主張
北の大地から 農業に変化の息吹
目次
◆北海道も温暖化
◆2000年代 相馬さんが提唱した脱プラウ・省耕起
◆2010年代 ヤマカワプログラムの台頭
◆2020年代 リジェネラティブ農業に後継者世代が目覚めた
◆「マイペース酪農」的畑作経営とは
◆「農の風景」を次代へ残すために
北海道も温暖化
「冷害には100年費やして対策してきたのに、高温対策はほんと待ったなしですよ」と嘆くのは、北海道のある試験場の研究員だ。またジャガイモ産地には、「イモは朝掘るな」(気温が低いと土の粘性が足りず、打撲イモが出やすい)などの低温注意の伝承はあるが、「35度を超えたら掘るな」(やけどのような症状が出る、傷口から軟腐病が侵入し腐りやすい)といった高温時の伝承はない。長年冷害に苦しんできた北海道の歴史が、ものすごい速度で塗り替えられている。一方で、以前は栽培が難しかったサツマイモやラッカセイが北海道でもとれるようになり、気候変動は目に見える形で進行している。
農文協北海道支部には現在5名の営業(普及)担当がおり、年間を通して現場をまわっている。以前は「『現代農業』は内地の本で、こっち(北海道)には合わない」との声を多くいただいたが、ここ数年の温暖化や農家の世代交代で、「内地の情報は、視野を広く持てる」との声を聞くことも増えた。今回は北海道の若い世代で広がりつつある、自分にも地球環境にも無理をしない農法への動きから考えてみたい。
2000年代 相馬さんが提唱した脱プラウ・省耕起
少し振り返って、変化の芽をたどってみる。
『現代農業』では2006年頃より、当時北海道大学助教授の故・相馬剋之さんが提唱した「脱プラウ」について、度々記事にしてきた。朝、歯を磨くように当たり前に畑にプラウを入れていた多くの農家にとっては、受け入れがたい提言であったかもしれないが、確かにプラウでの深起こし(反転耕)をやめた畑からは「排水がよくなった」「土壌間隙を再生できた」という声が相次いだ。
中札内村でムギ・イモ・マメ・ビートの畑作4品をつくる菅野正博さんも、プラウを手放した一人(現代農業24年4月号p29)。相馬さん亡き今もその教えを基本に、ムギ後や気になる圃場には、プラウ耕の代わりにサブソイラ(心土破砕用の爪)を低速で入れている。相馬さんからは「サブソイラは時速2kmでゆっくり入れないと、せっかく切った土の溝がもとに戻ってしまう」と言われていた菅野さんだが、1本爪で時速2kmはさすがに効率が悪い。そこで近所の鉄工所に5本爪のものを作ってもらい、時速2・7kmで引っ張っているそうだ。作後にはバックホーで穴を掘り、サブソイラの爪痕が残っているか、緑肥エンバクの根穴が残っているかなども確認する。プラウで深く起こさないほうが土中に間隙が維持され、空気も水も通る。肥料を混ぜる範囲も小さくてすみ、減肥になった。この肥料代高騰のなか、菅野さんは経営面積40haで年間肥料代200万円ほどと、普通の人の半分から3分の1ほどですんでいる。
2010年代 ヤマカワプログラムの台頭
耕盤の土を煮出した液「土のスープ」・酵母エキス・光合成細菌の3点セットを畑に散布するだけで、「耕盤が抜ける」(排水性がよくなる)という衝撃的な記事が『現代農業』に初めて掲載されたのは、相馬さんの脱プラウ記事から6年後の2012年10月号。「土のスープ」という言葉だけで懐疑的に思った読者も多かったかもしれないが、あれから12年が経った今、ヤマカワプログラムは海を越え、地球の裏側ブラジルでも広がりを見せている(現代農業23年7月号p248)。生みの親である山川良一さんは今年5月に惜しまれながら74歳の若さで永眠されたが、近年は緑肥による排水性改善にも積極的に取り組んでいた。
北海道で緑肥といえば、夏に播いて、草丈を十分に伸ばしてからチョッパーなどで細断してすき込むというやり方が多い。生育期間が2カ月は必要なので、播けるのは収穫の早い小麦後などに限られる。だが山川さんは、ジャガイモでもビートでも、基本的にすべての作物後に「とにかく緑肥を播け」と説いて歩いた。9月に播いて、気温の下がる10月にすき込むのでは乾物量確保は難しいかもしれないが、山川さんは「地上部が10cmも伸びれば、根は十分に地下に広がっている。微生物を殖やしたり、土を耕す役割(根耕)はちゃんと果たしている」という。緑肥の種類は、マメ科のヘアリーベッチとイネ科の野生エンバクの混播。――これが、次項のリジェネラティブ農業へもつながっていく。
2020年代 リジェネラティブ農業に後継者世代が目覚めた
近年、若い世代を中心に、土壌の耕耘をできる限り控え、緑肥を活かして土を被覆する「リジェネラティブ農業」への関心が高まってきている。リジェネラティブの「リ」は「再び」、「ジェネラティブ」は「生成・生産」という意味で、合わせて「大地(環境)再生型農業」と訳されることが多い。『現代農業』では、長沼町でリジェネラティブ農業を実践するメノビレッジ長沼のレイモンド・エップさんを度々紹介しているが、同農場では今年から「大地再生の旅」という年6回のワークショップを開催している。年間10万円以上という会費にもかかわらず、道内外から24人が参加。10月号140ページ~の記事では、土を掘り、色やニオイ、硬さを測るなど計12項目にも及ぶ土壌診断法を学ぶ6月のワークショップの様子が紹介されている。
置戸町の廣中諭さん(現代農業2023年10月号p78)も参加者の1人。リジェネラティブ農業は廣中さんが所属するJAきたみらい青年部内でも話題になっており、23年11月にはリジェネラティブ農業の本場・アメリカへの視察旅行を企画。関心のある盟友11人で海を渡った。「現場で実際にやっている姿を見て勇気が出た。確信を持てた」と廣中さん。帰国後は、緑肥を7~9種類組み合わせたミックス緑肥の可能性をさらに研究中だ。
「マイペース酪農」的畑作経営とは
北海道の農家1戸あたりの耕地面積は30・2haと、都府県平均の13・7倍となっている(20年センサス)。離農者が増えて農家が減少していく時代、残った農家1戸当たりの作付面積は増えていく。そんななか、小清水町の和田徹さん(40歳)という畑作農家に、これからの農業の方向へのヒントをもらった。和田さん宅は、マメ類を中心に小麦、ライムギ、ニンジンなどを作付け、耕作面積は33haほど。面積は北海道平均よりやや多いくらいである。また、昨年から有機JAS認証を取得し、従来の慣行畑作農業から大規模有機農業への切り替えという転換期を迎えている農家でもある。
そんな和田さんの経営には、ベースとする哲学がある(現代農業24年8月号p240)。それは、以前から『現代農業』で紹介してきた「マイペース酪農」の概念である。和田さんは牛を飼う酪農家ではないのだが、15年ほど前にマイペース酪農家たちの交流会に参加して、彼らが真剣にかつ和気あいあいと学び合う雰囲気に惹かれたそうだ。昼食は自家製チーズやヨーグルト、持ち寄り料理のビュッフェ。その種類の豊富さに「酪農家は年がら年じゅう搾乳で忙しくて大変だ」という先入観が壊れたという。「彼らは、営農はもちろんのこと暮らしにも十分な余裕があるのだと、その場にいるだけで感じ取ることができました」。
「マイペース酪農」の定義をルーラル電子図書館で調べてみると、「放牧を基本とし、化学肥料や濃厚飼料などの外部資源の投入を最小限に抑え、土、草、牛の関係・循環を良好に整えることを重視する酪農」で、「規模拡大、濃厚飼料多給による高泌乳路線への反省にもとづく、永続的な酪農を追求する動きである」とある。さらに、「1頭当たりの年間平均乳量は5000~6000kgと少ないが、飼料費、肥料費、減価償却費等の農業経営費がきわめて低く、牛も平均5産と長生きするため、所得率が高い。労働時間も1日6時間程度と少なく、小さくてもゆとりのある経営を実現している」と続く。
和田さんはこの「小さくてもゆとりのある経営」の概念を、自分の畑作経営にも取り入れたいと、長年試行錯誤を重ねてきたのだ。まず手始めにやったのが、耕し方のシンプル化。プラウ耕をやめ、サブソイラ中心の省耕起・浅耕に変えたことで、地表の好気性微生物を活かせて有機物分解がスムーズになった。土へのダメージが最小限になり、燃料代も節約できた。「農場の主人公は人間ではなく『風土』。(その風土のうちの)『土の領域』に人間が過剰に立ち入って、その働きを邪魔すればするほど、人間の作業は増えることになるのです」とも語る。
さらに、収入アップのために目いっぱい作付けするのではなく、休耕地を積極的に作り、7種のミックス緑肥を播いて土を育てる。目先の利益が上がる品目よりも、風土を活かした輪作に力を入れる。化学肥料や農薬は本当に必要かどうかを見極めてからの最低限の散布で、機械投資もほとんどしない。収量は町平均よりもやや少ないが、所得率が高い。負債もここ4年間はゼロ。安定した営農ができ、家族で旅行する時間を確保できている。
「農の風景」を次代へ残すために
そんな和田さんが現在、経営の主体を有機へシフトしつつある。これまでの経営を変えるのは勇気のいる決断であり、実際北海道では有機栽培について「大面積で取り組むのは難しい」「出口となる価格が差別化されない限り、メリットを感じられない」といった意見もある。しかし、数十年後、数百年後を考えたとき、現在の農業のままでよいのかと、一度立ち止まって考える機会が必要な時に来ているのも間違いない事実である。
現状の経営で、永続的な農業が可能か。「今だけ・金だけ・自分だけ」といった効率主義や個人主義が根強い現在の日本。大量生産・大量消費の考えが農業にも持ち込まれ、中長期的な視点を持たずに目先の利益を追求するようになってはいないだろうか。国力の指標でもある農業を永続的なものにするために、輸入(外部投入)に頼りすぎない範囲まで自給率を上げていかなければいけない。北海道で、和田さんのような考えを持つ農家が増えてきた意味は大きい。
農業は保守的な産業である。これは悪い意味ではなく、変わらないよさがあるという意味でもある。いまある「農の風景」を次代へ残す。変わらない風景のために、変わる。3月発行予定の『みんなの有機農業技術大事典』も、そんな転換期の一助になればと思う。
(農文協論説委員会)
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【主張】北の大地から 農業に変化の息吹【現代農業VOICE】