主張

「にぎやかな過疎」をつくる
──市町村消滅論を超える視点

 目次
◆10年ぶりに出たレポート
◆新レポートの四つの問題点
◆地域の農地を「見える化」し、引き継ぐ
◆多極集住か多極分散か

 さる7月6日、東大弥生講堂でNPO法人中山間地域フォーラムのシンポジウムが開催された。テーマは「人口減少下の農村ビジョン~市町村消滅論を越えて~」。都知事選を翌日に控えた戸外の喧噪をよそに、全国から約130人が集まり、農村ビジョンをめぐる議論に耳を傾けた。

 今回、シンポのテーマの副題に「市町村消滅論を越えて」が掲げられたのは、4月24日に人口戦略会議が10年ぶりに「消滅可能性自治体」を発表したからだ。

10年ぶりに出たレポート

 10年前の2014年5月8日、日本創成会議(増田寛也座長)は若年女性(20歳から39歳)の2040年の人口推計をもとに「消滅可能性都市」を発表した。直後に発売された『中央公論』は緊急特集を組み、「消滅可能性都市」に加え、そのうち40年人口推計が1万人以下の自治体を「消滅する市町村」として発表。その衝撃を受ける形で国は地方創生本部を設置し、「地方創生計画」づくりが全国で展開したことは、ご承知の通りである。

 今回も華々しい記者会見から『中央公論』誌上での詳報というシナリオはまったく同じ。では、その中身と反応を比べてみよう(以後、14年のものを「増田レポート」、今回のものを「新増田レポート」と呼ぶ)。

 両者を比較すると、新増田レポートでは「消滅可能性自治体」(50年までの30年間で若年女性が50%以下に減少する自治体)を744と推計。増田レポート時点の896に対して152減った。744自治体のうち、「消滅可能性」から脱却したのが239、新たに該当したのが99(うち前回対象としなかった福島県が33)である。

 新たに該当したところのうち約半数を北海道、東北が占める。なかでも唯一の県庁所在地である青森市や、近代化農業のモデルとされる秋田県大潟村が、新たに「消滅可能性自治体」とされたことが目を引く。

 一方「消滅可能性都市」から脱却したところは、中国・四国地方に多い。とりわけ島根県は12市町村が脱却した。九州・沖縄地方は「消滅可能性自治体」が76と最も少ない。

 新増田レポートでは「自然減対策」の必要性が前回以上に強調され、「ブラックホール型自治体」なる新用語も登場した。これは自治体自体の出生率は低いが、他地域からの流入に依存して人口増加を続ける自治体をさす。京都市と大阪市を除けば、東京の16区をはじめ、ほとんどが関東地方に集中している。

 新増田レポートの受け止められ方はどうだろうか。

 多くの知事が「日本全体の問題を自治体の問題にすりかえている」「扇動的な言葉に負けずにやるべきことにしっかり取り組みたい」といったメッセージを発信。「消滅可能性自治体」に挙げられた市町村長も、レッテル貼りに反発を示した。全国町村会も「これまでの地域の努力や取り組みに水を差す」という会長声明を公表した。

 マスコミも、朝日新聞天声人語や日本経済新聞の社説が、危機感を煽る「ショック療法」的手法に疑問や批判のコメントを寄せたのをはじめ、地方紙を含めて冷ややかな反応を示している。

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新レポートの四つの問題点

 新増田レポートの国の政策への影響は現状では未知数であるが、「消滅可能性」という扇動的な言葉を使って世論を動かすという手法は、「二匹目のドジョウ」とはいかなかったようだ。その新増田レポートの問題点を、明治大学の小田切徳美教授が4点にまとめている。本誌の姉妹誌『季刊地域』の最新号から要約して紹介したい。

少子化の責任は政府にある
 少子化対策の本筋は、若い人々が安心して結婚でき、希望があれば子どもをつくり、ともに育てる環境整備。それには実質賃金の引き上げの誘導や一層の働き方改革など、国レベルの政策が不可欠。

自治体にできるのは「社会減対策のみ」
 14年の増田レポート以降の各自治体の人口減少対策が人口流出の是正という「社会減対策」に偏っていた、というが、それは、政府による出生数に対する有効な政策が十分になされないなか、地域間競争を煽った結果ではないか。

「50%」の科学的根拠は?
 20~50年の30年間で、20・30代女性が50%以上減少するのが、なぜ「消滅可能性」といえるのか。

危機意識より小さな可能性の積み重ねを
 増田レポートが関心を呼んで、地方創生の掛け声のもと、各自治体で人口減少政策が進められたと増田氏はいう。だが、地域に暮らす人々が動き出すのは危機意識ではなく可能性を共有化した時。小さな可能性を共有化し、少しずつでも大きくすることが地域再生につながる。

 小田切教授は人口減対策には、少子化に歯止めをかける「緩和策」と、少ない人口でも地域に住み続ける仕組みづくりを促進する「適応策」があるという。「緩和策」は国レベルの対応が重要になる。一方、「適応策」には過疎対策などの国による格差是正政策と地域レベルで内発的発展を促進する「地域づくり」の二種がある。「小さな可能性の積み重ね」とは、まさにこの「内発的発展を促進する地域づくり」にほかならない(『季刊地域』24年夏58号「『新地方消滅レポート』を批判する」)。

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地域の農地を「見える化」し、引き継ぐ

 このような「小さな可能性の共有」=「内発的地域づくり」の事例を『季刊地域』は毎号取り上げている。

 一例を挙げよう。京都府福知山市川合地区は6集落からなる小学校区で、約250世帯550人が暮らす中山間地域だが、1990年代に入り人口減少や農家の高齢化によって単独集落での農地保全が難しくなっていた。そこで、2000年の中山間地域直接支払の開始を機に「川合地域農場づくり協議会」を、09年には「農事組合法人かわい」を結成。農地の利用調整機関としての協議会と、耕作を担当するかわいの「2階建て集落営農」方式で農地を守ってきた。

 しかし、農家が減り続けるなかで、かわいの経営面積は当初の6haから22haまで拡大。条件不利地も多く、規模拡大に限界を感じつつあった。こうしたなか、かわいの代表を務める土佐祐司さんは農地利用最適化推進委員として、農業委員とともに「農地利用地図」の作成に携わる。その際、「中山間直接支払」「多面的機能支払」の協定農地リストと農地利用地図を集落ごとに一体化し、集落ごとの話し合いをもとに、総農地119haのうち55haを「守るべき農地」として一目で見られるようにしたのである。「守るべき農地」を明確化するということは「守り切れない農地」を明確化することでもある。いまでも「守るべき農地」の半分以上を耕作する自給的農家の存続をはかりつつも、農地を山に還したり、高齢農家が非農地証明の発行を依頼する動きも出てきた。その一方で、30代の移住者や50代のUターン者が荒廃農地で栽培を始める動きもある。「守るべき農地」の地図づくりを通して現状を共有、話し合いを重ねるなかで、「地域の見える化」が進み、引き継ぎがスムーズに行なわれるようになった(『季刊地域』21年秋47号)。

 川合地区では都市との交流の動きも生まれている。15年に閉校した川合小学校がキャンプ場として活用されているのである。きっかけは兵庫県川西市に住む上田和信さんと土佐さんの出会い。昆虫と自然を愛する上田さんが定年退職後にキャンプ場をやろうと場所探しをするうちに、土佐さんと出会って意気投合、かわいが小学校跡地を借りる形で運営を始めたのである。

 小学校はもともと整地されている。さらに、水道も電気も通っているので、トイレさえ改修すればキャンプ場として活用できる。夜になると周囲が真っ暗になる川合地区は、白い幕に光を当てて虫を集める「灯火採集」にぴったりだ。オプションでサツマイモやカキの収穫体験もできる「福知山 里キャンプ場」は大人気で、15区画あるキャンプサイトは予約でいっぱい。都市部の子ども連れ家族の利用がほとんどで、その半数がリピーターだという(『季刊地域』24年春57号)。

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多極集住か多極分散か

 新増田レポートがやや不発に終わった一方で、より露骨に農村の撤退を求める声は日増しに強まっている。本誌4月号「意見異見」で山下良平氏(石川県立大学准教授)が批判していたように、能登半島地震においては発災当初からSNS上で、「能登復興不要論」が噴き出した。人口の少ない能登に税金を投入して復興するより、金沢に移住させればよい、というような短絡的な議論がまかりとおっているのである。

 そこまで極端ではないにしろ、効率の悪い農村をたたんで地方の拠点都市に人を集めるべきとする「多極集住」論が力を得ている。「多極集住」か「多極分散」か。いま日本は大きな岐路に立たされている。

「多極分散」の立場に立つ小田切教授は、8月中旬に発行される著書『にぎやかな過疎をつくる』(農文協)のなかで、いま求められる地域づくりは「人口が減っても、外からきた人と元からいた人が一緒になって、わいわいがやがやにぎやかな地域をつくること」だという。「にぎやか」な「過疎」とは矛盾した表現であるが、「人口減は進むが、地域にいつも新しい動きがあり、人が人を呼び、しごとがしごとを創る」状況を表わす。言い換えれば「人口減・多様な人材増」。それは農村の人口減少に適応し、未来に向けて持続する社会をつくっていくことに通ずる。

 福知山市川合地区の例で見るように、撤退するかしないかを決めるのは住民自身だ。荒廃農地や廃校はかならずしもマイナスではなく、都市からの移住者や来訪者を呼び込み、新たな「にぎわい」を生み出す資源ともなる。

 シンポジウムに戻ると、東日本大震災で「東北食べる通信」を発行し、いままた能登半島地震の復興にたずさわる高橋博之さん(株式会社雨風太陽代表取締役)は、いま農村に求められていることは、都会のニーズに合わせるのではなく、都会の弱点を補うために農村に何ができるかを考えることだという。都会の人も農村で生産にかかわることで生活の質が高まる。都市と地方が人的資源をシェアし、都会と地方をかきまぜることが互いを豊かにする。

 50人を超える立候補者が出た世界有数の大都市・東京の知事選からは、未来への展望は出てこなかった。一方「農村ビジョン」を論じた中山間地域フォーラムのシンポは、都市と農村の未来を指し示していた。

(農文協論説委員会)

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