主張

農文協が、映画『百姓の百の声』を応援する理由

 目次
◆『現代農業』の精神が宿る映画
◆動く薄井さん、語る山口さん、横田さんの素敵な家族
◆「農家の雑誌」の作り方
◆「百姓国」で橋が架かった
◆農家の世界を外とつなぐ方法
◆おいしくて、栄養あふれるごはんみたいな映画?
◆「気持ちは農家」の人を増やすために

『現代農業』の精神が宿る映画

『百姓の百の声』という映画ができた。11月5日(土)から劇場公開。東京の東中野の小さな映画館でのロードショーを皮切りに、京都・大阪・新潟(上越市)・横浜……徐々に全国のミニシアターにも広がっていく予定だ。

 制作したのは柴田昌平監督(プロダクション・エイシア)。これまでも『ひめゆり』『千年の一滴 だし・しょうゆ』など、すぐれたドキュメンタリー映画をつくってきた人物だ。農文協は制作過程で協力はしたが、この映画はあくまで柴田監督のオリジナル作品であり、農文協の作品ではない。だが今、農文協はこの映画を世の中に広めたいと、全面的にバックアップしている。理由は二つ。一つは、この映画には『現代農業』の精神が宿っていること。二つめは、その『現代農業』の精神(=農家の精神)を、この映画を通じて、今までなかなか届かなかった農外の広い層に届けることができるかもしれない、と思うからだ。

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動く薄井さん、語る山口さん、横田さんの素敵な家族

 9月号からは、連載記事「映画『百姓の百の声』制作秘話」が始まっているので、読んでいただいた方も多いだろう。農家のロケは『現代農業』編集部の取材に同行して、監督自身が撮影した。なので、誌面で見たことのあるような場面が映画にも次々出てくる。つい最近の『現代農業』10月号には稲作名人・薄井勝利さんがケイ酸を秋の田んぼに葉面散布する場面の写真が載ったが、映画の冒頭シーンではその場面の薄井さんが動く。そして肉声で語る。誌面ではいつも論理明快で誇り高い文章で我々を魅了してきた薄井さんが、こんな話し方するんだぁとちょっと驚くとともに、そのお茶目な感じに、見る側もあっという間に引き込まれていく。

 環境制御技術を駆使しながらもキュウリの表情を見事に見抜く佐賀県のキュウリ王・山口仁司さんも、いつも誌面に登場するときと同じ派手なピンクのTシャツを着て、映画に出てくる。収穫する手を止めずに語る言葉が渋い。「技術というのは隠し通せるもんでもないし、いい技術を公開することで、また私のところに帰ってくるからですね、そっちのほうがプラスになると思うんです」――誌面ではまだ表現しきれていなかった山口さんの人柄が垣間見えて、一気に好きになってしまう。

 おなじみ茨城県の横田農場については、誌面ではいつも「田植え機1台で160haをやりきる秘密」などを技術面・作業面からたっぷりお伝えしてきたつもりだが、映画の中ではそんなスーパーマンみたいな横田修一さんにじつは子供が6人いること、修一さん自身も、とってもユニークなお父さんに「農業は楽しいもんなんだよ」と刷り込まれて育ったことなどが明らかになる。世間ではイマドキの大規模経営農家の代表として扱われることの多い横田農場が、百姓(小農)の心を持つ存在だということが、否が応にも伝わってくる。それって本当は、『現代農業』誌面でも、編集部が最も表現したかったことだった。

 映像の力はすごい。土着天敵タバコカスミカメとか、えひめAIとか、米ヌカと土ごと発酵とか、タネ採りとか、『現代農業』と農家が一緒に作ってきた数々の技術のことが、初めての人にも肌感覚で伝わっていく。これらを誌面で、知らない人にわかってもらうまで説明するのは至難の業なのだが、映画では、どの農家も楽しそうに工夫を重ねる様子と一緒に出てくるので、なんとなくわかった気になれる。そして何より、工夫すること自体が農業の、農家の楽しみだということが、ちゃんと伝わる。

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「農家の雑誌」の作り方

 これまでも『現代農業』編集部には、テレビ番組の制作会社などから「取材したいから農家を紹介してくれ」などの話が来ることはあった。面倒だし、紹介して番組になってもあまり感心したことがないので、そういう問い合わせにはいつも、気が乗らない対応をしてきた。『現代農業』の誌面以上に、その人の農家スピリッツを表現することは、他のメディアにはなかなかできないからだ。

 それは、『現代農業』が「農家がつくる農家の雑誌」であることに由来する。実際に記事を書いたり原稿を整理したりしているのは編集部かもしれないが、それは表面的なことであり、雑誌『現代農業』を真につくっているのは農家自身の意志。だから、どのページをめくっても農家の元気があふれ出てくるような誌面になる。どこにも負けない農家の雑誌になる。そこでの編集部の役割は、農家になるべく深く入り込み、その意志を感じて内側から表現すること。自分は無となって「農家に操られて」雑誌をつくること。他のメディアのように、農家を対象化して評論する手法はとらない。同一化・憑依して主観になりきることが『現代農業』の編集である、と自戒して研鑽を積んできた。

 柴田監督は今回の映画制作を、そんな編集部自体を取材するところから始めた。一人一人にじっくり2〜3時間ずつかけてヒアリング。その編集者が何を思い、どう農家に入り込んでいるのか、『現代農業』とは何を大事にしている雑誌なのかをインタビューしながら、彼もまた、農家と『現代農業』の中に、自分を深く没入していったのだと思う。対象に同一化するまで迫るドキュメンタリー映画の手法は、『現代農業』編集の手法と深部でよく似ていた。

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「百姓国」で橋が架かった

 柴田監督が実際の農家の現場で「言葉がまるで理解できない」と愕然とし、格闘しながら取材を深めていった様子は、連載「制作秘話①〜③」に詳しいので、ここでは繰り返さない(記事は現代農業Webでも公開中*)。コロナ禍で思うように取材できない時期も挟みながら、終盤には農文協の代名詞でもある普及バイク部隊をドローンで密着撮影。集落のすみずみまで毛細血管のように走り回る50ccのバイクが農文協の活動の源泉だと表現するシーンも撮れた。

*Web『百姓の百の声』特設ページ▶︎https://gn.nbkbooks.com/?p=10253

 膨大な撮影素材の編集にも時間がかかり、数年がかりでようやく映画が完成。そこには、『現代農業』の精神はたっぷり宿りつつも、農文協のDVD作品などで最重視する実用性の思想はまるでなかった。あったのは、広く大勢の人の心に入る圧倒的な「映画の力」だった。

 全体構成への「しかけ」は、農家の世界、つまり『現代農業』に出てくるようなワールドを、柴田監督が「百姓国」と名付けて対象化したことだ。百姓国の外に住む人間が、その「近くて遠い国」を旅するというスタンスで描いたことだ。

 これで、これまで『現代農業』の周辺にいながら、中に入って来られないでいた人たちとの間に、橋が架かった。

 昨今の、「農の周辺にいる人たち」の層の厚さには、読者の皆様も重々気づいておられることと思う。農家が高齢化し、農村人口が減り、それに伴って『現代農業』も一時より部数が減っている。先々を考えると暗い気分に襲われることもあるのだが、いっぽうで、今ほど農や農村に憧れる人が増えている時代も、かつてなかった。コロナ禍の影響も手伝って、都会ではベランダ菜園や市民農園が大人気だし、農村でも、移住してきた人や地域おこし協力隊に実際に出会うことが珍しくもなくなっている。

 こういう新しい層と『現代農業』の世界を結びたい。そう思って農文協もさまざまな雑誌や本を出版してきた。『うかたま』などは、そういう層に確実に届いて堅調に読者を伸ばしている最中ではあるが、今回の映画は、地道な出版だけでは今までなかなか行き会えなかったような人たちに、『現代農業』の深遠なる世界を一気に広げられそうな、パアーッと視界が拓けそうな、そんな気がするのである。

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農家の世界を外とつなぐ方法

 この辺りについては、農文協職員自身にも戸惑いと期待が入り交じる。

 映画ができて、いち早く観ることのできた職員の中には、「百姓国というふうに分けるのが最後までピンと来なかった」「百姓国を設定することで、農家と消費者をあえて分断することにならないか」という声もあった。ふだん百姓国の内部からものを見るのに慣れてしまっている農文協職員は、たとえ自分が非農家であっても、農家ワールドを特別なもの・異国なものとする感覚がすでになくなっている証拠だ。

 いっぽうで、期待の声も大きかった。

●自分たちとは違う農家の描き方だったので新鮮味があった。「横田さんはすべての機械を自分でメンテナンスする」「米ヌカを田んぼに散布する」など、『現代農業』では当たり前すぎて改めて記事にはしないであろうことが取り上げられており、「ああ、確かにこういうことだけでも『百姓だから』なんだな』」と、農文協に入ったころの自分の感動を思い出した。

●農文協の内部にいる人間には、こういう描き方はできないと思います。「わからない言葉も、わかるように努力したうえで、農家の世界に入り込んで農家を描く」というのが我々のスタンスなので。それを「わからない」と白状するところから始める。これは、一般の人と農家をつなぐには有効な手法ではないかと思いました。

●私が普段、(農家をまわる仕事をしながら)見ている景色、会っている農家を、「より多くの知り合いに見せたい」とずっと思ってきましたが、なかなか発信することはできていませんでしたが、それが伝えられる映画であると思いました。

●「担い手」「スケールメリット」「選択と集中」といった日本の政策と「小農を見直す世界の潮流」を対比させたり、「農家の観察眼」「米ヌカ」「土ごと発酵」「タネ採りは百姓・人類の共有財産」といった『現代農業』が大切にするキーワードがいい感じの温度感で織り込まれていたように感じた。映画の構成としても秀逸かと。農文協のふんどしで、うまく作品を作ってくれたと思います。現代版「忘れられた日本人」ともいえる映画。

●一言でいうと「農家を浴びるような体験」をしてもらえる、他にはない映画と思いました。

●まさに、「『現代農業』と同じ畑でとれた映画」という感じでした。

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おいしくて、栄養あふれるごはんみたいな映画?

 さて、農文協職員以外の人の感想・反応も少しだけ紹介しておこう。映画館での一般公開を前に、宣伝広報を目的とした試写会や先行上映会が何度か開催されたのだが、「想像以上に感激してくれる人が多いな」というのが感触だ。

 本誌246ページには大阪府能勢町での上映会報告の記事があるので、そちらもご覧いただきたい。ストーリーで引っ張る映画ではないので、感想の要素も人それぞれじつに多様なのだが、一つ言えるのは、どうもこの映画、観た人を元気にする力があるようだ。そこも『現代農業』と共通している点だと思う。

21歳の佐藤快威くん(岩手県九戸村・地域おこし協力隊)から、試写会後に届いたメッセージ

『百姓の百の声』観ました。大好きです! 最高の作品でした。大切な人たちに見せたくなりますね。やっぱり極められた〝農〟って人間の善いところが詰まっているなと感じました。
僕は去年の4月から今まで、百姓のもとで見習いとして過ごし、様々な手仕事を学んでいます。その生活で感じた百姓たちの強さと美しさをあの映画にも見つけました。
あと、タネを交換する活動。あれには本当に感動しました。初めて知りました。タネに想いを込めて農業をする人同士が繋がれるし、種の存続活動にもなる。
農業も、中には様々な派閥や属性のようなものがあり一緒くたにすることはできないでしょう。百姓同士が強く楽しく繋がるためにタネ交換会はどんなに素敵だろうと思いました。ありがとうございました。(興奮状態に近いような感覚で打っているので、ところどころが滅茶苦茶です!)

後藤咲子さん(仙台えんのう倶楽部)試写会後アンケートから

農業や食に関する映画を何本も見ましたが、それらの中でも前向きで、百姓の力・農家力を感じられる、パワーをもらえる作品でした。自分が元気をなくしているときも、この映画を観て元気を取り戻せる、おいしくて栄養溢れるごはんみたいな作品だなと思いました。

 他にも、「楽しい2時間で、終わった後、とてもすがすがしい気分で帰宅できました。そして、なんだか無性にお米が食べたくなり、翌朝、米屋さんに新米を買いに行きました」などという大学の先生もいた。

 農家の感想も気になるところだ。百姓国のど真ん中で普通に農業をやっている農家自身が観るとどう思うのか?見知った世界の話で退屈ではないのか?――試写会は何カ所かで行なわれたが、どこの会場でも終了後、映画の中味の感想よりも「自分の場合はこうやっている」と、ついつい自分の話を語り始める農家が多かったという。語りたくなる映画。それはそれで、とても成功ではないかと思う。「『百姓の百の声』は観た方からも「百の声」を引き出す力をもった映画だ」と、あるミニシアターの支配人も言っていた。

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「気持ちは農家」の人を増やすために

 試写会終了後のアンケートで「この映画をどういった方に見てもらいたいと思いますか?」と聞くと、多いのが、「若い農家、これから農業を志す人に見てもらいたい」「多くの消費者に見てもらいたい」の二つ。農家からも、農のまわりの人たち自身からもそういう声が圧倒的だ。この映画をこの層に届けることこそが世の中を変えるキーになる、とみんなが思っているということではなかろうか。

 農文協は最近、この農の周辺にいる人たちのことを「気持ちは農家」層と呼んでいる。内部用語ではあるが、本質的な言葉のような気がしている。本格的な農家になってくれればなおいいが、気持ちだけでもいい。この層が増殖し、日本中を覆うようになれば、おそらく日本はよくなる。自然や作物と生きる百姓の知恵や技術に心を寄せられる人が増えれば、地球環境もよくなるし、世界も平和になる。

 映画『百姓の百の声』は、農文協がつくった作品ではないが、農文協がつくりたかった作品である。この秋〜冬、各地で映画館での上映を一通り終えたあとは、各地での自主上映会中心の展開に移っていく。『現代農業』読者の方々は、遠いかもしれないが、できればまずは映画館で見ていただきたい。そして以後は、この映画を地元の「農の周辺にいる人たち」「これから農を志す人たち」にどんどん見てもらう活動を、一緒にお願いしたい。

『現代農業』の魂=農家の魂が、一人でも多くの人に届きますように。

(農文協論説委員会)

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