野菜づくりで「私が育つ」実感― おとなの「総合学習」 「社会の常識に疎く、狭い範囲でしか物事を見たり考えたりしかできない前職であった私にとっては、こうした交流や会話の中で教えられることが多く、野菜づくりをとおして『今、私は育っている』と実感している」 そう語る佐倉美昌さん(73歳・岡山県赤坂町)の「前職」とは教員。「人を育てる」職業であった佐倉さんが「今、私は育っている」と感じる「交流や会話」とは、定年退職後に自ら組合長となって立ち上げた有機無農薬農産物生産組合の宅配産直や青空市場のお客さんとの交流や会話。 「味が違う。一度食べたらよその野菜は食べられんわ」「この人のつくったものなら安心じゃ」――そんな声に励まされ、佐倉さんは1990年、有志わずか10戸で発足させた生産組合を、10年後には70戸の農家が参加する青空市場にまで発展させてきた(98年2月増刊『定年帰農 6万人の人生二毛作』)。一方、新潟県能生町の元教員・岩勝さん(66歳)の名刺の肩書は「百姓見習」。そして住所は能生町と、広島県御調郡向島町の2通 りが印刷されている。向島は、尾道市の向いにある瀬戸内の島。13年前、米寿を目前に母が突然他界、その母が生きがいにしていた畑が瞬く間に荒れていくのを見るに忍びず、2年後に教員だった奥さんが帰農、その1年後に本人が帰農した。いずれも早期退職だった。 だが、雪と風に閉じ込められる能生町の冬の憂鬱な暮らしにネをあげかけていたとき、「公立共済友の会だより」に掲載された「ほとんど空き家状態の向島の古い別 荘を、よかったらどうぞ」の投書が目にとまる。さっそく島を訪ねた岩さん夫妻、冬は瀬戸内、春から秋は能生町の「渡り鳥帰農生活」もいま6年目。向島では、自然活用村の薬用ウコンの管理やストック園の除草など「ボランティア百姓」と太刀魚釣りなどで過ごす日々(2000年5月増刊『定年帰農 パート2 100万人の人生二毛作』)。 効率やコストなど、一面的な価値観に追い回される職業人生の日々から解放されて、自分自身の多面 的で多様な可能性を開花させる「定年帰農」。それはまさに、おとなの「総合学習」なのだ。 『東西文化とその哲学』 梁漱溟著 アジア問題研究会編 長谷部茂訳 5000円 『郷村建設理論』 梁漱溟著 アジア問題研究会編 池田篤紀・長谷部茂訳 5000円 『晏陽初 その平民教育と郷村建設』 宋恩栄著 鎌田文彦訳 6000円 梁漱溟は20世紀中国を代表する「新儒家」の領袖。彼の主著『東西文化とその哲学』は、「調和」を基調とする中国文化が西洋文化に代わって人類的諸問題を解決すると立論したもので、今日の「儒教」再評価やポストモダン的な「調和」を提起した古典的名著。 『郷村建設理論』は、農村再建に中国再生の道を見出した梁漱溟がそのビジョンをまとめたもので、「@新社会は農業から工業へと展開し、しかも両者は融合して均整のとれた発展をする。A新社会では郷村は本、都市は末となり、矛盾せず共存できる。B新社会は人が主体であり、人が物に支配されることはない。C新社会は倫理本位 の合作組織であり、個人本位と社会本位の両極端に陥ることはない。D新社会にあっては、政治、経済、教育は三者一体である。E新社会の秩序は武力に代わって理性がこれを維持する」というものだった。 晏陽初は1943年にアインシュタインやデューイとともに「コペルニクス逝去400周年全米記念委員会」から「現代の革命的貢献を成した10人の世界偉人」とされた人。彼は中国農民の中に文芸教育・生計教育・衛生教育・公民教育を興し、教育を基礎として文化建設・経済建設・衛生建設・政治建設をはかる運動を推進した。後半生は第3世界の農村調査や農村指導者の育成、農村開発組織のバックアップを行なうなど、その活動の舞台を世界に広げた。『晏陽初 その平民教育と郷村建設』は、こうした彼の人と思想を中国教育科学研究所の宋恩栄が体系的に紹介したもの。以上の3書はいずれもオルターナティブな近代化を提起するものとして注目される。 梁、晏、両者とも統一戦線時代に中国共産党から「近しい友人」とされ、建国後排斥され、文革後再評価された人物である。 食農教育、定年帰農、ガーデニング…… 農と食の一大データベース 「食農教育」「定年帰農」あるいは「ガーデニング」などに象徴されるように、農と食、栽培・飼育学習への関心は、これまでにない高まりと広がりを見せている。こうした取組みを支援するための格好のテキスト「農学基礎セミナー」が出そろった。農と食の各分野をカバーしており、農と食の一大データベースともいえるものだ。これらは、すべて高校(農業高校)の教科書を元に再編集されたもので、それぞれの分野に必要な基礎的事項や応用の効く内容が、正確にかつ平易にまとめられている。 たとえば、「草花栽培の基礎」や「野菜栽培の基礎」では、原産地とその自然環境を知ることに力点がおかれている。それは、その作物の生育に適した環境がそこにあるからであり、原産地の自然環境を知ることは栽培の貴重な情報を提供してくれるからだ。栽培とはそうした条件を人為的に再現することでもあり、プロ農家の着眼点もここにある。 これらのテキストでは共通して、図解やデータを豊富に盛り込み、観察力を高めることも重視されている。たとえば、作物や家畜の成長は、最初はきわめて緩やかで、その後急速に、そして再び緩やかにというS字状曲線を描く。作物の草丈や家畜の体重はもちろん、葉や果 実、胚の大きさなど、各器官や組織の成長も同様な経過をたどる。こうした発見は、育ち方の理解、栽培・飼育技術の改善、さらには生きるということの深い理解へもつながっていく。 400頁に及ぶものでも1800円という手頃さも魅力だ。元になった教科書は、公務員試験のテキストとしても定評がある。この機に農と食の基本文献として、関係機関はもとより、小中学校、普通 科高校、個人の書棚にも完備するに値するシリーズ。 【農学基礎セミナー 全一四巻の編成】 江戸時代から学ぶ、活気溢れる地域への共感 いま学校では、教育改革の中心課題「総合的な学習の時間」のプランづくりが急ピッチに進んでいる。その最大のポイントは、子どもたちが自ら学ぶ学習、地域と連携した教育だが、それをめざす先生たちの間で、「ウェッビング」がキーワードになっている。ウェッビングとは、子どもたちが自分の興味・関心をウェッブ(くもの巣)のように広げながら探究していくことだが、その教材として、江戸時代の位 置が俄然高まってきた。「江戸時代ウェッビング」のための格好のガイドブックが登場するからだ。 日本の国土利用・景観も、産業・生活・文化も、町むらの自治と助け合いのしくみも、原点は江戸時代に創られた。その先人たちの生き方、叡智と努力を都道府県別 にまとめた「江戸時代 人づくり風土記」(全50巻)がこの5月に完結する。その最終巻が「近世日本の地域づくり 200のテーマ―総索引付き」だ。 藩政、町づくり・むらづくり、新田・用水開発、街道・舟運整備、地域自治と相互扶助、災害救援、一揆・世直し、さまざまな物産、農林漁業、商工業、伝統工芸、藩校・寺子屋、医学・本草学などの学問、文学、美術、芸能・民芸、信仰、地域習俗、地域指導者などなど、200のテーマを設定。それぞれ、江戸時代を新発見・再発見できる楽しい解説とともに、各県版で扱っている記事をガイドするという編集だ。 「ウェッビング」のテーマは川、山などの環境保全でも、和紙、焼き物などの特産物、藩経済再建、地域指導者、学者、文芸でも、さまざまな角度から江戸時代と出会うことができ、子どもたちの学ぶ心・生きる力が呼びさまされる。そして活気溢れる地域への共感が生まれる。地域への共感を育む教育と、地域活性化を一体としてすすめるために、本書の多彩 な活用が待たれる。 |