主張

肥料高騰 「循環」の回復で未来をひらく
堆肥栽培、有機栽培、自然栽培

 目次
◆ますます期待が高まる「堆肥栽培」
◆農業の特質―「希薄資源の活用と循環」
◆ここまでわかった自然栽培
◆自然栽培でこそ、地力はものをいう

 穀物価格、そして肥料価格の高騰が世界を揺るがしている。今から14年前、2008年にも小麦、トウモロコシなどの国際価格が1.5〜2倍に高騰し、化学肥料の価格も原料や石油の値上がり、肥料需要の増大などの影響で急上昇、世界は大変な食料危機に見舞われた。

 この時、多国籍アグリビジネスを中心とするグローバル化のなかで市場経済主義を進めた国・地域ほど、生産資材と穀物価格の高騰に苦しんだ。圧倒的多数を占める小規模家族経営が購入資材と輸入食料への依存を強めたからである。こうして国際社会は企業的農業をめざす市場原理モデルでは食料危機に対処できず、貧困の撲滅というミレニアム開発目標も達成できないことを確信し、その後の国連「国際家族農業年」(2014年)へとつながっていった。

 そして今、世界は再び大変な危機に見舞われ、肥料価格も高騰している。ロシアのウクライナ侵攻や円安の影響により、チッソ、リン酸、カリの国際市況はすべて史上最高値まで上昇。今後も高い水準で推移すると見込まれるとして、JA全農は、令和4肥料年度秋肥(6〜10月)価格を大幅に上げた。尿素や塩化カリは2倍近く、高度化成も55%のアップ。

 尿素などのチッソ肥料は、空中チッソを化学的に固定し工業的に生産されているが、これには水素源として、また高温高圧を作り出すための電力源として大量の天然ガスが使われている。この天然ガスの価格も値上がり、原油高騰で輸送費などの経費も膨らんでいる。カリのほうは、世界の生産シェアの35%を占めるロシアとベラルーシの輸出規制が影響している。

 2008年に肥料が高騰したとき、「肥料の国際的な争奪戦がますます激しくなるだろう」と心配したが、とうとう現実になってしまった。

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ますます期待が高まる「堆肥栽培」

 肥料等が高騰する一方、農産物の販売価格は低迷していて、農家の経営は苦しい。これに対し農水省は化学肥料2割低減を条件に肥料コスト上昇分の7割補填という支援策を発表した。今年の秋肥(6〜10月)と次の春肥(11月〜来年5月)を対象に予算額は788億円。

 この削減条件付きの背景には、「農林水産業の二酸化炭素排出実質ゼロ」にむけ、化学肥料30%削減や化学農薬の使用量半減、有機農業100万haという目標を掲げた「みどり戦略」があるだろう。地域の有機物を活用して化学肥料を減らせれば、海外に頼る化学肥料の製造・流通に関わる炭酸ガスの発生を減らせる。肥料製造には世界で使用されるエネルギーのおよそ1.5%が使われているという試算もある。そして堆肥施用は土壌の炭素貯留を増やし炭酸ガス増加を抑制する。環境省によると、日本の森林の炭酸ガス吸収量は樹木の老齢化の影響で、2014年度の5220万tから20年度の4051万tへ、わずか6年で22%も減少したという。一方、堆肥施用による炭酸ガス抑制量は2020年度で271万t。30年度目標の850万tには大きな開きがある。森林整備・再造林とともに、農地への炭素貯留の必要性は高まっている。

 こうして農水省は化学肥料低減の条件付き支援を打ち出し、その取り組み項目では堆肥、汚泥肥料、食品残渣、有機質肥料、緑肥作物などの有機物利用を中心に掲げた。いわば「堆肥栽培」の推進である。

 堆肥栽培とは、堆肥(有機物)に含まれる肥料成分やそれが施用した年にどのくらい効くか(肥効率)を計算して不足成分を化成肥料などで補うやり方。肥料が高騰した2008年の10月号では「肥料代減らしハンドブック」と題し、鶏糞、家畜糞尿・屎尿、地元のタダのものなどの活用法の大特集を組んだ。さらに翌年の新年1月号で「2009年 堆肥栽培元年」同10月号では「堆肥栽培 列島拡大中」という特集を組んだ。

 今年、農文協から発行した『地力アップ大事典』は、緑肥も含む各種有機物の肥料分や肥効を中心に有機物利用の全データを収録。減化学肥料と地力アップの同時実現をめざす「堆肥栽培の大事典」として役立てていただければと思う。

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農業の特質―「希薄資源の活用と循環」

 2008年10月号の「主張」では「肥料高騰 肥料代を減らす『循環』が未来をひらく」と題し、こんな話を紹介した。

 西尾敏彦氏(元農林水産技術会議事務局長)は、「農業とは生きものの力を借りて、再生可能な地球上の希薄資源を集め利用する営みである」と述べている(『農業と人間』農文協刊)。

 牛や羊は広い牧場の草を食べ、ミツバチは花から花へと飛びかい1日3000以上の花から蜜を集める。作物は地表面の数倍もの面積で葉を広げて太陽エネルギーを受け止め、広く根を張って土壌に薄く散らばっているチッソやミネラルなどを吸収する。太陽エネルギーも土壌養分も農業でこそ利用できる希薄資源であり、これを集めて育った草や作物が家畜や人間の生命を支える。そして、草や作物の死体、家畜や人間の廃棄物は再び土に返され、微生物などの働きで循環していく。「希薄資源の活用と循環」、これこそ、有限な資源に依存する工業と根本的に違う、農業の特質だ。それぞれの地域で生物と人間がかかわり、希薄資源が循環していく。こうして農業の永続性が維持されてきた。


 この希薄資源の対照にあるのは「化石資源」であろう。

 化学チッソ肥料は化石エネルギーを使って、リン酸は長年かけて自然がつくったリン鉱石を原料にして、という違いはあるが、いずれも濃縮された化石資源であり、それだけに肥料として効率性に優れ、その力はたいへん大きく、人間に多大な恩恵を与えてきた。しかしここへきて限界や問題点が目立つようになってきた。

 濃縮された化学肥料は、農業の特質である希薄資源の循環を断つかたちで効果を発揮する。化学肥料への依存は循環を担っていた有機物や微生物の働きを軽視し弱め、保肥力など土の力を超えて施用すれば作物は病気に弱くなり、一方ではチッソ(硝酸)やミネラルの流亡による水質汚染や海洋汚染、チッソ化合物によるオゾン層の破壊につながっていく。

 これに対し、有機物や微生物の力を活かし、循環からはみ出しがちな化学肥料を循環内にとどめ活かすのが堆肥栽培である。また、今月号の特集の「田畑の埋蔵チッソ」。これも循環からはずれたチッソといえるが、活かすカギになるのは、やはり有機物であり微生物だ。そして、人間が土や水のなかに低い濃度で分散させたリン酸、いわば希薄資源になったリン酸を活かすのもまた、有機物や微生物である。

 堆肥栽培は化学肥料を活かしながら循環の回復をめざす。これに対し有機栽培は有機物がもつ肥料分に全面的に依拠する。そして改めて注目したいのが「自然栽培」である。有機物を含む外部からの肥料に頼らない自然栽培には、徹底した循環の世界があるだろう。そこに学んでみよう。

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ここまでわかった自然栽培

 先にふれた特集号「肥料代減らしハンドブック」の最後は「無肥料・自然栽培に学ぶ」であった。落ち葉や枯れ草を一冬野積みにした「自然堆肥」や、青森県の自然栽培実践農家・木村秋則さんの草活用のリンゴ園を紹介した。

 この木村リンゴ園や、慣行栽培並みの収量を上げているイネの自然栽培の調査・研究を続けてきた研究者がいる。弘前大学農学生命科学部教授の杉山修一さん。その成果をまとめた本『ここまでわかった自然栽培』が完成した。

 サブタイトルにあるように「農薬と肥料を使わなくても育つしくみ」を追究した本だ。杉山さんは15年ほど前に自然栽培に興味をもち、「ようやく、無肥料・無農薬での栽培がなぜ可能なのかの全体像が見え始め、自然栽培を体系的に説明できる知識とデータが蓄積した」と本書の出版動機を述べている。専門書風の本だがたいへんよく売れている。「みどり戦略」の推進にむけ、現場指導者などの有機農業への関心が高まっているが、そのエビデンス(科学的根拠)を考える格好の本だからなのだと思う。

 作物(植物)に不可欠なチッソを施用しなくても育つしくみを「土壌の自律的栄養塩供給システム」と杉山さんは呼ぶ。その要になっているのが生物的チッソ固定。

 化学チッソ肥料は膨大な化石エネルギーを使って大気中のチッソガスをアンモニアに変換するが、土壌にはこれと同じことを行なう微生物がいる。マメ科植物に共生する根粒菌はよく知られているが、先月・9月号で特集した光合成細菌も有力な菌であるし、他にも多様なチッソ固定細菌がいる。これらの細菌が活躍しチッソ固定反応が促進される条件(化学的には酵素・ニトロゲナーゼの活性が高まる条件)として杉山さんは、以下の4点を挙げる(p62参照)。

 ①チッソ欠乏条件
 ②大量のエネルギー供給
 ③酸素欠乏条件
 ④リン酸の供給

 ②の大量のエネルギー供給には豊富な有機物が必要だが、①のチッソ欠乏条件ためには家畜糞尿などチッソの多い有機物ではなく、ワラや落ち葉など炭素が多い植物性の有機物が必要で、このことは菌根菌やリン溶解菌など、④のリンの供給・有効化の条件をつくる。

 そして③の酸素欠乏条件(嫌気的条件)について。水田でチッソ固定細菌が増えやすいのは嫌気的条件のためだが、しかし嫌気的条件だけではチッソ固定細菌の活動は弱く、好気的条件との組み合わせが必要だという。好気的なカビの仲間がワラのような植物繊維を分解し、分解されてできた糖類をチッソ固定細菌が利用する。チッソ固定細菌を活性化させるには、カビによるワラの分解が必要だ。日本海側の積雪地帯では収穫後に一度水田土壌を乾燥状態にし、植物繊維の分解が進む条件をつくることが、チッソ固定反応を高めるうえで重要だという。

 一方、畑条件でもチッソ固定が行なわれていることがわかっており、これに関与する細菌は、ダイズの根粒菌と同じグループに属する細菌で、このグループの細菌は、土壌に有機物が多いほど殖えるという。そして畑でも好気的なカビと嫌気的な細菌の連携があるだろう。カビなど好気的な菌が酸素を使いながら有機物を分解し、こうして生まれた嫌気条件と養分が細菌のチッソ固定能を高める、そんな関係もありそうだ(2022年9月号p76)。

 関連して、本主張欄でも何度か紹介したエアハルト・ヘニッヒ著『生きている土壌』(中村英司訳、日本有機農業研究会発行・農文協発売)の指摘も示唆的だ。ヘニッヒによると健康な土壌では、「細胞熟土」と「プラズマ熟土」の二つの層が形成される。簡単にいうと、「細胞熟土」とは、未分解有機物をエサに土壌動物・微生物が活発に活動している土壌(分解層)。これに対し、有機物が分解してできた腐植物質と粘土とが結合し、腐植粘土複合体が形成され、団粒構造が発達した土(合成層)が「プラズマ熟土」である。合成層では根圏微生物が活性化し、リンを可溶化、根の生長に役立つ活性物質やビタミン、アミノ酸などの養分を生成する。チッソ固定菌の活動も活発になる。

 好気的な分解層と嫌気的な合成層の連携、これにむけヘニッヒが推奨しているのが「土ごと発酵」である。

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自然栽培でこそ、地力はものをいう

「自然栽培を続けると、自然に作物の生産性が向上する」という人がいるがそれは誤解だ、と杉山さん。条件の悪い土壌では何年続けても収量が改善される可能性は低い。自然栽培でこそ地力が大事。そんな農家の実践を見てみよう。

 宮城県登米市の成澤之男さん。有機無農薬栽培を15年ほど続けたのち12年前から自然栽培に取り組み、今では13haの田んぼはすべて無肥料栽培している。慣行並み収量を上げるカギは「地力」だと成澤さん。

 無肥料で4俵しかとれない地力の田んぼでは、4俵分のワラしか還元できない。だから、天候に恵まれない限り、翌年もそれ以上の収量は見込めない。成澤さんが地力のない田んぼを借りたなら、まずは、モミガラ主体で少量の牛糞を混ぜた完熟堆肥を大量に投入する(反当5〜6tが基準)。これを数年続け、秋までじわじわと養分供給が持続するような「地力」を蓄えたうえで、自然栽培に移行する(2016年12月号p127)

 今月号72ページでは、広島県・森昭暢さんが「雑草と太陽は無限の資源」と述べる。

「地球上のあらゆる有機物は、元をたどれば太陽光から生まれています。その光エネルギーを地球上で利用できるカタチ(有機物)にできるのは、植物です。雑草や緑肥を通じて太陽エネルギーを圃場内に取り込み、物質循環を介してそのエネルギーを循環させていくことができれば、圃場生態系を豊かな方向に導くことができ、地力もアップするのではと考えました」。

 森さんは、雑草や緑肥の生育がよくなかった圃場は、作物が健康に育つ状態ではないと判断し、緑肥を活用して地力アップを進めていく。

 このとき重要なのは、地力が低い土壌ほど、イネ科→マメ科→その他の科(キク科など)の順に緑肥を導入していくこと。イネ科緑肥が旺盛に育つ土壌では、マメ科緑肥も十分に育ち、イネ科やマメ科が旺盛に育つ土壌では、その他の緑肥も十分に育つ。そして、緑肥作物の生育がよくなった時点を作物栽培に切り替える判断ポイントとする。

「私の場合、雑草や緑肥のみで土づくりを行なうと、最短で半年、最長で4年を要したことがありますが、植物のチカラで土壌有機物を増やして土づくりをすることが、総合的な地力アップの一番の近道であると考えています。雑草や緑肥がのびのびと育つくらい地力をアップさせてから作付けを開始することで、大きな失敗もなく、それが生産・経営の安定化に繋がっていると考えています」。

「異常気象が増える昨今では、むしろ『地力』を活かした自然の栽培システムのほうが、より安定した作物生産が可能となるのではないでしょうか」と森さんはいう。

 2008年の食料危機を契機に新たな国際的潮流になった家族農業への見直し、「国際家族農業年」や「小農と農村で働く人びとの権利宣言」は、各国、各地の自給的、循環的農業と地域を尊重し、国はこれを支援するという精神で貫かれている。日本もまた、食料・飼料・肥料の海外依存から「自給」と「循環」の回復・創造にむけた転換が求められている。

 地域の有機物資源を活かしそのために化学肥料も活用する堆肥栽培、有機物の肥効に全面的に依拠する有機栽培、土壌の自律的栄養塩供給システムの自然栽培。いすれも循環をめざし、それぞれに成り立つしくみがある。そしてそれぞれに学びあいたい貴重な経験や技術がある。

 みんなで知恵を出し合いながら堆肥栽培、有機栽培、自然栽培を上手に組み入れる。遊休地の活用もあれば、地力が高く条件のいい田で学校給食むけに自然栽培をやってみるのもいい。自給と循環は地域で楽しくやるに限る。

(農文協論説委員会)

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