主張

人口減少時代 使い切れない農地で「新結合イノベーション」を起こす

 目次
◆粗放的な利用と林地化がテーマ
◆蜜源作物やエネルギー作物で新結合
◆粗放的な有機栽培で自然力を引き出す
◆機械力と自然力の新結合
◆もう、芽は出ている

 2008年の1億2808万人というピークを過ぎて早13年。日本の人口は高齢化とともに減少局面に入っている。2050年にはほぼ1億人、2100年には約6000万人まで減る可能性があるという。

 農水省が設けた「長期的な土地利用の在り方に関する検討会」(以下、土地利用検討会)では、昨年4月から、人口減少が進むこれからの時代の農地利用について有識者が議論を続けてきた。その内容をひとことで言うなら、守るべき農地の守り方と、守り切れない農地をいかに未来世代へ引き継ぐか、である。現在でも再生利用が困難と思われる農地が20万ha近くある現状を直視し、守り切れない農地は山に返すことを提案している。

 本誌の兄弟誌『季刊地域』では、この11月号と同時発売の47号(21年秋号)の特集で「使い切れない農地 どうする?誰に託す?」と題して、土地利用検討会が打ち出した方向性をすでに実践している事例を取り上げた。以下、農水省の検討内容とともに『季刊地域』の記事にふれながら、これからの農地利用について考えてみたい。

粗放的な利用と林地化がテーマ

 昨年4月、土地利用検討会とともにもう一つの検討会「新しい農村政策の在り方に関する検討会」が農水省で始動した。8月号の「主張」でもふれたとおり、二つの検討会は昨年3月に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」を具体化するためのもの。両検討会は1年間の検討結果を今年6月に「中間とりまとめ」として公表した。

 中間とりまとめによれば、新しい農村政策の目玉は、農山漁村の地域資源の「新結合」により新しい仕事を生み出す「農山漁村発イノベーション」である。イノベーションは「技術革新」と訳されるが本来は「新結合」という意味があり、ここでは後者の意味を込めているそうだ。そして、そのイノベーションの担い手には、副業的に農業をしながら農村で暮らす「半農半X」や「農村地域づくり事業体(農村RMO)」を挙げている。農村地域づくり事業体とは、地域課題に対応する組織として近年各地に誕生している地域運営組織と、営農活動にとどまらない事業を展開する集落営農組織を合わせたようなイメージらしい(21年8月号「主張」参照)。

 一方、土地利用政策の目玉となっているのが農地の「粗放的な利用」と「林地化」である。人口減少時代の長期的な農地利用のあり方として次の4段階が示されている。1番目は、高齢化と人口減少をスマート農業や新規就農の促進で補い、従来どおりの農業生産に努める段階。2番目は、これでは農業生産が困難な農地を粗放的に利用して農業をする段階。3番目は、それでも使い切れない農地を、将来の食料危機などに備え、いずれ農業生産を再開できるようなビオトープや獣害対策の緩衝帯などとして維持する。そして4番目が、どうしても守り切れない農地を農業より管理の手間がかからない林地にするというものだ。

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蜜源作物やエネルギー作物で新結合

 では、第2段階の粗放的な利用とはどんなものなのか。中間とりまとめには景観作物やエネルギー作物、放牧などが例示されているが、具体例を『季刊地域』47号から拾ってみよう。

 栃木県さくら市で造園土木業のかたわら荒廃農地を引き受けているのは株式会社タカノ。荒廃農地の借地で栽培するのはエリアンサスという巨大なススキのようなイネ科作物だ。多年生なので一度植えれば10年以上収穫が可能。立毛乾燥したエリアンサスを飼料用コンバインで収穫し、茎葉を粉砕・ペレット化すると燃料になる。タカノでは9haで栽培したエリアンサスをペレット燃料にして市営の温泉施設に販売する。いわば草で燃料革命。「地エネ作物」(地エネは地域のエネルギーの意味)エリアンサスの栽培で手間がかかるのは、雑草対策のため、春の新芽が出る時期に乗用の機械で草を刈ることくらいだという。

 また、新潟県阿賀野市の髙橋敦志さん(44歳)は、6年前に新規就農で米づくりと養蜂を始めながら荒廃農地の借地6haを復活させてきた。うち3haの畑はヒマワリと菜の花の二毛作で、ミツバチの蜜源・花粉源になっている。もう3haはカキの廃園で、ヤマザクラを植えて蜜源に。一般に、果樹と違ってサクラのような木を農地に植えることはできない。だが、養蜂に使うという名目でカキをヤマザクラに植え替えることが市農業委員会から認められている。

 ヒマワリも菜の花もヤマザクラも、単なる景観作物ではなくてそこからハチミツを生産する。ただ、蜜源再生はすぐに利益を生み出すものではない。畑を耕し、肥料をやり、タネを播くという労力を注いでも、数haの花からミツバチが集められるハチミツはわずかだ。それを金銭的に支えたのは、クラウドファンディングによって寄せられた支援金。そして、労力面で支えになったのは地元の福祉作業所との農福連携だ。髙橋さんは、農福連携を自分の農業経営にとっての「産業革命」だったとふり返っている。同様の連携が、地元の保育園や小中学校、高校や大学とも進んでいるそうだ。

 髙橋さんには、荒廃農地の再生を通じた農家の仲間もいる。髙橋さんと同時期に近くでUターン就農したのは石塚浩二さん(39歳)。石塚さんも3haの荒廃農地を再生してエゴマとナタネをつくっており、エゴマを中心に自分で搾油して食用油を販売している。石塚さんのナタネの菜の花は髙橋さんのミツバチの蜜源にもなり、髙橋さんはヒマワリ油の搾油を石塚さんに委託するという協業関係ができているのだ。

 以上、新しい発想と作物によって使い切れない農地が再生した事例だ。放置されていた農地がエネルギー自給の場になったり、農地を舞台に学校や福祉作業所、農家どうしの新たな連携が生まれている。どこまでをイノベーションと呼ぶかはともかく、これらも「新結合」ではある。知恵を絞れば、農地の活用法はまだまだ広がるのではないだろうか。

 一方、農地の林地化では、紙の原料になるミツマタや、トチの実を活かした商品開発を見込んでトチノキを植えている事例が登場する。これらの木は、農作物と同様の栽培管理をすることから農地への植栽が認められている。

 また木といえば、スギやヒノキに代わって近年注目されているのが、センダンやコウヨウザン、ユリノキなどの早生樹。名前のとおり生長が早く、20年ほどで伐期を迎え、家具などへの需要が見込まれている。早生樹の場合は農地の地目のまま植えることはできないが、最近は、農業委員会による農地パトロールで再生困難な農地に「非農地通知」が発行されることが増え、林地化がやりやすくなっている。熊本県では、荒廃農地でのセンダン林造成に使える補助事業も設けて植栽を推進している。

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粗放的な有機栽培で自然力を引き出す

 ところで、農水省が打ち出した粗放的な利用の例には有機栽培も挙がっている。一般に有機栽培は、慣行栽培より手間がかかる印象がある。なぜ有機栽培が粗放的な利用になるのか、農水省に理由をたずねてもはっきりしないのだが、『季刊地域』47号では「自然栽培」を取り上げた。

 青森県黒石市の株式会社アグリーンハートは米を中心に約60haの経営。その多くは化学肥料や農薬を使う慣行栽培なのだが、7.5haで農薬・化学肥料はもちろん有機肥料も使わない自然栽培をしている。奇跡のリンゴで有名な木村秋則さんに学んだ栽培法だ。

 アグリーンハート代表・佐藤拓郎さん(40歳)が自然栽培を始めるにあたって目をとめたのは、市内の中山間地に広がる休耕田だった。米づくりはやめても耕起や草刈りを続け、地権者が手をかけている田んぼが100ha以上あったのだ。「私にとっては宝の山でした」と佐藤さん。中山間の休耕田が自然栽培に向く理由の一つは、周囲から農薬や除草剤が混入する心配がないこと。また、有機JAS認証を受けるために、通常は使用禁止資材を使わない「転換期間」が2年必要なところ、荒廃農地や休耕田で始めればそれが1年に短縮されるメリットもある。だが、それ以上に佐藤さんが期待するのは山あいの休耕地を取り巻く自然の力だ。

「休耕地だったところは草などの有機物が多く、様々な菌(微生物)が多いと感じます。南八甲田の伏流水が流れる川からはケイ素やミネラルも入るでしょう。『これぞ自然』という育ち方をします。それは『今年の気候だと、こんな感じでタネをつけるのがベストよ』という地球の声にも聞こえます。慣行のイネと違って、穂先に実が入らないモミがつくこともありません。同じ品種であっても自然栽培ではお米の形が変わることや、茎数の増え方の違いなど、自然栽培を知ることで慣行栽培がどんな農業なのかを知ることができました」

 自然栽培する米の品種は、食味が抜群ながら倒伏しやすいためにつくられなくなったムツニシキという古い品種だ。だが無肥料の自然栽培なら倒れる心配はない。収量は圃場によって10a3〜7俵だが、とれた米は慣行栽培米の3〜5倍の価格で売れている。同じく自然栽培で米をつくる県内の先輩には8俵を安定してとる農家もいる。雑草対策のために乗用除草機を4〜5回入れる必要はあるが、施肥や防除の手間はかからない。そもそも病害虫の発生も少ない。自然栽培による有機農業は「粗放的な利用」と呼んでもいいのではないだろうか。

 本誌前号・10月号では「みんなで考えた 有機農業ってなに?」を特集した。それぞれの農家の有機農業に対する興味深い見方が示されていたが、有機農業という名称の出自として「天地有機」という言葉が元になったと解説されている。有機の「機」は「しくみ」という意味。したがって天地有機は「自然のしくみを活かす」と言い表わすことができるという。一方、「粗放」というと大雑把なイメージしかないが、「粗放農業」を辞書で引くと「単位面積あたりの土地に資本や労力を多く投下せず、自然の力にまかせて営む農業」とある。自然力を活かすという点で粗放と有機はつながっている。

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機械力と自然力の新結合

 有機農業は前号の「主張」でも取り上げた「みどりの食料システム戦略」の焦点の一つでもある。2050年に全国の農地面積の4分の1、約100万haの有機農業の目標を掲げた農水省が頼みにするのは、スマート農業に代表される最新テクノロジーによるイノベーション(技術革新)。自然の力はほとんど当てにしていないような工業的集約農業の極致だ。担当部署が違うといえばそれまでだろうが、粗放的利用に有機農業を位置づける感覚とはだいぶ落差がある。

『季刊地域』47号には、荒廃農地を利用した有機農業の事例として、ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)による発電と組み合わせた大豆栽培の記事もある。千葉県匝瑳そうさ市飯塚の開畑かいはた地区。かつての丘陵地を名前のとおり開拓した畑が、一時はゴミの不法投棄が問題になるほど荒れていた。地元の農家を含む有志で立ち上げた市民エネルギーちば株式会社は、市民や環境関連企業からの出資も募り、ここで太陽光発電と組み合わせた大豆や小麦の有機栽培を始めたのだ。

 現在は15haの農地を利用し、計3000kWの発電設備が設置されているが、さらに拡大するという。有機大豆は1kg400〜600円で売れるが、切り土の畑で土がやせていることもあり収量は10a100kgがいいところ。しかし、売電収入の一部が分配されることで十分に経営が成り立つ。売電収入は、地域運営組織への協賛金や匝瑳市への固定資産税ももたらし、荒廃農地が地域課題を解決するための資源になっている。なお、ここでの大豆のつくり方も自然栽培に近い方法で、今年から一部で不耕起栽培も取り入れている。

 青森と千葉の2事例に共通するのは粗放的な有機栽培の可能性である。使い切れない農地はたくさんあるのだから、単収にはあまりこだわらなくてもいい。肥料・農薬に頼らない粗放的な栽培は、自然のしくみ、作物自身がもつ力も気づかせてくれる。有機農業には比較的小さい面積での集約的な農業のイメージがあるが、大面積の粗放有機栽培を可能にしたのは昔と違って機械力が発達したからだ。スマート農業のロボット農機まで投入しなくても、面積をこなせる機械力はすでに揃っている。

 みどり戦略の有機農業拡大も、最新科学やICTの技術革新を頼るより、使い切れない農地と粗放有機栽培の「新結合」のほうが現実的ではないだろうか。そこに地エネが加わればなおおもしろい。

 じつは青森のアグリーンハートでは、今年から休耕田での大豆自然栽培も5ha始めている。味噌や醤油などの醸造メーカーから国産の有機栽培大豆の引き合いが強いという。使い切れない農地を活かした大豆や麦の生産、放牧の拡大は、37%まで落ち込んだ食料自給率アップにも貢献するはずだ。

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もう、芽は出ている

 最後に、使い切れない農地と兼業・多業農家の「新結合」にもふれておきたい。

 大阪府能勢のせ町。大阪府北端の小さい町で「里山技塾」という農業講座が始まって1年になる。『季刊地域』の記事によれば「農家はもちろん、新しい仕事を増やしたい兼業農家や副業を身に付けたい自営業者、主婦、学生などを想定し、それぞれが昔の百姓のように、本業の合間に里山で仕事をする」ための塾だという。だから内容は農業にとどまらないのだが、発足1年目は、能勢の農家が副業として続けてきた「能勢栗」の栽培講座から始まった。受講料は年10回で3万5000円、講座の開催日は平日と参加のハードルはわりと高いにもかかわらず、定員15人を上回る25人の応募があったそうだ。

 先着順で20人に絞った受講者の顔ぶれは、19〜65歳と年齢も幅広く、農家以外に飲食店店主や建築家、デザイナー、造園業、主婦、大学生……と様々な職業の人たちが集まった。その中から百貨店勤務の兼業農家が新たに誕生するなど、つくり手がいなくなっていた荒廃クリ園1haの復活が決まったそうだ。

 農水省の22年度予算の概算要求には、兼業・多業農家(半農半X)など多様な経営体を支援する「持続的経営体支援交付金」や農山漁村発イノベーションを支える交付金が新設され、荒廃農地を放牧などで再生するため21年度から設けられた「最適土地利用対策」も続くようだ。本誌が届く頃には政権の看板が変わっているだろう。兼業・多業農家の支援策を講じる一方で、大規模経営の担い手に全農地の8割を集積する旗印は降ろさないのは奇怪だが、農村に生まれている新しい芽を大きく育てる政策を期待したい。

(農文協論説委員会)

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