主張

国際土壌年によせて

世界の土・日本の土は今
地球環境・異常気象・食料問題を土からみると

 目次
◆世界の土壌の33%が劣化している
◆土壌と環境の劣化が、世界の平和を脅かす
◆土壌劣化による世界の地域の苦しみ
◆「私たちの食が日本の土壌と環境を壊している」
◆水田の大きな価値と、水田に現れた異変
◆飼料米、飼料イネの堆肥栽培を今こそ

世界の土壌の33%が劣化している

 今年は国連・食糧農業機関(FAO)が定めた「国際土壌年」である。世界的に土壌劣化が深刻化するなかで、土壌の大切さへの国民的理解と土壌保全にむけた活動を進めるよう、FAOは全加盟国に求めている。

 FAO事務局長グラジアノ・ダ・シルバ氏は、国際土壌年のスタートに当たって、こう述べている。

「世界の食料生産には健全な土壌が不可欠だが、この重要で『寡黙な同志』である土壌に対して我々は十分に配慮していない」「残念ながら、世界の土壌資源の33%は劣化している。人類が土壌に与える圧力は臨界極限に達しており、土壌の本質的な機能を減少させ、時には消滅させている」

 そしてFAOは、「新たな取り組みが採用されない限り、2050年の世界の一人当たり耕作可能地は、1960年の水準の4分の1になる」と警告している。

 一方、FAO駐日連絡事務所のボリコ・M・チャールズ所長(コンゴ民主共和国)は、「農民」誌のインタビューに答え、昨年の「国際家族農業年」から「国際土壌年」への展開にふれてこう述べている。

「家族農業も土壌も、将来的な食料安全保障のための重要な構成要素だからです。

 家族農業は、金額ベースで世界の食料生産の8割を担っており、開発途上国の小規模家族農業の発展は世界の食料増産には不可欠です。一方で、肥料や農薬の不適切な使用などがもたらす土壌劣化の進行は、農業の生産性を低下させるものであり、放置すれば食料生産にマイナスの影響を与えます。土壌劣化を防ぎ、環境に配慮した農業技術を導入し、家族農業をさらに発展させることが今後の食料生産のかぎとなります」

 そして、ボリコ所長は、日本の農村の印象と期待をこう語る。

「自分だけでなく、周りがよくなるよう助け合いながら、そのコミュニティーをよくしようという意識をもっていることに感銘を受けました。さらに、地域の伝統的な食料生産をできるだけ残していこうと、都会で働いていた若者が農村に戻って農業を継いでいることもすばらしいことだと思いました。

 日本の面積はコンゴ民主共和国の約6分の1ですが、人口は約2倍です。また、地震や大雨など自然災害が多いにもかかわらず、この限られた土地の中で、農業や産業を発展させています。日本のみなさんの技術をぜひ世界に発信してほしいと思います」

「土壌劣化を防ぎ、環境に配慮した農業技術」を考えるとき、ボリコ所長の目には、日本の家族農業とむらの助け合い、そして限られた土地を巧みに生かす日本の農業、農家の技術が頼もしく見えているようだ。

 いっぽう日本の政府もマスコミも、そんな「頼もしさ」には興味がなく、土壌劣化に苦しむ世界の人々も眼中にない。かくして、「国際家族農業年」と同様、「国際土壌年」に対し、ひとかけらの関心も示さないのである。

 そんななか、国際土壌年の日本側の受け皿となり、土壌の大切さへの国民的理解にむけた活動を進めているのが、研究者2500名を組織する日本土壌肥料学会である。農文協ではこのたび、国際土壌年記念出版として、日本土壌肥料学会編著による『世界の土・日本の土は今 地球環境・異常気象・食料問題を土からみると』を発行した。

 本書の内容にふれながら、国際土壌年に日本が貢献する道を考えてみよう。

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土壌と環境の劣化が、世界の平和を脅かす

 パート1は、波多野隆介さん(北海道大学)の「私たちにとって土とは何だろう」。20世紀から21世紀にかけての人口の爆発的増加にふれたうえで、こう記している。

「かつて2000年近く続いたメソポタミア文明の滅亡が、土壌劣化と気候変動によるものだったことを思えば、わずか100年程度の間に世界規模で生じた食料生産の劇的な変化に、土壌はどのような影響を受け、どのような状態になっているのかを明らかにすることは、地球と人類の今後を占う上で重要な情報となる」

 こうして、波多野さんは、人間の活動が土壌を含む環境を変化・劣化させ、それがさらに土壌・環境を劣化させることを歴史も含めて整理している。

 1970年以降の酸性雨による森林の衰退と土壌侵食の増大に始まり、「1990年代には、世界全体ではおおよそ10億haの農地土壌が、侵食、踏圧、塩類化、アルカリ化の影響を受け、その割合は、水食が45%、風食が42%と大きく、塩類化、アルカリ化が10%、踏圧が3%となっている。地域的には、アフリカ、アジアといった開発途上国で、全体の70%を占めている」

 そして、1990年以降は、二酸化炭素など温室効果ガス排出量の増加による、地球温暖化が大きな問題となってきた。植物や海洋が吸収する以上の炭素が、過去の植物体である石炭石油の燃焼や森林の開発によって排出されているからである。この温暖化は、干ばつ、大雨、熱波、異常低温といった気候変動をもたらし、土壌を劣化させ植物生産を不安定なものにし、これがさらに土壌の炭素蓄積を減らし、温暖化を助長し、異常気象の被害を増やしていることを具体的に示し、こう述べている。

「このように、異常気象、極端現象は、土壌劣化を決定的なものにする。災害は食料生産とともに水供給を断絶し、インフラや住居へ直接損害を与え、衛生状態を悪化させ、伝染病を拡散させることなどで人間の健康へ強く影響し、とくに貧困層の生活を圧迫し、暴力的紛争の契機になるとも言われている」

 土壌と環境の劣化が、世界の平和を脅かすのである。

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土壌劣化による世界の地域の苦しみ

 本書の「パート2 なぜ土壌は劣化するのか」では、土壌劣化のタイプ別に世界の地域の状況とこれを防ぐ技術研究を紹介している。ポイントを紹介するが、ぜひ直接、「着実な研究に裏付けられた熱きメッセージ」(「まえがき」より)を読んでいただければと思う。

◆砂漠化と風食 アフリカ・サヘル地域
(伊ヶ崎健大・国際農林水産業研究センター)

 この章では、乾季と雨季の初期の裸地に近い状態のときに、サヘル地域で風食によって畑から年間4~5mmの表層土が失われていることが述べられている。これは約100年の時を経て生成された貴重な土壌がたった1年で失われることを意味する。この背景にあるのは人口増加(最近30年で人口が2倍以上)による農家1世帯当たりの農地の減少。そのため、十分な休閑期間を設けていた伝統的な農法が崩れ、土壌養分は急激に減耗し、土壌に浸み込む雨の量も激減し、これが風食を大きくしている。

「慢性的な食糧不足に苦しむ人々が日々の食糧を得るために行なう営みに起因しているということである。つまり『止むに止まれぬ』事情に根差しており、これがサヘル地域の砂漠化問題の難しさといえる」

◆水食 東南アジアの山の農業と水食とのたたかい
(田中壮太・高知大学)

 東南アジアでは、土壌生成速度を上回る土壌が水食によって失われる「加速侵食」が問題になっている。

 加速侵食により、莫大な量の土壌が川へと運ばれる。河川の多くは、一昔前までは透明な水が流れ、洗濯や水浴びに使われるなど流域の住民生活に密接に関係していた。しかし、現在の河川は、よほど上流部でなければ、加速侵食の影響により、常に濁っている。まるで、台風後の日本の川のようである。もちろん流域の住民生活は大きな影響を受ける。さらに、加速侵食により流された土壌や養分、農薬は、河川や海洋生態系の富栄養化や汚染、濁りによる生物生産の低下、川床の上昇による洪水の増加や船舶航行の妨害など、さまざまな問題を引き起こす。

 一方、東南アジアの傾斜地の主要な農業形態であった焼畑は、現在では、休閑期間の短縮などによって水食を大きくしている。

◆ 土壌塩類化 誤った灌漑がもたらした土壌塩類化
(遠藤常嘉・山本定博 鳥取大学)

 ここでは、大規模灌漑農業開発と「アラル海の悲劇」が紹介されている。

 中央アジアにあるアラル海は、かつては面積6万6000km2もある巨大な湖であった。1960年代より、アラル海に流入する2つの川から農業用に多量に取水する大規模灌漑事業が行なわれ、流域農地は一時的に米や綿の生産が増加し、旧ソビエト連邦を支える重要な役割を担った。しかし、灌漑よってアラル海にはほとんど水が流れ込まなくなり、湖の面積は、かつての10分に1以下に縮小し、漁業はほぼ壊滅。莫大な農業生産をもたらした農地も、しだいに塩類集積による生産力の低下が顕著となった。ひとたび、塩類集積が始まると、塩類除去のため、一層、多量の水を使わなければならず、これが、さらに塩類化を助長するという悪循環に陥り、最終的に、農地を放棄せざるを得ない状況に至った。

 こうして、アラル海の生態系活動はほぼ停止。周辺地域では砂嵐が多発し、塩分を含む微粒子を多量に飛散させ、呼吸器疾患が多発している。また、灌漑農業の促進に伴い、住民の重要な水源でもある地下水も塩で汚染され、腎臓障害や感染症をはじめ、様々な健康障害が発生している。

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「私たちの食が日本の土壌と環境を壊している」

 日本では、こうした農地の激しい土壌劣化は問題になっていない。本書でもふれているように、日本の土は「比較的養分の豊富な若い土壌が占めており、世界的にみても農業生産に適し」、土壌を守る働きに優れる「水田」が平場から中山間まで広がり、そして「限られた土地を巧みに生かす農家の技術」が土壌を守っているからである。

 しかし、日本も「土壌劣化」に無縁ではない。「食料輸入大国」というありようが、日本の環境に悪影響を及ぼし、さらに重要なことは世界の国々の土壌劣化に加担していることである。これも本書の大事なメッセージだ。

「パート5 食と農業から土壌と環境を考える」のなかで、松本成夫さん(国際農林水産業研究センター)が、「私たちの食が日本の土壌と環境を壊している」ことを指摘している。まずは食料輸入によるチッソの過剰問題。

 1997年段階の試算だが、輸入食料・飼料由来のチッソに、農地に施される化学肥料のチッソ量49万tが加わって、合計218万tのチッソが環境・農地に供給され、このチッソのうち、国内生産のために51万tが吸収されると仮定すると、環境には、差し引き167万tのチッソが過剰になる計算になる。「すなわち、国内生産食飼料の3倍以上のチッソ量が、環境に負荷を与えたり、過剰に農地に蓄積することになり、わが国の環境と農地に大きな負担をもたらしていると言えるのである」。この過剰チッソ量は1960年の2.4倍にもなる。

 そして、食料輸出国は農地・環境に負荷をかけて生産していることを忘れてはならないとして、タイ国の東北地域にあるコンケン県の例を紹介している。

 今から20年前のコンケン県では、化学肥料も家畜糞尿による供給も少なく、このような状況で米などの生産・出荷を行なっているため、そのしわ寄せは農地の土壌チッソの低下に現われ、調査結果では、年間1万1000tずつ土壌中のチッソが減ると見積もることができた。つまり、農地のチッソを収奪しながら、他国へ輸出するための作物栽培が行なわれていたのである。

 現在、タイでは、20年前の3倍程度の化学肥料が施用されており、農地からのチッソ収奪は起こらなくなったが、機械化が進み家畜が大幅に減少し有機物投入量が少なくなってしまったため、かつての養分収奪から、土壌肥沃度、地力の低下に問題が移っている。さらに最近、タイでは、化学肥料多量施用による環境負荷の問題が起こっているという。

「私たちは、食飼料供給及び経済においてグローバル化の恩恵を受けているが、一方で、わが国に食飼料を供給してくれている世界の国で、食飼料の生産のために農地と環境に負荷をかけていることも知っておくべきだと思う」と松本さんは述べている。

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水田の大きな価値と、水田に現れた異変

 最後に「パート4 田んぼの土を考える」。西田瑞彦さん(農研機構 東北農業研究センター)による、「水田の価値」をめぐるメッセージである。

 水田、イネには連作障害やいや地現象がおきない。好気的条件と嫌気的条件がダイナミックに交替する条件では、連作障害の原因となる生物が生き続けられないからである。

 さらに、田はアゼに囲まれているため、表土が流されることはなく、逆に上流から運ばれてきた表土がたまっていく仕組みになっている。

「たとえ山間にある棚田であっても、畦に囲まれ、その中の土は平らになっている。急峻な地形が多い我が国で、祖先の多大な努力で築かれた棚田のおかげで、どれだけの土壌侵食をまぬがれ、どれだけの肥えた土という財産が守られてきたか、はかりしれない」

 さらに、湛水される水田土壌のpHは中性に近づき、リン酸が作物に利用されやすくなる。灌漑水からの養分供給もあり、チッソ固定によって空気中のチッソが取り込まれるなど、栄養分が自然に供給される。そのうえ有機物が分解しにくく蓄積しやすいため、畑よりも地力が高い。

 しかし、この水田に近年、異変が起きている。乾田化、畑地への転換による地力の低下問題である。「田んぼの土に現われ始めた異変」(高橋智紀・農研機構 東北農業研究センター)では、転作ダイズの収量低下が常態化しており、その原因として第1に、ダイズ作ではチッソ成分が土壌から収奪され、持ち出し分を補わない限り、ダイズをつくればつくるほど土壌が痩せること、第2に、畑状態では有機物の分解が早く進み、畑期間が長ければ長いほど土壌が痩せてしまうこと、を指摘している。

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飼料米、飼料イネの堆肥栽培を今こそ

 水田の地力低下は、畑利用だけでなく水田への堆肥の投入量が減少していることもかかわっている。米価安のもと、労力的にも経費的に堆肥による土つくりに力を入れるのは難しいのが現実。しかし今、そんな状況を打開する強力な方法がある。飼料米、飼料イネを活用した堆肥栽培だ。飼料米、飼料イネで水田農家と畜産農家が結びつき、堆肥活用を進める。DVD『つくるぞ、使うぞ 飼料米・飼料イネ』(全2巻)で紹介した山口市・秋川牧園飼料米生産者の会の面々は、ニワトリ用に北陸193号という専用多収品種で1tどりをめざしている。それも、堆肥活用で徹底した低コスト。その一人、収量ベスト3の常連である三輪利夫さんは、秋川牧園の鶏糞堆肥にバーク堆肥なども加えて反当3tも入れ、地力をつけて稔りをよくしている。

「堆肥を5年入れたら土質が変わった」と三輪さんはいう。

「1年2年はそんなにないけど、5年になったらぜんぜん土質が変わりました。たとえ話でいくと400mのリレー。第3コーナーでバテるか、そのまま突っ張れるかですよ。地力の違いが、ここで出るんですよ」

 こんな田んぼなら、ダイズに転換しても多収するだろう。

 飼料米、飼料イネの堆肥栽培は水田を守り、水田の地力を高める「国際土壌年」に相応しい農家の取り組みだ。

 世界から貧困と飢餓をなくす国際的潮流に日本が貢献する道は、水田を守り、食料自給を強めることにある。

(農文協論説委員会)

 日本土壌肥料学会の「土壌の国民的理解」にむけた活動は以前から行なわれ、同学会編による『土の絵本』(全5巻)が「そだててあそぼうシリーズ」の第8集として発行されている(農文協刊)。泥だんごなど土にふれ、遊びながら土壌への理解を深める楽しい絵本。子や孫と土のことを語る素材としてご活用を。

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