主張
みんなの技術もちよりで、有機農業
目次
◆今なぜ、『みんなの有機農業技術大事典』を作るのか
◆編集現場から――どの記事にも感動する日々
◆「有機農業」は、もっと広い
◆「自然と仲良くする農業」をみんなの技術もちよりで
今月は、いま全力で編集を進めている大型企画について、読者のみなさんにお知らせしたい。その名も『みんなの有機農業技術大事典』。堂々2冊セットで箱入り、計2000ページをはるかに超える、農文協渾身の大事典に仕上がりそうだ。年明け1月に発行予定である。
まずは、この企画を立ち上げた昨年末に作成した「趣意書」を、読者のみなさんにもそのまま読んでいただきたく、全文を掲載する。
今なぜ、『みんなの有機農業技術大事典』を作るのか
●技術伝承待ったなし
有機農業に取り組む農家(経営体)は現在、全国に約6万9000戸あるそうです(2020年センサス)。しかし、その63%は65歳以上で、このうち7割は後継者がいません。先駆者の知恵や技術が失われてしまう。「みどり戦略」は、その瀬戸際に発表されたわけです。
一方で今、新規就農者の約20%が有機農業に取り組んでいます。技術伝承は喫緊の課題ですが、それなら私たち農文協の得意分野です。ここは一肌脱ごうと考えました。
●「みどり戦略」を農家のものにする
みどり戦略は有機農業への関心を一気に高め、強烈な推進力を発揮しています。これを一過性のブームに終わらせるわけにはいきません。本書は、農水省が作成した「みどりの食料システム戦略技術カタログ」にも対応しています。カタログで紹介されているさまざまな技術や研究を、より詳細に解説する内容です。
ただし、例えば「RNA農薬」や「ゲノム編集」などは掲載していません。すべての研究を載せるのではなく、「農家が本当に現場で使えるか」という視点で厳選しています。
●官より民が先を行くのが有機農業の技術
本書は「共通編」「作物別編」各約1100~1200ページの2巻セットです。その核を成すのは、全国の農家事例。農文協の機関雑誌『現代農業』に登場する農家たちに、試行錯誤して磨き上げた農業技術を、改めて紹介してもらいます。
農研機構が有機農業の研究に本腰を入れたのは2006年制定の「有機農業推進法」以降。それも稲作が中心で、野菜や果樹は近年ようやく活発に研究されるようになってきました。農家のほうが圧倒的に先を行くのが有機農業の技術です。本書は、その集大成としたい。
アグロエコロジーやリジェネラティブ農業など、海外の考え方や技術が注目を集めていますが、日本の有機農業もまったく負けていないことが、本書を読めばよくわかるはずです。
●有機JASも自然農法も環境保全型農業も仲間
有機農業にはさまざまな農法や流儀があります。耕すか耕さないか、動物性堆肥を使うか使わないか、JASで認められた農薬を使うか否か。本書では、それらの違いを乗り越えたいと思います。
もっといえば、無農薬や無化学肥料だけが有機農業ではありません。本物の有機農業は、慣行農業を敵にはしません。ベテランも新人も、農法の違いも関係なく、循環型で持続可能で生物多様性で脱炭素を目指す、すべての農家が有機的に繋がる本とします。そんな思いを、書名に込めました。
編集現場から――どの記事にも感動する日々
編集のほうは現在、佳境を迎えている。何せ450本くらいの記事がある。来る日も来る日も、違う著者の違う原稿を次々読む日々なのだが、そのたびに感動する。
たとえば昨日は、「ジャンボタニシ除草」の技術を最初に発見・確立した農家グループの記事を読んだ。せっかく田植えしたはずのイネが、翌日行くと綺麗になくなっている風景にビックリしたのが、忘れもしない1988年。以来、薬剤をまいたり、役場の音頭でジャンボタニシ捕獲作戦を展開しても、なかなか数が減らない。「むらの異常事態」が数年続いた。だがやがて、深水のところはジャンボタニシの被害が大きいことや、逆に水がないところでは活動できないことなどに気づいて事態好転。小さい草だけを食べてもらい、イネは食べさせない「ちょうどいい浅水状態」の実現で、ジャンボタニシ除草に見事成功……。そのノウハウが惜しみなく公開されている。
本日読んだ原稿は、ミミズの記事だった。じつは日本ではミミズの研究が進んでおらず、寿命が何年か?などの基本的な生態もほとんどわかっていないそうだ。だがそんななか、ミミズに惚れ込んだ「ミミズ博士」の研究者が「ミミズのいる畑はいい畑」の理由をわかりやすく教えてくれる。ミミズは、①土と有機物を食べる、②土中を動き回る、③糞を出す、④尿を出す、⑤やがて死ぬ、という生命活動そのものが「五大寄与」。団粒をつくり、ミネラルを可溶化し、アミノ酸を供給し、土中に孔をあけて排水をよくしてくれるスゴイ存在だと実感できた。この記事を読んだ後に畑でミミズを見つけたら、「お、頑張れよ~」と絶対声をかけてしまうだろうな、と思ってしまう原稿だった。
故・稲葉光國さん(民間稲作研究所)がまとめた「米ヌカ除草から発展した抑草体系で、環境創造型稲作へ」の記事も、壮大だと思った。かつて、田植え後の水田に米ヌカをまいて草を抑える「米ヌカ除草」が流行り始めたころは、米ヌカを除草剤の代わりのようにとらえる人も多かった。だがしかし、米ヌカは除草剤ではないので、その感覚では失敗する。米ヌカの真価は微生物を殖やすこと。トロトロ層を作って雑草の種子を埋没させるとともに、田んぼにユスリカ・イトミミズ・ホウネンエビ・ドジョウなどの生きものも増やす。すると、ユスリカをエサにするクモやカエルなどの天敵も増え、田んぼには分厚い生命体の循環が形成される。アミミドロやウキクサなども田んぼ一面に広がって、抑草を助けるとともに、水質浄化や酸素の放出など、田んぼの地球温暖化防止の役割も強化する……。これらについて稲葉さんは、「有機稲作は、単なる環境
ハウス農家の原稿も読みごたえがあった。土着天敵や購入天敵を自在に使いこなす天敵名人の観察眼はもちろんだが、ヒートショックでキュウリのアザミウマ対策に挑む新規就農3年目の農家の観察眼には舌を巻いた。何度で何分処理すると、アザミウマがどうなるか? キュウリはダメージを受けないか? 緻密に自分でデータをとって、技術を開発していく様子に「これぞ農家だ」と感動した。
……と、ここ数日だけでもこんな調子で、書いていくとキリがない。記事のもとは、『現代農業』や『農業技術大系』がここ20年くらいで蓄積してきたものなのだが、そこには時代とともに技術を深めてきた農家の姿、そしてその応援に人生を賭けてきた技術者たちの姿がリアルにある。「有機農業の技術」に完成型はないが、一人一人が自然と向き合い、作物をよくよく観察し、その力の引き出し方に工夫をこらして絶妙に生み出してきたものなのだとわかる。日本全国それぞれの在所で、風土や条件に縛られながら、真剣勝負で築き上げてきたそれぞれの技術が、農薬や肥料を減らし、おいしいものを生み出す。地球環境をよくする……。そんな迫力たっぷりの「みんなの有機農業の技術」が、毎日毎日これでもかというくらいに編集現場に集結している。
「有機農業」は、もっと広い
『みんなの有機農業技術大事典』は、書名としては長いので、正式決定の前にじつは結構悩んだ。だが結局、「みんなの」も「有機農業」も「技術」も、どれも大事ではずせない、ということになった。
「有機農業」と聞くと、「自分とは関係ない、どこか遠い世界の話」と感じてしまう人も少なからずいそうなのが、心配ではある。言葉の受け止め方は人それぞれなので難しい。JAS法などのせいで、「有機農業=無農薬・無化学肥料でなければ」というイメージが広がってしまっているのも残念だ。
今回の大事典の冒頭用に「有機農業のパラダイム」を寄稿いただいた谷口吉光さん(秋田県立大学)は、以下の文章から論を始める。
「有機農業とは何だろうか。それを一言で説明するのは難しい。『農薬や化学肥料を使わない農業』が有機農業だと思っている人もいるかもしれない。確かに、有機農業推進法では『化学肥料、農薬、遺伝子組換え技術を使わず、環境への負荷をできる限り低減した農業』と定義されているから、そう思われるのも無理はない。
でも『有機農業=無農薬・無化学肥料』というとらえ方は、有機農業のほんの一部分だけを取り上げたもので、有機農業の本質をとらえてはいない。たとえば『人間とは何か』と聞かれて、人間は二足歩行するという事実だけをとらえ『人間は2本足で歩くものだ』と答えるようなものである。有機農業は、もっと広いものだ。
その証拠に、この事典の目次を見てほしい。生物多様性、消費者、小農、有機給食、不耕起、カバークロップ、輪作・連作、微生物資材、自家採種、畜産など本当に幅広い項目がカバーされているだろう。農業技術に関する項目が多いが、自然や社会に関する項目も載せてある。これらがみんな有機農業に含まれているのだ」
「自然と仲良くする農業」をみんなの技術もちよりで
一本一本の原稿を読みながら改めて思うのは、「農業は、本来みんな有機農業だ!」ということだ。
農家はみんな、自然の循環を活かしながら、自分がその一部であると感じながら農業ができるときが、本来一番自由で幸せなのではなかろうか。そこを研究して詰めていけば、結果として農薬は減る。「農薬を減らしたい、自然と仲のいい農業がやりたい」というベクトルさえあれば、流派は違っても、みんな一緒に有機農業に進めるはずだ。そのための「技術」を集めたかった。同じ志向を持つ「農家みんな」の「技術のもちより」で大事典をつくりたかった。
それは長年、本誌『現代農業』を「農家みんな」でつくってきた手法と同じだ。だからこの大事典、農文協でないとできない作品である。発行をご期待ください。
(農文協論説委員会)
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【主張】みんなの技術もちよりで、有機農業【現代農業VOICE】