主張
米騒動から米政策の見直しへ そして「米でつくる関係人口」へ
目次
◆異常なのは前年までの低米価
◆「減田政策」よりも水田を守る直接支払い
◆「自給家族」の力を借りる
◆都会とむらが米でつながる「石高プロジェクト」
◆新しい関係性、新しい経済を
異常なのは前年までの低米価
2024年は米が大きな話題になった年だった。言わずと知れた「令和の米騒動」である。スーパーの米価格はいまだに高止まり状態。前年より60%値上がりと聞けばさすがに高くなりすぎと思うが、過去にはこんな値段の時もあった。新潟コシヒカリ3400円、岩手ひとめぼれ2900円。いずれも白米5kg。24年の話ではない。30年前の1995年に米屋を取材したときの値段だ。
では30年前、肥料の価格はいくらだったろうか。硫安、過リン酸石灰はそれぞれ20kg700円、1000円ほどか。それが現在は1700円、2400円と2・4倍! 燃料価格の変化はどうか。軽油1Lが80円から140円へ。肥料・燃料だけではない。農家がいくら経営努力を重ねても、農薬も機械もその他の資材もすべてが値上がりしているのだから、米だけそのままというのは無理な話だ。むしろ前年までが異常に安かったと思ったほうがいい。
本誌1月号では、稲作農家と識者が米騒動後のこれからについて見解を述べている。多くの国民が米の大切さに気づいたことを喜ぶ農家。24年の高値に踊らされず、翌年の準備に取りかかるという農家。米の需要をまかなえないくらい農家が減る予測があるのに、なんら解決策を打ち出さない政治に憤慨する農家の声もあった。一方、識者の見解で印象に残ったのが、生産調整政策の限界と新たな直接支払い制度の必要性だ。
「減田政策」よりも水田を守る直接支払い
なぜ、米が高値の時に直接支払いの話になるのか。「山が高ければ谷も深くなる」。明治大学の作山巧教授は、12年産で高騰した米価が14年産で暴落したことを引き合いに出しながら、生産者にとって朗報であった24年の価格が、今後暴落する可能性を危惧する。
政府は主食用米の生産を抑えて米価を維持する政策を続けてきたが、それが米価変動の原因になってきたという。それだけではない。農業の多面的機能をうたう一方で、それを損なう水田潰しにもつながっている。農水省が「5年に1度の水張り」条件を持ち出したことで畑地化が5万haも進んだ。「現在の米政策は、水田の多面的機能を損ない、米の消費拡大や輸出促進と矛盾するだけでなく、米価の大きな変動が避けられない点で生産者の利益にもそぐわない」と喝破する。
だが、水田に存分に米をつくれば価格は下がる。それを支えるのが直接所得補償(直接支払い)だという。
石破茂首相は9月の自民党総裁選で米政策の改革を主張していた。米の生産調整見直しや、米の増産にともなう価格下落への直接所得補償に言及していた。ところが首相就任後には「変節」。所得補償に否定的な従来の自民党政権の答弁を繰り返している。
15年前の09年、農相時代の石破氏は、生産調整廃止の選択肢も含む、転作助成金を直接支払いに切り替えるシミュレーション結果を公表した。それは、後の民主党政権による10a1万5000円の米戸別所得補償政策につながったという。このことに作山教授や田代洋一・横浜国立大学名誉教授がふれているが、紙数の制約もあってかシミュレーションの内容までは書かれていない。石破シミュレーションでは、定額の戸別所得補償と違い、販売価格が平均生産費を下回った場合に、その差額を補填して経営を下支えする考えが取り入れられていた。農家の手取りをこれ以上減らさないという「岩盤」を用意するアメリカ型「不足払い制度」で、この点を評価する識者もいる。
24年の米の値上がりは、これまでギリギリで踏ん張ってきた稲作農家が一息つくにはよかったが、米価が大きく上下変動するような米政策のままでは水田を守れない。田代名誉教授は、主食の安定流通のため、100万tの米備蓄を需給調整にも柔軟に運用することを求める。そのうえで直接支払いの必要性に言及し最後にこう書いている。「水田はアジアモンスーンの気候風土に最も適した土地利用形態であり、食料安全保障、国土保全に欠かせない。そこで必要なのは『減田政策』ではなく、水田を守る直接支払政策だ」
「自給家族」の力を借りる
こうした国レベルの新しい米政策が必要である一方、消費者にとって生産現場が自分ごとになるような新しい米販売の動きがある。本誌と同時発売の『季刊地域』25年冬60号には、「米でつくる『関係人口』」と題したコーナーに3本の記事を掲載した。関係人口というのは、おもに都市に居住しながら農山村地域と関わる人々のこと。3本の事例では、言うならば関係性に基づく米価が形成されている。
愛知県豊田市の
そこで敷島地区は20年に「しきしま♡ときめきプラン2020」を立案。縮んでいく社会を受け止めることから出発し、「結」のあったかつての共同体中心社会を再構築することを基盤に据えた。住民どうしが支え合いながら都市とつながり、「関係人口」の力も借りて地域課題を解決しようというのである。
敷島では農水省の事業を利用して23年に農村RMOを立ち上げた。その活動の目的の一つ、「農用地保全」という困難な課題を「自給家族」とともに乗り越えようと考えた。
自給家族とは、生産者と消費者がお米を通じて疑似家族となること。地域外に暮らす関係人口としての消費者家族の力を借りて、農地・農村景観を保全しつつ、安全でおいしい米を長期安定供給する。具体的には、中山間の田んぼで米を特別栽培(農薬・化学肥料半減)し、その生産コストに見合う玄米1俵3万円を栽培契約料(3〜10年の契約)として前払いしてもらい、生産の喜びとリスクを共有する。契約家族には、お米の受け取りや農業体験、収穫祭などで「里帰り」の機会も用意されている。
敷島地区の1集落・押井町では自給家族をすでに19年から始めており、約100軒の消費者が契約を続けてきた。24年は敷島地区としてそれを2倍の200家族に増やし、計300俵を供給する計画を立てた。そこに起きたのが令和の米騒動だ。10月中旬には目標を上回る225家族まで応募が増え、受け付けを締め切る事態となった。「世の中では生産費上昇分の価格転嫁を大幅に上回る米価も見られるが、これに便乗するつもりは毛頭ない」と敷島地区の農村RMO事務局長・鈴木辰吉さん。ただ、押井町で始めてから5年間固定してきた契約料の見直しが必要であるのも確か。「家族」の意見を踏まえて適切な価格を決めつつ、この1月から新たな契約家族を募集するそうだ。
都会とむらが米でつながる「石高プロジェクト」
もう一事例紹介しよう。福島県北西部の西会津町では23年から「
そのために必要なのは、お米の価値を多くの人に再認識してもらうこと。「結」という言葉を使うのは自給家族と同じで、目指すのは「未来型・結」。田植えや建築などの際に集落内で協力し合う機能であった「結」を、集落の枠を越えて広げ、地域を地域外の人々と共に支えていく考え方だ。そして両者を結ぶのが地域通貨としての米。これが現代の米本位制「石高プロジェクト」だ。
プロジェクトに協力する農家は現在3軒。それぞれ30代、50代、70代で、25haを耕作する農家もいれば、山間部で小規模にやっている農家もいる。有機JASを取得してつくる米もあれば、慣行栽培米もあるが、どの農家も地域の風景を後世に残していくことを大事にしている。
興味を持った消費者はスマホのアプリから参加できる。プロジェクトでは、参加者の様々な貢献が「米ボード」と「
たとえばAさんが春に、有機JASコシヒカリ5kg相当の「米ボード」(6800円・送料込)を予約購入したとする。さらに田植えの手伝いに西会津まで行ったり、その感想をSNSで発信。それが「人足ボード」になる。秋、収穫を迎えて不作だと、5kgの「米ボード」が4kgに減ったりする。だが「人足ボード」が2kg分と評価・加算され計6kgのお米と交換、といった具合である。
現在はアプリ登録者が750人程度まで増え、約1000kgの米がプロジェクト内で取り扱われている。また、この事業をきっかけに2人が移住し、東京で西会津米を使ったおにぎり屋を始める若者も現われた。
新しい関係性、新しい経済を
石高プロジェクトにも「不作のリスクを(生産者と消費者が)分担し、豊作をともに喜ぶ関係性をつくる」というねらいがある。そして、従来の経済では評価されなかった、小さい不便な田んぼで手間をかけるような米づくりに価値を見出せる仕組み、地域に則した新しい経済モデルを構築していきたいという。西会津のような農村部にとって文化の中心でもある米づくりが元気になれば町も元気になる、という期待もある。
新しい食料・農業・農村基本法が重視する食料安全保障にも水田を守ることが欠かせない。それには農家が元気でなければならない。残り1本の記事も「稲株主制度」と名称がふるっている。ここで紹介した事例も含め、『季刊地域』60号でご覧いただきたい。
(農文協論説委員会)
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