主張

新しい小農の時代を展望する
『現代農業』の「主張」の歩みから

 目次
◆欧米の「再小農化」の動き
◆「新しい小農」の「新しさ」とは
◆「自給」は「自給の社会化」へ
◆「複合経営」は「多彩・多層の複合経営」へ
◆「小農」は「新たな協同」へ

 TPP(環太平洋連携協定)から離脱した米国がTPPを超える要求を日本に突きつけてくる――以前から懸念されたことだが、去る9月26日に行なわれた日米首脳会談はその可能性をいよいよ強めた。

「日本政府は恥ずかしい大嘘つき『TAG』は日米FTAそのものだ!」と鈴木宣弘さん(東京大学教授)はこう述べている(本号318ページ)。

「日米間で『物品貿易協定(TAG)』(日本側の捏造語)の開始が決まったのを受け、AP通信や米国メディアは、ズバリ『日米がFTA交渉入りに合意』と簡明直截に報じた。日本のメディアは『事実上のFTA』『FTAに発展も』とやや回りくどいが、TAGは『FTAそのもの』である。要は、『日米FTAはやらない』と言っていたのにやることにしてしまったから、日米FTAではないと言い張るためにTAGなる造語を編み出したということである」

 さらに「TPP以上の譲歩が前提」として鈴木さんはこう指摘する。

「米国通商代表部(USTR)代表は就任の際、『日本にはTPP以上のことをやらせる』と議会で宣誓した。これが代表承認の条件になっているのですから、米国は必ず実現させようとしてきます。では、日本側は何を譲歩するのかというと、農業でしょう。安倍政権は“経産省政権”ですから、自分たちが所管する自動車の追加関税は絶対に阻止したい。代わりに農業が犠牲になるのです」

 これをめぐり、「農業協同組合新聞【電子版】」では、「許すな!農業を売り渡す屈辱交渉」と題する緊急企画を組み、JA関係者だけでなく、研究者、生協人、農家まで、さまざまに怒りの声を結集している。大マスコミがほとんど問題にせず、国民に知らされていないこの事実を広くアピールしようと、農文協では「農業協同組合新聞」と連携して、年内に緊急ブックレット『許すな! 農業つぶしの屈辱協定TAG』(仮)を発行する予定だ。

欧米の「再小農化」の動き

 この緊急企画のなかで、八木岡努さん(JA水戸代表理事組合長)は、「世界の流れに逆行」と題してこう述べる。

「日米のTAGはまったくのごまかしだ。懸念していた通りになった。先週、スペイン、イギリスの農業をみてきたが、強く感じたことは、ヨーロッパでは大規模経営、輸出重点の農業から家族経営、オーガニック農業など、農業のあり方を根本的に考え直そうという流れになっていることだった。

 もう一つ、食料と国の安全保障の観点から、安全な食料を確保するため、さまざまな規制を強めている。日本政府はアメリカと二国間交渉で農薬や遺伝子組み換え食品の規制緩和を進めようとしており、世界の流れに逆行している」

 この「世界の流れ」をめぐり、今月号では秋津元輝さん(京都大学教授)が、欧米の「再小農化」の動きを紹介(324ページ)。なかで、「運動としてではなく実態として『再小農化』が認められる」と主張するオランダの農村社会学者プレグの指摘にふれている。

「プレグは当初、欧州における新しい農村発展の方向について注目していた。そこから、事業と所得源の多角化、有機農業や特産物生産などの高付加価値化、地域あるいは農場内資源の有効利用という三つの方向性を見出す。そこで彼は、はたと振り返る。これは農村地域発展のコツなどではなく、そもそも農業者の経営に対する態度変化そのものを表わしているのではないか。そして、その態度に基づく生産のしかたを、彼は『小農的生産様式』と呼び、それを選択する農業者を『新しい小農階級』と名付けて、新自由主義時代を農業者が生き残る道を示したのである」

 一方、先の「緊急企画」で熊谷健一さん(岩手県・農事組合法人「となん」代表理事組合長)がこう発言。

「日米の二国間の交渉になると、アメリカは今のミニマムアクセス以上の米輸入を押しつけてくるだろう。輸入に対抗するためということで政府は大規模経営の育成をとなえているが、しょせん限界がある。

『となん』は水田・畑を合わせて約2000haの法人で、家族経営を中心とした集落営農から発展したもので、大規模も小規模も一緒にやっている。集落を維持しながら、郷土・文化を守っている。このように農業には単に経済理論だけで片付けられない役割がある」

 企業的農業の先進地・ヨーロッパで「再小農化」の動きが活発化し、日本の最大級の集落営農法人では家族経営とむらの精神が息づいている。

 小農・家族経営は古い、消えるしかない存在などではなく、時代の流れのなかで形を変えながら生き続ける。安倍内閣や財界の思惑がどうであれ、「新しい小農階級」の時代がやってくるだろう。

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「新しい小農」の「新しさ」とは

「新しい小農」の「新しさ」について、かつての「主張」にもふれながら、少し長いスパンで考えてみたい。

 50年近く続く当「主張」欄では、農家、地域に学びながら一貫して小農・家族経営を守る論陣を張ってきた。

 1970年代。農業基本法農政のもと、機械化・大規模化が推奨されるなかで、野菜産地では土の悪化や連作障害、農薬中毒による農家の健康被害、借金の増大など、経営面でも身体面でも農業近代化の矛盾がだれの目にも明らかになっていった。これに対し、『現代農業』は、主張欄を設けて近代化批判を開始する。1970年2月号の「主張」1回目は、「近代化路線にまどわされるな」であった。

 この農業近代化批判のなかで拠りどころになったのは、農家が農家であるかぎりもっている「自給」の側面であり、同年4月号では「新しい自給生活を創り出そう」と「主張」した。これを皮切りに「主張」欄でも記事でも、堆肥などの農業資材から、ドブロクなど暮らしの面まで、自給のとりもどしを訴え、こうして1970代後半にたどりついた農家・農業のあり方が「自給型小農複合経営」である。

 この「自給型小農複合経営」は、農家の自立的精神を基礎に個別完結型の経営として構想されたが、それから40年余りの間に、農家・農村は新しい力を得ながら、この「自給型小農複合経営」を多様に、豊かに展開していった。

 それを整理すると、次のようになろう。

・「自給」は「自給の社会化」へ
・「複合経営」は「多彩・多層の複合経営」へ
・「小農」は「新たな協同」へ

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「自給」は「自給の社会化」へ

 自給の見直しは1980年代、50万円自給運動など、女性たちの暮らしと農家経営を守る運動へと発展し、これを土台に朝市、産直が各地で始まり、やがて直売所は大きな広がりをみせる。その地域住民や都市民への影響力はまさに「社会化」であり、2000年頃の「主張」には「自給の社会化」という言葉がたびたび登場する。

 その勢いは農協の参加も加わってさらに強まり、2015年度の農水省調査では、農産物直売所店舗数2万3590、販売額9974億円、出荷者127万戸。この時の総農家数は216万戸だから、約6割の農家が直売所に出荷していることになる。

 この直売所の販売額1兆円と、政府が「強い農業」の目玉とする「農産物輸出1兆円」は同額である。

 この農産物輸出の内実について「日本農業新聞」は「“輸出好調”実は輸入頼み 国産原料以外が多数」だと次のように報じた(2018年9月5日)。

「今年上半期の農産物の輸出実績が前年同期に比べて344億円増え、2628億円に達した。政府の資料には牛肉やリンゴなど主要品目で成果が並ぶ一方、『その他』に分類される品目には、ほぼ全量が輸入原料に頼る加工食品や、農産物とは思えない化学物質なども多く含まれていることが、日本農業新聞の調べで分かった。輸出実績が必ずしも農家所得の向上に結び付いていない実態が浮き彫りになった」

 この輸出実績にはキャンディー類やチョコレート菓子、インスタントコーヒーが並び、国産農産物との関係がありそうな小麦粉はほぼ全量が輸入小麦を日本国内で製粉したもの、和食ブームで好調なみそ、しょうゆも原料のほとんどが輸入された大豆や小麦。さらに「上半期に増えた344億円のうち、150億円余りが『その他』(でんぷん・イヌリンなど)」だ、という。

 政府がめざす「輸出1兆円」と直売所販売額1兆円では、中身はまるで違う。直売所の1兆円は紛れもなく農家が生み出す農産物や加工品であり、「自給の社会化」は確実に農家の所得につながる。これに対し「自給の破壊」の上に成り立つ政府の「輸出」は不安定で、農家の所得増につながるとしてもごく一部、ごく一時の話になるだろう。

 直売所では女性や高齢者、定年帰農や新規就農者などが活躍し、住民・市民との交流の場となり、学校給食など「食育」の発信源にもなり、農家は多彩に「直売所農法」を工夫する。先月号の「主張」のように、ワラ工芸や綿、藍など「『食』だけではない農村の自給力」も、田園回帰の若者などを巻き込み、新たな元気を生んでいる。

 同じ「1兆円」でも、「自給の社会化」は1兆円をはるかに超える大きな波及効果と豊かさをもたらす。

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「複合経営」は「多彩・多層の複合経営」へ

「自給型小農複合経営」の「複合」は、当時推奨された単作化・専作化に対し、イネを基本に多品目の作物をつくり、少頭数の有畜経営で堆肥も自給し、こうして家族労力を生かし年間の収入を安定させ地力も守る。そんな個別経営として完結させるための複合であった。兼業も経営の一部門とし、兼業してもイネはしっかり増収し田んぼを守る。

 この複合経営も時代とともに多様になっていった。

 作物の複合だけではなく直売などの販売や加工を取り入れた「農業の6次産業化」を工夫し、さらには都市民との交流事業なども組み合わせる。

 その象徴的な作品が昨年の農文協のベストセラー、石川県・西田栄喜さんの『小さい農業で稼ぐコツ 加工・直売・幸せ家族農業で30a1200万円』である。兼業農家の次男坊、バーテンダー、ホテルマンを経て「日本一小さい専業農家」になって17年。西田さんは多品目の野菜をつくり、野菜セットや漬物などを直売やネット通販で販売。米ヌカやワラ、モミガラなどの有機物は地域の稲作農家から調達。地域住民に喜ばれている漬物教室も経営の一部門だ。

 その続編である『小さい林業で稼ぐコツ』も『小さい畜産で稼ぐコツ』も好評だ。前者は薪などの販売を含めた自伐林業のススメで、最近では農業+小さな林業という経営も見直されている。後者は牛や豚、アイガモなど多畜少頭数による加工販売経営だ。「半農半X」という生き方に魅力を感じて田園回帰する若者が増えたりして、複合のしかたも多彩、多層的になってきた。そんな現代の「百姓」も加わって、「新しい小農階級」が形成されていくのだろう。

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「小農」は「新たな協同」へ

 そして「小農」は「新たな協同」へと向かった。小農・家族経営の互助、協同の組織としての「集落営農」の数は増え続けて2017年には1万5136、参加農家数は 51万6817(平均34戸)となった(農水省)。生産・販売、機械の共同所有・共同利用、草刈りの共同作業などのほか、直売や加工、さらには地域の自治組織と連携してイベントをひらいたり、祭りを復活させたりとさまざまな活動に取り組み、田園回帰の若者の受け皿にもなっている。

 農家の「困りごと」を解決しようとする集落、地域組織も増え、「多面的機能支払交付金」制度を活用する活動組織は3万になり、地域住民も参加して地域を元気づけている。

 むらは「新たな協同」を力にしながらしっかり生きている。この時、自治体や農協への期待も大きくなる。

 近代化批判のなかで当「主張」欄では、自治体(行政)や農協のありようについても批判したが、その後、「新たな協同」が課題になるなかで、自治体や農協へ期待が大きくなっていく。1990年1月号の「主張」、「市場原理から生活原理へ」には次のようなくだりがある。

「今日到達した生産力の発展段階では、小農経営を支える基盤は、もはや自然村=『むら』の範囲を超えるということだ。市町村自治体の規模にまで、かつての『むら』の機能を拡大していくことが求められる。そして、このことは同時に、農が農として独立しているのでなく、地域の工や商と連携していくことでもある。農工商の連携の調整役を果すのがかつての士、いまの地方公務員である。この新しい『士』農工商の連携が成り立てば、食・農の分野にとどまらず医の分野にも想(教育)の分野にも、経済原理を超える動きが、確実に興ってくるだろう」

「農協も大きな役割を果すことができる。日本では、協同組織としての農協が全国隅々まで組織され、信用・販売・購買・利用・営農・共済にいたるまで、機能はきわめて包括的だ。このような有利な条件が地域にあるのは世界で日本だけである」

 この期待を込めた「主張」から約30年。残念ながらこの間に、自治体も農協も経営・業務の合理化にむけた合併が進み、農家・地域との距離は遠くなっていった。だが、自治体も農協も農家、地域のために地域に生きる組織であることに変わりはない。だからこそ今、地域の自治的な活動を支援したり、准組合員や地域住民と一緒に地域貢献活動に取り組むなど、農家・地域と結びあう活動が新しい形でさまざまに展開されている。「新しい小農階級」の形成には、自治体や農協のバックアップが必要だ。

 国連は2014年の「国際家族農業年」に続き、来年2019~2028年を「家族農業の10年」とすることを決定した。国連は「食料保障、食料主権、経済成長、雇用創出、貧困削減、空間的社会経済的不平等の是正に大きく貢献する能力が小規模農業には備わっている」として、一部の「育成すべき経営」に政策や予算を集中させるのではなく、世界で8割を占める小規模家族経営の生産基盤や生産条件を改善することを、世界各国・地域に求めている。

 最後に、たくさんの農協人に愛読されたブックレット『農協の大義』を執筆し、『新 明日の農協』(いずれも農文協刊)を遺作として昨年夏に逝った、太田原高昭さん(北海道大学名誉教授)の言葉でしめくくりたい。

「大切なことは、日本の経験が小規模家族農業の可能性を事実をもって示していることである。その意味では、日本農業は人類史的な大実験をしてきたのだといってよい。その大事な実験を中途で断ち切り、企業農業に切り替えようとする愚行を、世界はいま糾弾しているのである」

(農文協論説委員会)

※本「主張」欄は来月新年号より場所を移し巻末に掲載します。引き続きよろしくお願いします。

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