主張

パンとラーメンの地産地消から考える食料安保

 目次
◆小さく始める食料安保
◆各地で進む、パンと中華麺の地産地消
◆輸入小麦を急追する国産小麦の品種
◆中小の製粉会社が核になる
◆大手製粉会社も国産小麦の利用拡大へ
◆小麦の自給率アップの国際的・社会的意義
◆小麦の「小さい流通」をもっと広げたい

小さく始める食料安保

 すでに3年近いコロナ禍による物流の停滞。加えて、こちらは半年を超えたロシアのウクライナ侵攻が、今月号の特集で取り上げた燃料をはじめ、肥料も飼料もそして穀物も高騰する事態を招いている。

 国家貿易で一元管理する輸入小麦の政府売渡価格について、岸田首相は10月以降の価格を現在の水準に据え置くと表明した。とはいえ輸入小麦の価格は、昨年夏の高温・乾燥によるアメリカ・カナダの不作の影響で、昨年春に比べて4割も値上がりしている。日本は小麦の8割以上を輸入に頼る。では、輸入小麦の値上がりで国内産小麦が引く手あまたなのか?

 本誌と同時発売の『季刊地域』2022年秋51号では「小さく始める食料安保 ザ・穀物流通読本――小麦・大豆・ソバ編」を特集した。結論からいえば、「民間流通」となっている国産小麦も、輸入小麦の価格とバランスをとる仕組みがあるため同じように値上がりしているので、価格の面で優位に立てるわけではない。だが、この間の世界情勢は食料やエネルギーを輸入に頼る経済の脆弱性をあぶり出した。製粉会社や食品加工メーカーでは、国内産の小麦や大豆の重要性が認識されている。

 この半年、「食料安全保障」という言葉もよく聞かれるようになった。辞書によれば「国民に必要な食料の安定供給を確保し、その生命と健康を守ること」という意味だ。食料安保は政府の仕事ではあるのだろうが、食べ物が広く行き渡るのは、生産する農家と加工する事業者、食べる消費者とのつながりの積み重ね。国レベルで政府にまかせるだけでは、喉元過ぎれば熱さを忘れる……となってしまいかねない。『季刊地域』の特集タイトルに添えた「小さく始める」には、それを自分ごととしてとらえ、地産地消をベースとした「小さい流通」の積み重ねで食料安保を実現したい、という意味を込めた。

 日本が輸入に頼る穀物のうち、ここでは小麦に絞って特集の内容を紹介しながら、農家が拓く食料安保について考えてみたい。

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各地で進む、パンと中華麺の地産地消

 コロナ禍やウクライナ侵攻とは別に、この10年ほどの間に国産小麦の生産・流通には大きな変化があった。とくにパンやラーメン用の小麦があちこちで盛り上がりを見せているのだ。

 たとえば京都。19年から年明け早々の時期に、JA全農京都や京都府の協賛・後援により「京小麦の収穫祭」が開催されるようになった。22年は1月17日から4月10日まで12週間という長期にわたり、合わせて134店舗のお店が1週間ごとのリレー形式で、趣向を凝らした京小麦100%のメニューを提供するというものだ。

 京小麦とは京都府産のせときららという品種のこと。京都産の小麦は長いあいだ農林61号が主だったが、18年にパンや中華麺に向くせときららが奨励品種になった。その製粉を担う(株)井澤製粉(京都市)の主催で、生産者・飲食店・食品会社と一丸となり、せときららの小麦粉でつくるパンやラーメンを看板商品に育てようと始めたのがこの「収穫祭」だ。「京小麦」というネーミングもよかった。以前は「京都で小麦なんてとれんの?」といっていた消費者の意識がガラリと変わったという。コロナ禍にもかかわらず参加店舗は年々増えている。京都府産せときららの生産量は、21年産が300t、22年産は400tを上回る勢いだ。

 同様の取り組みをもっと前から始めているのが、埼玉県幸手さって市にある製粉会社・前田食品(株)だ。京都がせときららなら、こちらの品種はハナマンテン。タンパク質含量が高く、パンを膨らませるのに重要なグルテンが「超強力きょうりき」に分類され、やはりパンや中華麺に向く。前田食品では10年に、地域のパン屋やラーメン屋、菓子屋など120以上の企業や団体を集めて埼玉県産小麦ネットワーク、通称SWINGを立ち上げた。栽培は周辺市の農家20軒以上に広がり、現在の生産量は300tほどになる。

 生産農家の中心となっているのは、埼玉県坂戸市の原秀夫さん・伸一さん親子だ。76haもの圃場にハナマンテンを作付け、前田食品が使用する量のほぼ7割を担う。息子の伸一さんはこう話す。「ハナマンテンの小麦粉を利用してくれる地域のラーメン屋やパン屋を前田食品が募って、それを私たちにも教えてくれるんです。普通は小麦も米も大豆も、出荷した後はどこに売られているか農家もわからないことが多い。ハナマンテンの場合は、地域とのつながりのなかで小麦をつくっていることが実感できるんです」

 埼玉県は「朝まんじゅうに昼うどん」という言葉が残るほど、古くからの小麦産地。いまも小麦生産は盛んだが、栽培されているのはうどん用のさとのそらがほとんど。それ以前は、京都と同じく農林61号が長くつくられてきた。前田食品の入江三臣社長がハナマンテンに惚れ込んだのはこんな理由からだ。「うどん用ももちろん国産小麦の利用は増やしたい。ただ、うどん以上に輸入小麦の利用割合が多いのはパンや中華麺なんです。そこに、国産小麦を増やせる余地があると考えていました」

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輸入小麦を急追する国産小麦の品種

 いまから20年ほど前、2000年に栽培されていた国内産小麦のうちパン・中華麺用は3%しかなかった。ところが20年には23%まで増えている。

 この背景にあるのは品種の進化だ。北海道でも本州以西でも、農研機構や県の試験場で育成されたパン・中華麺用の品種が次々栽培されるようになった。なかでも画期となったのはちょうど10年前、12年に北海道で本格導入されたゆめちからの登場だ。ハナマンテンと同様に超強力に分類され、うどん用の中力品種とブレンドすることでふっくらしたパンができる。しかも製パン工場の機械化された生産ラインでも使えることから、大手パンメーカーが国産小麦使用をうたったパンを売り出すことにもつながった。

 パン・中華麺用品種は単に国産小麦の使用割合を高めただけではない。井澤製粉や前田食品のような中小の製粉会社がこれに注目し、地元の生産者と実需者を巻き込んで、あちこちでパンやラーメンの地産地消が急展開することにつながった。かつて、うどん用の中力品種ばかりだった頃の国産小麦は、製粉適性、加工適性、おいしさ、いずれの点でも輸入小麦より見劣りした。同じく輸入が多い穀物でも、国産大豆が加工適性や味で優れていたのとは対照的だ。それが優れた品種の登場により激変した。単独では需要が限られていた国産小麦が、輸入小麦のブレンド用の扱いから主役に躍り出ることになった。

 19〜21年の国内産が3年続きの豊作であったことで少し事情は変わったが、近年は国産小麦の需要の高まりから輸入小麦の価格を上回ることが多かった。パン・中華麺用だけでなく、うどん用に使われる北海道のきたほなみは国際的にトップクラスの品質を実現。きたほなみに限らず最近のうどん用品種は、デンプンの性質がやや低アミロースであることから、もちもちした食感のうどんができると評価を高めている。今月号の「今こそ、国産小麦を多収!」に登場する愛知県のきぬあかりもそうだ。

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中小の製粉会社が核になる

 日本の小麦粉の生産は大手4社で8割を占めている。その4社を含め、全国に製粉会社は72社ある。大手の製粉工場が、輸入小麦を扱うため港に巨大工場を構えるのに対し、中小の製粉会社は内陸にある昔からの小麦産地に残っているところが多い。1960年代は400社あったそうだから数はずいぶん減っている。だが、小麦を食品に変えるうえで製粉の工程は欠かせない。小麦の地産地消が広まったのは、品種の進化に加え、中小の製粉会社が核となってきたからなのだ。

 中小の製粉会社をめぐる新たな動きは、国内産小麦の大産地である北海道でも起きている。北海道では江別製粉が国産小麦の利用拡大に長く貢献してきたが、十勝地方でマメ類を中心に集荷販売事業をしてきたアグリシステム(株)が製粉事業を始めている。同社では石臼による低温製粉を取り入れ、ネオニコチノイド系などの農薬を使わない小麦、有機栽培の小麦を農家から買い取り、町のリテールベーカリー(製造と販売が一体の1店舗1オーナーのパン屋)向けに小麦粉を直接販売する。チェーン店のパン屋と比べて、町のパン屋はコロナ禍でも売り上げを伸ばしたところが多いという。同社の売り上げも右肩上がりだそうだ。地産地消ではないが、北海道の畑作地帯と全国の町のパン屋を直接つなぐ「小さい流通」といえるだろう。

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大手製粉会社も国産小麦の利用拡大へ

 ただ、国産小麦の品種が進化したとはいえ、とくに本州以西は収穫時期が梅雨にあたるため、収量やタンパク質含量などが、年によって地域によって変動しやすいという課題はある。ハナマンテン以外にも各地の国産小麦を扱う前田食品では、一定の品質の粉をブレンドによってつくるために、低温倉庫を増やし、地域や産年の異なる数年分の小麦を保管して対応しているそうだ。小麦の地産地消に取り組む中小の製粉会社は、こうした工夫で乗り切っているが、大量の小麦を効率よく製粉したい大手は小まわりが利かないようだ。

 たとえば、日本がパン用小麦を多く輸入するのはカナダ。圧倒的な生産量を背景に、船ごとの品質が一定になるよう調製された小麦が輸入されるそうだ。海沿いに巨大な製粉工場を構える大手は、こうした品質の揃った大量ロットの製粉を得意としている。

 だが大手も、小麦粉の安定供給のためには国産小麦の利用拡大に取り組まないわけにはいかなくなっている。日清製粉は、全農や農研機構と協力して新たな小麦品種の開発を始めると昨年9月に発表した。その一つは、佐賀や福岡で栽培されているシロガネコムギの後継品種。シロガネコムギは、うどんはもちろん菓子にも広く使えて汎用性が高いことから人気があるが、近年生産量が落ちている。広い地域で栽培可能で、収量性や雨などへの耐性に優れた品種を目指す。

 パン用では、カナダ産と同様に大きなパン工場の生産ラインで使える品種。優れたパン・中華麺用品種が登場してはいるが、生地の弾力や伸展性に課題があり、現状は単一品種でパン工場で使えるものがないとか(ゆめちからはブレンド用)。日清製粉の顧客である大手パンメーカーの機械には、町のパン屋さんがやるような小麦粉の特徴に応じた対応ができないようだ。

 国産小麦は生産量が少ないうえ約70品種もあり、それが品種ごとに流通していることを課題に挙げる研究者もいる。日本が小麦を輸入するアメリカ・カナダ・オーストラリアの場合、単一の品種で流通しているわけではなく、用途別に一定の品質基準を満たした品種をブレンドした銘柄として流通させている。輸入小麦に対抗するには日本でも同様の発想が必要というのだ。

 日本の小麦粉生産の8割を大手製粉会社が担っていることを考えれば、大量流通に対応する品種や銘柄も必要なのだろう。だが、近年の個性豊かな品種の登場が中小製粉会社とうまくマッチして、各地で小麦の地産地消を実現していることも大事にしたい。災害が多発する時代、生産と消費の場が近いことは安心につながる。「小さい流通」はCO2の排出やエネルギー消費が少ない点でも優れている。

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小麦の自給率アップの国際的・社会的意義

『季刊地域』秋号には、近畿大学名誉教授・池上甲一さんの「膨張する『本当の費用』、そろそろ本気で『食の確保』に舵を切るべし」と題した記事もある。本当の費用とは、グローバル化を背景とした現在の食と農のシステムが付加価値を生み出す一方で、社会と地球に押しつけている負担のこと。世界全体で10兆ドルの付加価値に対して、それを上回る11.9兆ドルもの社会的費用が発生しているというのである。

 新自由主義的グローバル化が地球社会の資源と環境を乱費し、抜き差しならない状況に陥っていることは誰の目にも明らかになってきた。本当の費用には、地球温暖化ガスの排出や残留農薬等による汚染もあるが、それを大幅に上回る肥満や栄養不足に関わるコストも生み出しているそうだ。栄養不足というのは、現在の食と農のシステムが、途上国の農業の自立、とりわけ自給的な農業を阻害していることによる影響だろうか。

 池上さんはまた、季刊『農業と経済』22年冬号に寄稿した論文「『日本の食』と安全保障をどう理解するか」のなかで、中田哲也氏の研究から日本のフードマイレージにふれている。フードマイレージとは、食料の輸送量に輸送距離を掛け合わせたもの。数字が大きいほど地球環境に負荷をかけることになる。世界でもずば抜けて多い日本のフードマイレージは、だんだん減少してはいるものの韓国やアメリカの3倍近い。その要因としてもっとも大きいのが穀物の輸入である。

 ロシアのウクライナ侵攻で小麦の輸出が停滞した影響を直接受けたのは中東やアフリカの国々である。アメリカやカナダ、オーストラリアから小麦を輸入する日本は直接的な影響は受けなかった。だが、水田の裏作や転作で自給余力のある日本がもっと小麦を生産すれば、地球環境への影響を減らし、自国での増産が難しい国々に行き渡る小麦を増やして国際貢献できるのは確かだろう。

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小麦の「小さい流通」をもっと広げたい

 新任の野村哲郎農林水産大臣は報道機関のインタビューで「食の基本になる麦や大豆、こういったものが(国産は)非常に不足している」という認識を示した(22年8月25日「日本農業新聞」)。農水省としても国産小麦への切り替えを進めることに意欲的だ。食料安全保障の強化は、24年に予定されている食料・農業・農村基本法の改正でも焦点の一つになるといわれている。

 22年度予算では「国産小麦供給体制整備緊急対策事業」に一般予備費25億円を充てた。その中身は、水田への小麦の作付け拡大支援に加え、実需者が国産小麦を一時保管する際の保管料や保管施設の整備についての支援だ。23年度予算の詳細はまだ不明だが、小麦や大豆の増産が重視されるのは間違いない。

 じつは輸入小麦の国家貿易では、政府から製粉会社に売り渡される際、輸入価格に「マークアップ」という輸入差益が上乗せされており、それが国産小麦の補助金にも充てられている。国産小麦の増産が進み輸入小麦が置き換えられれば、その分、補助金の原資が減ることになるのだが、農水省では国産が数万t程度増えたところで、その影響はたいしたことはないと見ているのだろう。

 かつてより減っているとはいえ中小の製粉会社は各地にある。優れた最近の小麦品種を活かし、JAも巻き込んで、小麦の「小さい流通」をさらに開拓する余地はある。農水省が慌てるほど国産小麦の生産量を増やすことはできないものか。

 最後に、『季刊地域』秋号からもう一つ、おもしろい事例を紹介したい。滋賀県のイカリファームという法人農家では丸栄製パンという業者と連携して、県内の学校給食用パンをすべて県産小麦にすることを実現している。西日本でつくられるミナミノカオリというパン・中華麺用品種もつくるが、生産量が多いのはなんとゆめちから。北海道生まれの品種を滋賀県でつくりこなし、10a500kgを超える単収もゆめちからのほうが上回る。産地品種銘柄にも指定され、近隣農家にも生産を呼びかけているそうだ。北海道の品種が滋賀でどんなふうに育つのか、わくわくするような話ではないか!

(農文協論説委員会)

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