主張

炭素の循環のなかで生きる「小農の世界」
――『現代農業』70周年、「施肥・土つくり」特集号40周年にあたって

 目次
◆「施肥・土つくり」特集号の4つのうねり
◆いざ、畑をモミガラ天国に
◆土着菌が活躍するモミガラ利用
◆作物を健康に育てながら効果的に炭素を循環させる

『現代農業』は1946年(昭和21年)の復刊から数えて今年で70周年。そして2月号「品種」、6月号「防除(減農薬)」、10月号「施肥・土つくり」の、年3回の資材特集号が始まって間もなく40周年を迎える。

 1970年代、機械化や野菜の産地化、畜産の規模拡大など農業の近代化のなかで、化学肥料や農薬の使用量が大幅に増え、農薬による農家の健康被害の不安も高まった。「土が病み、作物が病み、人間も病む」……肥料や農薬への過度の依存からどう脱却するかが大きな課題になるなかで、1977年(昭和52年)の「実用 土つくり特集号」から、「施肥・土つくり」特集号がスタートした。

 それから40年。この間、農家は持ち前の自給力を発揮して、施肥の工夫や身近な地域資源を活用した肥料づくり、土づくりの工夫を重ね、『現代農業』もまた、農家に学び、現場課題と試験研究機関を結びながら、「施肥・土つくり」特集号を精力的に編集してきた。

 40年も続いてきたのは、農家の工夫がとどまることを知らないからである。

「施肥・土つくり」特集号の4つのうねり

「施肥・土つくり」特集号の40年の歩みを振り返ると、4つの大きなうねりがあった。

 1980年代 過剰施肥から抜け出す施肥改善の時代
 1990年代前半 微生物への注目とボカシ肥の広がり
 1990年代後半 米ヌカや土着菌を活かして、農家が肥料をつくる時代へ
 2000年代 不耕起・半不耕起など耕し方を見直し、土ごと発酵、堆肥栽培へ

 この40年の歩みは、土壌肥料学の知見も借りながら、農家が経験的に体得していた土の働きを筋道だって整理し、それを力に農家が自給力を高めていく過程であった。

 ①1980年代の施肥改善運動

 1980年代に大きなうねりになった施肥改善運動。この時は、「土壌溶液」という言葉をキーワードにして過剰施肥による土の機能低下の実態を整理した。

 肥料は作物にやるのではなく(肥料は作物のエサではなく)、根―土壌溶液―土という関係を通して効果が現れる。根が土壌溶液から養分を吸収すると、それを補うように土が保持していた養分が土壌溶液中に溶け出す。この、土壌溶液を場とする根と土の養分のやりとりがとどこおりなく行なわれれば、作物は健全に育つ。施肥も土壌改良も、本来はこのやりとりをスムーズにし強めることであったが、その土をよくするはずの施肥が土を悪くしている。カリや石灰などが過剰にある状態では土の養分保持力が低下し、施肥されたチッソは土壌溶液にあふれて根が傷み、根の活力を低下させ、一方ではリン酸や石灰などが化合物となり、効かない形でたまっていく。収量が伸び悩む一方、品質が悪い、日持ちが悪い、障害が出る……当時広く見られた現象を、土が本来もっている働きをもとにときほぐしていく。

 施肥改善運動は、単なるムダ減らしではなく、肥料面に限定されてはいるものの、土の総体(関係性)を認識し、土の機能を回復する取り組みであった。

 ②1990年代前半 微生物への注目とボカシ肥の広がり

 施肥改善は大きく進んだが、土壌病害は依然として収まらず、微生物資材が数多く出回るなかで土の微生物、土の生物性への関心が高まった。このとき注目したのが、「根圏微生物」である。根―根圏微生物―土の微生物相という関係を通して土の生物性をみる。根の表面近くは根からの分泌物や脱落部など有機物が豊富で、独自な根圏微生物相がつくられる。根粒菌やVA菌根菌などにみられる根と微生物の共生的な関係から、土壌病害にみられる寄生的な関係まで、根圏微生物のありようが生育を左右し、そしてチッソを過剰に吸収した作物の根では分泌物が異常に増え、それが根圏微生物相をおかしくするなど、施肥や有機物利用がこれを左右することが指摘された。

 そういうなかで急速に見直されたのが農家の伝統技術ともいうべき「ボカシ肥」である。

 ボカシ肥は、油粕、魚粕などの有機質肥料を発酵させてつくる肥料。その限りでは有機発酵肥料だが、山土や粘土、ゼオライトなどを混ぜ、根のまわりに施用するなどの工夫がみられる。有機物を分解させることで初期のチッソを効きやすくし、土を混ぜることでアンモニアなどの肥料分を保持するようになるので肥効が長持ちする。微生物がつくるアミノ酸やビタミンなども豊富。これを根のまわりに施すことで、根圏微生物相を豊かにし土壌病害を抑える効果も期待できる。土の化学性、生物性をよくする総合的な肥料としてボカシ肥の工夫はどんどん広がっていった。

 ③1990年代後半 米ヌカや土着菌を活かして、農家が肥料をつくる時代へ

 良質のボカシ肥をつくるにはそれなりの素材、技術と手間が必要だが、これを簡単に誰でもできるようにしたのが、1990年代後半に広がった米ヌカと土着菌の利用である。こうして、「農家がつくる肥料」の時代が大きく花開いていった。

 山林や竹林、田んぼなどからいくらでも採取できる土着菌をボカシ肥や青草液肥つくりに活かしたり、畜産では、家畜の発酵飼料に使って糞尿のニオイをなくしたり糞出しを減らしたりする工夫が広がった。

 そして、ボカシ肥や土着菌利用の大きな味方になったのが米ヌカである。その背景には「平成の大冷害」を契機に一気に拡大した米産直がある。農家や産地で精米する機会が急増し、米ヌカが農家の手元に大量に残る時代になったことだ。

 米ヌカは、水を加えるだけでも発酵してボカシができる。竹林などから採取した土着菌を入れれば、その地域の有用微生物が豊富な「米ヌカ土着菌ボカシ」ができ、これをタネ菌にすれば、さまざまな地域資源を良質のボカシ肥にすることができる。

 一方、田んぼでは「米ヌカ除草法」が大きな反響を呼び、その効果的なやり方に多くの農家が知恵をしぼった。この米ヌカ除草では、米ヌカを表層に混ぜるぐらいに耕す半不耕起や不耕起が原則になる。土つくり・耕耘というと、「土を深く耕して有機物を多く施用することがいい」というのが長い間の常識だったが、これを見直すキーワードは作物の根がつくる「根穴」「根穴構造」である。兵庫県の農家・井原豊さんも、こう本誌で発言していた。

「無耕起栽培はやってみると案外好成績があがる。耕起しなければ空気が土に入らないだろうと思いがちだが、無耕起は案外通気がよいのである。それは、前作の根の腐り跡がパイプの役目を果たし、雨水の通路となったり、空気のパイプとなったりするからである。雨水の通ったあと空気が追いかけるのである。ところが、耕起するとこのパイプをぶっつぶす。ていねいに細かく耕すほどパイプがなくなる」

 ④2000年代 不耕起・半不耕起など耕し方を見直し、土ごと発酵、堆肥栽培へ

 根穴を活かすために耕耘は浅くし、有機物も表面、表層施用する。こうしてたどりついた方式が「土ごと発酵」であり「有機物マルチ」である。

 2001年10月号の土・肥料特集号では、「簡単なのにスゴイ! 広がる土ごと発酵」を大特集。この土ごと発酵は、従来の土つくりのやり方とは違い、田畑を発酵の場にし、通路や冬の空いた田畑を有効に使える、小力的な方法だ。通路に米ヌカをふれば、そこが強力な発酵の場になる。

 そして土ごと発酵は、有機物の価値をそこなわない効率的な方法である。土の表層で発酵させるから発酵はゆっくり進む。低温発酵なので有機物の消耗は少なく、土つくり効果は大きく、かつ持続的だ。

 そのうえ「土ごと発酵」は、ミネラルが豊富な土を生かした方法である。堆肥の素材に比べて田畑の土壌のほうがミネラル(元素)の種類も量も多く、微生物はこれを食べて(溶解・吸収して)繁殖する。土は微生物の生活の場であると同時にエサでもあるのだ。土がエサになり土そのものが発酵する。有機物と土をエサにして繁殖する微生物は各種の有機成分をつくりだし、やがてエサが不足してくると自ら分解して、体内に蓄積したアミノ酸、脂肪酸、糖分、ミネラル、ビタミンなどを大量に放出する。こうして土壌は急速に肥沃化し、畑では土の団粒化が進む。水田ではその団粒が水分を吸収してトロトロ層ができる。

 そして2009年には「堆肥栽培」の提案。前年2008年に化学肥料が高騰し、「もう、こんな高い肥料買ってまで農業できない!」と思った農家がこぞって、地元になにか肥料として使える資源がないかを探し回った。家畜糞尿を筆頭に土手の刈り草、食品工場からでる廃棄物、ライスセンターから出るモミガラ、生ゴミ……。「堆肥栽培」は、身近な地域の有機物資源を本気で肥料として位置づけるやり方だ。その効き方を計算に入れて不足する分を化学肥料で補いバランスをとるのが、農家の工夫のしどころなのだ。

 堆肥の使い方も、完熟した堆肥を土に入れるという常識にはこだわらない。生の、あるいは未熟な有機物をマルチしたり土ごと発酵させたり、光合成細菌などの微生物を使ってうまく発酵させたりと、多様な使い方がある。こうして、肥料の節約という大義名分をこえて、農家は自給力を発揮していった。 

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いざ、畑をモミガラ天国に

 施肥・土つくりをめぐる農家の自給力はとどまることを知らない。おかげで、今月号の「施肥・土つくり」特集も、ヒントにあふれる農家の工夫を満載することができた。

 今月号では「炭素」の多い素材の活用法に力を入れた。

巻頭特集は「いざ、畑をモミガラ天国に」。これに続いて「粗大有機物を使いこなす」を特集。モミガラも、せん定枝や刈り草や廃菌床などの粗大有機物もC/N比が高い自給的な資材だ。炭素が多くチッソ分は少ない。しかしこれを施用し続けると無肥料栽培への道も見えてくるようだ。

 アスパラをつくる長野県栄村の滝沢総一郎さん。滝沢さんの畑は乾けばカチカチ、降ればドロドロの赤土。以前は牛糞堆肥とゼオライト、化成肥料で栽培していたが、改植を機にモミガラ利用を開始。表層に施用して土ごと発酵させるやり方だが、生モミガラの量を年々増やし今では反当1.5~2t。

 思い切って、化成肥料も牛糞堆肥もやめた。当初は立茎時の伸びが悪く、草丈も短くなり、3割程度の減収が4年間続いたが、その後、畑全体に菌が回ったのか、昨年あたりから急に白い菌が目立ってきた。生育、収量も回復した。収穫したアスパラは色がきれいで甘味があり、日持ちもよいと、直売所で好評だ(50ページ)。

 群馬県明和町でナシ5反、モモ1反、米2反を栽培する日比野久さん。会社をやめ果樹に力を入れ始めた時、『現代農業』のモミガラ特集を読み、「植物はほとんどが水分と炭素でできている。だからチッソより炭素を供給することだ」という記事に目をとめた。そうか、チッソではなく炭素か、炭素といえばモミガラだ。近くのカントリーで聞いてみると、いくらでも持っていっていいよ、と言われた。

 最初は家の周りのナシ畑3.5反に反当たり850kgほどのモミガラを、土が硬くしまったSSのタイヤ跡を中心に表面にまいた。それから6年、いまでは6反全部でモミガラ1.6tを、表面に5cm敷き詰めるようなつもりでまいている。それまで入れていた豚糞1t、米ヌカ1.5tなど、チッソ源になりそうなものはいっさいやめた。

 緑肥のヘアリーベッチとライ麦の効果も手伝ってか、土はフワフワになり、年によって不安定だった果実の太りが安定してきた。葉がコンパクトになり厚みやテリが出てきた。

 表面に置いただけのマルチ状のモミガラは、水分吸収力も水分保持力もすごい。「雨を受け止め、時間をかけて徐々に水分が地下に浸透するので、微生物にとっても住みやい環境になっていると思います」と、日比野さん。ナシの日持ちもよくなり、常温で1週間はもつので、宅配のお客さんからのクレームが一切なくなった(44ページ)。

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土着菌が活躍するモミガラ利用

 滝沢さんも日比野さんも、大量の生モミガラを土の表面・表層に施用するやり方だが、堆肥や発酵モミガラにして利用する工夫も進んでいる。

 島根県ではいま、発酵モミガラがブームになっているという。微生物の活動を活発にする各種ミネラルを組み合わせてつくった発酵促進液を利用して短期間に発酵させる方法で、少ない量でも大きな効果をあげている。材料はモミガラ、米ヌカ、水と発酵促進液のみ。これらを混ぜ合わせ、「モミガラについている土着の菌を殖やしてやる」のだ。

 つくるのが簡単で費用が安いのもいい。評判が評判を呼び、島根や広島の集落営農法人などで使うところが増えている(68ページ)。

 モミガラの分解力が強い土着菌を利用する方法も紹介した。「朽ち竹の土着菌」も興味深いし、「土耕菌ナルナル」という偶然採取した土着菌資材もある(80ページ)。

 そして炭素が多い素材はモミガラ以外にも身近にある。今月号では、バークやバガス、草木、竹、木質チップ、カヤの魅力と利用法を紹介した。

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作物を健康に育てながら効果的に炭素を循環させる

 農文協のDVD『土つくり・肥料の基礎と基本技術』(全4巻)は、いわば40年間の「土・肥料」特集号を総結集した大作である。このDVDを見た土壌肥料学の重鎮・熊澤喜久雄さん(東京大学名誉教授・元土壌肥料学会会長)は、こう述べている。

「有機物マルチや土ごと発酵も農家ならではの工夫だ。世界的に土壌の有機物含量が減ってきている。炭素の循環を高め、土壌の生産力を維持することが食料の面でも環境の面でも大きな課題。そんななかで日本の農家は、作物を健康に育てながら効果的に炭素を循環させる工夫を編み出している。農家の現場では、作物を育てることと、肥料をつくることと、土をつくることが一体的に行なわれていることに感銘を受けた」

『現代農業』でおなじみの「小農」たちもモミガラを上手に活用し、炭素の循環を高めている。

「チマチマ百姓」の福島県いわき市の東山広幸さんは、手作りのモミガラ堆肥を万能の資材として愛用している。

 ベストセラーになっている『小さい農業で稼ぐコツ』(農文協刊)を書いた石川県の西田栄喜さんは、地元産大豆のオカラ、クズ大豆、近所の農家から分けてもらう米ヌカとモミガラでボカシ肥をつくる。「この品質は、どんなにお金を出しても買えないのではないか」と西田さん。材料はほとんどタダ。「小回りの利く小さい農業だと、良質なものをほぼ無償で入手できるのです。ここにも小さい農業の面白さがあります」

「直売所名人」の三重県の青木恒男さんも、ガチガチの重粘土の転換畑をモミガラでよくしてきた。この3人の農家に大きな影響を与えた井原豊さんも、モミガラは「地上最高の土壌改良資材」だといっていた。

 昨年は国連・食糧農業機関(FAO)が定めた「国際土壌年」だった。世界的には温暖化による気候変動、異常気象が、土壌を劣化させ作物生産を不安定にし、これがさらに土壌の炭素蓄積を減らし、温暖化を助長することが大きな問題になっている。そして一昨年の「国際家族農業年」では、家族農業こそ、生産力が高く、環境負荷の少ない持続的な農業の担い手だとし、FAOは家族農業の維持・発展の施策を進めるよう各国に要請している。一部の「育成すべき経営」に政策や予算を集中させるのではなく、広く小規模家族経営全体の生産基盤や生産条件を改善することが、国際社会の政策課題になっているのである。

 家族農業を軽視し、「小農の世界」を縮小させる「TPP的世界」は、こうした食料、環境の持続性、安定性を求める国際的潮流に逆行する。身近な有機物を利用し、地域における炭素の循環のなかで土を維持し農業を営むこともまた「小農の使命」なのだと思う。

(農文協論説委員会)

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