回答を得ることができた。日中間には農産物貿易による摩擦が少なからず存在するということは感じているようだが、日本の農業技術についての関心は非常に高く、日中の農民の協力が必要であるという意識をアンケートから見出すことができる。 ○2002年6月22〜23日 中国鹿泉市との酪農交流がすすむ中、NGOメンバーを中心として千葉県安房郡において「全国二本立て飼料給与研究会」の創立総会が開かれた。鹿泉市での大きな成果が日本の酪農技術見直しの気運を生み、会の立ち上げに行き着いたものである。当初16人で出発。会長は小沢禎一郎氏、中国支援部のメンバーが事務局補佐を行う。中国との酪農交流の日本側受け皿の拡大でもある。 会のメンバーを中心に取材して、「現代農業」に新2本立て給与法の連載が開始された。 2003年3月22日〜23日には第2回目総会が開かれ、鹿泉市からの獣医師研修生二人も参加、名誉会員として認定された。 ○2002年7月 江蘇省鎮江市科技局農業処処長沈暁昆氏が来日し、鹿児島大学農学部萬田正治氏、岡山大学農学部岸田芳朗氏、合鴨農法実践農家古野隆雄氏らの手配によって日本の合鴨農法の実際を視察した。応用研究室支援部大石は両者の連絡や沈氏の報告書の翻訳でこの交流を支援した。沈氏の当面の関心は、合鴨水稲同時作、土壌の太陽熱処理、竹炭・竹酢利用ということで、新たに中文版「日本農業書総目録」を取り寄せ、関係する行政や指導機関に配り、日本からの関連図書資料購入を検討している。 合鴨水稲同時作について言えば、把握している限りでも江蘇省、広東省、湖南省にまで拡大している。2003年には、沈暁昆氏の所属する鎮江市科技局が中心となって、同市で「第四回アジア合鴨農法シンポジウム(仮称)」を開催する予定である。 ○2002年10月22〜27日 応用研究室支援部が進めている「中国農業農村視察ツアー」として、多木化学鰍ェ世話人を勤める九州神鍬会(肥料商)を案内した。参加したのは多木化学且Q加の九州地区肥料商店・会社の6社15名である。視察先は農科院、応用研究室表敬の他、農科院の蔬菜研究所、土肥研究所、蔬菜・花卉研究所及び直営花市場、そして北京錦綉大地農業公司、北京大鐘寺農産物市場、上海浦東孫橋現代農業連合発展公司、上海市農業科学院及び水稲圃場である。周荘遊覧時にも附近の水稲農家見学ができた。 応用研究室には謝礼として4500元が支払われた。農文協からは応用研究室支援部馬渕が随行した。 ○2002年11月23日 江蘇省鎮江市農業科学研究所研究員趙亜夫氏から「現代農業」定期購読の注文が来た。従来中国からの単行本注文については中国語版「'98日本農業書総目録」P411の案内に基づき、代金を応用研究室の活動資金にあて、日本から書籍を発送してきたが、雑誌の定期購読についてもこの方式を活用し、一年分誌代及び送料を応用研究室に入金してもらい日本から定期発送することとした。 物価格差や言葉の違いを考慮しても、このような要望は中国に一定程度必ず存在すると考えられる。また購入された雑誌や書籍、ビデオが日中農業技術交流の範囲を広げてきた経緯を考えれば、農文協文化財の中国における読者の拡大を今後も地道に進めていく必要があるだろう。 |