鎮江市と日本の農業科学技術交流

沈暁昆 周糘民 王志強

(中国江蘇省鎮江科学技術局)

中日国交回復以来、特に中国の改革開放以来、中国江蘇省鎮江市と日本の農業技術交流は日ごとに活発になり、途絶えることなく発展してきました。そして、それは鎮江市の農業科学技術の発展に積極的な貢献をしてきたのです。この文章で、それを簡単に振り返ってみたいと思います。


一、 鎮江市の概況

鎮江市は中国長江下流南岸、江蘇省南部に位置します。江蘇省に属する市であり、丹陽、丹徒、揚中、句容の四つの県と京口、潤州の二つの区を管轄しています。鎮江市はすでに3000年の歴史があります。

鎮江市は北亜熱帯の南部モンスーン気候区域に属し、南北の気候の境に位置しています。温度・日照・水資源のバランスも良好で、はっきりした四季を持ち、年平均気温15.4度、日照時間2057.2時間、無霜期238日、降水量1072.8mlとなっています。

鎮江市の農村部には16.2万haの耕地があり、水稲、小麦、油菜、桑、野菜など、多くの作物の生長に適しています。域内8.2万haの水域は淡水養殖に適しています。低い丘陵部12万haは、作物、野菜、果樹、畜産のどれを行うにも好適です。

中国の栽培種目別区分によると、鎮江は長江中下流の稲、綿、油、桑、茶の区域に属しています。栽培の特徴としては、人口の割に耕地が少なく、集約化の水準が高いこと、経済作物の単位当たりの生産水準が高く、商品率も高いこと、多毛作栽培で土地利用型農業と養殖の結合を比較的重視していることです。


二、 日本との農業科学技術交流の領域

水稲は鎮江市の最も主要な糧食作物です。水稲栽培面積は10.6万ha、伝統的な水稲栽培は育苗移植栽培です。近年、水稲栽培において日本の畑苗代疎植栽培技術、ポット苗移植技術などを次々に採用してきました。1991年から日本の稲作専門家原正市先生は何度も鎮江市に訪れて、水稲畑苗代疎植栽培技術を伝授、指導されました。この技術はすでに鎮江市水稲栽培の主要技術となり広範囲に応用されています。その栽培面積は5万haに達し、ポット苗移植技術の応用面積も2万haになっています。

2000年、鎮江市は全省に先駆けて日本の合鴨水稲同時作を導入し、試験に成功しました。2001年、鎮江市の合鴨水稲同時作の面積は2000年の30ムーから300ムーに拡大します。

鎮江市は長江中下流の経済発展地域にあります。相対的に豊かな耕地と労働資源を持ち、耕地面積の約60%を占める丘陵地は経済作物の発展に有利な条件を持っています。近年、日本からイチゴ、イチジク、カキ、モモ、ナシ、アスパラなどを導入しました。特にイチゴの規模が最も大きく、日本への野菜、花卉の種子の輸出は数百トンになっています。

1991年、愛知県の早川進三先生のブドウ栽培技術を導入し、早川ブドウ科技モデル農園を建設、ブドウの高品質・多収を実現し1ムーあたり8000元の収益をあげました。栽培面積は1300haです。

日本から導入した野菜品種は数十になります。葉菜類のキャベツ、カリフラワー、ブロッコリー、京水菜、丸葉壬生菜、トマト、ナス、西洋カボチャなどです。野崎先生は頻繁に鎮江市に訪れて技術指導をされています。訪問回数は20〜30回に達します。アスパラの栽培は近年1000ムー近くに発展しました。アスパラの栽培水準を向上させるため、日本東海大学国武九登先生を鎮江市に招きアスパラ栽培の指導を行ってもらいました。

鎮江市の農業科学技術発展史上、以下の方々の貢献を上げなければならないでしょう。伊藤克己先生、荻原貞夫先生の鎮江イチゴ発展に対する貢献。野崎寛先生の鎮江ブドウ発展に対する貢献。望月正実先生の鎮江花卉の種子育成発展に対する貢献。早川進三先生の鎮江ブドウ発展に対する貢献。鹿児島大学萬田正治教授、福岡県古野隆雄先生の鎮江合鴨水稲同時作発展に対する貢献。早川先生は中国政府の友誼奨を受賞し、野崎寛先生は江蘇省人民政府の友誼奨を受賞しています。伊藤克己先生、野崎寛先生、早川進三先生の3名は鎮江市人民政府の農業技術顧問に招聘されています。

野菜防虫ネットべたがけ技術の研究・普及の過程において、私たちは日本の経験を学習しました。この野菜病害虫の物理的防除技術はすでに中国の25の省市に普及しています。1998年、応用普及面積は1000haに達し、注目すべき成果を上げています。鎮江市は名実共に中国の野菜防虫ネットべたがけ技術発祥の地と成っているのです。鎮江市科学技術局の積極的な努力を通じて、鎮江市は日本の農業技術に関する広範囲で深い交流を展開しでおり、注目すべき成果を上げています。

 日本の農業技術を導入し交流を進めているのは、主として鎮江市科学技術局、鎮江市農業科学研究所、鎮江市農林局などです。

日本農業科学技術の交流形式は主として以下のようなものがあります。

  1. 日本の専門家を招くことや、日本の品種や技術を導入する。大雑把な統計によれば、鎮江市に来て農業技術の指導や交流を行った日本の専門家はすでに50名を超えています。

  2. 関係する国や省のルートを通じて、鎮江市は100人近い人員を日本に派遣して農業技術の研修を受けさせています。

  3. 近年、農文協のルートを通じて日本の合鴨水稲同時作技術やアスパラ栽培技術などの新技術を導入しました。

特に指摘しておきたいことは、日本農業技術の導入・学習・刷新において、中国農業技術者が苦労の汗をながすことなしに、中国の農民の信頼と歓迎を得ることはできなかったということです。

中国は農業大国であり、長い農業の歴史と農業についての豊富な遺産を持っています。中国政府も中国人民も農業と農業技術の発展をとても重視しています。中国農業の経験も、日本や世界の農業の発展に然るべき貢献ができるでしょう。

過去を振り返って未来を展望すると、鎮江と日本の農業技術交流と協力は必ず大きな発展を迎え、さらに多くの優れた成果を必ず上げると思われます。(2001年7月20日)


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