主張

いまこそ有機給食の「横展開」を

 目次
◆有機給食の異様な盛り上がり
◆全国の注目を集める千葉県いすみ市では
◆遊休農地を活用し、有機食材を供給する長野県松川町
◆全国の新旧の実践から「横展開」する
◆市町村合併と給食センター大規模化をこえて
◆「公共調達」有機化の好機
◆「モノとしての有機」から「関係としての有機」へ
◆「子どものために」という魔法の言葉

有機給食の異様な盛り上がり

 有機給食あるいは「オーガニック給食」と呼ばれる取り組みが全国で大きな盛り上がりを見せている。昨年10月26日に東京都中野区のZEROホールで行なわれた「全国オーガニック給食フォーラム」では、1000人を超える会場が満席となり、全国61カ所のサテライト会場とオンライン参加を合わせて、5000人以上が参加したという。

 安全・安心な学校給食をわが子に食べさせたいという市民の熱意によって実現したこの草の根のフォーラムには、全国から50を超える市町村の首長や自治体職員、JAの関係者、韓国やフランスのゲストが参加、宮崎県綾町、愛媛県今治市、千葉県木更津市、新潟県佐渡市の実践などが紹介された。

 有機給食の全国的プラットフォームである「オーガニック給食マップ」には8自治体をはじめ、パルシステムや生活クラブなどの生協やJA常陸、JAはくいなど24の協同組合を含む193団体が賛同者として名を連ねている。なぜ、いま有機給食がこれほどまでに注目されているのだろうか。

 その背景の第一として、ネオニコチノイド系農薬への不安を含めた食品の安全性への消費者の関心の高まりがあげられるだろう。その点では1970年代の有機農業の勃興期と共通するが、ネオニコが典型であるように、人間の健康と生物多様性をつなげてとらえていることが新しい傾向といえよう。

 第二に、農水省が2021年5月に打ちだした「みどりの食料システム戦略」も追い風になっているのはまちがいない。2050年までに有機農業の取り組み面積を100万ha(全体の25%)まで拡大し、化学農薬を50%、化学肥料を30%減らすという目標を掲げたこの戦略。その一環として有機農業に先進的に取り組む「オーガニックビレッジ」を2025年までに全国で100市町村つくることが政策として掲げられ、有機給食の推進も支援の対象とされている。

 有機給食を国の政策も後押ししているのである。

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全国の注目を集める千葉県いすみ市では

 さて、近年有機給食を進めてきた自治体ではどのような動きになっているのだろうか。

 千葉県いすみ市は有機農業の経験に乏しい地域でありながら、全国にさきがけて2017年に全市の小学校で地場産有機米100%の給食を実現した。有機給食に関心をもつ全国の関係者の熱い視線を浴び、視察者がたえない。いすみ市の取り組みは本誌2020年5月号で詳しく取り上げたが、ここでも簡単に見ておこう。ちなみに先に紹介したオーガニック全国フォーラムの実行委員長はいすみ市の太田洋市長である。

 いすみ市では太田市長が「コウノトリ・トキが舞う地域づくり」を目指し、「有機稲作へのチェレンジ」と「環境と経済の両立」の二本柱の方針を提示、環境保全型農業を推進してきた。2012年には「自然と共生する里づくり協議会」を設立し、翌年から協議会メンバーである3人の慣行栽培の稲作農家が有機栽培に挑戦した。当初は草取りに追われて大失敗だったというが、NPO法人民間稲作研究所の故・稲葉光國さんを招いた研修会を2014年から3年連続開催し、その技術を学ぶことで課題を解決した。その招聘に動いたのは農林課主査で農業部会担当の鮫田晋さん。鮫田さんはJAいすみの協力をとりつけて、有機米の全量買い取りと価格保証(差額を市の予算で補填)の仕組みもつくった。こうして経験ゼロからスタートして3年目の2015年に有機米の学校給食への導入を開始、2017年には全市の小学校への供給が実現したのである。

 このような仕組みづくりでは有機給食の先進地である愛媛県今治市を大いに参考にしたという。

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遊休農地を活用し、有機食材を供給する長野県松川町

 最近の動きでは長野県松川町も勢いがある。

 こちらは農業委員会による遊休農地対策がきっかけだった。事務局の宮島公香さんによれば、当初は遊休農地を活用した1人1坪農園をつくり、町内に住む子育て世代をメインターゲットに子どもたちに安全・安心な野菜を食べてもらうための家庭菜園の普及をはかった。その延長で、その枠をもう少し大きくして学校給食への野菜の供給を思い立ったという。

 松川町ではいすみ市を視察して、有機農業の推進には優れた指導者による実地での研修が必要であることを痛感。2020年から松本市にある公益財団法人自然農法国際研究開発センターから指導者を派遣してもらい、遊休農地を活用した実証圃場での有機野菜の栽培に着手した。家庭菜園講座の講師を含む農家からなる「松川町ゆうき給食とどけ隊」を結成し、実証圃場で学びながら、米、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、長ネギの学校給食への供給を開始したのである。

 今治市の経験がいすみ市に、そのいすみ市の経験が松川町に生かされるといったように、有機給食では横展開(経験の共有)で運動が広がっていくところがおもしろい。このような横展開を全国に広げていけないものだろうか。

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全国の新旧の実践から「横展開」する

 この4月上旬に発行される『有機給食スタートブック―考え方・全国の事例・Q&A』(以下『スタートブック』」)はこのような有機給食の横展開加速を目指した本である。この本のきっかけは2021年6月27日に日本有機農業学会が開催した公開シンポジウム「今なぜ、有機学校給食なのか? 国内外の事例から考える」にある。学会主催のシンポジウムとしては異例の250人が参加したこのシンポに農文協が着目し、本書の企画がスタートした。学会の研究活動委員長だったつる理恵子さん(専修大学教授)とシンポの座長を務めた谷口吉光さん(秋田県立大学教授)が編者となり、2021年9月から約1年半をかけてこの本ができた。

 本書には全国10自治体の事例をおさめるとともに、有機給食がなぜいま注目され、なにを目指すべきか考え方をわかりやすく整理されている。また、有機給食実現までのさまざまなハードルを乗りこえるための方法がQ&A形式で解説されている。

 事例では「比較的新しいところ」として、いすみ市、松川町をはじめ、東京都武蔵野市、岐阜県白川町、大分県臼杵うすき市、熊本県山都やまと町の6事例、「長い伝統のあるところ」では今治市のほか、福島県喜多方きたかた市、島根県吉賀よしか町、島根県雲南市の4事例が紹介されている。

 これらの実践は貴重な情報だ。先に見たように、「比較的新しいところ」では、有機農業の経験の浅い地域で、いかに有機米や有機野菜の生産者を組織し、技術を習得していったかを知ることができる。価格保証や供給、手間とお金がかかる有機JASにこだわらない自治体独自の認証の仕組み、そして安定供給にはJAのかかわり方も重要だ。

 一方で、「長い伝統のあるところ」では、旧熱塩加納あつしおかのう村から喜多方市、旧柿木村から吉賀町、旧木次きすき町から雲南市への市町村合併があったなかで、どのようにして有機給食の伝統が引き継がれていったか。また、給食センターの大規模化や民間委託化による合理化にどう対応したかも重要な視点となる。

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市町村合併と給食センター大規模化をこえて

 たとえば、雲南市は2004年、木次町を含む6町村の合併によりできた。木次町では、パスチャライズド牛乳(低温殺菌牛乳)のさきがけとして有名な木次乳業を中心に有機農業が盛んだったが、それ以外の町村でも、それぞれに給食センターが設置され、地場産給食が大事にされてきた歴史があった。給食センターの老朽化により、市では2019年に4町村の給食センターを統合した「雲南市中央学校給食センター」が新設されることになったが、「規模が大きくなることで地元野菜が使われなくなるのでは」「生産者はそれぞれの給食センターに野菜を運んでいたが、センターが遠くなって生産者も負担が増えるのでは」といった懸念も出されたという。

 雲南市では教育委員会と農林課合同の検討会をもって対策を講じ、生産者の負担を増やさないよう、野菜の出荷場所は各町にそのままおき、調整役として「地産地消コーディネーター」を配置して生産者と給食センターをつなぐ役割を担わせることにした(『スタートブック』、三瓶裕美さん執筆)。

 つるさんは、「多くの場合、合併によりサービスは低いほうに平準化されるが、給食に関しては高いほうへ引き上げられた。旧木次町の取り組みが市全体に広げられることとなった。まさに、自治体の判断により、学校給食のありようが規定されていくことを示す典型例である」と高く評価している。同様のことは、日本ではじめて自治体として有機米100%の学校給食を実現した旧柿木村の実践を全町に広げ、2016年からは給食費を無償化した吉賀町についてもいえるであろう。

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「公共調達」有機化の好機

 世界に目を転じると、有機給食は国の政策として位置づけられている。公立学校や病院といった公的施設でのモノやサービスの受発注を「公共調達」という。フランスは有機農業を急速に伸ばしている国のひとつであるが、その梃子となっているのが公共調達にかかわって2018年に施行された「エガリム法」である。この法律はネオニコチノイド系農薬の禁止、動物福祉の向上、食品ロスの削減、プラスチック製品の削減など多様な内容を含んでいるが、なかでも注目されたのが、公共調達の有機化による有機給食の実現だ。この法律により、2022年1月までに、公共調達される食材の20%以上(金額ベース)を有機食材とし、それを含めて50%を高品質で産地が明確なものにすることが義務づけられた(『スタートブック』、関根佳恵さん執筆)。

 一方日本には、公共機関が率先して環境に配慮した製品を購入することを求める「グリーン購入法」という法律がある。この法律は有機農産物の調達そのものを規定したものではないが、NPO法人全国有機農業推進協議会の申請により、「配慮事項」として、公共機関の食堂において有機農産物やその加工品の使用を配慮する規定が採用され、2022年4月1日に施行された(『スタートブック』、高橋優子さん執筆)。それにしたがって、農水省の食堂の食材に有機農産物が取り入れられるようになったことは記憶に新しい。

 国の法律だけではない。木更津市では「オーガニックまちづくり条例」を定め、「地域社会を構成する多様な主体が一体となり、人と自然が調和した持続可能なまちとして、次世代に継承していくこと」を目指すという。このような自治体独自の動きもこれからますます広がっていくことだろう。

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「モノとしての有機」から「関係としての有機」へ

 1970年代の有機農業運動では農薬を使わない「安全な食品」を求める消費者の強い声が推進力になっていた。いま広がる有機給食の運動でも共通する部分はもちろんあるが、当時と比べて、人間の健康と生物多様性を関連づけてとらえる傾向が強くなってきたように思われる。それは、有機であれば外国産や遠隔地のモノでもかまわない、という立場と拮抗しうる。

 いすみ市に強い影響を与えた兵庫県豊岡市ではコウノトリが棲める環境を目指して有機米が広がっている。また、新潟県佐渡市では「佐渡トキの田んぼを守る会」のはたらきかけにより、2017年にはJA佐渡取扱米の全量脱ネオニコ化が実現し、学校給食への供給もはじまっている。会長を務める稲作農家の斎藤真一郎さんは「私たち農家は経済活動と同時に人の健康や命、自然環境に向き合う視点をもたなければ(中略)そのことをトキが教えてくれました。私たちがつくる食で子供の未来を汚してはいけません」と述べている(農文協ブックレット『どう考える?「みどりの食料システム戦略」』)。

 佐渡市では2022年6月1カ月間、無農薬無化学肥料栽培による佐渡産コシヒカリが市内の小中学校の学校給食で試験的に提供され、今後は通年供給を目指すという。

 福島県喜多方市熱塩加納地区の小学校2校と中学校1校では、旧熱塩加納村以来の有機給食が続けられている。旧熱塩加納農協で有機米を牽引したのは農協指導員の小林芳正さんで、本誌でもしばしば取り上げてきた。『スタートブック』では加納小学校の校長である伊達明美さんが、加納小では給食の時間になると「まごころ野菜・生産者紹介」が放送され、子どもたちはその顔や育てる姿を思い浮かべながら「おいしかったです」とあいさつをすることを紹介している。まごころ野菜の会の生産者と子どもたちは、ともに給食を食べる「招待給食」で顔みしり。喜多方市は小学校の「総合的な学習の時間」に市独自の「農業科」を設けていることで有名だが、加納小では「農業科」で有機もち米を育てて赤飯にして地域のお年寄りに届けたり、「田の生きもの調査」にも取り組んでいる。

 有機給食は地域の人と人、地域の生きものと人との関係を深める。そしてその関係は世代を超えて引き継がれていくのである。

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「子どものために」という魔法の言葉

 有機給食をめぐっては、教育委員会と農林課、農家と栄養士・調理員、慣行栽培の農家と有機農家といった、利害や立場のちがう人々が合意形成をはかっていかなければならない。だが、「『子どものために』という言葉は、関係者それぞれの立場その他の違いをやすやす飛び越えて、それぞれの感受性に訴える『魔法の言葉』と言えないだろうか」(『スタートブック』、靍理恵子さん)。

 まずは、首長が有機給食に理解があろうがなかろうが、地元の有志でチームを立ち上げることだ。名前は「有機給食を進める会」でもなんでもいい(『スタートブック』、谷口吉光さん)。農家が入ることで、このチームはそのまま生産と配送のチームになりうる。JAに一役買ってもらえればなお心強い。

 この春から、あなたの地域の学校給食を変える一歩を踏み出してみませんか。

(農文協論説委員会)

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