木村 尚三郎氏 東京大学名誉教授

技術の時代からいのちの時代へ
 21世紀を迎えようとしている今、「幸せとは何か」が根本的に変わろうとしています。つまり、これまでは、お金を稼いで新しい家電などの工業製品を買うということで、幸せになれたのです。技術が幸せをもたらしたわけです。ところが、技術文明は成熟期を迎え、もはや全身に大きな驚きと喜びを与えてくれるような技術は現れません。
 かつてのように明日が予測できなくなってしまった今、明日のために今日を犠牲に出来なくなってしまったわけで、今日一日のいのちを最高に輝かして生きようという時代になってきたのです。つまり、20世紀は技術の時代で、21世紀はいのちの時代ということになると思います。

非合理性、感性が見直される時代へ
 かつては、合理的なものは良いもので、非合理的なものは古いとして評価されなかったわけですが、これからは理性と感性のバランスの取れた生き方が求められるでしょう。今、美しい自然遺産、文化遺産は全人類の宝として再評価されています。身近なところでは、仏壇があります。仏壇は場所ふさぎだというので、ほかされてしまいました。しかし、仏壇のオレンジ色の光に抵抗できる人はいないでしょう。あれは、亡くなった人と生きている人がコミュニケーションしている光なのです。仏壇のいい光り、いい香り、お経の声、木のぬくもりによって心が安らぎます。
 人々が求めているのは、町や村にあるいい光、香り、声なのです。よく地方の人は、「うちの村には何にもお見せするものはありません」と言います。しかし、そこには寺の鐘の音、小鳥の声、雨上がりの木の葉の滴、よく通る人の声等、一番大切なものがあるのです。これは、よそ者の目を持たないと分からないことです。都市と農村の交流無くしては、農村の良さも欠点も分からないわけです。

『地産地消』こそ大きな喜び
 今、旅に出たいと誰もが思っていますが、全世界からフランスを訪れる観光客は年間7,100万人です。フランスが人気が高い理由の一つは、何処に行っても、その土地でつくられた物を使っておいしい料理を安く食べさせてくれるレストランがあるということです。『地産地消』こそ大きな喜びなのです。
 21世紀は『大きな旅の時代』と言われています。これからの旅の楽しさは、その土地ごとの知恵と暮らしを体験するということになると思います。農村では、農業体験をして、その土地の生き方を楽しむということです。農村では、先祖の知恵を生かしながら暮らしていますから、人と歴史・伝統・文化との結び合いが生きています。また、一人では農業はできないので、人と人との結び合い、それから人と自然との結び合いも生きている空間です。

21世紀は『農』の時代
 21世紀は女性の感性・感覚が重視される時代でもあります。女性がいきいき主体的に働けば、地域が活性化することは間違いありません。暮らしといのちの安心を求める新しい生き方には、農村と都市の緊密な結び合いが実現されなければなりません。その土地の豊かさ(自然と人の歴史的空間)にともに浸り、恵みを味わうのです。その土地でできた物を、その土地で食べてこそ安心感があり、美味しさがあり、人と人との結び合いが出てくるのです。21世紀は農村(の個性的文化)が都市をリードする時代です。