主張

集落の未来を拓く「人の育て方」と「話し合い」とは

 目次
◆中山間地域にこそ「持続可能な未来」がある
◆良いことも、そうでないことも、ちゃんと伝えたい
◆移住者、地域の人双方にメリットが
◆地域の仕組みを少しだけ変えれば人は育つ
◆理想像をじっくりと共有することから

 この3月、農文協から地域づくりの実践にかかわる4冊の本が同時に刊行された。

中山間地域ハンドブック』『「集落の教科書」のつくり方』『地域人材を育てる手法』『地域でアクションリサーチ』――名づけて「地域づくり実践四部作」である。

 いま集落の核になっている方々は、これから10年後、20年度の集落をどうしていくか、思いをめぐらせておられることだろう。そして、自分たちの世代が高齢化していくなかで、移住 や農業以外に従事する人も含めて地域の仕事や暮らしを引き継ぐ「人」をどう育てるか、そして、多様な価値観をもった人びとを含めて、どうしたら実りある「話し合い」ができるか、に悩んでおられるのではないか。

 「地域づくり実践四部作」が焦点を当てるのも、集落の未来像へのヒントであり、地域を担う「人」の育て方と地域での「話し合い」のあり方、進め方である。

中山間地域にこそ「持続可能な未来」がある

中山間地域ハンドブック』は特定非営利活動法人中山間地域フォーラムが企画・編集した(佐藤洋平・生源寺眞一監修)。同フォーラムは中山間地域に思いを寄せるさまざまな分野の専門家や経験豊かな実務家で構成する産学民官のネットワークだ。これまで国は中山間地域に特定した白書を発行してこなかった。そこで国にかわって中山間地域の全体像がわかる白書のような本がつくれないか――そんなフォーラムの人びとの積年の願いがこの本に結実した。

 執筆者はフォーラムのメンバーを中心とする研究者、ジャーナリスト、自治体職員、地域リーダーなど35名。中山間地域に政策的なスポットライトが当てられるようになったのは2000年に中山間地域等直接支払制度が導入されて以降のこと。当初は「限界集落」という言葉に象徴されるように存続すら危ぶまれていた中山間地域の集落で、さまざまな新しい動きが起こってきた。

 本書の魅力のひとつは、中山間地域にかかわる36のテーマを抽出し、見開き2ページにコンパクトにまとめたところだ。そこで取り上げられている一つひとつのテーマ、田園回帰、地元学、小さな拠点、半農半X、再生可能エネルギー、棚田保全、自伐型林業、エコミュージアム、関係人口……には、中山間地域が抱える課題とともに、この間、中山間地域が切り拓いてきた局面が表現されている。とりわけコロナ禍を経て、大都市への集住、大量生産・大量消費型の食やエネルギーのシステムが見直されるなか、中山間地域は新しいライフスタイルとビジネスモデルを生み出し、社会を先導するパイオニアとなりつつあるのだ。

 本書は、農村部とくに中山間地域に住んで地域づくりを進めようとする方々に、自分たちの立ち位置を確認し、次の目標を見定める手がかりを与えてくれる。

 たとえば、福島県二本松市、旧東和町布沢集落に住む菅野正寿さんは、中山間地域等直接支払事業と多面的機能支払事業を活用して集落の13haの農地維持と景観の保全に取り組み、田んぼビオトープによる生きもの観察会をとおした多様な人とのかかわりをつくってきた(本誌の姉妹誌『季刊地域』2022年春号に詳しい)。菅野さんは、本書には「次へのステージをめざす希望の里づくりを拓くヒントがちりばめられている」という。そして『ハンドブック』が解説するテーマを引用しながらこう述べる。

「たとえば棚田を『エコミュージアム』としてとらえるならば、食農教育の学びの場としての小さな博物館の未来が見えます。『小さな拠点』では、集落の子供たち、女性、高齢者のたまり場としてのみんなの広場づくりを構想しています。また、当地では原発事故後に支援で関わった企業グループ、大学研究者、芸術チームの方が棚田保全ネットワークづくりを進めています。そこでは棚田オーナー、草刈り応援隊、棚田米の販売促進、食料と防災の協定など、本書の指摘する都市と農村の共生社会をめざす『関係人口』のありかたが求められていると思います。『農村政策の新展開』のなかでの地域資源を生かしたしごとづくり、多様な人材による多様な農へのかかわりは重要な視点です。

 豊かな地域資源、棚田をはじめとした豊かな景観、自伐型林業をはじめ再生可能エネルギーと食べものの自給など、中山間地域にこそ持続可能な未来があると本書から教えられます。里山には豊かさの希望があるということを、私たちは強く発信していかなければならないと思います。」(『季刊地域』2022年春号書評欄より)

▲目次へ戻る

良いことも、そうでないことも、ちゃんと伝えたい

 菅野さんが指摘した「多様な人材」には、移住者も含まれている。いまや地域の担い手として欠かせない存在となりつつある移住者だが、移住者と集落との間ではさまざまなミスマッチやトラブルも起こっている。

 たとえば、移住者から「なぜ、お祭りや神社の寄付金を納めなければいけないのか」とか「自分の家とは関係のないところの草刈りや溝さらえをしなければならないのか」といった不満の声が出てくることがある。

 一方、集落の住民の側もこうした態度を見て、「移住者が地域のしきたりや決まりごとを守ってくれない」と不満を募らせる。そして「できることなら、もっと地域の人と打ち解けて、役割を果たしてくれる人に移り住んできてほしかった」と嘆くことになる。

 では、そうしたルールやしきたりが事前に移住者に伝わっていたかといえば、伝わっていない場合が多い。なぜなら、もともとその地域に住んでいる、ある年齢以上の人にとって、ルールやしきたりは「ごく当たり前のこと」なので、明文化もされていないからだ。それを「よそ者」に伝える手だてもないわけである。

 そこを変えようとしているのが、『「集落の教科書」のつくり方』の著者の田畑昇悟さん。京都府南丹市在住でNPO法人テダスの事務局長である。

 「集落の教科書」をつくるきっかけは2014年に世木地域振興会(南丹市)から「田舎移住を考えている人向けに、地域を紹介するガイドブックをつくってほしい」という依頼が、集落支援員をとおしてテダスに舞い込んだことにあった。世木地域は6集落のうち2集落がダム建設により水没、残りの集落でも子供人口が減少し、存続の危機感を募らせていた。2006年には世木地域振興会を設立、移住・定住の促進はこの地域の大きな課題となっていた。

 世木地域振興会との打ち合わせでテダス代表理事の高橋博樹さんと田畑さんは「良いこと自慢だけではなく、悪い所もすべて紹介する本をつくるのはどうか」と提案した。PR冊子の制作を依頼した振興会の場は騒然となった。「アホか!」「そんなことをしたら、地域のマイナスイメージが広がって、世木地域を希望してくれる移住者がいなくなってしまうのではないか」と。

 その否定的な雰囲気は振興会事務局長の「現状でも移住者はいないではないか。このままでは人口は減るばかりだ。全国初の取り組みに挑戦してみようではないか」という発言で一変した。1年の制作期間を経て、「良いことも、そうでないことも、ちゃんと伝えたい」をモットーにした『世木地域の教科書』が完成した。それから6年。世木地域に移住者は増えており、短期転出者も出ていない。地域の人々が心配したようなマイナスイメージは広がらなかったのだ。それどころか、「集落の教科書」第1号が生まれた地に学ぼうと、全国各地から地域組織のメンバーや行政職員、議員らが視察に訪れるようになった。

▲目次へ戻る

移住者、地域の人双方にメリットが

『世木地域の教科書』が反響を呼び、「集落の教科書」やそれに類似した取り組みは、京都府だけでなく、宮城県や石川県、富山県などにも広がっている。

 「集落の教科書」づくりでは、まず、移住者にあらかじめ伝えておきたいことを洗い出す。引っ越してきたときに、誰に挨拶し、何を持っていけばいいか、住民として徴収されているお金や集落の共同作業にはどんなものがあるか、役員の種類や決めかた、子供会のこと……。必要な項目をすべて拾ったところ、ある地区では200項目にのぼったという。項目を決める際にはもともとの住民だけでなく、移住してきた人の意見も聞くことが重要だ。

 こうして洗い出した項目について、住民からの情報を集めていく。調査は住民自身が行なうことも、テダスの職員や地域おこし協力隊やインターンシップの学生が担当することもある。ヒアリング調査では聞き手と話し手がかみあえば、思いもよらなかった情報が得られる。「集落では訪ねてくる人は玄関のチャイムなんか鳴らさないで、家にどんどん入ってくる。それは家族同様に思っているから」といった、そこにもともと住んでいる人が意識しないようなことのなかに、移住者にとって貴重な情報がある。

 「集落の教科書」づくりによって、暗黙のルールだったことが「見える化」する。町や村の範囲、区の範囲、集落の範囲によってルールはちがっている。また、ルールについての認識に世代間でギャップがあることに気づく。そこで、「むらの会議の際は区長の妻がお茶くみをする」といった暗黙のルールがあれば、「さすがにいまどきそれはまずいのではないか」といった議論も起こってくる。移住者の受け入れが、ルールを変えていく大きな要因となる。

 おもしろいのは、できた教科書が移住者に役に立つのはもちろんだが、それ以上に、教科書をつくるプロセスが、地域の住民自身にとってプラスになるということだ。『「集落の教科書」のつくり方』という本は、そのことをリアルに表現している。

▲目次へ戻る

地域の仕組みを少しだけ変えれば人は育つ

 ではこうして招いた移住者や非農家など多様な人材が、どうしたら地域の担い手に育っていくのだろうか。

 かつてのむらでは、子供時代は「どんど焼き」や「虫送り」といった年中行事に参加することからはじまって、消防団や祭りなど、年齢に応じた役割をこなしながら、地域の仕事や暮らしを支える資質を身に着けていった。いまでもそうした側面は残っているが、混住化が進み、集落の価値観が多様化したなかでは、なかなか従来の人材育成の仕組みは機能しなくなってきている。それにかわる仕組みは何かという課題に迫ったのが、『地域人材を育てる手法』(中塚雅也・山浦陽一編著)である。

 執筆者は地域研究などに携わる研究者11人。本書では、求められる人材を地域の「くらし」を担う「地域づくり人材」と「しごと」を担う「地域ビジネス人材」のふたつに分ける。その上で、むらの生業(アマゴ養殖)やため池の管理、草刈り、集落営農、地域運営組織といった九つの事例を通して、地域で人が育つには何が必要かを問うている。

 ひとつだけ事例を紹介しよう。兵庫県加古川市志方町成井地区では、ため池管理を長年中心的に担当してきた方の高齢化・体調不良によって、管理人材の育成が差し迫った課題になっていた。この地区でこの役割を担うのは水利委員であり、なかでもこの地域の91枚の水田にため池の水を配水する「水入れ」が重要な作業となる。その「水入れ」作業は全戸参加の水路清掃や草刈りなどと違って、高度な知識と技術を必要とする。詳細は省くが、たとえば「差し水」は、耕作者が自分の田の水口に○や×の目印の板を立てておき、その要望に応じて配水するという作業である。水入れ役は集落のなかで複雑にからみあった水路にある堰板やゲートを開閉し、適切な水量とルートによって希望する耕作者の田んぼの水口に水を入れなければならない。ときには耕作者から寄せられるクレームやイレギュラーな要求にこたえることも求められる。

 成井地区では、住民からの選挙で選ばれた町内会役員が2010年から水利委員を兼ね、さらに2018年からは農家であるか否かにかかわらず、水利作業に従事するようにした。町内会役員のなかからこの人と見込んだ自営業者や兼業農家を説得、一人ひとりの負担は減らしながら、ベテランと組んで作業することで技術を伝えていった(「第5章 ため池管理と役割リデザイン」柴崎浩平)。

 混住化が進むなかで、水利委員を農家だけで構成するのは難しくなっていた。水入れを長年担当してきたベテラン農家も、歳をとって仕事が手に余るようになっていく。そうしたなか成井地区では、町内会と水利委員との関係や、水利委員の中での役割分担を少しだけ変えることで、人が育っていった。このように、地域の仕組みを少しだけ変えれば、人は育ち、地域の「しごと」と「くらし」を未来に引き継いでいくことができる。そうした場をつくる手がかり(手法)を本書の九つの事例は示しているのである。

▲目次へ戻る

理想像をじっくりと共有することから

 移住・定住の促進でも、水利委員の育成でも、これまでの枠を超えた「話し合い」が行なわれたからこそ、よいアイデアがでてきた。どうしたら、闊達な「話し合い」が成り立つだろうか。こういうとき、よく使われるのがワークショップという手法だ。だが、そのワークショップがなかなかうまくいっていない。

 『地域でアクションリサーチ』の著者・平井太郎さん(弘前大学教授)は青森県の各地でワークショップに進行役として参加するなかで、「付箋を配り、何か書かされる」ことに飽き飽きする空気にふれてきた。平井さんは本書のなかで、つまずきも含めた自らの体験を示しながら、ワークショップという話し合いの「手法」の大元にあるアクションリサーチという理論に立ち返ることで、話し合いをもう一度活性化する道を示そうとしている。

 平井さんによれば、アクションリサーチは戦後すぐに米国から、農村の生活改善という形で持ち込まれた。農村の生活改善グループが取り組んだ台所改善などは、その手法によっている。この考え方の基本は政府や専門家が示す解決策はそのまま現場で適用できるものではなく、現場のグループが話し合いと試行錯誤を重ねるなかでよりよい解決策がでてくることにある。

 ではそのよりよい試行錯誤につながるワークショップ(話し合い)のポイントとは何かといえば、課題からではなく、その地域が5年後、10年後「こうなっていたい」という理想像を語り合うことからはじめることだという。課題から入ると、往々にして話し合いは行き詰まってしまう。「こうなっていたい」という姿について、考え方が異なる人どうしで話し合っていると、いいあんばいのところで理想像が共有されてくる。むしろ大事なのは、行政担当者や専門家の側がそれを尊重できるかだと、平井さんはいう。

 「多様な人材の多様な農へのかかわり」を打ち出した、新しい食料・農業・農村基本計画(2020年3月閣議決定)をひとつのきっかけにして、それまでの「強い農業」=生産効率や輸出力を偏重した農政は、「地域農政」へと転換する兆しがある。明治大学教授の小田切徳美さんはそこでは「地域で将来の姿を話し合い、農業と地域の生活・景観を守るために、兼業農家や非農家を含めた役割を構想する必要がある」という(日本農業新聞「論点」2022年2月21日付け)。

 速さよりも丁寧さを――集落でのじっくりとした話し合いのなかから中山間地域の、農村の未来は拓けていく。地域農政の成否もそれを受け入れる度量にかかっている。

(農文協論説委員会)

▲目次へ戻る