主張

「水田フル活用」を、豊かな地域自給にむけてフルに活用する

 目次
◆「水田フル活用」がなぜ課題になってきたか
◆「米価下落に反撃開始!お米の流通読本2015」
◆食料自給率向上の必要性は高まっている
◆安定増収にむけた技術の蓄積に学ぶ
◆交付金活用で地域自給を高め、地域を潤す

 主食用米の「過剰」、米価下落が心配されるなか、政府は過去最大の主食用米からの転換をはかり、「水田フル活用」の推進にむけ、最大級の支援予算(3400億円)を組んだ。これを機会に、ここ20年間の「水田フル活用」の取り組みを振り返りながら、今、そしてこれから、何が求められているのか考えてみよう。

「水田フル活用」がなぜ課題になってきたか

 1970年に減反政策がスタートし、その後食管法が廃止され、米流通の自由化と転作振興が進められ、そして2000年には転作の本作化へと進んだ。100万haにも及ぶ生産調整(イネの減反)を円滑に実施する一方、「食料・農業・農村基本法」(新基本法、2000年)が掲げた食料自給率50%にむけ、極端に低下した麦と大豆の生産振興を積極的に推進していく姿勢を「本作化」という言葉で表現したものである。

 この時期は、直売所が全国各地に広がり、地産地消の動きが活発化した時期である。大豆、麦の本作化を地産地消の元気な展開に活かしたいと考え、「ダイズは地域づくりの起爆剤 ダイズでつくる農・商・工のネットワーク」(2000年11月号)という「主張」を掲げた。豆腐や味噌など、地場産大豆を地元企業との連携もはかりながら復活させ、地域の食文化と地域農業を守ろうというアピールだった。

 それから10年、2010年には飼料米の振興が本格化する。この契機になったのは、2008年に始まる国際的な穀物の価格高騰である。途上国での穀物需要の拡大、アメリカでのバイオ燃料生産の推進、それに穀物輸出国での輸出規制や投機資金の流入も加わり、トウモロコシの国際価格は3倍近くまで高騰。飼料価格も上昇し、日本の畜産農家の経営にも打撃を与えた。こうした状況の中で2010年、飼料米は自給率向上のための戦略作物として位置づけられ、補償額も反当8万円まで引き上げられた。

 いっぽうこの時期、TPP(環太平洋経済連携協定)反対運動がJAを先頭に大きく広がった。2010年末に緊急出版した農文協ブックレット『TPP反対の大義』の反響は大きく、5万部近い実売を記録。この時の「主張」欄では「米価下落、TPPに抗し 農家、地域の力で『水田活用新時代』を」(2010年12月号)と題し、麦や大豆だけでなく「米・イネで転作」する時代が始まり、飼料米・飼料イネを活用して飼料自給を強めることは農政の本道をいく政策だとしてこう述べた。

「日本の現在の飼料自給率は約25%、うち濃厚飼料は約10%。アメリカから毎年トウモロコシを1150万t輸入し、その金額は約4700億円にのぼる。これを日本で自給できれば、その分地域にお金も回る。『輸出1兆円で農業所得倍増』よりは、その価値も農家所得増の可能性もよほど大きいだろう」

 これ以後、農文協では飼料米をめぐる別冊やDVD「飼料米・飼料イネ」を発行。本誌誌面にも、食味重視で失いかけていた「多収ねらい」に久々に腕を鳴らす稲作農家が登場したり、堆肥栽培が各地で進んだり、飼料米・飼料イネを活用して牛を飼い始める集落営農が出てきたり……と、単に「10a8万円」にとどまらない農家の積極的な動きが次々掲載されるようになった。

 一方、刊行中だった全集『シリーズ 地域の再生』(全21巻)には、「水田活用新時代」を書名にした巻が登場。著者の谷口信和さん(東京大学名誉教授)は、先進国各国では風土に合った穀物をそれぞれ最重要の飼料穀物と位置づけているとし、日本では米を有力な飼料穀物として活かす道を実証的に提言した。千田雅之さん(農研機構)は、飼料イネを活用した周年放牧や立毛放牧など、「放牧が水田農業と畜産の未来を拓く」と、事例をもとに熱く構想を述べている。

 なお、この2008年の世界的な穀物高騰は、その後、国連の「国際家族農業年」(2014年)につながっていった。広く小規模家族経営全体の生産基盤や生産条件を改善することが、飢餓の防止、食料と地域の安定に貢献すると国連が宣言。国際社会の政策課題(アジェンダ)になっていったのである。

 この新たな国際的潮流は、その後「家族農業の10年」(2019〜28)やSDGsに引き継がれていく。

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「米価下落に反撃開始!お米の流通読本2015」

 それから4年後の2014年秋。米の「過剰在庫」が問題になり、JAから農家への概算金が大幅に下落するという事態が発生した。翌15年の年明け、本誌の兄弟雑誌『季刊地域』20号では、「米価下落に反撃開始! お米の流通読本2015」という大特集を組んだ。そのときの目次を見返してみると、概算金はなぜ下がったかなどの「お米の値段の決まり方編」、回転寿司やコンビニなどが米の使用量を秘かに減らしていることを追求する一方で、「農家のおにぎり」はデカイことを明らかにした「ご飯モリモリ編」、元気に米を売る事例を集めた「地元力で反撃編」、加工用米、米粉用米、酒米、飼料米・飼料イネなどの「米はご飯用だけじゃない編」、そして「農協が米直売編」と、大きく五つの要素で構成されている。「地元力で反撃編」の事例の一つ、山口県阿武町の農事組合法人・福の里の取材記事は、集落営農のおいしいお米を、縁故米と直売所で72tも売っている話だ。

 当時、「地方消滅論」が世間を騒がせていたが、この時期の「主張」欄「2015年 イネと田んぼを元気の源泉に」(2015年2月号)では、農家の自給力と集落営農など共同の技術で生まれる田んぼとむらの元気が、「消滅」とは逆に地域の仕事と暮らしをつくり、「田園回帰時代」をひらく力になるとアピールした。

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食料自給率向上の必要性は高まっている

 その後は異常気象による不作もあり、米価は比較的高く維持されてきた。しかしここにきて主食用米の過剰が問題になり、改めて「水田フル活用」の一層の推進が求められている。ここで、「水田フル活用」に関わる食料自給率(カロリーベース)について見てみよう。

 主食用米を減らし、小麦、大豆、飼料米の生産を拡大すれば食料自給率は高まるはずだが、実際には食料自給率は少しずつ下がり38%になった。なぜなのだろうか。

 米は100%自給できるはずなのだが、MA米(ミニマムアクセス米)の輸入があり、自給率の数字は100%を切っている。

 小麦は本作化以降、作付面積は伸びたが、2010年以降の生産量は70〜75万tで一進一退の状況。一方、小麦の輸入量は450〜520万tで推移し、小麦自給率は14%前後で変わらず、輸入小麦を国産小麦で置き換えるまでにはなっていない。

 大豆は、作付面積も生産量も停滞。反収は2010年度162kg、2015年度171kg、2019年度152kgと気象条件等による年次変動も大きく、低下傾向にあるとも見える。大豆自給率は7%程度で相変わらず低水準だ。

 飼料米は新制度が開始された2010年に、前年比3倍の約70万tまで増え、米価が下落した2015年には440万tと大幅に増えた。その後も漸増したが、ここ2、3年は主食用米の米価が上がったためか、生産量、作付面積ともに停滞し、全体の飼料自給率も25%〜27%で伸び悩んでいる。

 この状況を打開すべく昨年策定された新しい「食料・農業・農村基本計画」では、食料自給率を10年後には45%にすることを目標とし、品目ごとに10年後の生産量目標を定めた。主食用米の目標は下げたが、小麦は70%増の108万t、大豆は62%増の34万t。さらに飼料米は61%増の70万t、トウモロコシなど飼料作物は67%増の519万tとして、飼料自給率を25%から34%に高めるとしている。

 これまで、目標を掲げても実現しないという状況が続いてきた。「官邸農政」の流れを引き継ぐ菅首相にも、残念ながらこれを実現しようという本気度が感じられない。本年1月18日の施政方針演説でも、農政の基本を定めた新「基本計画」や食料自給率には一切ふれず、農産物輸出の振興を強調するばかりだった。

 しかし今、食料自給率を高めることの重要性・必要性は、これまで以上に高まっているのではないか。

 最新の「世界の穀物需給及び価格の推移」(2020〜21年度、農水省)によると、途上国の人口増、所得水準の向上等に伴い、穀物消費量は増加傾向で推移。20年前に比べ1.5倍の水準だ。生産量は、主に単収の伸びにより増加してはいるが、期末在庫率は、生産量が消費量を下回っている。一方、穀物等価格は2017年以降ほぼ横ばいで推移してきたが、2020年後半から南米の干ばつ懸念や中国の輸入需要の増加などにより、大豆を中心に上昇している。今後、栽培面積の大幅な増加は見込みにくく、気象変動による不作の恐れも高まり、いまや、「需要が供給を上回る」時代に入ったというのが、関係者の大方の見方だ。

 そんななかで日本が「食料輸入大国」を続けることは、貧困や飢餓の解消などSDGsに込められた世界の願いに反することになる。

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安定増収にむけた技術の蓄積に学ぶ

 だからこそ、農家、地域から水田フル活用で田んぼとむらを元気にする道を切り拓きたい。

 今回の水田フル活用、課題は二つあると思う。一つは、大豆も麦も飼料米もしっかりつくり、安定増収すること。そしてもう一つはこの間の蓄積を活かして地域自給を高めるのに結びつけることだ。

 本誌では2000年以降、水田を活用した大豆、麦、飼料米などの増収技術を精力的に追究してきた。ごく簡単に振り返ってみよう。

 大豆栽培の課題は、なんといっても初期生育をビシッと揃えること。とくに近年は播種・出芽時の天候が不安定で湿害や干ばつ害が常態化している。昨年「でっかい株でダイズ毎年300kg!」(2020年5月号〜)を連載してくれた山形県の萩原拓重さんは、ドライブハローに4条播種機を取り付けて播種。ロータリ耕播種の頃に比べて、土の表層が締まり毛細管現象を期待できるようになった。乾燥気味でも出芽から初期生育までが順調となり、多収のための必須技術になっていると感じている。

 一方、福岡県で広がっているのは部分浅耕播種。ロータリの爪を、播種するウネ上部分だけ短いカルチ爪に交換し、ウネ上部分と通路部分とで凸凹耕耘するやり方だ。大雨あとでも見事に発芽が揃う様子が「雨ニモ乾燥ニモ負ケナイ ダイズの部分浅耕播種」(2019年7月号〜)の連載で紹介されている。

 小麦では、1tどりという革新的栽培法を紹介してきた。単行本『小麦1トンどり 薄播き・しっかり発芽 太茎でくず麦をなくす』も発行された。北海道農家の「きたほなみ」1tどり続出を突破口に、九州の水田裏作小麦でも1t突破の成果が現われ始めた。革新的とはいうものの、基本は播種期を守り、播種量を減らし、均一に鎮圧された播種床をつくること。こうして太い茎を揃え、あとは、その年の気象と小麦の生育に合わせて、必要な追肥を施していく。安心して追肥できるやり方で、「ムギは肥料でとれ!」ということわざがなるほどと思えてくる。

 大豆や麦で大事なのは排水対策。2015年10月号では「徹底排水で水田フル活用」を特集。福井市・南江守生産組合は、暗渠・明渠などの徹底排水で大麦反収2倍、大豆2.7倍を実現。さらに直近の本年3月号で紹介した「縦穴堀り」は、誰でも簡単に取り組める速効性の排水対策として大注目だ。

 そして飼料米。精力的な記事が多数あり、「飼料米・飼料イネで稼ぐ」の連載だけでも26回を数えた。

 そんな「水田フル活用」をめぐる全国の農家の技術の蓄積を、今年、改めて学びたいと思う。

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交付金活用で地域自給を高め、地域を潤す

 最後に二つめの課題、地域自給について。

 DVD「飼料米・飼料イネ」では魚沼市自給飼料生産組合の取り組みを紹介した。稲作農家は400戸。飼料米66ha分の収入は、交付金8万円+飼料米販売代金1万340円として約5960万円。飼料イネ46ha分では、交付金8万円+販売代金1万5000円、二毛作奨励金1万5000円、耕畜連携助成金1万3000円として5660万円。合計で1億円超となる。地域の酪農家は全体で搾乳牛130頭。飼料米と飼料イネ活用で乳飼比30%ダウンしたとすると、3159万円の収入増となる(2015年当時)。

 収入の多くは交付金によるものだが、飼料米の販売代金682万円、飼料イネの販売代金690万円、これに酪農家のエサ代節約分を合わせた約4500万円は、飼料自給によって地域が生んだお金だ。交付金が自給を高め、地域から出ていくお金を減らし、地域を潤したことになる。

 こういった自給で「地域経済だだ漏れバケツ」の穴をふさぐ工夫は、本誌や『季刊地域』でも盛んに追求してきた。

 大豆について『季刊地域』33号では、10aの転作田でとれた大豆180kgを外部に売った場合と、これを地元の豆腐屋が豆腐にし、地元の小売がこれを仕入れて販売し、地元消費者が買う場合とで、地元に残るお金(外部への流出を防いだ分)がどのぐらい違うかを試算してみた。それによると豆腐屋の大豆購入代金180kg(1300丁分)が3万円、小売の豆腐仕入れ代金1丁150円×1300丁が19.5万円、消費者の豆腐購入代金1丁200円×1300丁が26万円。合計で48.5万円も、地域から出ていくお金が減ることがわかった。みんなで地元大豆1反分を活かしきった場合の話だが、このお金が農家や地域の仕事を支え、おいしい豆腐をみんなで楽しむ世界が生まれる。

 同様に、転作小麦の可能性も大きい。地粉でパンを手づくりして販売し、地元の消費者に食べてもらえれば、地域で回るお金が増える。パンの具材やパン窯の薪も地元のものを使える。焼きたてパンがある直売所には客が集まるし、パン屋の仕事は田園回帰の若者の仕事にもなる。

 本誌連載中の「雪国の中山間地で小麦づくりに燃える」(134ページ)の新潟県柏崎市高柳・鈴木貴良さんが小麦つくりに向かうきっかけは、地元のパン屋さんの「高柳で小麦はつくれないの?」という一声だった。雪国で、しかも重粘土の田んぼでは、誰もが「無理」と思った麦づくりだったが、鈴木さんの奮闘は実りつつある。「水田フル活用」で地域自給を賑やかに展開したい。

(農文協論説委員会)

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