● 山村の素朴な伝統食が人気の特産品に

 ―栃餅保存会会長・河井広茂さん

 栃餅を特産品にという話が浮上したとき、雲洞谷地区の長老たちは反対したといいます。
「戦前のことですが、村のスキー場で栃餅を販売したことがあるんです。それが不評で、あまり売れなかったらしい。だから当時を知っている人のほとんどは栃餅をつくることに反対でしたね」と話してくれたのは、栃餅保存会の会長の河井広茂さん。
 栃の実は今でこそ嗜好品という位置づけだが、当時はモチ米の代用品、増量材として使われていた。栃餅はあくまでも白いお餅の代わりでしかなかったし、河井さんが幼いころに食べていた栃餅も、モチ米と栃の実が半分ずつ混ざったもので、正直いっておいしいものではなかったといいます。
 殻のついた栃の実を夏場なら1週間、冬場は半月ほど流水にさらして殻を柔らかくし、金槌を使って一つひとつていねいに殻をむいていきます。そして取り出した実を流水に2日間ほどさらしたあと、2時間ほど煮込ます。これを木灰と70度から50度のお湯を混ぜたものに一昼夜つけ込むと、やっとアク抜きの完了です。
「お湯の温度が70度より高いと実の部分がお湯のなかに溶け出してしまう。逆に50度より低いと渋皮が取りきれずに残ってしまう。だから70度から50度の温度に保つことが大切なんだよ」と河井さん。
 このアク抜きの方法は雲洞谷で古くから伝わってきたものですが、再現するにあたって問題となったのが木灰です。かつては囲炉裏の灰を使っていましたが、いろいろな樹種が混ざった灰では、アクが十分に抜けきらないことは経験上わかっていました。そこで河井さんと友人の谷田秀太郎さんは木灰づくりに没頭することに。何種類もの雑木を試したすえ、ナラの木の灰が一番適しているという結果に落ちつきました。
 モチ米と栃の実の配合も何度となく試食を繰り返し、味が悪かったものは一臼分の栃餅を丸ごと捨てることもありました。そんな苦労が実を結び、雲洞谷の栃餅はその評価を高めていったのです。